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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部終章:『月に筆を』
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第六十五月:わたし達は最強少女を象徴するモノ

───




 サラセニア三大秘宝の一つ、小刀『笹流し』。

 本来は武器としての性能は皆無であり何も切れない装飾品でしかないが、神様との謁見を果たす上で必要なアイテムであるが故に、追い求めるは少なくなかった。

 三種集めれば何が得られるか? それは、神様が持つ権力を一度だけ行使出来るのだと……その界隈で熱い噂になっている。

 大地の神様の力を望めば地殻変動を起こせるし、空の神様の力を望めば流星を降らせることも可能だとか……そんな感じ。


 そのせいだろうな。秘宝を護っていた神様とされる異形、怪獣、超常現象などは暴君どもによって軒並み攻略され、サラセニアはのんびり開拓するだけの世界になった。

 『神様は狩り尽くされて、もういない』。そう謳われて以降、サラセニア三大秘宝なんてものは望める力が存在しない為に、何の役にも立たなくなってしまったのだ。


 ……しかしながら、象徴するモノという意味で、価値を見出した人がいる。

 それが、あたし──アイリ……現ファイユ・アーツレイだ。


 小刀『笹流し』に限って言えば、唯一武器として振るった人物──舟都セリフュージ代表、A.F.ファイユ。

 その小刀でどんな巨獣だろうが一刀両断してみせる彼女を、最強だと証明する一品として扱っている。


 小刀『笹流し』とはすなわち、A.F.ファイユを象徴する物。

 小刀『笹流し』を所持していると言う事は、A.F.ファイユの志を背負っている事と同義であると。

 少なくとも、託された者の中では笹流しとはそういう物であり、かつての人物との繋がりを大切に思える『だいじなもの』であった。


 だけど……失っていると思われていた用途に執着している輩がいる事。 

 そして、その輩とククが繋がっている事が、今回の笹流し紛失事件を引き起こしたのだと……あたしは、樹都の森の中でぼんやり考えていた。



────



 樹都の森に差し込む陽の光が途絶える刻まで、あと一時間程度。

 あたし──じゃなくて『私』とククは、樹都フォールの巨大樹に建造された心臓施設・古魂の(くるわ)が見える範囲にある小川の辺りで、声を潜ませながら話し合っていた。


「──なるほどぉ。じゃ、笹流しがすり替えられたのは……いつ? 古魂の刀剣をククにあげたあたり?」

「どうだろう。ウガタがらみなら……もしかしたら、笹流しを奪還した二回目のの武器狩りの時にはもう……」


 単なる木の棒を笹流しと偽れる機会は多分にあったわけだ。

 相手は神様級だ。隙だらけの小娘達とつるんでいたなら尚の事、そんなこと造作もないものな。

 私は諦めを滲ませたように息を吐き出し、


「隠されたなら、きっとシバコイヌ君でも見つけられないようにしてありそうだね」


 完全な詰みを前に、諸手を上げる仕草を見せた。

 言葉は途切れた。水の流れる音と遠くから響いてくる街の喧噪が場違いな平穏を感じさせてくる。

 前までは私たちもあちら側にいたのだ。こんなことになるんだったらもう、戻ってもいいんじゃないか……そう、切り出そうとした時。


「それでも、わたしは──」


 ククは俯いたまま……でも、力強い目をして言う。


「笹流しを探したい……! 仮に手元にあったとしても持ち出したのは自分だし」

「……まあ、それはそうだけど」


 『実験』への執着だろうか。

 それとも配信者としての根性とやらか。


「ククがそう思っててもさ……どこに隠されたか見当はついてるの?」


 広大な砂漠の中から一本の針を見つけるような途方もない作業をしていられるほどの時間なんてあるわけない。

 ククの中の人は、もうじき高校受験があるはず。ただでさえサラセニア配信なんてやってて、勉強の方は大丈夫なのか心配になるのに。


「見当……」


 お節介になるだろう言葉は口に出さず、あえてそう訴えるような顔を向ける私にククは、


「ついて……ないです」

「うん……」


 一転して弱弱しいお目目。

 それもそう。ウガタは色んな世界を私たちに体験させられる手段を持った人だ。

 本気でモノを隠そうと考えれば、どの世界のドコにだって隠せるだろう。なら探すのを諦めた方が建設的でしょうってのが、私の考え。


「だいたいさ、変な奴らと変な実験をしようと企んでたから、ウガタに手の平返されたんでしょ? 言い逃れできないよ」

「うぐぅ……」

「うぐぅ……だねぇ。元最強少女のアカウントを使わせてもらってもどうする事も出来なかった問題だったってだけ。無理して首を突っ込む必要なんてないんだよ?」


 これ以上ククがでしゃばろうが、シバコイヌ君達とウガタの諍いの結末は明白。どの道彼らが白旗を振って終わり。ウガタのハッピーエンドってところか。

 けれど、それでは不服なのかな。


「……まだどうにかしようとか……考えてる?」

「だって……だってさ……」


 なんだその顔は。ぐずる幼女か。

 彼らに協力すると言ったらしいが、その手前情勢が怪しくなったからサヨウナラとは言いづらいみたいな。

 もしくは、実験とやらの顛末が中途半端になると、画面の向こうの視聴者達がブー垂れると心配しているのかな。同じく本人もそんな気持ち……?

 もしそうなら、こちらとしても「縁を切りなさい!」と強く言えた立場でもないのだし、まだ協力を続けたいと捨てきれないでいるのなら、部外者の私が折れるべきなんだろうな。

 人の探求心は他人に言われて抑えられるものではどうのこうのと言うやつだね。


 しかたない……。

 笹流し自体はもうどうしようもないと頭では分かっているようだし、私はその上で出されるククの答えならなんでも受け止めてしまおうと思い、仕草や表情で訴えるのをやめた。

 ただ瞼を閉じ、この子の一言一言に頷くお姉さんキャラに徹しようぞ。


「──あの、なんていうか」

「うんうん」


「最強少女のアカウントを使ってるとね」

「うん」


「こう……あの人の人気を体験してるみたいで……気持ちよかった……から、もっと」

「うんう……──ん?」

「あ、もちろん笹流しは通常使用で! 代表みたいに使うのはズルだって知ってるから、彼女を象徴する物として取り返しておきたいだけですよっ?」

「……あー……」



 そっか。えっと。


 えー……。



「んー……うん。んーー? ……うん。……あ、はいはい」



 どうしよう。

 いくら考えても、ククがそれでいいならいいンじゃない? との感想しか浮かんでこない。

 脳筋の味を知っちまいやがって──とは、前からよく言っていたものだ。今では、脳筋に際限が無い事も知っちまいやがって、とでも言ってしまおうか。


「n…つまりは、またまた無双におんぶに抱っこが始まってたんだ」

「ちょ、やめて。その『この賊がよ』って強く訴えてくる顔やめてくださいよっ」


 せっかくのゲームライフを壊しかねない強キャラがいる時点で、私の中で萎えるものがあるのだが……まあ、楽しみ方は人それぞれだよねって話。

 ククの配信を見に来てる人にも、ソレを望んでいる層が出来ているようだし? それなら苦言を呈す私は邪魔でしょうから、後方腕組みおばさんでいますよってね。

 とりま私はパンッと手を合わせ、会議は終わりだよと示した。


「ククの想いは伝わりました。私達は最強少女を象徴するモノを奪われていた事に対して、これ以上言及しないようにしましょう。取り返したいなら欲しくなった時に取り返しに行く方針で。ね?」

「ア──あのファイユ様、距離っ。距離がなんだか懐かしい感じになってます。こわい、置いてかないでッ」


 小川の水をわざと跳ね上げて歩きゆく私に、ククは森に取り残されまいとついてくる。

 ついてきたいなら別に構わないけど、これから私は柊乃先輩と交わしたお仕事を──。


「そうだ、クク」


 なにも私一人で行う事もないかと思い、ちょっとこの子の気持ちを尊重しておくついでにと切り出してみた。


「あのアカウントをもっと使いたいっていうのなら、持ってこいのイベントがあるけどぉ。行く?」

「イベント? 武器狩り?」

「や。滝都と秘都の雌雄決着が一般開放されるんだって。それでさ、樹都からも参加グループ作りませんかって話がきてるの」


 どうする? と、振り返ってみれば、ククは案の定目を輝かせていた。


「そんなすごい光景になりそうなイベントを……肌で感じられるんですか……!」

「そうだね。配信映えもするんじゃない? 私は知っての通り樹都の森を離れられないから、代わりに何人か派遣させたいんだ」


 とまあ、口ではそう言うけど……準ゲストアカウントの試運転もかねて秘密裏に参加する予定。

 柊乃先輩がなにをしようとしているのか、個人的に興味があるから。なにより、多くのユーザーが集まりそうなんだ。運が良ければ、主人公クラスを見つけられる可能性もあるゆえ、とても無視できるイベントではないでしょう。


「──それなら、是非! 笹流しの失態を取り返す気持ちで挑みます!」

「主人公じゃあるまいし、そんな力入れなくてもいいと思うよ」


 一般参加者は観光気分でいてくれたほうが危険な目に合わずに済む。みたいなことを言われたので、ククが使う最強少女に大役を押し付けられる展開なんてこないだろう。

 ちょっと観光がてらイベントに顔を出しました位の気持ちで良いのだよと。


「じゃあ、まずは街に戻って宣伝と勧誘だ。アクティブユーザーをピックアップするの手伝って」

「はい! 最近放置キャラ増えましたもんね」

「それねぇ……どっかの誰かさんがネットに晒したせいでしょ。樹都だけでも六万アカウントくらい放置されてるってィルカちゃんが嘆いてたよ」

「もうそんなにっ? えぇ……。サラセニア運営に言ったらなんとかしてくれないのかな。専用シュレッダーを作ってくれるとか」

「発想が賊なのよ。もはやククらしいとさえ思っちゃうわ」

「それって、新たなアイデンティティになる感じ? なんちゃって」


「……あなたがそれでいいならソレでいいのではないですかね」

「あ、待って! 冗談なのに! おいてかないでってば!」




───

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