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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部終章:『月に筆を』
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第六十四月:主人公の死を感じたい星人 ①

────




 四角錐を構成する数々の世界には、『主人公』なる者が必ずいる。


 神様の寵愛を受け、常人では持ちえない『なにかしらの特別』を与えられ、常に物語の注視点に立つ傀儡。


 性格が良かろうが終わっていようが、あなたは主人公なのだよと謳われれば脚光を浴びる。皆に色を与え、皆の感情を沸き立たせる。


 やがてそれは、いてもいなくても同じなモノには無縁な情の渦を作り出す。


 嬉しいも、哀しいも、憤りも、楽しいも……闇に蔓延る全ての情念が照らし出されて、初めて数多の『私』が確立する。

 


 主人公とは、そういう存在。


 まさに特別で、尊重すべき光源である。



 そうして明るみになった瀬田愛梨()は、そんな主人公が死ぬことに興味を引かれる情念を抱く。



 あなたはドコにいる?



 私を照らしたアナタは何処にいる?



 いつか見つけ出せた暁には、芽生えた情を伝えてあげよう。



 私はただ一途に、主人公の死に恋焦がれているモブキャラクターであるぞ……とね。




────




「──ねーあいりぃ。聞いたけど、隣のサラセニア(さらせにゃあ)でなんかイベントあんだってー?」


「んー。宮地と宮地で合戦イベ。遠くのドンパチだから気軽に行けないのだわ」


 

 放課後、クラスの子と一言二言交わしてバイバイする。

 毎年恒例の文化祭の準備は皆にお任せ。今回あたしは別件で忙しいので、居残りせずにおさらばだ。


(……トグマのお兄さんも危機感煽られてるのか、めんどくさい仕事押し付けてくれちゃってさぁ)


 まだ焼けてない空に向けて中指を差す。

 琴乃葉と他世界を隔てる等辺と頂角が、昼月みたいに薄っすらと見えていた。

 隣のサラセニアにあるアカウント、『ファイユ・アーツレイ』に戻って月を描いている人とやらを探さないといけない。

 

(薩摩さんのログは結構ありがたかったけど、ィルカちゃんわぁ……)


 かつての友達を憂いても、今の友達にドン引きしても仕方ない。

 琴乃葉の瀬田愛梨はしばらくお休みさせて、樹都の森にいる趣味アカウントを動かす方に集中しよう。

 仮にも妹に拳を向ける程の兄だ。事の真相が明るみになるようなら、樹都から打って出る事もあり得る。

 そう考えると、アーツレイ家の仕事は長くなりそうだ。


「──ンンーーーっ……ま、なんでもいいや。ククだって最強少女のアカウントを託されて頑張ってるんだし。あたしも今は私情を捨てて──」



 思い切り背を伸ばして気分を一新させていた時、誰もいなかった街路の先で乾いた音が鳴った。

 なんの音だろう。何気なしに視線のみを向けると……少し遠くの方に、あたしが籍を置く琴乃葉高校の制服を着た男の子の後ろ姿があった。

 その子は頭上に片手を伸ばし、棒のような物を掴んでいた。

 ……掲げているのか、落ちてきたからキャッチしたのか。

 けど、近くには高い建物なんてないし……じゃあ、何をしているんだろうというか、いつからいた? 音が鳴って初めて気付いたぞと。

 若干警戒しつつ、距離を詰めずに様子を窺っていると……。


「あン──?」


 棒が紫色の煙へ変化して、男の子に纏わりつく。そして……徐々に彼の体に吸い込まれるようにして消えてしまった。

 ……不可解だ。この琴乃葉はノンファンタジー、現実世界を忠実に再現され、チート現象が起こりえない世界観を売りにしている。

 それなのに、あんなサラセニアで見るような非日常的エフェクトを起こすなんて。



 黙って見てれば、それだけには止まらない様子。

 男の子の前に、白く大きな獣の幻影を纏った小柄な人物が何もない所から湧いて現れ……彼を抱きしめていた。



 どこかから流れてきた物語の一端。

 そうであっても、琴乃葉の世界観を乱す光景に違いないので、運営に通報でもしておこうか。

 決して情に流されぬ。およそ人としての感情を持ち合わせていないような判断をし、そっとスマホを取り出す。

 けど、ちょっと待ってと、あたしの心がざわめいた。


 ふと気付いた事。

 あのような仰々しい演出で飾られた物語を送る彼らが、単なるモブキャラクターとして扱われているはずがない。

 と、考えてみると……もしかしたら、あたしは主人公の固有イベントを目撃している可能性が浮かび上がる。

 可能性……。そう、可能性はあると言ってしまえる程度であるものの……。

 そう思ってしまっては、一度蹴ってみないと気が済まなくなる瀬田愛梨なのであった。


 サラセニアで数々のログを漁り、ゲーム世界に於ける主人公ならば現代舞台の主人公を捜すよりも見つけやすいだろうと踏んで捜索を始め、はや一年。何の成果も得られずにいた所で思わぬ出会いを果たし、乾いていた情が潤い、やがてふつふつと煮えたぎる。

 なにも安全圏から死を堪能して満足だなんて、そんな豚臭い範疇で留まる情など持ち合わせていない。

 平和平穏安全安泰、どれも結構。悲劇など起きないに越したことはない。

 でもそれだと、あたしは満たされない。


 ──何度でも言うよ。

 瀬田愛梨は主人公の死を感じたい。出来るなら何度でも。何度でも主人公の死に目に立ち会いたい。

 キミ達が最期に見るのが、あたしの姿だとすれば……これ以上に幸せを感じる筋書きがあろうか。

 そう考えれば考えるほど心は昂り、目標へと運ぶ脚は速くなる。


 あたしは、まるで風が吹くように。


 もしくは、枯れ葉が小道に落ちるように。


 眼下に捕えた主人公と疑わしき男の子に向けて、災厄を投じた──。




────

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