神母祭Ⅱ
王都から離れた地に、宙を舞う幾つもの小さな影。住人が王都に向かったことでもぬけの空になった、小さな集落というべき場所。
日暮れが近くなり、目的の場所へと移動を始める。空高く舞い上がったり、大きく円を描いたりと、まとまりのない集団を一人の指揮官が声を張り上げ注意する。人間たちが見れば卒倒してしまいそうな光景だが、日の光を受けかすかに輝るそれらは、幻想的な空間を作り出していた。
「本当によろしかったのですか? このような作戦の総指揮などをとってしまって」
「なあに、わしも無駄に長く生きてきたわけではない。うまく収めてみせるでの」
全体が編隊を組んだのを確認しながら、セシヤとキコは最後方を飛ぶ。セシヤは憂いを、キコは期待を胸に秘めながら、先にいるはずのテルン達のことを考えていた。
「どう考えても無謀です。一度攻め始めてしまったら、もう全滅するまで彼らは止まりませんよ。いくら人間側に大きな被害を出せるとはいっても、武神団の相手をするには数が少なすぎます」
セシヤはキコだけに聞こえる声で話しながら、前方を飛ぶ若い同族たちをじっと見ていた。
「だからわしらがついてきているんじゃ。議会の奴らは若いもんに死んでほしいと思っとるらしいが、そんなことをしておったら妖精界そのものが老いてしまう」
キコは考え込むような様子で、豊かに蓄えられた自慢の白い髭をゆったりと撫でる。
セシヤはそれでも心配なのか、暗い表情は晴れず、行く先をじっと見つめていた。
* * * *
地平線にじりじりと太陽が沈んでいく。それに合わせ、空は鮮やかな夕焼けから底の見えない黒の夜空に変わり、都の光をより際立たせる。
王都は隙間なく灯りに包まれ、祭を楽しむ人々の声や、今日のために作られた簡易的な舞台の上で、王立管弦楽団が奏でるしとやかな音が途切れることなく聞こえてくる。
「さあて、これからだ。お祭りも。作戦も」
人の寄り付かない路地の奥。ましてや華やかなお祭りの日にそのような場所に足を踏み入れる者など、そういない。暗闇のなかで、大小四つの影がその時を待っていた。
「……ちょっと、緊張してます」
「私も……あぅ……お腹がキリキリしてきた……」
「お昼よりもっとすごいんでしょ? 早く行こ!」
不安を臭わせ、体調を崩しかけているメロンやプシノとは対照的に、テディはどんどん元気になっていて、まるで二人のエネルギーを吸い取っているかのようだった。
「テディ、さっきも言っただろ? 遊びに来てるわけじゃないんだって」
「大丈夫! テルン兄ちゃんと一緒に居るだけでしょ?」
テルンは心配そうにテディを見ていたが、当の本人は任せておけとばかりに親指を突き立てる。
本当なら相手の懐にテディを連れて行きたくなどなかったが、確実にグリーを救出し、全員が助かるにはテディの力を借りないわけにはいかなかった。
「もうすぐグリーの処刑が始まる。あそこに見える高い台があるだろ? 恐らくあそこだ」
外周区と貴族街を隔てる巨大な木扉の前に設置されていたのは、周囲の建物より頭一つ高い『処刑台』。今年の神母祭の最も大きなイベントである公開処刑を行うのは、人間たちの間でも賛否両論だった。ただ残念なことにその内容は、神聖なこの日に血を流すのは好ましくないといったところで、『処刑すべきでない』という意見は一つとして出ていなかった。
「手筈通り、合図が来たら俺が武神団の奴らを引き付ける。その間に二人でグリーを助け出してくれ。俺は時間を稼ぎながら、安全に異世界に渡れる場所を探すから」
「でも……」
メロンはどうしても心配なようで、テルンの顔をちらりちらりと見ては様子を伺う。
「大丈夫だって。俺はミイラ取りになんかならないから」
テルンは安心させようと、強く微笑んで見せる。それを見て、メロンはなんとか自分を納得させたようだった。フードを深く被りなおし、処刑台をじっと見つめた。
「プシノ、メロンをサポートしてやってくれ。きっとへまするからさ」
「もちろんです。みんなの命がかかっていますから、慎重にいきましょう」
「ちょっと! 私だってやるときはやるんだから!」
二人のやり取りに異議ありと、メロンは抗議の声を上げる。
「メロン姉ちゃん、頑張ってね……」
「テディまで⁈ お願いだから可哀想なものを見る目はやめてよお」
メロンは半泣きのような声でテディに縋り付き、そのまま頭を撫で始めた。
「お前達は人混みに隠れて待っててくれ。ほら、始まるぞ」
顔に袋を被せられ、両手を縄で縛りあげられた男が二人の兵士にかかえられて処刑台へ向かっていく。大衆の視線を一身に集め、処刑台の階段を上る。最後の一段を登り切りると、袋を外され、乱暴に膝をつかされた。
「おいおい。もうちょっと優しく——」
「無駄口を叩くな」
今から処刑されるとは思えないほど落ち着いているグリーの様子に、兵士二人は気味の悪さを覚えた。誰もやりたがらない処刑の仕事を押し付けられ、貧乏くじを引かされた上に牢からここまでの道のりで、男は全く暴れも、騒ぎもしない。仕事がやりやすいといえばそれまでだが、それはあまりに人間味が薄いと言わざるをえなかった。
「お前、死ぬのが怖くないのか?」
「なんだ急に? 無駄口を叩くなと言ったばかりじゃないか」
「いいから答えろ」
自分の中に苛立ちと恐怖を感じ、兵士の語気は、知らず強いものになった。
「そうだな……。怖くはないな。ただ、いろいろ心残りではある」
「心残り?」
「おうよ。無駄死になんてごめんだな。俺は未練なく死にたい」
それも叶わんかなあと諦めたように俯く姿は、少し寂しそうにも見えた。
「ま、そういうことだからさ。別に怖がらないでくれよ」
グリーは兵士の顔をじっと見ると心を見透かしたように、にやりと笑う。
兵士は気圧されたようにぐっと一歩引く。
「もういい。前を向いていろ」
それきり会話はなくなり、聞こえるのは処刑を見に来た観衆の騒ぐ声。グリーへの罵倒と世間話、噂話、あることないことが聞こえてくる。
しかしそれも、四人目の男が処刑台に上がるとすぐに掻き消え、代わりに男への大歓声が空気を震わせた。
「今日この日、この場にお集まりの皆さん。遠方から来た方もいらっしゃいましょう。ようこそ、王都シャベラへ! フィーネル武神団団長、エドバ・エリトと申します。僭越ながら、私がこの公開処刑を仕切らせて頂くこととなりました」
エドバの声は耳に心地よく、夜の街に響き渡った。その声によって場は静まり、それが終わればまた、引いた水が戻ったように歓声が爆発する。
「今宵は王に感謝し、王を敬い、讃える、特別で神聖な祭典、神母祭が開かれています。その余興の一つとして、また、大切な戒めとして。過去、現在、未来、永久の繁栄を約束され、それを幅広く分け与えてくださる偉大な王を貶めようとする輩を断罪します!」
わっと沸いた観衆の声が、怒号の波となって押し寄せる。王の敵、すなわち人間の敵であると宣言された者に対する感情は、紛れもない負のものだった。何も考えず、ただた目の前に吊るされた悪を、一方的に痛めつける快感。自分達が正義であるという優越感と、許された言葉の暴力は、止められることもなく溢れ続ける。
エドバが壇上から下がっていくと、入れ替わりに身の丈の二倍もある鎌を軽々と持った屈強な兵士が現れた。しかし、その人相はとても兵士といったものではなく、王立軍の鎧を着ているほかはほとんど無法者といったものだった。これが常時なら彼を見た途端、観衆は罵声を浴びせただろう。だが、『処刑人』という役割を与えられた途端、それは興奮した狂喜のような歓声に変わった。
「恨みはねえが、金をもらっちまったからな。悪く思うな」
「気にすんなよ。お互い肩身の狭い者同士だ。俺の分まで精一杯生きろ! なんてな」
「……あばよ」
高く鎌を掲げ、力を溜める。せめて確実に首を飛ばして、少しの痛みも感じないように。
空気を裂く、一閃——その直前に、男の手から力が抜け、鎌が処刑台の床を打つ。震え、揺れる処刑台を、呆然と眺める者たち。
その中で魔砲を宙に向ける、一人の少年。静寂を破り、自分を鼓舞するため、呟く。
「さあさあ、余興の始まりってな」




