第六十四月:主人公の死を感じたい星人 ③
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……やがて黒。
琴乃葉から意識を戻し、サラセニアへと入る前に少しだけ気持ちを整理させておこうと思った。
あたしは装着していた視覚機器を取り外し、ベッドに沈めていた体を起こした。
「……ンー……」
まとまらない気分のままに鳴らした喉。煮え切らない表情を向けた先にあるのは光源。
カーテンを閉め切った部屋を独特な光で照らす四角錐の機械。あたしの手の平よりも若干大きいソレは、まだまだ真新しい状態を保ったままの教科書と参考書が積まれた机の上で……音も無く浮かんでいた。
あたしが購入したモノと貰い物の二つ。ソレらは接触するでもなく、ただ正八面体になりかけた状態を保ち、その周りには謎の小さな球体が四つ公転しているっていう。
無害ならどうなってくれてもいいですけども。
「のどかわいた」
とりあえず、なにかしら飲めそうな飲料を求めて冷蔵庫へ直行した。
未だ答えの出ない謎技術は放っておく。考え出すと怖いからね。今はゲーム機として使っているからゲーム機ってことで良いのだ。
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ゲストとは広告塔である。
厳密に言えば、『広告塔の様に使われている』が正しいのだが……まずは『ゲストなるモノ』について述べ散らかしておきましょう。
四角錐の世界に於けるゲストとは、特定の世界の住人から招待コードを送られた後、そちらの世界へ移行させたアカウントの事だと定義付けられている。
ただ、これはあくまで四角錐の世界に関わっているユーザー達が勝手に決めた定義であるため、真面目にゲスト『様』なんて客人扱いしようとするククみたいな人や、ゲスト『君』と呼んだりして分け隔てなく応対しようとするアイリみたいな人もいる。正解なんて誰も決められる立場ではないから、ゲストに対する扱いは個人の判断に委ねられているのが現状。
ゲストという立ち位置は、誰にとっても曖昧なモノだってコトなのだな。
「はい、ただいまぁ」
あたしは飲みかけだったコーヒー牛乳を手に戻ってくると、机にある構造体を見下ろした。
どういう仕組みかは知らないけれど、こんな一リットル容量のペットボトルと同等の大きさのモノに、沢山の世界が詰まっているなんて……今でも信じられない。
誰が作って、誰が何処の層を狙って販売しているのか……なにもかも不明。こんなものが、こうしてあたしの部屋の中で稼働しているとか。考えだすと怖さしか沸き立たない。
こんな想いも余所に、今もどこかの世界で誰かがゲストを運用しているのだろう。あたしもその中の一人なのだがな。
とりあえず視覚機器を再び手に取り、ベッドに腰かけた。
じゃ次に、そんなゲストアカウントの運用目的についての話をしよう。
そもそも他世界への適応に難があるアカウント移行に、一体何の意味があるのかだ。
四角錐の世界では、アカウントの死は現実の死と同じ。復活などない。死んでしまったら、やり直しも出来ない。二度と、そのアカウントは使えなくなる。
異なる環境への移行は、死のリスクが大いに高まる。だからこそ、無駄に死と隣り合わせにして何の利が得られるのかが疑問だった。
その模範的な回答を頂けたのが、ククに武器狩りなる趣味を植え付けたウガタさんである。
彼女が四角錐の世界を手に入れた当時は、世界はあれどユーザー数が極端に少ないという状態にあったらしい。
制作元が商品の宣伝に無頓着だったのか知らないけど、聞いた話では魔物が横行するだけの世界や創造と破壊を繰り返す都市を観るだけっていう世界などが存在していたのだと。
観賞用、ストレス解消ASMR。一つの世界は創造主の為だけにある。沢山の理想郷を詰め込んだ神様達の宝箱。だったら干渉し合わない方が平和だっただろうに。
そんな状況から脱却した神様は、承認欲求を拗らせたのかもしれない。自分が作った世界、理想郷を他のユーザーにも見てほしいよってね。
ポツポツと現れる新規ユーザーでは飽き足らず、他世界に渡る術を見つけおこなった事と言うのが──宣伝だ。
あたしが初めて四角錐の世界に降りたのは琴乃葉。ククはサラセニアだと言っていた。
ある時にククがリアル世界でサラセニア配信をしている事を知り、興味本位でアプローチしたら妙に話が進み、あたしはククから招待コードを受け取りサラセニアで合流。
その時にウガタと名乗ったユーザーに出会い、あたし達はサラセニアを拠点にして四角錐の世界を巡る冒険をした。
後になって思った。きっとあの冒険自体が宣伝であり、先導していたウガタさんはどこかしらの神様だったのだろう。さらにはあたし達とは別に、同じようにして宣伝している神様もいたのか、アクティブユーザーの増減が目に見えて分かるくらい人の流れが生まれていた。現に、琴乃葉でもサラセニアでも面識のないユーザーと出会う機会が増えたのだから、ゲストアカウントを使った宣伝はある程度の効果をもたらしていたようだ。
──で、さっきこのゲストによる運用効果を欲している人と話してきたのだけどさ。
「……宮地対宮地の雌雄決着を一般参加可能なイベントとして開催するとか……娯楽化して本当に大丈夫なのかな?」
柊乃先輩が持ち掛けたのは、ゲストアカウントを使ってイベントの宣伝をしてくれ──っていう話。
それとプラス、イベントへの参加。出来たら友達も誘ってね、ですって。
あの様子だと、あたし以外の人にも宣伝を委託していそうだ。エンターテイナー気質なのは素晴らしいと思うけど、何でそんなに力を入れているのやら。
「一般参加者には本戦と直接関わらずにいられるポジションをくれるらしいけど、万が一のことがあったら……」
宮地対宮地なんて誰が見ても超大規模な混戦だ。どれほどのアカウントが今後使えなくなる事態になるか想像も出来ない。
それを覚悟の上? 正気の沙汰とは思えないし、そんなイベントの宣伝と参加をする運びとした自分にも狂気を感じざるを得ない。
「万が一……か」
視覚機器を装着しかけたまま、四角錐の機械の下部……準ゲストアカウントを作れる『杯』にあたる機器を一瞥する。
「いざとなれば、あの害悪……ステルスチートを使うほかないなぁ……」
ファイユ代表から託された力を、あたしは主人公を殺しうる力として受け取った。
それが、人を助ける手になるかもしれないとは……善に染まったようで身震いがする。──と、その時、携帯から受信音がした。
見てみると、それはククの中の人からの個人チャットで……。
「──は? え? 笹流し……盗まれてた???」
詳細を話したいから樹都の森で会いたい……だのなんだのと、また不穏な話が舞い込んできた。
「……あーもー、そろそろ頭がパンクするよー? 知らないよー?」
とにかくコーヒー牛乳を飲み干したあたしは、雑に視覚機器を装着するとベッドに沈んだ。
休憩は終わりだよファイユ・アーツレイ。キミが休んでいる間にゲストアカウントとしての仕事と別件の緊急会議が追加されたぞ。
お~嬉しいかぁ♡ いい子だねぇ、よちよち♪
……はぁぁ。(クソでか溜息)
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