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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:秘都クレイト凶行
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第六十月:その好奇心に意義なんて無いんだよ?




「──おいで、衣君!」


 六番船街なる巨大な帆船に足を付けた直後だった。

 僕の背から飛び降りたろろあくとは、獣衣装中だったハウに手を差し伸べた。

 ハウもハウでさも当然と言った様子で飛び移ると、彼女との獣衣装をスムーズに行う。そして目の前に現れるは、煌びやかな煙状の大きな獣耳を始めとした巨獣の姿。

 それを小さな体に纏わす少年らしきお姉さんに対して、僕は何の抗議も出来ずに、ただ重くなった体を石畳の上に崩していた。


「それじゃ、シバコイヌさん交代でーす! 打ち合わせ通り、ブースターの制作をよろしく!」

 

 僕の頭上を飛び越えたろろあくとが、ペルテルさんの追撃を封じにかかる。だが、今度は簡単に彼女の手に落ちる気配はなかった。シバコイヌさんと位置を入れ替えた直後から攻めの連続だ。空中戦から地上戦へ──ペルテルさんの反撃ももろともせず、その足をシバコイヌさんに一歩たりとも近づけさせない。


「──はは。ガチってるガチってる」


 そうして守られているこの人は、彼女らの戦いを流し見ながら歩く。それも……先程のろろあくとと同じく、身体の周囲に警告を発信するウィンドウを二、三表示させて──。



「じゃあ応えないといけないねぇ。……俺もさ!」



 唐突に力強く屈みこんだ。その拍子にシバコイヌさんの黒い体の表皮が破れ、剥がれ弾けたそれらは霧状になって浮遊する。

 同時に警告ウインドウもガラスのように割れ、キラキラと舞い散る破片と禍々しい黒の欠片が彼を囲んだ。


(──? ? 何をして……??)


 次第に、亜種へと変貌する前の元の姿へと戻……──いや、違う。シバコイヌさんは僕の目の前で何かしらの行動を取った。だから、確かにあの人はそこにいるはずなのに……。

 それなのに、黒い体の中から姿を露わにしたのは……男の子。

 露出させた腕や脚、そして腹部に幾何学模様の焼き印らしき跡があり、頭から羽織う大きなローブは白と黒が基調でウサギを彷彿とさせる作り。

 幼さのある顔は端正。大きくもキレのある目尻と赤黒い瞳に、灰色の前髪が被る。


 どこを取っても明らかにスウェットを着ていたシバコイヌさんとは似ても似つかない。

 一体何をした。一体、何処の誰を召喚した。僕が瞠目のまま口からはてなを出していると、男の子は静かに唸るような声を発した。



「……今更拒否んなよ。協力を強要するって言ったろ?」



「……? あの」



 僕は思わず、シバコイヌさんに伺いを掛ける。

 そうすると、


「気にすンな。単なる拾いものの別垢だ」


 だと。

 アカウントって拾うものだったっけ……?

 とにかく、男の子はシバコイヌさんで間違いないらしい。ビジュアル変化に富んだ人なのだと解釈していいのか。はたまた……これもろろあくとと同じく、チートの類か。

 言うて、そんな邪推した所で呑気に答え合わせをしてくれる状況でもないので、僕は黙って彼らが行おうとしている『実験』とやらの過程を見届ける。


 シバコイヌさんは僕を素通りし、巨大帆船を見上げた。

 それに同調するように僕もその光景を改めたが……これは、ただ巨大なだけの帆船と呼ぶにはあまりにも……言葉足らずだったと思い知らされた。


「──豪華客船? ぃや、要塞戦艦?」


 船の上に街を築いているのは確かなんだろうけれど、特徴的なのは中央の機関。鉄蹄を何層にもズラして重ねたような造りの多層構造物。空いた前方には、最も太い主砲と思われる艦砲と無数の副砲が左右対称に並んでいる。恐らく、アレがこの船の主幹。周囲の街も、よく見ればただの民家やよくある商業施設みたいな立方形な構造などしておらず、言うなれば、どれも盾……防護壁なのだと思わせる形状をしていた。

 僕らがいるのは、その端。緑あるささやかな公園と街路が交わっている箇所だ。

 シバコイヌさんは何かを作ろうとしているのか、徐に開拓テーブルを開く。が、一つではない。歩む方の左右に幾つもだ。


「最強少女の片腕の少年、#(ハッシュタグ)ムイト。流石は舟都セリフュージの主官ブレーンよ。戦民商多方面に渡る流動管理、生成案監督に航軍図運用まで任せられてたのか」


 数少ない知性持ちによくまあここまでやらせるよ……と呟いた後、彼は展開された開拓テーブルに掌を薙ぐように翳す。すると各テーブルにそれぞれ異なる図形が自動的に描き込まれていくではないか。


「ともあれ、ソレに与えた権利が消えてないのは、代表さんの不手際かな?」


 途端、船全体が震え出す。これに合わせるようにか、テーブルから放たれ始めた数え切れないほどの光の粒が尾を引きながら船のあらゆる場所へ飛翔していく。

 中でも、船の後方へ向かう光が圧倒的に多い。やがて光は数か所で集まり……なにか、大きな物を生み出し始める。

 それは一見して、倒した湯飲みのような……?


「──シバコイヌさん、二人おまかせしますッ!」


 ろろあくとの声に、僕らは咄嗟に後ろを向いた。


「オラぁ゛あ゛!! 当たりはどっちだッ、獣かちび助かぁ!?」

「どっちデモいい、両方落とス!!」


 ろろあくととペルテルさんの戦線を突破してきた不正狩人の二人が迫っていた。

 一人は二メートル越えの大剣持ちの大男。もう一方は胸から上がハイエナの獣族。


 ──獣族の方が速い。

   ──たった一度の瞬きで首を刈り取られると錯覚してしまうほどの速度。


   ──迎撃?

 ──そんなの、もう何をしたって間に合うわけないでしょうが。


 だからと言って……それで僕は……なにをしているんだ。なんで躱さなかったんだ、本当に──!



「──ッッい゛っだ、あ゛! あう゛ッ!!」



 ハイエナの爪が、牙が、狙っていた筈のシバコイヌさんではなく、僕の腕や肩に食い込む。

 あまりの衝撃──あまりの痛み。一瞬で脚の力さえ抜け、膝が崩れるが……倒れる事も許されず、逆に持ち上げられる。

 肉を引き千切られてもおかしくない。食い縛る歯の合間から涎が滴る。そうしてようやく、ハイエナが標的を誤った事に気付いたようだ。


「ハぁ? なんだ? どこから湧いてきた? 転生者カ??」

「……」


 かろうじて目を合わす。

 わかりやすく動揺してくれている。

 その顔は正直おかしくて、なんだか笑えてしまった。


「……──クソ、邪魔スンナ! なにニヤけてる、気持ち悪ぃ!」


 それはそう。ですよねの極致。

 ハイエナはすぐさま僕を振り解き、乱雑に放り捨ててくれた。


「……ぁ……あぁ゛……」


 無様に転がった僕など、所詮ただの小石か。

 一旦は勢いを消された狩人らも、何事も無かったかのようにシバコイヌさんへの突進を再開する。──が、



「 当たりは、こちらの子。特別サービス再びでしてよ? 」



 ペルテルさんがろろあくとと絡み合った状態のまま突っ込んできた。

 その街路をも破壊する衝撃たるや。明らかに善意で届けてあげようなんて考えていない。不正行為を働く者には一切の慈悲をかけない……そんな確固たる姿勢を感じさせる、ちゃんとした攻撃であった。

 現に、圧し潰された狩人らは一瞬で粉砕され、死して光の粒に変わる体すら激しく弾け飛んでいた。

 しょうもない好奇心をもとにして、迎撃か守護かどっちつかずのまま、ただ身代わりになっただけの僕では到底出来ない芸当だ。


「──おかえりロロ。もう交代するか?」

「ちょ……いじわるな事を言わないでほしいな。ちょっと足が滑っただけだし!」


 狩人は消されても、ろろあくとは大した怪我は負っていないらしい。

 おかしいな。ペルテルさんはろろあくとを武器代わりにして彼らに衝突していたように見えたのだが……ほぼ無傷なのは獣衣装効果だろうか。

 であっても、僕はハウの方が心配になるのだけど……本人はバフアイテムに徹しているのか、痛いすら言わない。まだだんまりを決め込んでいるようだ。


「 ──それはそうと 」


 今度はなんのつもりだと、ペルテルさんがろろあくとを踏みつけながらシバコイヌさんに向けて言う。


「 その姿……舟都の名の知れた少年ね。……まさか、正装の類ではないでしょうし……。よもや、とは思いますが 」

「ん? それって、俺の『秘』に勘付いた顔? そう思ったんなら口に出してみたらどう? 案外、当たるかもよ……?」


 憎たらしくほくそ笑む彼に何か思うことがあったのか、いままでは少なからずあったペルテルさんの柔らかい雰囲気に初めて鋭さが現れる。

 地雷──……。気付きを得た様子の彼女が、長く……息を吐く。


「 あぁ……やはり、他人の『墓標』を喰い荒らしていると。……ペルの暗黒晶を見せた時から、なんとなくそうではないかと思っておりましたが 」


「確信を持てて良かったね──ペ・ル・ち♪」

「 ────ッ! 」


 イヤらしく指を差すシバコイヌさん。それに対し、ペルテルさんが衝動的に距離を詰めようとした──ところが、



「 ──ぁ? ?? 」



 突然、彼女の四つ脚が激しく割れ、中からペルテルさん自身の白い脚が露わになった。

 意図的ではなさそう。彼女の困惑した様子から、そう見て取れる。ろろあくとが破壊したのかと一瞬勘繰ったが、


「暗黒晶の傀儡と一体化して、マジモードになってたつもりだった? はは、ないない(笑)。そもそも、取り返せてないんだからぁ」


 その崩壊はシバコイヌさんによるものだと。

 罠に嵌った獲物を嘲笑うかのように、彼は声高にネタを明かした。


「──暗黒晶はずっと俺の物で、維持も破棄も決定権は俺にあるまま。奪還したと思った?? 出来てなかったんだよぉ。全部俺らのキミつえーと題した演出と演技さー♪ なぁ、ロロ?」


「……あ、はぁ。そっすね。……やっとこの女ボコせるっすわ」


 声色に怒りを乗せたろろあくとの今日一番のイケボが出た瞬間から始まった反撃は、形・勢・逆・転☆のお知らせを、見事に表した。

 ここまでずっと攻戦一方だったペルテルさんが、ろろあくとによる連撃や障害生成を受け、一気に押し込まれていく。


「彼氏側に付いているペルちが非協力的な姿勢を取る事は想定済みだったんだ。どうせ一緒に来てはくれない。ならそんな時はどうしようか。じゃあ、全く別の展開を組もうじゃないかってね」

「あー、シバコイヌさんってぇ、勇者さんが出来るクレイトの『秘』が、どうしても必要不可欠だって言うんすよ! だから──」


 俺達の後を単身で追ってもらえれば、大成功。

 それをこうして実現出来た。

 

「苦労したぜ。暗都跡へ行って餌探し──暗黒晶の傀儡を手に入れたり、神様との戦いで堕ちた六番船街を足にする為に、わざわざ保有主の#ムイトと死闘を繰り広げたり……他にも色々色々っ」

「骨は十分折れたので、もう後は最後まで楽をさせてほしいんすよね。省エネ行動(RTA)にも限界があるんでッ!!」


 その瞬間、ペルテルさんの防護術を突き破ったろろあくとの一撃が炸裂。

 華奢な彼女の躯体が文字通り圧し潰され、両者の周囲に激しいノイズが走る。それは、二人の姿がグチャグチャに見える程の異様な光景。明らかによろしくない事態だ。単なる殴り合いならいざ知らず、こんな無茶をされては僕でも青ざめる──!


(この人……チーターとかそんな生半可なモノでは収まらない……もっとヤバい事をしているんじゃ……!)


 ゲームの仕様……そんな風には思えない。言うなら、故意にバグを引き起こし、それを武器にしているような──

 そう僕が思うや、ろろあくとがしでかした事象を嗅ぎつけたか、突如として複数の二等辺三角形達が続け様に出現し、問題地点を取り囲んだ。


「っ? はあ?」


 ──直後にノイズの発生地点を取り囲んだそれらが手を加えたのか、異変はみるみる収まっていく。この事態に、問題児たるろろあくとは煙たそうな顔をして抗議の弁を垂れていた。


「ちょっとさぁ……お上の助けなんて拒否って下さいよー、勇者さぁん?」

「 不穏因子がなにをほざきまして? あまねくものが拘束手段を取るなんて、あなた達は目に余る程……相当ヤっておいでですのね 」


 なるほど……不正行為の常習犯だと。

 無尽蔵に数を増していく二等辺三角形はペルテルさんをろろあくとから守るように展開する一方、ろろあくとには小さな三角形達が寄り集まり、ロープ状に象ると彼女の動きを封じ始めた。

 形勢逆転とはなんだったのか。数多の図形を味方につけたペルテルさんは余裕を取り戻したようで、徐にメニューパネルをドレスラックのように開き装備を整え出す。

 白い体を黒い布と金属が覆い、それはやがて形状を定着させ、所謂アーマードレスと相成った。


「 あなたがペルにしようとしたのは、舟都の少年にした事と同じ? 古魂の強制終了(パージ)と結合基準の逸脱の合わせ技……? 」

「おおぉ。完了しなかったのに一発で見破ってきますねぇ。流石、正式にクレイトの秘を奪って見せたお人はお詳しい♪」

「 ……。三大秘宝の笹舟持ちと言うだけでも目玉商品として担ぎ上げられるのに、さっきのグリッド変移行も合わせると……追加要素が濃過ぎでなくて? 」

「それほどでも。自分らは道中で必要になったツールは必ず手に入れるようにして、最終着地点へ向かってます。結果、怒られてなんぼのスリル満点な冒険になったんすが……気に入ってもらえなくて残念っすね」


 ろろあくとは誇らしげに胸を張って見せているが、もう思う様に動けなくなっているようだ。

 だが、特に焦った顔はせずに無数の図形による粛清を受け入れていた──のは、チーターであっても運営級には敵わないから諦めてるのか。

 それとも……この状況でさえも打開する手を隠し持っているから……? であろうとも、ペルテルさんは動けなくなった相手をどうこうする気は無いらしく、視線はシバコイヌさんの方へ向く。


「 嗚呼、そちらも不穏。なにを目標としているのかわかりかねる所だし……。かとしても元暗都軍部の関係上、今になって悪評を立てられるのも癪。……過去の関係性を断ち切るつもりで、ペル自ら始末しておいた方が良くて? 」


 純朴そうに尋ねる口とは別に、彼女の手には重低音と紫色の光をお供に大弓が生成される。その物々しさ。先刻見た、人を射た脅威の再来だ。……そんな物を向けられても、


「おいおい。言いたいことはまあ……わかるんだけど、悪いね。俺ら、その程度の脅しじゃ止まんないわ」


 シバコイヌさんは開拓テーブルから指を離さない。

 今にも背を討たれそうなのに。ろろあくとが討たれてもおかしくない状況なのに、変わらず巨大船の方々で舞う閃光を操り続けている。


「 …… 」


 それらを一度見渡した後、ペルテルさんは弓より現れた紫を閃めかす光の矢を引いて見せた。


「 今、転生源で起こる全ての事象の責は秘都にあると言ったはず。あまりやりたい放題されると、スリルがどうのとか言ってられなくなりましてよ……? 」

「……──はっは。なら秘都側に立ってる者として撃つ選択をすべきだろ? 撃てよ。もう象り終わるぞ」


 六番船街を自由に動かせるようになれば、戦争でも始めないと簡単には止められない。そうシバコイヌさんは煽る。

 ペルテルさんは、まだ彼を仕事に戻そうとでも考えているのか、引いた矢をそのままにして動かなかった。


 遠くから響く爆発音。怒声。歓声。地鳴りみたいな音……。

 ……少ししてから、この膠着した状態で、彼女は一枚ずつ皮を剝くような質問をし始めた。


「 あなた達、ペル達の事……どれだけ知っていまして……? 」


「ぁ? ……『秘』に関して悪評のある若みどり氏を暗都を潰した犯人だと睨んで彼氏と共謀して秘都に潜入した。でも、奴の『秘』を垣間見た辺りから大人しくなったようだけど、何があったのやら」


「 ……。若の……ペルの『秘』が必要だったの? 」


「──『願いを叶える為には』」


「 願い? ……三大秘宝の逸話を……神様共が消えた今唱える事に、何の意味が? 」


「意味なんて無いね。ただの好奇心さ」



「 こう……? その好奇心に意義はあるの? 」


「俺達にとっては。もしかしたら……ペルちにとっても」



「 …… 」



「ペ ル ち に と っ て も ★」


「 ──っ……そう。……そういう展開。……行先は? 」

「秘都支部鏡赤龍保護団体が隠した特別な個体がいる『捕らえの島』──」


 シバコイヌさんがそう発した途端、視界が紫一色に変わった。

 稲妻が走る音が轟き、一瞬辺りが暗くなって──。


 ……やがて対峙する二人の姿が情景に浮かび上がる。でも、さっきとは異なる。ペルテルさんが掴んでいた矢は消えていた。そして、上半身を大きく仰け反らせていたシバコイヌさんの近くで、紫色の光が残り香のように漂っていた。


「 ……外した 」

「待て待てまてまて、急に話をぶった斬るじゃん!」


 ペルテルさんは再び紫の矢を生成──からの、今度は間髪入れずに放つ。しかし、その矢もまたシバコイヌさんを掠めて彼方へと消えた。


「 また外した 」

「ペルちが二度も的を外すなんて珍しい! 当ててみろよ!」


 シバコイヌさんの煽りに乗ったのか無視しているのか分からないけど、紫の光矢は更に三度四度と放たれる。

 両者の距離は然程離れてはいない。昼前に街道で遠く離れた男を一矢で射抜いた時を思い返しても、当てられないとは到底思えない。が、それでもシバコイヌさんに当たる矢は一度も無く、そうこうしている内に巨大船の周囲を舞っていた光の粒が各所に収束し──多数同時に大きな光柱を立ち上げた。


「出航すんぞ、ロロ!」

「ぁあーい」


 光柱が立った各所から僕らの頭上へ、光の粒がケーブルらしき形状を成して押し寄せて来る。それらは次々とシバコイヌさんが展開していたメニューパネルと繋がると、その中から長い柄が抜き出されていく。幾度と掠め飛ぶ矢になど目もくれない。やがては秒と数える内に、それは全体を現した。



(──旗?)



 柄頭に何十本ものケーブルが繋がれた、全長三メートルは超えているであろう大きな旗。

 シバコイヌさんがその旗を大きく振り旗日かせた時、巨大船の各所から轟音が鳴り響く。

 タービンが回るような音に加え、直前に完成したらしい巨大船に装着された機器類から青い光が放出されていた。

 そして……この船に、緩やかなベクトルが掛けられる。


「進みだした……っ?」


 船が前へ。

 強引に押し出された巨体はゆっくりと……ゆっくりとだが速度を上げていく。その中、


「 あら。大変。足元がおぼつかなくてぇ 」


 なんだか異様に棒読みなペルテルさんが、ふらふらと船の縁へ……?

 揺れは確かに大きいが、そんな簡単に彼女ほどの人がバランスを崩すなんて……?


「 ──……やれやれってやつでしてね 」


 そう小さな声が聞こえた直後、ペルテルさんが……落ちた。



 わざと……?



 わざと落ちた……?



 最後、シバコイヌさんを一瞥して笑い捨てたようだった。

 さっきの会話。やり取りで、何かを伝え合った。シバコイヌさんを仕事に連れ戻すよりも優先される事。

 そんなの蚊帳の外にいる僕では到底想像することも出来ない。でも、そう考えると、僕にも優先したいモノがあって。ふと、船が進む方向とは違う方へ目を向けた。と、


「──奇遇だな。行くか、キキ」

「え?」


 いつの間にか僕の肩に乗っていたハウが意気揚々と謎の台詞を吐く。

 次の瞬間、僕がいた路面から紫色の光が突き抜けて来──!?



「あ あ ? ! あ! あ゛? ?! 」



 足場は瞬く間に崩壊した。

 この光。今の紫の矢。直下の島が覗く穴の先に、ペルテルさんの落ち行く姿が見えた。

 それはつまり、これはあの人の仕業であり、正確には僕ではなく、シバコイヌさんを狙った一撃だと思われる。が、それもわざと外した所に僕がいたって話なのでしてっ?



「ハウぁあああああああああ!!!!」


「はいよ。まかせろ」



 きっと、庇って噛まれようが空気に溶け込んでいた僕が落ちた事なんて、シバコイヌさんらにとってあずかり知らぬ所であろう。



 それはそれで、なんだか精神にゾクっとくるものがあるとかなんとか考える僕に、ハウは素知らぬ顔で齧り付いた。




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