第6話 剣を求めてⅠ
これだけの条件が揃った中で、グリーの失踪と狩人の痕跡が結びついていることに気づかない者はいなかった。
「助けに行くぞ」
結論が出てからの行動には迷いがなかった。テルンの頭の中にはそれしかなかっただけであったが。
「待てテルン。よく考えろ。俺たちがここに来たのはテディのおかげだが、奴らがこの近くに出現したのは単なる偶然だ。『異次元門』は基本的に入ってみるまでどちらの世界に通じているのかわからない。大方、テディの連行を命令された奴らが、近場に開いたゲートを使って探し始めたんだろう。それがたまたま当たりだった」
「私がいたころからそうだったけど、あいつらは命令には忠実に動く。逆に命令にない事態が発生した時、それが緊急でなければ命令があるまで動かないの。グリーを殺すことは今回の目的にはなかったんでしょうね。あれば、ここにグリーの死体があるはずだもの」
連れ去られたときに落としてしまったのか、グリーが大事にしていた酒瓶は割れてしまっていた。リオはため息をつきながらしゃがみこみ欠片を一つ拾うと、二枚のコインと一緒に投げ捨てた。
「だいたい、どうするつもりだったんだい?相手の場所は? 人数は? 武装は? そもそもグリーの立ち位置は? 人質にするつもりならまだしも、いきなり肉盾として使われでもしたらどうしようもないよ。何もわからないじゃない」
「それに時たま発生する『異次元門』が保つ時間はそれぞれ異なる。入った直後に閉じてしまったり、長ければ一日開いている。また新しいゲートが近くに開いている可能性だってないわけじゃない。探す範囲は広大だ」
「しかも——」
テルンはフェガとリオから、ぐーの音もでないほど理論攻めにされ、もう最後は落ち着きを通り越して呆れはじめていた。
「——それと、何より大事なことを忘れているぞ」
「……なにかありましたっけ?」
テルンはぶっきらぼうに答えた。
「目的を達するための手段、つまり、戦いだ。相手をねじ伏せ、こちらの正義を押し通す。俺たちの正義は、あらゆる正義を否定しない。認め、理解する。その上で、邪魔になるのであれば排除する。そのための戦いだ。そして、それに必要なのは——力だ」
「あの……もうちょっと具体的に……」
「ほら! あれだよあれ! こう……ズバーンズバーンって!」
何かを閃いたのか、突如会話に参加したメロンが行っているのは何かの動作、つまりボディランゲージなのだが、擬音を含めてでさえ、テルンは理解することが出来なかった。
「分かんないかなー。剣だよ、けーん!」
メロンは腰に手を当て、子供に言い聞かせるような口調で喋った。
「ディバさんのところに行かなくちゃ!」
* * *
まだグリーが遠くに行っていない可能性がある以上、グリーの捜索も同時にするべきだとテルンは言い張った。そこで、テルンと共に人間界に戻りディバの下に向かうグループと、このまま亜人界に残りグリーを探すグループに分かれることとなった。
「とりあえず、俺は残ろう。人間界よりもこちらの方が動きやすいからな」
始めにフェガが名乗り出る。この世界で暮らした時間がこの中でもっとも長いうえ、様々な知識、感覚を持つフェガは、探索においてここにいる誰よりも優れていた。
「じゃあメロン姉ちゃんもフェガさんと一緒?」
テディはフェガをどう呼ぶか迷っていた。おじさんと呼ぶには若く見えるが、かといってお兄さんというほどでもない。しかし、フェガ本人が気にしていないようなので、助け船を出すでもなく全員黙っていた。
「さっきの時も二人で山の方に行ってたし」
テディの言うことにはちゃんとした合理性があった。亜人界に住んだことはないにせよ、半分亜人の血を引く彼女の身のこなしはかなり軽かった。単純な直線を走ればテルンも負けないが、入り組んだ地形や森の中など、障害物の多い場所ではやはりメロンに軍配が上がるのである。
「うーん。私はテルンと一緒に行くよ」
「どうして?」
「えーとね……なんて言うかなぁ」
「まあまあ。行けばわかるからさ。テディも俺と一緒に来るか?」
荷物から替えの服を引っ張り出し、着替え終えたテルンが言い難そうにしているメロンの言葉を引き継いだ。
「うん! テルン兄ちゃんについてくよ!」
言葉と同時に、テディはテルンの腕に飛びつくと、大事な宝物であるかのようにひしっと抱きしめた。テルンはテディの気を逸らすことに成功し、内心ほっとしていた。
「もう少ししたらプシノも目覚めるだろうし、そのまま人間界に一緒に行こう。あとは——」
「私だね。単独行動は良くないし、亜人界に残ったほうがいいでしょ」
テルンの言葉を奪うように、リオは自分の行動を決定する。普段の人をからかうような雰囲気は消え、刺すような眼をした彼女は現役時代の姿を彷彿させた。
「荷物はここに置いていこう。なくなって困るような貴重品なんて入ってないしな」
亜人界にいるのはもちろん亜人たち。彼らは人間の持ち物に興味を示さない。なので、放置していても基本的に問題はない。例外があるとすれば、先ほどまで苦労させられていた野生動物たちくらいのものだ。
「俺たちは目的を果たしたらまたここに戻って来る。人間界のどこに『異次元門』が開くか分からない以上、いつディバさんのところに辿りつけるのかもわからない。戻って来られるのもいつになるか……」
「ねえテルン兄ちゃん」
「ん? どうした?」
テルンの腕を掴んだままの状態でおとなしく話を聞いていたテディだったが、珍しく言葉を遮る形で口を開いた。
「ディバさんの家ってどんな家?それか、近くの目立つものでもいいんだけど……」
「目立つもの……?」
テディの言うことにテルンは困惑したが、テディの目から彼女の真剣さを読み取ることができた。テルンは唸りながら、前回ディバの家を訪ねた時の記憶をまさぐり始めた。
「人が住んでいない山の奥地だから、目立つものっていってもな……」
「あれとかいいんじゃない? 家の近くにある、すっごく大きな木」
メロンは悩み始めたテルンに助け船を出した。自分の剣を預けたということすら忘れていたテルンが、ディバの家——別邸、工場のことだが——の周りなど、覚えているはずもなかった。
「ああ、そういえばそんなものも……あったかな?」
「メロン姉ちゃん。その木のこと、もっとよく思い出して」
テディはメロンに近づき、身振りでしゃがんで欲しいと訴えた。メロンはそれに従い、テディと目線の高さを合わせる。
「その時に感じた事、思ったこと。メロン姉ちゃんが覚えていることを、出来るだけ詳しく」
テディはメロンの前髪を掻き上げ、空いているもう一方の手を小さなおでこに当てた。
メロンは瞳を閉じ、自分の感覚を思考から追い出していく。どこかにある記憶の欠片を探す。それを見つけ、意識の中まで引き上げる。
* * *
初めてディバの下を訪れた時、テルンとリオとグリーがいた。監視されていないか。尾行されていないか。感覚を研ぎ澄まして道なき道を進み続けた。天気が変わりやすい山の中、雨でぬかるんだ足元にも気を遣う。山道に慣れていないグリーからは疲労の色が見えていたが、それでも文句一つ言わなかった。
目的地に辿りつくと、木造の建物が見えた。窓は疎か、全く隙間が見当たらないため、中の様子は一切伺えない。テルンはそれに歩み寄ると、ドアをノックする。待ち構えていたのか、すぐに低い男の声が聞こえる。テルンだけ入れ、残りは待っていろと。言葉に従い、テルンだけが中に足を踏み入れた。
手持ち無沙汰となり、周りを見渡す。無秩序に育つ木々が見せる景色は、ここまでの道程となんら変わりがなかった。そんな中で目に付いたのは、他とは比べ物にならないほど大きな幹を持つ、一本の老木だった。
自分でも気づかないうちにその下に歩み寄る。手を伸ばし、そっと幹に触れる。湿気を含んだ、しっとりとした質感。長い年月を思わせる、青々とした苔の塊。雨の匂いに交じる、独特な木の香り。
懐かしい。そう感じ、安らかな気持ちになる。同時に、水滴が頬を伝う。雨の雫でないことは分かっていた。
* * *
「ありがとう、メロン姉ちゃん」
テディの声を合図に、メロンはゆっくりと意識を現実に引き戻した。
「大丈夫?」
テディの心配そうな顔が、瞼を上げたメロンの視界にぼんやりと映る。はっきりと見えるまで、二度三度と瞬いた。
「うん。全然平気だよ」
「本当? ……でも、メロン姉ちゃん泣いてるよ」
「え?」
メロンはきょとんとした表情で、手で頬に触れる。テディの言葉を理解して、飲み込んで。再び目を閉じ、考え始めた。
「……うん。そう、きっと思い出しちゃったんだよ。パパやママのこと」
過去を振り返れば、苦しく辛いことには事欠かなかった。夢に出たことも一度や二度ではない。昔はその度に叫んで、息が詰まって、吐きそうになった。
それでも、メロンは泣かない。いつまでも切りがないと、自分を戒めていた。テルンやみんなに、心配をかけたくなかった。
だからせめて、他人事のように、客観的に、自分のことを見つめた。何も知らなかった頃の自分を懐かしみ、慈しみ、そして、未来を思って憐れんだ。
メロンは久しぶりの涙を袖で拭って、笑顔を作る。
「もう大丈夫だよ。……やだなみんな! ほんとだってば!」
皆の堅い表情を崩そうと、メロンは明るく言い放つ。
「テルン兄ちゃん」
ぎこちない空気を破ったのはテディだった。
「どうした?」
「メロン姉ちゃんが思い出してくれた木。見つけたよ」
視線は必然的にテディに集まった。表情に驚愕の二文字を浮かばせて。
「……どうやって?」
「分かんない。でも、見つけた。いつでも行けるよ」
テディは自分に向けられた疑問をばっさりと切り捨てた。しかしそれも、答えないのではなく、本当に答えられないからだった。自分でもわかっていないというのが一番正しいのだろう。
「驚いたね……この子、本当に何者?」
当然、リオの疑問に答えられる者はいなかった。




