第五十八月:凶者の進路
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「 ──さてね? なんだかんだ掛け合いました所で……そろそろ仕事に戻るのはどうでして? 」
ペルテルさんは厄介なヲタアタックを被ったとて、然程ダメージを受けていない様子でシバコイヌさんとろろあくとに歩み寄る。
(うわ……)
その姿から感じられる圧は、まさにラスボスのファイナルダークネス。
開拓や採掘を楽しもうって世界におわす勇者の概念ってなんなんのか、非常に興味深い……がだ。
それはそれとして、対するアチラは……。
「シバコイヌさーん、もう泣き止んで。働かせられますよっ?」
「わぁってるさ……! ……クッソ……在りし日を懐かしむ内なる俺が、推しと一緒に活動出来るなら、それもいいかなとか思ってやがる!」
「はは……悲惨っすね」
「──おまっ……馬鹿にしてんじゃあないよ。お前に推し変してやろうか?」
「お゛ッ……やめろ地声が出るでしょ」
あの二人の姿勢は変わらずだ。あれだけ勢力差を見せつけられても尚、彼女を制するつもりなんだろうか。
だとしたら、とても正気の沙汰とは思えない。
そうしてまで囚われのカゥバンクオルの所へ行きたいって何?
善意を持って助けたい一心で、こんな事までする?
敗北濃厚な勝負にハウまでもその気になっている理由って何?!
「──ハゥ──!」
皆落ち着け、一旦タイム。お茶しながら語り合おう。
だけど、そう投げかけようとした僕の声は、さも当然の様にろろあくとの一声に遮られた。
「馬鹿言ってないでホラ! 予定のルートはどっちも正攻法だと話にならなそうなんで、ここからは──……いいっすね?」
シバコイヌ氏の腕を引き上げたろろあくとが、なにか耳打ちをしている。僕の入り込む隙間など無いかのよう。
「……オッケー、この道は怒られてなんぼだし。クレイドルの資材は……まだいいんだな?」
「はい。もう訳あり全ロスなんて御免っすから」
体の傷は痛むけど、所詮はゲームの仕様。どんな鈍足野郎でも、素早さにパラメータ値を極振りしたら光の速度にまで達せられる仕様と同様だ。
リアルに適用されない要素は全て存在しないと言っても過言では無い! ──そう思い込み、痛みに負けないマンな僕は彼らに対して身を乗り出した。
「──あ、キキそこ危ない」
「え?」
唐突にハウがこちらを向いたなと思うや、アイツと彼らを含む光景が──。
「は?」
音も無く、上下にズレた(?)。
「はあ??」
目の前でせり上がる地面が壁と成る。
その地面の壁は左右へどこまでも続き、なんと遠くのスタンド席や更にその奥の建築物すらも同じように上昇する様を見せる。
まるで、スライドトレイ……イヤむしろ、トースターから跳ね上げられる食パンみたいだ。とか考えていたら、何処までも伸び続ける土と岩石が混ざり合った壁の上から、ハウが降って来た。
「キキ、追うぞ! これからの展開は、分かりやすいくらい一本道だから!」
「は? またやり直ししたん──って言うかさ!」
他人事に巻き込まれて、何をノリノリになっているのかと問いただしたかった。けれど、このハウの鬼気迫る声からは、決して面白半分で言っているのではないと思わせられて……。
シバコイヌさんらについて行った方が得策だとでも言うのか? ヒラギノレイナの鼻の穴を開かすよりも、知らん話に乗った方が賢明だと本気で考えているとでも?
僕が、何をしにここに来ているのか知っているはずだろ? それなのに、どうして必要以上に深入りしようとするんだ!?
僕は感情のままに綿毛の獣を両手で鷲掴み、コイツの勢いに負けじと声を荒げようとする、が、この獣は遮るように──、
「とにかくな!!」
『とにかくだ! 俺達は行かなきゃならない』と、ハウは無理やり僕に獣衣装を纏わせながら叫んだ。
「キキはヒラギノレイナを追いたいんだろう。けど、今はっ、お前の希望に沿う場面じゃないんさ!」
「──……っ? えぇ……? 何をおっしゃるの……?」
僕の体を覆う獣の言葉が理解出来ない。意図を汲めない。
ここに来て、この友人が何を知って何を成そうとしているのか、全く以て不透明。
どうせやり直すから細かい説明は省いているとか、最初から僕の理解など必要としていないとか、効率的にデメリットになるから余分なやり取りを削ぎ落しているとか……。そんな憶測叱り、今までの獣衣装に比べて全身から生える綿毛の量が多い事にも気付く。
(なんだこれ……?)
腕や脚が、完全に獣の形状となり、更に腰を掴んでいるだけだったハウの獣の足も加わり、六本脚を形成した。
視点は高く、額から伸びる一対の触角が逞しく変化。獣耳は翼の様に大きく開き、まるで戦闘時のろろあくとや、いつぞやのキサクラのような様相へ変貌する。
「ハウ、これって──」
「仕様ってコトにしとこうぜ。──さあ、行くぞ!」
大型の獣と化した僕の体は僕の意思などお構いなしに動き出す。
ハウが、率先して何かを成し遂げようとしている。それは、僕の知らない何か……。
慣れたように六本脚を巧みに運び、せり上がる壁をも駆け登り出したコイツに、僕は……言い知れない不安感を抱いていた。
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