歩み
前髪を伝って、雨の雫が頬を濡らす。
それは若干の朱色を帯びていて、はて、雨はこんな色だったろうかと考え、彼は自分の浴びた返り血が混じっているのだと気づいた。
彼は、自分を取り巻いている状況を、確認しようとは思わなかった。ぼんやりとした意識の中で、自分が何をしていたのかを察していた。だから自分が血だまりに立っていることにも、動かなくなった、元々人間だった大量の塊が転がっていることにも、一切の疑問は覚えなかった。
聞こえる音といえば、何も知らずに降りしきる雨が空気を裂く音と、それが何かを打つ音、やけにゆっくりとした、自身の心臓の音。そして目の前に立つ、この世でもっとも大切にしている人が泣きじゃくる声。
彼は、伏せている顔を上げられなかった。
自分がしたことは、本当に彼女を救う結果になったのだろうか?そう考えて、彼は迷った。それでも、このままではいけないと訴える声が、どこからか聞こえた気がした。
少年は、少女の手を取る。少女はびくっとして、怯えた表情を浮かべた。そして、すぐにそれを恥じた。自分はなんて身勝手なのだろうと。
自分の最も大切な人が握ってくれた手を、強く握り返す。そうすると、相手からも安心した気配が感じられて、自分自身もほっとできた。
「今は逃げよう。いつかきっと、今までみたいに暮らせる日を取り返してみせるから」
二人は手を握ったまま靄の中に消えていく。それが、彼らの選択。彼らの、彼らによる物語の、始まり。