第五十三月:僕の知らない物語
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多分、ステルスチートはナチュラルレベルで発動している。
けれど、四方八方から飛んでくる凶器は、正確に的を狙った物もあれば、無作為に放たれたであろう物もある。それ故に、例え僕を眼中に捉えていなくても、流れ弾という形で降り注いで来た。
当たれば致命傷を負う雨だ。
生存ルートがあるなんて、とても信じ難い光景だった。
その中でハウが辿り着いたルートは、一歩一秒違えば即アウトの連続となる致命傷回避ルート。弾丸が目を掠めようが、鏃が身体を切り裂こうが、まだまだ走れるなら全然お構い無しだといわんばかりの疾走劇を強いられた。
青い光は次々と現れ、人や獣の姿になるや、すぐさま穿たれる。
その時は運良く飛来物が直撃しなくとも、この状況が掴めずにその場で蹲る者や、物陰を求めて他の的に近付き射抜かれる者、パニックを起こして闇雲に逃げ回る者など、どうあがいても誰もが餌食となるのは確実なんだと思わされた。
この平地の草原に物陰など見当たらない。
それに、理不尽とも言えそうなこの霧。見える範囲は半径十メートルくらい先までだろうか。
まるで、僕らが走っている場所で無限ループが起きているように感じ始め、いよいよ僕の理性も危険域に到達する頃合いだ。
「ハウ! まだ!? まだ走るの!??」
「前にやられたのが二分後あたりだから、それまでは走り抜いてな」
改像時間ってヤツですか。
『やり直し』に於いて、死亡確定時刻から再スタートまでの間の時間の事。もしその時間内で死亡してしまったら一巻の終わり。やり直しは発動せず、僕らは非常に悲しい結末を迎える……のかもしれないけど分からない。
と言うか、こんな物騒な状況下で二分以上も生き抜いたハウ凄くないか? ついでに僕も凄くないか?
「ってえ──あ゛ぁあ゛あ゛!!?」
褒めてマンをかましてる場合じゃない。
草に絡まる形で倒れた『人だったような赤っぽいモノ』を踏んでしまい、驚いて足がつりかけた。そうだ。気を抜いたら僕も、足下に転がるソレらの仲間入りなんだ。
グロテスクな光景で気を滅入らせる暇すらない。
とにかく前へ。
とにかく走って。
とにかく生き延びて。
生き延びて……。
生き延びて?
こうなる事がノノギの作戦で、僕がお陀仏になる結末を虎視眈々と狙っていたんだとしたら……。そうだとしたら、出会いからここまでの云々カンヌンが企画力高過ぎて恐ろしいったらない。
反対に、探索レベルがクソ雑魚の僕が生き延びるなんて予想だにしていなかったら……。そうだとしたら、僕らは彼女を相手に出し抜くことが出来るかもしれない。完全に油断した背を取れる。いくらでも弱みを握れr──!
その光景が頭を過った瞬間、耳、指先が裂け、僕の後頭部あたりで、バキンと弾けた音がした。
そして、纏められていた髪の毛が、ハラリと垂れる。
雷華の髪留めが……。
正に、僕とノノギの縁が切れたような。
これが答えだとでも表されたような、そんな気がして。
「──ハハ……ッ」
冷や汗が滑る僕の顔に……二日月が浮かんだ事だろう。
「笑えるわ、なんなんだコレ!?」
「お。狂ってきたか、キズキ選手」
狂おうとも狂いましょうともッ。
今までのような惰性的な疾走ではなく、確固たる目的を持って走るのだ。やる気も沸き立つ。目も開く。涎も垂れ流す。全ては逆転勝利の為。全てはノノギの化けの皮を剥がす為。全ては僕が僕である事を証明する明日の自分を手に入れる為だ。
何がなんでも逃げ切る。出来る。正解ルートを導き出したハウがいるのだから、今の僕は──!
「勝ち確に決まってるん
「キキ歯ぁ喰いしばれ」
一番痛む場面だぞ……と。
ハウの冷静な声色。僕は何が起きても勝ちなのだと信じていた。
狂おうとも、酔いどれようとも、指示に従う僕が歯を嚙み締めた次に見たのは──。
「──ぁつ?」
両腕、右脚、腰から鼠径部を貫き、草地に突き刺さった黒い束糸のようなもの。
なんだこれ。
それは刺さるだけではとどまらず、更に傷口を広げようと、ウネウネと動き出した。
叫び声。
叫び声が霧の向こうから聞こえる。
一人? 二人? 何人?
唇を引き締める事も出来ず、歯と歯の隙間から唾液がダラダラと落ちる。
「なんでぇ……? なにぃ……?」
正解ルートは過酷なもの?
死んでなければ、全てはかすり傷?
ここからの逆転勝利には、あと何点必要だ?
「……キキ、アレ見えるか?」
ハウが髪を引き、僕の頭を上げさせる。
「……アぇ?」
視線を促された先。
霧の中に、なにか、不自然な焦げ茶色の太い線があった。
「……?」
「もうすぐ動けるから、這ってでも行くんだ」
ハウの冷静な声。
全然無事だとわかる声に、僕はまだ正解ルート上に乗っているらしい。
「ぃ……ったみは残るでしょッ。頑張れんの自分っ? それより、なんっっだよこの糸!」
苛立つ気持ちを支えに、痛みに抗い糸の元を目で辿る。が、本体は十メートルよりも向こうにいるのか、姿は見えなかった。
でも一瞬、上空でチカっと火花が舞って──。
「ッづあ!?」
僕の身体を貫いていた糸がジュルンと抜けて、霧の中へと戻っていく。直後、その先で大きな衝撃音が。──円状の影が。
脚、踏ん張れる? 踏ん張れない。
「お゛っふぅ゛」
痛みになす術なく、胸から草地に倒れ込んだ。
回復薬。
ぐれーと回復薬。
「──っく゛そ゛」
上空で何が起こったのかなんて、どうでもいい。
ハウが這えと言うんだ。なら前へ。腕を交互に前へ。脚を交互に前へ。
遠くから呻き声が聞こえて、聞こえなくなって、憤怒する声が別の方向から上がって、聞こえなくなって。
焦げ茶色の線が、次第に面積を増してきて、パラパラと破片みたいな物が落ちてきて。
(……木? 木材?)
見上げると、焦げ茶色の先には……『六番船街』と大きく刻まれていた。
「──……帆柱?」
一見、帆を張る為の太い柱のように見えるが。
所々破損しているけど、なるほど弾避けにはピッタリの巨大さではないか。
指先が触れる距離で、痛みなんてもう知らない精神で思い切って転がり、帆柱の影に体を埋める。
……安心?
これで一安心?
「ハウさん、ここが安置ってコトでいいわけ? まだ走れなんて言わないよなっ?」
「おん。お疲れ、キキは休んでていーから」
ハウはそう言って僕の頭から飛び降りると、一人で離れて行こうとしおった。
「ちょ、ハウどこ行くの??」
あんたがいないと、もしもの時の獣衣装が出来ませんがな。
「不安そうな顔すんなって。別に見捨てる予定は無いってさ」
グルグル巻きの触覚を手の代わりに振り、小さな友人は、そのまま霧の中へ……。
開いた口がふさがらねぇ……。
見捨てる予定は無いって……。無いってさ……って。
「それ。誰の台詞だよ」
まだ、僕の知らない時間帯なのか。二分長い。それとも、もう消化してる? わかんない。
「え……じゃあ……お言葉に甘えまし……て?」
息を吐いて、ズキズキと痛む傷口を庇いながら座り直す。
「はぁ」
青のクロークに滲む血の描写。額や鼻に浮かぶ脂汗の再現性。吐き気を催す体調の表現力。
このゲームの世界で感じられるあらゆる事を一つずつ噛み締め、僕は頭の中をからっぽにしていく。さっきは現実逃避するために考えまくって、今度は現実逃避するために思考をやめる。
本当は考えたい事は多い。答えを模索したい。
シバコイヌさんが、僕に青のクロークを渡したのは、同じ服を纏い、この草原に現れるてんせいしゃに紛れさせて乱入者扱いにさせない為と見るか否か……とか。
改象時間が過ぎたら何が起こるのか。ハウになにが起こったのか……とか。
なんで、ハウだけが『やり直し』の権利が与えられているのか……ってのを、もう一度考えてみたいよ。
「……シュン、主人公補正でもついてるんかね」
もしそうならと思うと、脱力していた口角が、ちょっと上がった。
それと、疲れが。眠くなってきた。ノノギと長い距離を徒歩移動した朝に加えて、なんやかんやあった後にこんなカオスに誘われたのだから、そりゃそぉー──。
──
……いい匂い。
──
「──なんか、この人笑ってないっすか? もうアウトっぽいんすけど」
「まだ大丈夫さ。いつもの逃避行してるだけだって、なあ──キキ!」
「……ぇ。ハ……だれ?」
いつの間にか閉じていた瞼を開けた。
すると、僕の目の前には、知らない少年がいた。
それも、その少年は、昨日のノノギのような、獣の形をした煙……? に、包まれた状態。
その煙がハウの獣衣装であると気付くまでに、そう時間は掛からなかった。
「ハウ? なにしてんの??」
答えを。誰よ、その男。
しかし、ハウは煙状になった獣の足で手でするように僕を制すると、
「ここから起こる事は初見なんさ。キキはそのまま、空気でいてくれな」
「ぁ……あ?」
戸惑い。戸惑う。知らない間に物語が進んでる。
それでも尚、答えを欲する僕を置いて、展開は進むよう。
「── ─ ──なっ!?」
突如として、空から黒い物体が落ちてきたのだ。
巨大な人の頭部だ。それと、そんなものにしがみ付いた黒い人物もいる。
「 大人しく……っなさいな! 分解しましてよ! 」
ペルテルっていう亜種の女性だ。そして、
「──お、時間ピッタリに転生してきたなー、ロロ!」
「シバコイヌさーん、今回のRTAは余計な事しないっすよねー?」
上空数メートルで浮遊する淡白な作りの円盤から顔を出した例の彼。そんなあの人と知り合いなのか、ロロと呼ばれた少年は腰に手を当てて言葉を投げ返していた。
なにこれ。
なにが始まっているの……?
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