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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:秘都クレイト凶行
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第五十五月:導火線を巻き付けられた人




 ぶっちゃけ、宮地襲撃の犯人像を想像出来るか?



 滝都アクテルを出発する時、あたしは滝都の統主にそんな質問をされた。

 当時の時点で陥落した宮地は、暗都(くらと)パルジ、流都(ると)ルルの二か所。

 暗都は暗黒晶と称された鉱物の採掘場に築かれた宮地。意思を持つ無機物だとして世間を騒がせた珍種──暗黒晶の採掘を皮切りに、採掘自体を専門業とした暗都は建設に於ける物資の提供や人材派遣などで外交実績を積み上げ、大きく発展してみせた技術者達の街である。滝都も宮地建設の際に、随分とお世話になっていたらしい。

 流都は、歯輪の次元に築かれた宮地。……と言われてあるが、一つの所に一日と留まっていない幻の宿屋街と噂されていたようで、実際に遭遇出来た者は多くないのだと。あの宮地に関して耳にする話と言えば、神様たちの集会場だったとか、何処にも属さない流れ者たちの一団で、俺勧誘されちゃったよ(嘘)だとかの、なんでもありな妄想大会のネタにされている程度のものくらい。その実態は、言うなればキャラバン。旅で疲れた者達を気まぐれで癒す、妖精たちの街と考えても良いかもしれない。


 その二つの宮地が襲撃を受けたと聞いた時は、それはもう当惑したものだ。

 流都がどれほどの戦力を有していたかは知らないが、暗都は暗黒晶を用いた軍を持っていた事が有名だった。それに加え、勇者と称えられる亜種も所属しており、緊急時に於ける他の宮地との連携も潤滑。数多ある宮地の中で、最もディフェンス能力が高いと太鼓判を押されていた。そんな街が堕とされる事態に発展するなど、信じがたい話だったから。


 それだけに、犯人像など想像できようか。

 

 ……ただ、その時のあたしは「──は? そんなの神様が復讐しに、黄泉から戻ってきたんじゃね?」と、冗談を返していたが……。

 舟都(ふなと)セリフュージ、泉都(いずみやこ)ローレイラまでもが落とされた事を踏まえると、その有り余る力……あながち、いい線行ってるかもしれないと、ここ最近になって思い始めていた。



 ──さて、では彼はどう思うだろう。

 


「……へぇ。アクテルの統主は、四コマ漫画を描く趣味があったんだね」


 秘都クレイト現統主──若みどり。

 勇者と煽てられていたり、カゥバンクオルにお熱なお兄さんだったりする彼の本来の役職がこれ。冷徹軍国家の漆黒王と揶揄出来そうな風貌で、先程側近経由で渡された手紙を見下ろす姿は孤高の獅子を宿す様……。正にあたしの中で解釈一致する、秘都の主なる人物そのものである。

 ……ついでに軽い調子も戻ったみたいで、そこだけは解釈不一致だにゃ。


「最近は、どうも救われないオチに持って行く事がマイブームなんだそうですよ」

「それは知らなかったな。けど、四つある作品全部が陰鬱とした内容なのは……アイツ、病んでるの?」

「ハッピーエンドは何の印象も残らないからつまらないと嘆いておりますので。病んでると言えば病んでるのでしょうね」


 アノマリア本館、大聖堂と図書の間にて。

 ……この堂内は異質だ。最大権力者との謁見を果たす場にしては、あまりに不安感を駆り立てられる。


 まず、外廊下からしてそう。壁、床、天井、設置された全ての置物に至るまでこびり付いた深紅の結晶体。それは、群生する菌糸類の如くだ。無作為に発生されたと見える状態から、大聖堂へと歩を進めるにつれ、施設内を徹底的に犯さんとするような様相へ変わる。

 そして、当入口。最早原型も分からない程に、全体が『赤』に塗り固められた聖なる広場。

 この中央に、結晶体の発生源だと直感し得る御身が、ジッ……と天を向き佇まれておられる。


 ──鏡赤龍六本足の老格。幼子のかぅばんとの共通点は綿毛に覆われた体である事だけ。対の獣耳は大の大人を包める程大きく、オコジョのようなフォルムに加え、額から頭部を通り背に垂らされる一対の触角。それは地面に下ろされた先端に行くにつれて、どんどん赤い結晶体が付着する量が増しているので、見ていて非常に重たそうに感じる。

 そんな彼を、幾重にも波打つ形を保ったままの厚い結晶の絨毯が、まるで守るように囲っていた。


 ここは激戦の跡か。それとも拷問の跡か。経緯がなんであれ、その老格の足下の結晶塊に、さも当然だと言うが如く腰を下ろす若みどり殿の振る舞いから……嗚呼、これ以上彼らには体も心も近付いてはいけないと、胸が騒ぐ。


「──で? 空白になってるコマ枠が残っているんだけど、なーにこれ? この僕様も何か描いた方がいい?」


 交換漫画(?)みたいな事を聞かれて、あたしは……よっしゃkたと、アクテル統主との打ち合わせ通りに言を進める。


「ええ是非。アクテルは作品テーマを『島』か『木』のどちらにしようかと決めあぐねてましたので、そのどちらかを選んで頂ける事を彼は切望しておりました」


「ふぅん……そう」


 島か木ね……と、若みどり殿は頬杖をつきながら暫く手紙を眺め、ツとこちらへ目線を移した。


「僕様とアイツとのくだらない遊びのために、こんな遠い所まで出向かせて申し訳ないね。なんなら、お茶してく?」

「はい、ご馳走になります。秘都の水は滝都の水と違ってまろやかだそうですものね」

「大自然が近いから、そりゃそうだよ。……けどさ、僕様は滝都の力強い水で作るお茶も気に入ってるんだ」


 若みどり殿は一呼吸置き、脚を組みなおす。

 少しだけ微笑みを滲ませた表情を一切崩さず、あたしを──いや、滝都アクテル統主の代弁者を見据えて次の言葉を選ぶ。


「久しぶりに行ってみようかな。滝都がどのくらい発展したかも見てみたい」

「でしたら、我ら滝都民が総出でおもてなしをいたしましょう。アクテルもきっと喜びます」


 にっこり笑顔のあたし。そして、一瞬噴き出して笑いそうになった若みどり殿。

 ……こちらが、何を言いたいのかを完全に理解したか。きっと今の感情は、導火線に火が点いたようなものだろう。

 若みどり殿は、「はいはい、勘違いしなさんな」と諸手を上げた後、前のめりに構え言う。


「──別にアイツとは笑い合う関係でもないからな。結局は、この世界で生きる者同士、築き合い奪い合い騙し合うのが性。どんな相手だろうが、どうしようもなく雌雄を決して満足感を得たい大馬鹿者さ」


 その文言、正に火が走るようだ。

 このキーワードの探り合い……次は、あたしが仕掛けられる番らしい。

 では、笑顔を消して応えよう。


「二人仲良くお茶を楽しむ姿を望めませんか?」

「こちらが無礼を働けば、アイツはどう出ると思う?」

「恐らく、貴方様にお水を被せるかと」


 あたしが言い切る前に、若みどり殿が指を鳴らした手でこちらを指差す。「そう、それだ」とでも言いたげだったが、彼はすぐに両手を広げて天を仰いだ。ついでに、あたしも「そう、それだ」と言いたげにしているぞ。


「彼のそんな姿、想像し易いと言ったご様子ですね。なんなら最近世間を賑わしているお茶目な所も想像出来たりしますか?」

「四コマ漫画を描く以外で? ……さあね。別れて暫く経つんで、月を見上げても何も見えてこないよ。なんてねー♪」


 月……。


「そうですか。それはまた失礼を──」

「あー、そう言えばさ、キミの名前はノノギ君だったね。一つ、滝都所属の人間としてお願いを聞いてくれないかな?」


 導火線を走る火も佳境に入るか。そう思い、あたしは「なんなりと」と窺う。


「滝都が誇る古水を用いた武器を持っているだろう? それで、ここの煩わしい結晶を叩き割ってくれないかな」


 言いながら足元の鏡のような結晶の絨毯をコンコンと優しく蹴る様に愛を感じる。

 それはさておき、


「構いませんが、大きな音を出したらあたし拘束されません?」

「させないよ。それにこの時間は、上で大きなイベントも開催されているからね。言い訳は十分に立つさ」


 若みどり殿は堂内の端で待機していた側近らを退避させてから、自身は入口へと移動する。そこで腕を組みながら、こちらを眺め「どうぞ」ですってよ。


「……──承知しました」


 捕まらないならいいかと、あたしは開拓テーブルを展開。所持する武器の中で、最も破壊力の高い『古水鎚(コスイヅチ)』を象る。両腕を通して全身に圧し掛かる重さに、条件反射で血が滾る。そんな戦闘狂なあたしです対戦よろしくお願いします。


「ほ」


 古水鎚を振り上げて……なんか、真正面にいる動かない鏡赤龍老格が、急に噛みついてこないかと不安になったが……。


「せいや」


 ええいままよの気持ちで振り下ろした。

 ここが土の地面であれば、高い土煙を立ち上げ、古水の特性から大爆発を引き起こす場面である。


 ──……しかし、結晶の塊は大きく振動し、甲高い衝突音を轟かせただけ。

 傷など……微塵も付いていなかった。


「力が足りなかったか……それとも武器の形状の問題だったかな?」

「両方ですね。……割るならもっと……いえ、どうでしょうね」


 いや、どうもこうも割るだけなら、他にもやりようはある。

 それは敢えて口に出さず、使い終わった鎚を光粒化して、あたしは若みどり殿に向き直る。すると彼は歩み寄り、手を差し出してきた。


「無理を言ってしまい申し訳なかったね。今日はご足労感謝する。この後は秘都でゆっくりしていくといい」

「こちらこそ、ご期待に添えられず……」


 あたしたちは握手を交わす。……と、ここで秘都クレイトの統主様は、滝都アクテル統主が求める言葉を囁いた。


「これから滝都アクテルへ行かせてもらう。そこで、滝都が抱える『古代水の水源』を賭けた宮地と宮地の雌雄決着を、アイツに強要するよ」


「……承知いたしました」



 ──もし、神様があたし達の会話を盗み聞きしていたら、この展開をどう捉えるかな。


 秘都クレイトは無い力を得るために、欲するべき力がある滝都アクテルに攻め込む。


 もし神様でなくても、それは単純な流動的意識だと映るだろうか。



 これが滝都アクテルからの提案であり、下手な協力姿勢は同類を疑われるが故の、犯人に対するカモフラージュだと思い至るだろうか。


 何者かもわからない犯人が、この場に潜んでいたらの話だ。


 多分、形など決まっていない神様のような存在であるなら……恐らくは。



 あたしは、若みどり殿が何気なく握り潰した、最初から何も書かれていない白紙の手紙を見つつ、走る火の行く先が途切れていないよう……祈っていた。




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