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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:秘都クレイト凶行
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第五十六月:他人vs神獣風の勇者(入り)




 風が……とても強い風が吹き始めた。


 目を煩わせていた濃霧はどんどん薄れていき、遠くのスタンド席とまではいかなくても、この島がどういった地形をしているのかが目視出来るまでに視界がクリアになる。

 そうして頭上に浮かぶ巨大な帆船の姿が、数多の目に映っただろう。


 この事態になって、転生者を狙撃して楽しんでいたであろう連中達のどよめきの声が聞こえる。それと、そんな彼らをメインディッシュの登場だなんだと意気揚々と煽るアナウンスも。

 だけど、ここにいる僕らにとって、そんな声は何処吹く風だ。


「……ろろあくと君……」


 僕の呟きに、自称ショタコンなるお姉さん──ろろあくとは少しだけ顔をこちらに向けたかと思うと、すぐに軽快な足取りでペルテルさんの方へ行ってしまう。


「勇者さーん、覚えてくれたっすか?」

「 あ──…──? 」


 そして二三のやり取りが行われるのかと思いきや、彼女はそれだけを言うとペルテルさんを通り過ぎた。その際に何を言われようと何も返さず完全スルーし、その先にいたシバコイヌさんを立ち上がらせようと手を差し伸べた。


「まだ会ったばかりの時にショタコンって言ったの根に持ってるのかよ……」

「シバコイヌさんが理解を示してくれるまで言い続けてやる。自分は、ショタコンじゃっない! ただ! 可愛い男の子に! なりたいッ! だけッ!! それだけの女をやってます!! どうぞ、よろしくねッッッ!!!!」



「……」

 あれは……あの人は……なんだ?

 原型など全く分からない状態だった巨大船を一瞬で編み込み、強者だと理解するに足りる人を恐れもせず、淡々と……でも楽し気に事を進める、ろろあくとなる人物。それに、そんな訳の分からない女性に慕われている様子のシバコイヌという人もそう。

 記憶にない待ち合わせを主張し、勇者を自称したかと思えば囚われのカゥバンクオルを救うためだとして危険なイベントに僕を放り込み、挙句どこぞの戦闘を持って現れて……。

 その後に、ふたりで仲良しこよしを見せつける。


 なんなんだ、この人たち。

 さも当然のように僕の進路に入ってくるキャラクター自体に文句はないさ。ただ、この二人に関してのみ、僕はひたすらに困惑した。


 僕らは彼らとは関係ない。関係ないはずだ。

 嗚呼、関係ないさ。むしろ、巻き込まれたようなもの……とは思ってみるものの。


 なぜか、それなのに何故かハウが彼らの方にいるから。

 あまりにも自然に彼らと共にいるから、関係ないからと切り捨てることが出来ない。

 ハウ、用が済んだんなら早く僕らの成すべき事へ戻ろう──その言葉が延々と喉に引っかかって吐き出せない。……蚊帳の外。画面外にいる自分。もっと言うなら、彼らの進路を見続けるだけの『視点を定めるモノ』になったような気分だった。


「──んー本物っしたよ。それで話ど……も連れて行っん…よね?」


 なにやら……ろろあくとが僕を指差してシバコイヌさんに何かを確認している様子。

 画面内のキャラクター達が画面前にいる人をロックオンする突然の恐怖体験。


「あちらにその気があればな。無理強いすんなよ?」

「了解。じゃあ……えーとなんだっけ? あ、いいやゲストさーん!」


 見た目的に絶対少年だと思っていたのに実は年上お姉さん(仮)だったキャラクターがディスプレイ越しに駆け寄って話しかけてくるリアリティー重視のモーションポートレートの最先端技術が見れるゲーム会場はここですか。


「とりあえず、案内してもらう予定だった人がいなくなったんで、自分らはこれから囚われのカゥバンクオルを見つけるために、あの船で秘都クレイトの島々を巡ります。で、これ前も誰か言ったと思うんすけど……一緒に行動しませんか?」

「……? 言われたことないけど、え?」


 ゲストってのは、誰からも求められるような立ち位置なのか。であっても、そんな経験無ければ(ノノギはノーカウント)察して謝られて尚更傷付く案件ですがね。泣こうか?


「それが、ここからの僕の立ち回り?」

「他に予定があるなら、そちらを優先しても構わないっす。ただ……」


 ろろあくとは後ろでペルテルさんに話しかけているシバコイヌさんを一瞥した後……ハイライトの無い瞳に僕を映して言う。



「こちらの用事が本流に入った時、例えゲストさんが何処にいようが、回収しにあがります」



 その時に僕が何を優先させていても関係ないから。

 そう付け加え、彼女は「どうでしょう?」と、小首を傾げた。


「……ぁぁ゛」


 予定はあるし、断りたい。でも、それを言う前に、


「rrrrrrrrrrrrrrっろ! ダメ喰らった!」

「巻き舌無しでロロですけど、は?」


 急に走ってきたシバコイヌさんが僕らのやり取りを中断させた。


「何がダメなんすか?」

「秘都巡り! イベントが終わるまでは働けってよ」

「ぇ。シバコイヌさんが受けた広報の任務って前払いでしたっけ。そりゃ拘束権利強いのも納得かな」


「 あと── 」


 唐突に、ペルテルさんが二人の間に顔をヌッと割り込ませ、ろろあくとを指差した。


「 貴女は今イベントの大目玉。別に嫌なら狩られなくてもいいのですが、お越しいただいた狩人の皆様を十分に楽しませる振る舞いをお願いします 」

「御冗談をー。そんな個人契約結んだ覚えは無いっすが?」

「秘都クレイトは、特定の時間のみ転生源内に於ける全ての事象を支配、又は代行管理する権限を正当に獲得しておりまして。……それゆえ、その時刻……丁度今、対象敷地内で発生した物事は、例え個人間であっても秘都の責。こちらの言う通りに動いてもらわねば困ります 」


 秘都クレイトの信用にも関わるので……と、普通ならぐうの音も出そうにない主張をした彼女。

 だが、ろろあくとは、


「 ァ──? 」


 なんと当然の如くペルテルさんを突き飛ばした。しかしそれだけには止まらない。獣衣装故だとしても、僕の時とは比べ物にならない程俊敏な動きを以て、体勢を崩し倒れそうだった彼女を捕えた。

 しかも、その細く薄い腹に掌を押し込んだと思うや、


「権利原則は秘都クレイトらしくていいんすが、興味ないんで。……自分らの邪魔をするなら、どっかで浮いてて!」


 その途端、微かな衝撃波のような圧力がろろあくとから感じられたと同時に、ペルテルさんが遥か空の向こうへと飛んでいってしまった。その速度はあまりに速く、まるで彼女が雷にでも変化したのかと思ったほどだ……!


「な……なに……? なにをしたん……」

「ゲストさんが知ったところで意味のない『仕様』っすよ」


 ろろあくとは吐き捨てる。あまりに……優し気のない声。

 ゆらりと風に靡く髪と服の端がおどろおどろしい。そんな印象を抱き、ゲストが竦み上がった事など気にも留めない様子で、ろろあくとは声色を元に戻し手を合わせた。


「ごめんなさい勇者さん。全ては秘宝三種を手に入れて、目的を達成する為なんす。……ね? シバコイヌさん?」

「……んー」


 目的を達成……とは。

 笑顔で同意を求められたシバコイヌさんはと言うと、腕を組み、空に消えたペルテルさんを……ではなく、何故か残された黒い物体を見据えていた。あれは……少女の頭部だったり変な蜘蛛だったりしてたやつ……。


 ──すると、


「どうせ、デコイを使うと思ってたよ」


 黒い物体の表面がバキバキと割れ始め……なんか、異様に……白い……女の上半身が……這い出てきたんですけど。


「ああ……こっちが本物の勇者さんっしたか」


 続けて、黒い塊は下半身となる。だが、その形は人のモノではなく、メカニカルで骨張った獅子の様。

 見れば、黒い装甲のようなものは白い背や顔も覆い、それはさながら神獣の兵士と呼べそうな風貌と相成りまして……!


「やば。ぺるぅ……さん? だっけ? この人強そう」

「暗都の勇者ペルテルな。俺の元最推しだぞ。クソ強いに決まってる」


 会話からして焦っているのかと思いきや、不敵に笑い合う二人から香り出すきな臭さ。

 ろろあくとはアイコンタクトでシバコイヌさんに合図をした後、一気に怖さを増し出したペルテルさんへ歩む。


「勇者さん、こちらの敵意を理解して頂けたってことは件のカゥバンクオルについて、『秘』のままにしなければならない事情をご存じなのですね?」


「 ……それを口にする貴女……。秘宝を求める動機はわからないけど、奪うつもりなら……護らねば! 」


「来た来た、脳筋略奪RTAらしくなって実に良きかな! だって、打ち倒す目標を、しっかり提示してくれるんすもん!」


 ろろあくとが、獣衣装として纏うハウを一層大きく膨張させた。

 ハウの獣耳が蝶の羽のようであり、めっちゃデカい!


「気を付けながら全力を出してけよロロ。暗都の勇者は一個戦力として比べれば、最強少女に匹敵すると全俺が嘆くぞ」


 シバコイヌさんも負けず劣らずの変化が起こる。

 変哲無いただのお兄さんって感じの容姿から、幾つもの歯車の輪を周囲に浮遊させた手足の長い漆黒の亜種と化す!


「それでは勇者ペルテルさん、非公式ディフェンス戦を始めましょう! 邪魔してくる回数分、ちゃんとぶっ倒してあげますから──!」




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