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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:秘都クレイト凶行
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第五十九月:進路を噛む




 ────最高の衣。

 いつ頃からだったか……彼らにそう言わせられるほど、この小さな着ぐるみは本物として見るに相違ないノンプレイヤーキャラクターになっていた。


 ゲーム内で手に入る最強の武具は、誰しもが喜々として装備するし。

 ゲーム内で従わせられる最強の魔物なども、誰もが下僕として傍に置いておきたいだろう。


 その凡考は彼らにとっても同様だった。

 偶然出会った友好的な生き物に、最上級の価値を見出してしまったが最後。もう手放せない。

 最も強い力に依存し、自分たちに都合の良い展開が続けば続く程、警戒心は緩くなった。それを使う事、手を取ることが当たり前に変わり、無意識の行動へステップアップする。

 


 怖いのに。



 そうなれば怖いのに。



 その怖さを感じることも無く、始まりの瞬間が来ようが気付く訳も無く──。



 彼らは無意識に且つ純朴に言い続ける。



 コレを──ノンプレイヤーキャラクターの『衣』だと。







 ほぼ垂直の壁を瞬く間に登り切ったハウは、頂上に着く寸前で獣衣装の形を変えた。

 それは今までどおりの僕らの獣衣装。ハウが僕の頭に齧り付いた状態の綿毛の半獣人の姿だ。


「──っでぁ!? ちょっ、ハウさん?!?」


 ついでに、突然体の主導権を僕に渡してきたものだから、ラスト飛び上がってからの着地という流れに対応出来ず、僕はみっともなく草地とハグをした。

 こんな滑稽な出来事が目の前で起こったにも関わらず、そこにいたシバコイヌさんは──。


「衣! ロロも連れて六番船街へ!」


 飛べ、急げと開拓テーブルに手を走らせながら言う。

 ろろあくとは──……。


(……ぉぉ?)


 まるで気を失ったかのように、ぐったりと横たわっていた。

 ペルテルさんにやられたのかと思い周囲を見渡したが──……彼女の姿は無い。

 と言うかそれよりも、そのろろあくとの現状は……なんだ?


「あの、シバコイヌさん。その人を覆ってるそれって……」


 一瞬、何かしらの防護仕様かなと思ったが、あまりの不穏さにポジティブな印象は消え去った。

 赤や黒、黄色のカラーで彩られた沢山のウインドウパネル。どれもこれもが『警告』『勧告』『注意』『違反行為』などと題して、長文短文の文字列を延々と躍らせている。あまねくものとやらの干渉とは言え、それはいつぞやのファイユさんの時とは違い、より強い警報だと思わされた。


「ウイルス感染?」

「おいおい。知ったら共犯だぞ? まぁ……単に、怒られてるだけだから気にするな。さあ、行け!」


 怒られてるだけって……。

 シバコイヌさんは脱力したろろあくとを僕に抱えさせ、宙に浮く巨大な帆船を指差す。

 謎に競り上がる大地のおかげで、船との距離はだいぶ近い。あとは普通に近付いていけば、難なく乗り込めそうである。


「……──っ……」


 深く考えなくとも、この地面の変動とろろあくとの異変に関連性があるのは確かだろう。でも、それを知れば共犯? なんの? チートコードでも使っているのか?


「キキっ」

「ん……うん、わかったよ゛!」


 ともあれ、僕は痛む体に鞭打ち、ろろあくとを背負うと帆船を正面に向き直る。


「くっそ、痛いのに!」


 そして思い切って走り出す。ろろあくとの体は小さくて軽く、こっちへの負担は少なかった。

 獣衣装により体重の負荷が大分軽減されている事で、僕らは突風の如く疾走した。

 それでも痛みが和らぐコトはないのだけどお。


「……それよりさ、さっきハウ、衣って呼ばれてなかった?」

「それが?」

「なんか、すごい自然っていうか……ずっとそう呼んできた感があったなって感じた」

「そうか?」


 ハウは何も気にしていなさそうに、僕が溢す不安感を受け流す。

 意図的かな。本当は、シュンもこのゲームのプレイヤーだったのかもと思えてきてしまい、更に疑念が湧く。

 ──だとしたらなんだ。スマホを飲み込まれたのは事故ではなくわざと? サラセニアの事を知らない素振りをしていたのはなに? 死亡の仕様を確認しようとした僕を必死に止めたのは不都合だったから? やり直しの特権を与えられているのは、道中の不都合を回避するため?

 全ての行動に繋がる根本となっている目的があるとしたら……。



 それは、なに──?



「──ぉいキキッ。ここで熟考すんのは、オススメしない!」

 瞬間、僕の体が大きく跳ねると、直後に足先で何かが猛スピードで横切った。

 弾丸? 弩矢? 思わずその正体を眼で追った僕だが、予想外の影がすぐそこにいた事で小さく喉を鳴らしてしまう。


「えぁ゛」


 灰色の雲を纏った黒い鬼。僕なんかよりも何倍も大きな巨体が飛び掛かり、今まさに手にする極太の棍棒を薙ぎ払わんと身を捻っている。


(待゛って──そんなの──!)


 着地もままならない状態で躱せるものか。

 恐怖で体中が一瞬で冷える。訪れるであろう衝撃と激痛を耐えようと覚悟した刹那に、鬼の一撃は何の慈悲も無く──僕らを捕えに来た!


 ……──ところが、棍棒の先は寸での所で、大きな音と共に止まる。

 その音はまるで強化ガラスを鈍器で叩いたような、なんだか頼もしく感じさせるモノだった。


「ハウ、なんかした!?」


 とりあえず無事に地に足を着けれた僕は、僅かな戸惑いを見せた鬼に構わず走り去る。

 

「ここはなにも。多分シバ……つか、俺らはもう撃つなって所から離れたんさ。見てみ、あのデカいのだけじゃなくて、アイツら容赦無ぇぞ」


 言い促された先──狩人達が陣取るスタンド席から、射撃ルールを無視した輩共が各々多種多様の手段を用いて飛翔してくる。

 狙いは、このろろあくとなのだろう。だからと言って、今更この人を放り投げる事なんて……!

 そもそも獣衣装で目立っている僕が担いでいてはダメなのでは??

 ダメな事も無いか。むしろ手遅れか。

 

「あぁあ゛あ゛もう、あんなの明らかに相手にしてらんなぃ……それよか、ハウは僕に走らせる気なんだねっ? どうなってもいいんだなっ!?」

「俺がやると限界知らずの動きをするから。いいんだよ、キキが行け!」


 つまり、適当に拾った使い捨ての人材は粉になるまで使い潰すって話?

 それがハウが見出した正解ルートなわけなのだね?

 奴隷根性育成ゲームの佳境やん。


「……わぁかっったよッ。今度は巨大船に紛れ込めって任務なんだと思えばいいんだろッ? 元よりそういう話だからね!」


 そうだ。シバコイヌさんと約束したのは、ただ紛れ込む……それだけの簡単な任務って点だけ!

 僕に課せられた任務は、どうやらまだ続いているらしいよ!

 だから今一度、歯を食い縛るッ!



「はよ終われ、この任務ぅううううう!!」



 痛みも、風見鶏系の獣も、ショタになりたい系お姉さんも背負い、僕は全力で走った。

 それに追随するように、シバコイヌさんが斜め後ろにつく。

 加え、黒い勇者様のお出ましだ。


「 やはりルール無用のクソ狩人も混じっておりましてね。他人の射線に入るのは厳禁だというのに、まったくもう 」


 ペルテルさんは僕らを追って見せているが、顔を向けているのはこちらではなく、我先に獲物を取らんと向かって来ている者共の方だ。

 相手にしてられないとは思ったが、改めて見ても流石に数が多い。彼らはスタンド席からだけでなく、島の岩影に潜んでいたらしい者や設備管理員としてスタッフに扮していたと思われる者が気付きにくい場所から突撃してくるのだ。いくらシバコイヌさんが防壁を張ろうが、とても捌き切れるものではない。……それでも、彼は迫りくる狩人達を巧みに払い落としているが。


「ペルちは見てるだけかい? 一応運営側なんだからドカンと一発魅せてくれてもいいんだけど?」

「 あちらにも腕に自信のある者は大勢いますので、任せて良いかと。ペルは給料分働いてないのに飛びそうな貴方を追いまして 」

「マジかよ。捕まえてごらんなさぁい」


 シバコイヌさんが小声で「ここのシチュエーションだけ見れば神じゃん」とか言ってる。反転アンチの成り損ないがおりますな。

 と、隙あらば攻防を交わす勇者とアンチは一旦置いておいてだ。止まることなくせり上がり続ける一部の大地は、ついに六番船街の外縁にまで到達する。

 ハウの言う通り、そこまでの道のりは見たまんまの一本道。乗用車を二台並べた程度の道幅しかない草地は、こちらをお進みくださいと言わんばかりに僕に進路を示していた。


「ハァ……。はぁ……」


 ──進路かなぁ。正直、素直にそう受け止められる自信が無い。

 進路ってだけなら、地面だけ上げれば済む話じゃないのか。それか、無駄を省いた直通ルートを敷くとか。

 なにも遠く離れたスタンド席をも巻き込む必要なんて無いように思うが。それこそ、こんな空間ごとスライドさせるような真似……言ってしまえばデバッグ操作やチート技みたいな……。



(こんなのが仕様なわけないなら、やっぱりチート……チーター……ってならんかな?)



 ……自分の肩越しに見るショタの顔。

 ろろあくとへのアラートは未だ収まっていない。本人も起きる様子は無いから、仮に経験則から断定出来たとしても答え合わせが叶わない。

 ならば本人からの自白を期待する……?



「ハァ──。ハァ──……ハハッ」



 ──わけないじゃん?

 承認欲求を満たしたいだけでチートに手を出す程度の奴ならいざ知らず、頑なな意思を以て目標を達成させる上で、形振り構わず不正に走る者は口が堅くなるものさ。だからそれは無駄。無駄なだけに、疑念は広がる。

 第一、シバコイヌさんとろろあくとが成そうとしているのは、囚われのカゥバンクオルを解放する事だけって本当にそうか? ただそんな感情的衝動から発生した愛誤精神だけで、こんなチート行為に踏み切るかな?


 ──これは否でしょ。

 チーターやっていた経験から言えば、僕がチート行為で理想郷を築き上げようとしていたように、この二人が見据えているのは更に向こう。

 カゥバンクオルなんて、たまたまあった通過点。本当はもっとだいそれた、本当だったらもっと許されない非人道的所業。

 絶対に実現したいと考えてる。その代償がなんであれ、自分たちは正も負も無く突き進む。

 それ故に、怒られてなんぼの道を歩んでいるのだ。


 でなかったら、開き直ってるだけ?


 どうせ誰も賛同してくれないから、もう関係ないと。

 チート行為も、所詮は白い眼を向ける連中へのパフォーマンスに過ぎなくて。

 カゥバンクオルを助けるなんて善行染みた色付けは、誰が悪側に立っているかを明るみに出す手段として使われていて。

 本当は腐敗した権力者共に一矢報いる最大の一打が救出劇であり、自らを勇者を謳ったのは陰陽明白の関係性が確立していたから。

 ──これが是なら。


 今、すぐ後ろで、シバコイヌさんとペルテルさんが互いに形もままならない資材をぶつけ合い、捕るか捕られるかの攻防を繰り広げている。

 しかも両者共に、襲い来る狩人らを捻じ伏せながらの噛み合いだ。ついでに言うと、シバコイヌさんだけは、先行する僕らの為の防壁も随時展開させつつ戦っていた。


(……そこまでして……)


 何処どこの勇者との衝突だけならず、そこからも彼らの本気度が伝わってくる。

 二人の目的の真相は果たして独善か。それとも大衆性を孕む善行か。


 ──とにもかくにも、僕は冗談では済まされない事を成そうとしている人を背負っている。

 きっとハウもだ。「今は、お前の希望に沿う場面じゃない」と。そう感じさせられたから、僕よりも優先して協力する姿勢を示しているんじゃないかと思わ──、



「……なにをキラキラした目で見てんすか」



 忌言を囁くかのような低い声に、僕はろろあくとが目を覚ましていた事に気が付いた。


「ぁ、えと」


 同時に、周囲に表示されていた警告ウインドウが次々と弾け飛ぶ。


「衣君からなにか『良かしい事』でも聞いたんすか?」

「いや、そんな余裕なくて」


 ろろあくとは自分たちの状況の忙しなさを一瞥した後、「パーティー中っしたか」と一笑した。

 そして、僕の耳元に口を近づけ──、



「で? ゲストさんは、一緒に来ますか?」



 そう、改めて問うてきた。



 それは……聞いてもいい流れなのだろうか。



 イエスノーを決める条件として、そちらが口を締めるような事を。



「……」



 僕は一度生唾を飲み込む。



「……ぁ」



 ダメ元で、も……いいよな。──と、前を向き直りながら、ろろあくとに言ってみた。



「……二人の目的を……教えてくれるなら」



「っ──……」



 ──周囲の騒音が環境光に溶けるように、耳から遠ざかる。



 僕の意識は、次に放たれるであろう彼女の声に集中する。



 ……けれど、やはりか。



 その声は何秒待っても訪れず、それどころか身を離したろろあくとに僕は、



「今の無しでッ。ごめ──!」



 身の危険を感じ、思わず振り向いて彼女の表情を窺った。



「……まぁ」



 ……彼女は、睨んでいるのか……それとも嘲笑しているのか、よくわからない顔をしていた。

 そして、云う。




「──実験……を、したいだけっすよ」




 言い出したのはあっちの人で、自分は興味本位で乗っかって、次第にマジになっただけ。

 そう付け加えて、あっちの人とやらに向かって叫んだ。



「シバコイヌさん! ズレが直ります! 今すぐ船に乗り込むっすよ!!」

「おっけい! 勇者様も連れてるけど文句言うなよ!」


 途端、凸していた地面が音も無く下がり始めた。

 その中でろろあくとは、僕に進む道を定めるかのように、巨大船に対して真っ直ぐ指を差す。


「ゲストさんの答えは? 行動で示してくれても構わないっすよ?」


「……っ? ……!」


 ハウはだんまり。

 僕が決めていいと言わんばかりに。



 ──巨大船は目前。どんどん下がる地面は、次第に船との高度とも合わなくなっていく。



 双方の距離はほぼ隣接。一瞬でも逡巡をみせようものなら、今乗り込めるチャンスをフイにするだろう。



「──ハァ──ッ──ハア!」



 実験ってなんだ。



 僕は、何を背負っているのかも理解しきれていない。



 それなのに──これは、好奇心が芽生えでもしたというのか。



 続くシバコイヌさんとペルテルさんの気配を感じとりながら、僕は次の着地点を巨大船の上に定めて──思い切り跳んでいた。




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