合流Ⅱ
大変申し訳ない。
忙しくて投稿遅れました。
「あれ? きゃっ!」
異次元門を抜けた瞬間、リオの身体は重力に引かれ、ぼふっと真っ白な地面に埋まり周囲に白い粉が舞い上がった。
「お前からそんなかわいい声が聴けるとはな。少し意外だ」
「私だって一応女なんだけど。馬鹿なこと言ってないで早く助けなさいよ。めちゃくちゃ冷たいんだから……」
雪に埋まり身動きの取れなくなっているリオを、うまく着地していたフェガが引き上げる。
「ありがと。それにしても、空中に異次元門が開くなんて考えたこともなかったわ……」
空に浮かぶ異次元門を見上げ、ため息をつく。今までは地上に繋がるというのが当然のことであったため、リオは完全に油断していた。この高さで下に雪があったから怪我こそせずに済んだものの、もっと高高度に異次元門が開いたときのことを考え、リオはぞっとする思いだった。
「空中に現れるということは、海中に現れる可能性も捨てきれんな。海の中でフィリアがどういう活動をするのかは、俺にはわからんが」
フェガは自分たちの置かれた状況を把握すべく、周囲を見渡す。
地面一面が白雪に覆われ、歩けば足が埋もれてしまうほどの深さ。背の高い木々が多く生え、すべての葉のは雪で白く染まっているかのよう。風のない中、太陽の見えない空からこんこんと粉雪が降り注ぎ地面の雪をさらに厚くしていく。凍えるような寒さが二人に纏わりつき、身体の熱を奪っていく。
「ここは……亜人界ではないな。夏でも雪は降るが、せいぜい山の頂上くらいのものだ」
「人間界も似たようなものよ。というか、まず間違いなく妖精界よね、ここ」
リオは寒さに身を震わせ、歯をかたかたと鳴らしながらどこか寒さを凌げる場所はないかときょろきょろとしている。
「本当に着るもの持って来ればよかった……」
「言うな。……近くに誰かいる。一人だ」
二人は一瞬で意識を切り替え、雪の上に伏せて周囲の様子を伺う。
フェガは匂いを頼りに相手の位置を割り出し、リオにもその場所を伝える。二手に分かれ、木などを利用して隠れながら標的に接近し始めた。
ここが妖精界ならば、標的はほぼ確実に妖精であるといっていい。もし自分たちの姿を視認され、それを妖精軍にでも報告されれば、二人は成す術もなく捕縛され、殺されてしまうということは想像に難くなかった。
それならば、逆にこちらが相手を取り押さえ、自分達の安全が保障されるまで拘束してしまう以外に方法はないと、二人は考えた。隠れるという手段では見つかった場合への対応が遅れてしまい、逃げられる可能性が高まってしまう。
さらに妖精がリオ達に反撃する魔術が発動するまでには、多少の準備時間がかかる。それらを加味すれば、もっとも堅実な手法が奇襲であることは火を見るより明らかだった。
妖精が二人に近づいていく。二人は呼吸を止め、いつでも襲えるよう足場と態勢を整える。音が消え、妖精の動く気配を強く意識する。
二人が妖精を挟み込むような形になった瞬間、合図もなく同時に地面を蹴った。
妖精はそれを見ても、身動ぎ一つしなかった。
「はっ!」
両の掌を下に向け強い衝撃波を発生させ、大量の雪を宙に押し上げる。
「なっ!」
二人の視界は一瞬で白で埋め尽くされ、前進の勢いは一気にそがれてしまう。
「引け!」
フェガは追撃を恐れ、距離を取った。想像以上の魔術発動速度に、攻撃の立て直しを迫られていた。
「やるね! ——がはっ!」
後ろに飛ぼうとした瞬間、激しい痛みがリオを襲い、その場に崩れ落ちる。口から鮮血が零れ、雪の上に赤い染みが増えていく。
「リオ!」
舞い上がった雪が落ち、全員の視界が開けた時。妖精の魔術は既に完成し、膝をついたリオに照準を向け、一気に消し去らんとしていた。
「消えなさい! ——あら、リオさんじゃないですか。それにフェガさんも」
リオを庇おうと跳躍したフェガは、突然戦意のなくなった声を聴いて妖精の方に振り向いた。
小さな人間が宙を飛び、行方にある雪を払いながらこちらに近づいてきているのが見える。
利発そうな顔立ちに、ショートの黒髪が彼女のおしとやかな印象を強くする。妖精共通のドレスのような服に、雪に紛れてしまいそうな白く薄い上着を羽織っている。
「……セシヤ」
優しく微笑む彼女の名を、フェガはほっとしながら口にした。
* * * *
「これで大丈夫だと思います。だいぶ血を失っているようなので、体調に影響があるかもしれませんが、傷の方は問題ありません」
ふうっと息を吐き出し、セシヤは集中を解く。リオの治療に使っていた魔術と三人分の防寒魔法を同時に使用するのは相当に骨を折る作業であり、精神の摩耗もそれに見合うものだった。
「ありがとう、セシヤ。それとごめんね? 急に襲い掛かったりして」
「いえ、気にしていません。こういう状況ですから、仕方のないことです」
手近な木の枝の雪を払い落すと、セシヤは二人の顔の高さに腰かけた。
「そういえば、お二人だけですか? みなさんの姿が見えないのですが……」
セシヤは二人の顔を交互に見た後当たりを見渡したが、当然二人以外の影を見ることはできなかった。
「みんな、というよりプシノが心配なんでしょう?」
リオはにやりと笑うと、セシヤを自分の頭の上に移動させた。
「確かに、心配でないというと嘘になります。そんなことより、恥ずかしいので止めてください」
「プシノってば、私の頭の上には来てくれないんだもの。一度やってみたかったのよね」
楽しそうな様子のリオとは対照的に、セシヤは困った様子でされるがままになっていた。
「お二人は何時ごろからこちらに?」
「今しがた来たところだ。亜人界にいたんだが、人間たちの襲撃から逃れているうちにここまで来てしまった。すぐそこの異次元門から——ん?」
空を見上げたフェガは、自分たちが使った異次元門が消えていることに気が付いた。
「あれは一時的なものだったのか……セシヤすまん、もう消えてしまったようだ」
「え? でも、すぐ近くに異次元門が……ああ、開きましたね」
セシヤの言葉と同時に、新たな異次元門が生成されていく。三人は何かが現れた場合に備え、距離を取り身構えた。
「リオ姉! フェガさん! 無事ですか! ——ぶふぉ」
途端、凄まじい勢いで異次元門からテルンが飛び出し、そのまま雪に足を取られ前のめりに倒れこんだ。
テルンは即座に起き上がると、呆気に取られている三人をじっくりと見て、状況をしっかりと把握し、胸を撫で下ろした。
「リオ姉、フェガさん。ただいま帰りました」