戦闘準備Ⅱ
星々の瞬きが見える頃。
あれだけ騒がしかった大通りもパトロールの兵士を除いて姿が見えなくなっていた。冷え込みもあり、昼間の立っているだけで汗ばむような気温とはうって変わって過ごしやすくなっていた。いくつかの街灯が街を照らしていたが、テルン達が紛れるだけの闇は充分に残っている。
静まり帰った街の中をひっそりと移動し、王立軍マリーディア支部の建物へと近づいていく影が四つ。
作戦の核であるリオに、テルンとメロン、猫耳の間に座るプシノの四人が作戦に参加し、フェガはテディと共に特区に残っていた。いつもテルンについていきたがるテディも、異次元門創造が続き疲れていたのか日が沈むのと一緒に眠ってしまった。
「じゃあプシノ。打ち合わせ通りによろしく!」
「了解です!」
小声でのやり取りを済ませ、プシノは支部をぐるっと囲む背の高い石垣の上からひょっこりと顔を出すと、中の様子を伺う。プシノの夜目はあまり良くはないが、暗がりの中でも見回りの兵士は皆魔道具の灯りを持っているので、それぞれの位置や数を把握するのは容易だった。
「建物が入り乱れていてよくわかりませんでしたが、手前に四つ、中心部に六つ、奥に五つ、東と西に一つずつ設置された高台の上にも二つずつ。肝心の武器庫は入り口に二つ、明かりが見えました。建物の陰や中までは分かりませんでしたが、おおよそ外の見張りはこの程度です」
「了解、ありがとうプシノ」
降りてきたプシノの報告から、リオは武器庫までの経路を頭の中で構築する。前回の侵入の際に建物の配置は頭に叩き込んでいたので、地図に線を引くような感覚で思考を固めていき、障害がないかを計算しながらシュミレートし、確認を終える。
「オーケー。なんとかなりそうよ」
「リオ姉、命が最優先だからな。装備は欲しいけど、無いならないでどうにか出来る。万が一見つかったら大声で叫んでくれよ。俺達も突撃するからさ」
テルンはリオに、無理をしないようにと釘を打つ。
「わかってるわよ。私だってそんなダサい死に方なんて嫌だからね。プシノ、何時でも行けるわ。……ねえメロン。見送りは笑顔がいいんだけど」
リオは未だに暗い顔で俯いているメロンのおでこをつんとついて、顔を上げさせる。
「うん、ごめんなさい……頑張ってね、リオ姉」
メロンは笑顔を見せたが、それはとても自然なものとは言えなかった。貼り付けたというより、絞り出したような表情はとても弱々しく、今にも崩れてしまいそうで、リオは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「始めるわ」
「行きます!」
リオは何かが自分を包み込み、引っ張り上げられる感覚を得た。プシノが魔術によってリオの身体を持ち上げ、石垣の上にひっそりと着地させる。
そこで、リオは改めて中の様子を自分の目で確かめる。プシノから得ていた情報に詳細を加え、自分の計画に穴がないかを見極めた。
「うん、大丈夫そう」
テルン達にハンドサインを送りそれを伝えると、そのまま支部の中へと、猫のように、音一つ立てず降り立つ。そのまま滑るように走り、建物の陰に身を潜める。少し遅れてプシノが再び石垣を超え、申し訳なさそうな声で失礼します、と言うとリオの頭の上に腰を下ろした。
前回は資料のある司令室への侵入で、やむなく何人か気絶させたが、そのせいで今回の警備は前回より厳しくなっているだろうと予想していた。
もちろん顔を見られたわけではないので、正体不明の侵入者ということになっているはずだった。一度姿を見られている時点で、テルンのいう今回見つかった場合というのは今更だと、リオは密に思っていた。武器が盗まれるという事件のその犯人も、その侵入者に押し付けられているだろうと考えるのは自然な思考だった。
しかし、予想とは裏腹に、警備は厳しいとは言えなかった。一定のコースで巡回している兵士の人数は前回よりも多くなっているものの、その動きは緩慢で、緊張感があるとは言えなかった。眠そうにあくびをしたり、途中で持ち場を離れ陰に入り、酒をこっそり飲んだりと、怠惰の限りを尽くしていた。
「これはちょーっとひどいわね。私は楽に仕事ができていいけどさ」
「早く行きましょう。待っているテルンさん達は心配していますよ」
リオは溜息を吐きながらも自分の目的を達するために動き出す。
入り組んだ建物の隙間や、屋根の上などを使い自由自在に動き、見回りの目を盗みながら、順調に進んだ二人は、予定よりも早く武器庫へと辿りついた。
石造りの窓のない質僕な武器庫の見張りは最初に見たときから一切、扉の前から動いていないらしく、リオ達が見ている間もピクリとも動かなかった。それぞれが片手に槍を持ち、王立軍兵士共通の分厚い鎧を身に付けている。
「ここからが本番ね……長くならないことを祈るわ」
リオはどっかりと腰を下ろし、見張りの男達の動きを逆に見張り始める。リオ達が倉庫に侵入する手段はたったの二つ。兵士達をプシノの魔術で眠らせ、その間に武器庫の鍵をこじ開けるというもの。
もう一つは、兵士達が自ら武器庫の鍵を開けるまで、ただひたすら待つ。兵士達が武器庫から備品を失敬しようとした隙をつき、侵入するというもの。
前者は自分たちの好きなタイミングで動けるが、何者かに侵入した痕跡が残りやすい。鍵を開けた跡などが残ってしまえば、それだけで怪しまれてしまう。
しかし後者を選べば、痕跡を残すことなく武器庫内に侵入できる。見つかってしまうリスクが高まる上に、兵士達が今夜備品を盗みだすとも限らない。それでも、リオは自分ならなんとかできると確信していた。
「お、思ったより早かったわね」
見張りの兵士はお互いに目を合わせた後周囲を確認すると、ごそごそと鍵を取り出した。ガチャりと錠をあけると木のドアを引き開ける。二人は強欲な笑みを浮かべると、武器庫の中へと消えていった。
それと同時にリオも物陰から飛び出し、中を様子を伺う。
兵士たちの持つ灯りによって、いくつもの木箱や棚が照らし出される。弾薬や槍、剣や武装魔道具など、収められているものの配置は決まっているようで、探す手間が省けるとリオとプシノはほっとしていた。
二人は並んでいる棚の奥で金になりそうなものを物色するのに夢中になっていて、入り口には目もくれない。この機を逃すまいと、リオは急いで中に飛び込み、必要なものを探し始めた。
ナイフに催眠特化型武装魔道具、その弾薬と、最低限必要なものを持ってきた袋に詰めていく。兵士たちの位置を確認しながらの作業に多少手間取りながらも、すべてのものを取り揃えたのと同時に、あるものを発見した。
「これ……なんでこんなところに……」
「リオさん!」
リオは思わぬ出来事に一瞬意識を奪われたが、プシノの声に我を取り戻す。
二人の兵士がこちらに向かって歩いてきているのを見て、リオは慌てて二人の死角へと移動する。
「今日のところはこんなもんか……そろそろ閉めるぞ。あんまり持ち場を離れると目立つからな」
「おーう。まあ上官達も気づいてると思うがな。あれだけの金を握らされたら」
「それもそうか」
笑いがとまらないと言わんばかりに、二人はくくくと笑うと、出口に向かう。物陰に隠れていたリオは、閉じ込められるという危機に思わず声を漏らしそうになるが、ぐっとこらえ、プシノに合図を送る。
「——なんだ? ……やけにねむ……い」
「おいおい、ここで寝るなよ。せめて……外にで……ろ」
武器庫を出る直前で二人の兵士は人形の糸が切れたように、その場に倒れた。一仕事終えたプシノが安堵の溜息をつく。
「ありがと。助かったよプシノ」
「いえ、これくらいのことは。それより、珍しいですね。リオさんが不注意だなんて」
「え……そ、そうね。これがこんなところにあるとは思わなかったから」
プシノが宿のことをすっかり忘れていることに若干驚きながら、リオは例の木箱の蓋を開け、中身を取り出した。
地面にそれをたてれば、どすんという鈍い音が武器庫に広がる。兵士の落とした灯りに照らされ黒光りするそれは、リオの愛銃に酷似していた。
* * * *
何事もなくリオ達が石垣を超えてきたのをみて、テルン達はようやく胸を撫で下ろすことができた。
遠目に見える月明かりに照らされたリオのシルエットはやけに出っ張っていて、それが長身の武装魔道具であると気づくまでに時間はかからなかった。
「おかえりリオ姉。それって——」
「これね。私もびっくりしたわよ。旧式とはいえ、『レイピア』が量産され始めてるなんてね……」
大量生産が不可能、そして、使いこなせる兵士を育成するのに大きなコストがかかる『レイピア』は、本来リオの所属していた狩人にのみ支給されていた。
それがたかだか王立軍の支部の武器庫に保管されているとなれば、王都の本部に配置されていることに疑いはなかった。
そして、『レイピア』が通常兵に与えられた時の軍事力の上昇の程は計り知れない。
「今回のことに限っていえば、それも有難いよ。リオ姉、それが旧式だからって、腕に影響なんてしないよね?」
挑発的なテルンの口調にあえて乗るように、リオはにやりと笑った。
「当たり前でしょ? 私を誰だと思ってるの?」




