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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:秘都クレイト凶行
90/107

第六十一月:そして彼女は動いたんだ




 ──────


 地面との衝突は、僕らが獣衣装を終えるよりも早く訪れた。


 ハウは──……僕を多くの綿毛で包み込んで、モフンと上手く衝撃を和らげたらしい。クッションとしての役目を終えた綿毛は、枯れ落ちるように体から剝がれていく。それを見ながら座り込む僕は、緊張で高鳴ったままの鼓動を落ち着かせようと努めて……いたかったのだが。



「……? ハウ?」



 辺りに広がる綿毛、それに頭にある毛の塊を取ってみても、ハウの顔も触角も無い事に気付いた。

 あれ? と、周りを見渡して友人の姿が無いか探してみても……。


「ぇ……」


 頭上の巨大船から吹き下ろされる突風で、草地に散らばる綿毛が舞い上がる。そうなっても、ハウの丸っこい体だと判別出来得るモノは残らなかった。


「今度はどこに行っ──痛ったぁ……!」


 ハウにもやり直しに関する事情があって、クリアしなきゃいけない事があるのだろう。それならそれでいいとして、こちらは流石に体が限界だ。

 身を起こそうにも、あちこちに負った傷が更に開きそうになり、僕は仕方なく座り直すだけに止めて何度か深呼吸をする。

 しばらくは動けそうにないか……。シバコイヌさんとろろあくとがいる巨大船を見上げると、ゆっくりとではあるが速度を上げて白い空へ進行していた。それも無数の図形で構成された龍みたいなものに船体を巻き付かれての強行。きっと、二人は今アレと戦っているのだろう。立て続けに迸る閃光や飛び散る破片が、船上での奮闘っぷりを物語っていた。


「……。……」


 果たして痛みに見合う結果なのか、これは。ボロボロになった体を滑る冷たい風を感じながら、そう思う。

 危機回避と好奇心で選択した路の終着点がこことは。得るモノは無く、本当に単なる捨て駒として扱われた感しか残らなかった。

 シバコイヌさんと話した時から分かり切っていた事なのだけど、所詮は空気野郎の進路だ。行き交う人々の顔色を窺い、去り行くそれらの背中を見送って。そうして僕自身はいつも通りに暇を潰す他ない。


 そういうもの。

 そういうものか。


 やっぱり僕はそういうモノだから、芽生えた他人への好奇心に発展など望まない方がいい。

 先に行けると思わない方がいい。そうした方が、僕は僕の進路だけを追求出来るのだから──なんてなって話で締めとしよう。


「んじゃ、」


 僕が出来る範囲の任務は以上で終わりの筈だ。

 シバコイヌさんらは囚われのカゥバンクオルを救いに行った。

 ならば僕はハウが戻って来次第、予定通りヒラギノレイナを追いかけようか──と、考えていた時だった。



「 ……全く、慣れたものじゃなくて 」



 少しばかり後ろの方でペルテルさんの声がした。

 反射的に体が強張った。咄嗟に振り向いた。落ちる先に彼女がいる事なんて想像の範疇であったのにも関わらず、無様に驚いて見せてしまった僕には目もくれずに……彼女は、


「 暗都パルジ亜種兵装宮地軍通称ファクトリーテルの傀儡ペット千に紛れていたようなアクティブが、ペル達に助力……? ぃや…… 」


 ゆっくりゆっくり遠ざかる巨大船を眺めながら、一人で呟いている。すると、彼女の横に豪快に降り立った輩が。


「──よぉ。余計な物は回収したろうか?」

「 ザド……。回収し損ねたけれど、それなりには叩いておいたから、問題は……もう無いでしょう 」


 狼男の上半身をした四つ脚の獣族だった。改めて近くで見ると、本当に大きい。横に並ぶペルテルさんが女児向けのお人形さんのようだ。


「そぉーかぁ。こっちも潜伏していた不正民の対処も滞りない。が、当たりクジは上手く外に逃げられそうよな」


 彼は去り行く巨大船を眺め、こんな事態はペルテル以来かと笑う。そんな楽観的な調子を見せる獣を、ペルテルさんは特に呆れるでもなく淡々と言葉を繋げる。


「 んー……それならそれで『おめでとう、良い旅を』でして。けれど、まだまだイベント自体は終わりませんので、狩人達には舞台の変更をお知らせ致しましょう 」

「変更? ……そんな予定あったか?」

「 急遽決めましてね。……あの船街をザっと見て、狩りをするには持ってこいの舞台だと思った次第……。不正民のように遊んで貰っても良いかなって 」

「ほぉ……なるほどなぁ。ま、狩人らも遠くから撃つだけじゃあ物足りないだろうし……いいかもな」


 ルールを守って決められた距離間を保っていた狩人達にとって、それを無視した不正者の姿に対し不満を漏らす声もあるだろう。しかし、運営がそれを逆手にとって距離間の制約を外すイベントへと変更すれば、公正も不正も皆平等となる。フライングした不正者にはペナルティを与えていると示したし、これからは正式に自分たちもしても良いとくれば、クレームを入れてくる者などよっぽどの構ってちゃんだけだ。

 ペルテルさんはそう言連ねると、


「 新イベント開始後、転生源は放棄して……ここに捕えの島を置きましょうか 」

「あー、用心深いな。なんなら閉鎖もしておこうか?」

「 ええ。お願い 」


 彼女の周りに幾つもの六角形パネルが立ち上がった。それと、ザド……と呼ばれていた獣も同様。二人は通話系と見られるパネルで業務的なやり取りをした後、それぞれの要請が通った事を確認し合うように親指を立てた。

 その直後、遠くの空……巨大船が飛ぶ方向で、凄まじい轟音が鳴り響く。

 何事かと見れば、船が……順調に飛行していた筈の巨大船が高度を落とし、スタンド席上階と衝突していた。


「 あら、秘都の運営陣ったら手荒 」

「どこもかしこも血気盛んなこった」


 船の上部から黒煙が上がっている。攻撃だとしても、なにをどうしたらそうなるん。

 続けてテンション高めのアナウンスが流れた。──内容は、『ボーナスイベント開始。大目玉はあの船に有り』と報せるものだ。とくれば沸き立つ四方。再び飛び立とうともがく巨大船へ、次々と狩人達が集まっていく。

 なんと恐ろし気な光景。あの二人にとって、ここが窮地となるか──……なんて、安全圏でぼんやりと眺めている僕がおります。

 もう用済みになった駒なのだから、決起しないのは薄情だとか良心が騒ごうが何もする気はない。そもそも何も出来っこないし、僕には僕の路があるのだから。


 そうして僕が巨大船から目を背けた時。


「ここからじゃ舞台の様子が見えんな。我らも特等席へ行くか!」

「 いえ、待ってザド 」


 ペルテルさんが、一歩踏み出そうとしたザドさんの尾を掴む。折角去ってくれそうだったのに、彼女はまだ何かあるのか……。

 背に乗りたいのかと自らの体を指差して尋ねるザドさんに、ペルテルさんは声を静めて言う。


「 ──今、このまま地帯変換を行うので……共に参りましょう 」

「……なに? どこへよ?」



「 もちろん、秘都が隠した……特例体カゥバンクオルのいる、監央へ 」




 ────




 一概に、代表者が宮地対宮地の雌雄決着をすると決意表明した所で、所属宮員の賛同を得られなければ、お一人でどうぞ案件に成り下がる。

 あたしが所属する滝都アクテルでは、昨今の宮地襲撃事件を重く受け止める宮員が殆どなので、宮地強化の方針に異を唱える者は極僅かだ。おかげで皆の士気は高い水準で維持されており、襲撃に対する指針に狂いなど起きそうにない。


 では、秘都クレイトはどうだろう。


 サラセニアに於ける有益な権利、希少な骨董品を得たが為に守りの姿勢でいる事を選んだ者の集まり。賊に襲われたくない故、辺境の大きな湖の奥深くに宮地を築き、外界からの干渉を最低限まで払い落とした引きこもり共。

 安全圏で寝転がる彼らを見るに、とても平和そうで退屈そう。むしろ魂宿ってないんかとも思ってしまう。


「……」


 わざとらしく大きく鳴らす足音にも興味を示さない。

 こやつらを突き動かすには「これから喧嘩をしましょう」程度では足りない。

 例え秘都の勇者と称えられる若みどり殿の号令を以てしても、士気の高まりは望めないのでは……。


 ……。


 これから始める雌雄決着は宮地襲撃の犯人を騙し、おびき寄せる事が最重要目的だ。

 もっとも必要なのは派手さ。一方的な蹂躙や早期決着の軽戦は論外。

 ちゃんとしぶとく動いてもらわねば欺けないでしょう。


 ……どうする? 危機感を煽るか?


 ウイングケープで隠した片手斧を握ったり離したり……。

 滝都統主アクテルからの指示に暴れてこいなんてトチ狂った意図は無い。

 樹都や他宮地で戦闘狂を演じたのは、全て私情から発生したお節介に他ならない。


 ……ここでも焼くか。そのお節介。


 仮にも交戦する相手になるのだから、向けられるヘイトは有れば有るだけ都合が良い。

 平穏を乱す害悪だと思ってくれて構わない。敵意を抱いて牙を剥けと!

 お前達に仇成す小娘が、刃物を強く握り込んだぞ!



 ──ああっ、でも!



 あたしには、余計な事には巻き込めない連れがいる。

 ここで戦闘に狂い、彼らの開拓ライフに影を落としてしまったらどうなる。

 そんなの、あたしが望まない。作れる人、創り出そうとしている人の明日を閉ざしてなるか。


 ……なら、どうするの。


 と、ここまで考えたところで、この思考は頓挫したまま。己と彼らを天秤に掛けても結論が出ない。

 握りしめた片手斧もそのままに、呆けた顔の秘都の民を素通りしていく。

 不安も焦る気持ちも解消出来ず、背もうなじも疼く。



 ──なら、どうするのッ!



 正直な所、片手斧如きを振り回したとて無意味だろう。

 やるなら流神を使って大胆に権利媒体を駆逐し、滝都傀儡の侵攻を示唆。

 こちらの目的が権力の減退だとでも思わせられれば上々。そして、あたしが捕まらなければ尚いい。


 それが出来たらこんなに悩まないし。


 楽に脱出させてもらった樹都と秘都ではセキュリティの質に雲泥の差があり、尚且つ効率的だと聞く。

 例えあたしが力任せに古水鎚を使って暴れても、無様に捕獲されて滝壺にポイだ。

 まるでそれは……街道で見た、あの同業者のように。


 ……。


 「あれ? そういえば、あの人確か……悪い事をって、若みどり殿に……」


 言われた方は性癖だなんだとごまかしていたが、あの人は……何を見たんだろう?


「……ん、──あ」


 ぼんやりと歩いていた先、見晴らしの良い広場に辿り着いた時、遠くの方で絵を描いている揶々んを見つけた。



 ……偶然にも見つけてしまったからには、仕方ない。結論が出なかった時用に開いておいた路しか現れないなら仕方がない。

 出来そうにない事を始めよう。出来そうにない事を始めるとしよう。


 あたしは短く息を吐き出すと、古水鎚に装填する補水カートリッジを取り、ひび割れるくらいに強く握り締めた。




 ────




 巨大な帆船が、再び舞い上がる。

 押し寄せた幾人もの狩人達を乗せ、船体に巻き付く図形塊の龍もろとも白い空へと進む。

 あの様子は制御不能に陥り暴走しているのか、はたまたシバコイヌさんらの善戦の結果、目標進路に問題なしと言った状態なのか。


「……最強じゃん」


 どっちにしても、あの二人は突き進むらしい。

 思わぬ形で船を降ろされた僕だけど、流石にあんなのを見ては追いかけようなんて思わないな。

 そこまで躍起になって救いたいカゥバンクオルとやらが、一体どんな価値を秘めているのか興味はあったが……正味、あの最強たらしめる熱さには付いていけないと感じる。


「──ペルテル、生存していた転生者らの収容が完了したとよ」


 ザドさんは通話系のツールを整理しながら、巨大船の動向を見守っていたペルテルさんに投げかけていた。


「 ……そう。これで卓にいるのは我々のみ 」


 一応、僕が近くに。それと何処かにハウもいるはずなのだが……お二人の視界には全く入っていないらしい。

 ハウはさておいて、僕の空気感はそこまで優秀なのですか。今更ながら世界最強か。

 こんな僕の自惚れた心の声も露知らず、ペルテルさんは白い空に消えていく船に背を向け、僕の目の前を横切っていく。



「 頃合い。……では、地帯変換を始めましょう 」



 徐に、ペルテルさんがいつの間にか持っていたキューブ状のなにかを手から落とした。

 それは半透明の黒い塊で、中に小さな球体らしき物が浮いている正体不明の物。

 静かに地面に転がったその物体は、動きを止めた途端に七色に輝く光の文字を吐き出した。続けて表面が溶け、球体が地中へと沈んで行く……──次の瞬間、大地が青い光を帯びた!

 そして、地面が四角く細分化され、それぞれが活発に飛び跳ねる現象が起こる。

 僕らがいる草地や遠くの丘々──恐らく、島全体が震え出しているようだった。


(──地帯、変換……! 大丈夫なのかよ、こんな所にいて──?)


 ペルテルさんとザドさんは微動だにしていない。と言うより、ふたりして同じ方向に顔を向け、大地の現象などには興味を示していない感じだ。


「……!」


 なにがどうなるのか分からない不安感。それだけでも頭を犯されて声も出せない。……それでも、僕は顔を上げ、今はまだ何も無い空虚な地平を、ふたりに習い目を凝らした。

 そうしていると、なんと……その箇所に切り立った崖らしき風景が出来上がっていくではないか。さらには、宮殿のような物まで出現。気付けば周囲も一変していた。

 草原だったはずが、いまでは砂浜に……。地面の揺れは次第に収まっていき、光ることも無くなっていた。


 文字通りの地帯変換劇。


 改めて見渡すと、ここは高い崖に囲まれた湖の畔。その崖の一帯には石造りの建造物が、埋め込まれるようにして築かれていた。


「……監央か。いいのかい、ペルテル? ここは若の──……」

「 言いたい事は分かる。けれど、ペル達はここに仕舞われた若の思い出がなんなのかを知らされていなくて…… 」

「なんで今更知ろうって言うんだ。誰かにそそのかされたか?」

「 …… 」


 ペルテルさんは答えず、ただザドさんの脚をポンポンと叩いて歩き出す。


「 ザド。そも我々は疑いを持って秘都に来た。解消されていない疑念は早々に片付けねば……いつかペルは若の背を襲うでしょう 」

「……ほぉ……」


 恨み持ちは怖いねぇ、などとザドさんは笑い彼女の後を追うのかと思われた。

 しかし、彼は……突然僕の方へと来た。


「ぉ゛ぉ……!?」


 やっぱり気付かれていた?

 始末される流れ? 逃げた方が……手負いで、且つハウもいないのに逃げられるわけ……!


「……ふぅん?」


 見下ろされ、完全に詰みを味合わされる。

 ザドさんの大きな毛むくじゃらな手が僕を掴もうとして──……。


「……?」


 通りすぎ……た。


「んん? 鏡赤龍の綿毛? なんでこんな所に」


 戻された手には、ハウの白い綿毛の束が。

 もしかして、気付いたのは僕の存在ではなくて、ソレ……?


「 ──ザド! あなたは行かなくて? 」

「おん? 行くわ。ペルテルが行くなら行くしかなかろうが」


 ならおいでと手招きするペルテルさんにザドさんは素直に従い、ふたりは『かんおう』なる施設へと向かっていった。



「…………」



 行っちゃった。



 ええと。



 ……はい。



 ハウは何処いってんだろう。もう帰ってきてもいいと思うんだけど。

 そしたら今度こそ一緒にヒラギノを追って──。



 ……追って……。



「……?」



 そう……思って……いたら……。



 なんか……。



 僕の肩に手。見たことない人?



 ぼろ布を何枚も羽織った、顔の見えない小柄な人が……。



 いつの間にか肩に手を置いていて。



「……え?」



 いや待て。



 誰だろうとか思う前にだ。


 この人の、もう一方の手に握られていた物……。光を湛えた四角いソレに、僕は見覚えがある。




 どう見ても……ハウの……いや、友井春のスマホに違いなかった……!




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