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:PlaceMentS  作者: 涼成犬子
第1章 Separate
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鋭い言葉Ⅲ

「ん……ふにゃぁ……」


 静謐な暗闇の中で、もぞもぞと動く影。猫のように目を擦り、ふーっと伸びをする。瞳がぱちぱちと瞬き、周りの様子を伺う。耳をピクリとそばだてると、小さな寝息がメロンの耳に届いた。

 その途端、メロンは全員が寝入ってしまったということに気付き、慌ててテディのおでこに手を当てる。熱がないことを確認してようやく、メロンの表情はやわらくなった。

 立ち上がったついでに頭の上で熟睡しているプシノをテディの枕元に下し、向かいで眠り込んでいるテルンに近づいていく。


「こんなに近くまできても起きないなんて……テルンも疲れてるんだね」


 そうつぶやくと同時に自然と優しい笑顔がこぼれでて、テルンの顔をもっとよく見ようとしゃがみこむ。うつむいているテルンの顔を覗き込もうとして、さらに一歩を踏み出し——何かに躓いた。


「え? きゃあ!」

「ん? うおっ⁈」


 メロンの悲鳴で目を覚ましたテルンの上に、バランスを崩したメロンが倒れこみ、身体を預けるように押し倒した。


「いてて……」

「ごめん、だいじょう——ぶ?」


 眼を開けると二人の顔は、すぐ目の前にあった。鼻と鼻が触れ合いそうで互いの吐息が薄くあたってしまうようなそんな距離で、二人は固まり、見つめ合った。

 瞳に映る互いの姿すら、はっきりと見えてしまう。引かれるような感覚と意識が麻痺していくような感覚の中で、二人の距離が更に縮まり——。


「二人とも何してるの?」

「うわああああ!」

「きゃああああ!」


 突然背後から聞こえた声に驚き、メロンはテルンの上から飛び退いた。


「テディ、起きてたの⁈」

「うん、今起きたところだよ。二人ともおはよう」


 テディの顔にはすっかり赤みが戻り、無邪気な笑顔はまるで向日葵のようだった。


「ああ、みなさん、おはようございます。テディはよくなったみたいですね」


 メロンとテルンの悲鳴で目が覚めたのか、プシノはソファーから飛び立ち、テディの肩に降り立つと、体温を感じるためかテディのほっぺを触り始めた。


「うん。もう大丈夫だよ! ほら、こんなに元気!」


 テディはそう言ってメロンの真似をするように、テルンに向かって飛びついた。テルンは仕方ないなと、テディを膝の上に座らせ、頭を撫で始める。


「それで、テルン兄ちゃんとメロン姉ちゃんは何をしてたの?」


 その言葉にテルンのテディを撫でていた手は止まり、メロンはぎくりと顔をそらし、プシノははてなと首を傾げた。


「え⁉ あ、いや、別に、なにもないよ?」

「何のこと……ああ、そういうことですか」


 真っ赤になっているメロンを見て、プシノはだいたいのことを察してしまった。 テルンを見下ろす位置まで移動すると、真水が凍るような冷ややかな視線をテルンにぶつけた。


「テルンさん、どんな場所でも見境なくやったりしないでください。今はテディもいるんですから、教育上よくありません」

「いやちょっと待たないかプシノさん。それは勘違いってもんだ。俺はそんなことしたこともないし、テディがいるとかいないとか関係なく、心のそこからずっと清らかだろう?」


 プシノのスイッチが入る気配を察し、テルンは身構えながら迎撃を始める。


「そんなことってなんですかテルンさん。テディも知りたがっていることですし、ぜひとも教えてほしいですね。まあどうせ? テルンさんがメロンさんを押し倒して、そのまま手足を縛って拘束して服を剥ぎ取り、露わになった身体を——」

「待て待て待て! お前のほうがよっぽど教育に悪いっての! メロンは俺の剣につまずいて転んだだけの、ただの事故だって! 早く目を覚ませよ!」

「ねえテルン兄ちゃん、プシノ姉ちゃんの言ってることってどういうこと?」

「お前はまだ知らなくてもいいことだから気にするな。おいメロン! お前からも何か言ってやれ……よ?」


 メロンが視界に見当たらず振り返ってみると、部屋の隅に体操座りをして膝の間に顔をうずめていた。


「そ、そんな、私とテルンがそんなことなんていや別に興味がないわけじゃないけどそういうのって早すぎるというかでもテルンに迫られたら私絶対流されちゃいそうだしあーどーしよ!」


 ぶつぶつと誰にも聞こえないような声で呟きながら、感情の昂りに合わせて尻尾が大きく揺れ動いていた。


「メロン?」

「うにゃあ⁉ あ、ごめん、なんでもない! 私、朝ごはんの準備してくるから! それじゃあ!」


 メロンはドアを壊れてしまいそうな勢いで開け放つと、ふらふらと奥の部屋に消えていった。三人は呆気に取られながらメロンを見送ると、顔を合わせて笑い出した。


「あーもう、本当、お二人はおかしいです。でも、仲が良くて羨ましい限りです。……次から気を付けてくださいよ」

「だから誤解だって……まあいい。俺たちも出かける準備だ。テディ、まだ本調子じゃなかったらちゃんと言うんだぞ?」

「はーい!」


 *     *     *


 重なる木の葉の隙間から降り注ぐ陽光がほのかに暖かい、雲一つない澄み切った夏空の下。テルン達は身支度を整え、リオ達と合流するべく外に出た。


「やっぱり外がいいね! 空気がおいしいよ!」

「悪かったな。湿った地下はお気に召さなかったみてえでよ」

「あ、いえ、そういうわけでは……」


 ディバの嫌味にメロンはしまったといった様子で、たははと笑いながら誤魔化した。


「ディバさん、新しい剣をありがとうございました。……それと、いろいろと考えてみます」

「おう。大事に使えよ! ……若いうちなら、間違いはただの経験だ。それを糧にして、また進め」


 ディバはガハハハと笑うと、テルンの肩をバンバンと力強く叩いた。


「テルン兄ちゃん、リオ姉ちゃん達を見つけたよ!」


 挨拶をしている間、テディには異世界門ゲートを開く準備をさせていた。プシノは何かテディに異常がないか、傍を飛び回り見守っていた。


「わかった! すぐに頼む! ……それでは、失礼します。ディバさん」

「ああ、元気でな」


 テディがゲートを開きはじめ、プシノは自分の周りのフィリアが大きく蠢くのを感じていた。

 妖精界で生活していたときでさえ、ここまで激しくフィリアを流動させた人物は見たことがなかった。マリーディアで初めて門が開かれたときは、その事実に圧倒され、ただただ驚くばかりだったが、意識して感じることで更なる驚きに晒されてた。プシノは息を飲み、テディから目を離すことができなくなっていた。


「……終わった。テルン兄ちゃん、繋がったよ」


 少し疲労の色を見せつつも、テディはしっかりとした足取りでテルンに駆け寄った。


「ごめんな。お前ばっかりに負担かけて」

「私は大丈夫! みんなもいるし! ……それでね、テルン兄ちゃん」

「うん? どうした?」


 テルンはテディの口調の変化に気づき、テディが話易いよう目線を合わせた。


「リオ姉ちゃんがいるところには確かに繋いだんだけど……ここにきたときの場所とは全然違う場所に繋がったの」

「……本当か?」

「うん。それに、二人の近くに知らない人が一人——テルン兄ちゃん?」


 突如立ちあがったテルンの表情を見て、テディは不安そうな声で呼びかける。


「テディいいか? 俺が異世界門ゲートに飛び込んで、何かがあったらすぐにこれを閉じてくれ。メロンとプシノが異世界門を潜る前に。お前ならフィリアを通して俺の様子もわかるだろ?」

「そうだけど……でもそれじゃあ」

「言うとおりにするんだ」

「……わかった」


 テルンの今までにない強い語気に、テディは身をすくませる。


「二人とも、先に俺が入るから少しここで待っててくれ! 俺が入った五分後だ。頼むぞ!」

「え? ちょっとテルン何を言って——」

 

 最悪の展開を覚悟しながら、焦る気持ちで身を焦がし、テルンはメロンの言葉の最後を待たず、異世界門ゲートの中に飛び込んでいった。

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