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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:秘都クレイト凶行
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第五十二月:最後の手紙と災厄のお届け屋




 秘都クレイト──アノマリア敷地内隔離棟、鏡赤龍保全保育局管轄、幼龍の庭園。

 秘都の端に本施設を構えた当広場は、鏡赤龍保護委員会直属のスタッフが汗水垂らして捕獲した鏡赤龍の幼生を、四本足の成体になるまで生育するための場所とされている。


 基本的に一般公開されてはいないが、鏡赤龍の新規登録を申請しに来たあたし──ヒラギノレイナ、通名ノノギのような来訪者には、特別に一時的な入場が許可される。VIPともなれば、幼体との触れ合いも可能。

 あいにく、あたしは沢山のかぅばんがいる広場に踏み入れられる程のお客様ではないので、高い柵の隙間から熱視線を送るくらいしか許されない。それもそう。当然の事だけど、鏡赤龍の為に設けられた保全ルールに沿わねば、出禁を喰らわされるので要注意だ。


 でも、柵越しとは言え、希少なかぅばんが何匹もいる空間に立ち会えるなんて機会は滅多にないので、ちょっと、おいたをしたい所存ではある。


 タイミング良く、周りに人はいない。

 若みどり殿は、あたしの新規登録の件で本局に連絡を入れる為に席を外している。

 さあ今だと言わんばかりに、あたしは瞼を落として呼吸に命を懸ける生物と化す。


「──ッッッッすーーーーーーーぅぅうううあぁ!!」


 硝子の様に煌めく瞳に小さな二本足。

 シダのような細い触覚を生やした綿毛の塊。

 龍属の獣と文字で起こされても似合わぬフォルム。


 そして……植物系に近いかぅばんの匂い。

 どうして彼らは、こんなにもいい匂いをするのだろう。

 どこのメーカーのボディーソープを使っているのかを小一時間くらい問い詰めていたいものだ。


「……」


 けれど、ふと思った。


「……あれ?」


 ハウ氏。

 ハウ氏は喋る個体だった。

 あたしは、そんな子もいるんだねぇって嬉しく思いながらも、結構ナチュラルにお話していたんだけど。



「そもそも、かぅばんって喋れたっけ……?」



「──そのような子は、どこの地域でも未だ発見されておりませんよ、ノノギ様」


 振り返ると、幾つかの用紙を大切そうに持った若みどり殿がいた。


「お待たせして大変申し訳ありません。ちょっと、本局の方で妙なトラブルがあったようで、その処理に手間取ってしまいまして」


 ちょっと見ない間に、とても丁寧な口調におなりで。


「いえ、その分こちらは思う存分かぅばんの香りを堪能できましたので、問題ありません」

「楽しんで頂けたのなら良かった。あ、それはそうと、はいどうぞ。先程ノノギ様からお預かりした鏡赤龍新規登録書の控えです。それと、これ──」


 彼は続けて、特定個体監督証明書、並びに秘都支部協賛契約書。宮地転向の進め、注意書類等をメニューパネルを用いてパッパッパと表示させた。


「目を通して頂きたいものは多いですが、まあ、ノノギ様にお願いする事はシンプルなので、難しく考えずに、サクッと進めちゃいましょう♪」

「はい、よろしくお願いします」


──────

────

──



 突然ですが、ここで問題です。


 揶々んが所有している鏡赤龍登録書の個体IDを一時的に改竄したことで起こりえる事象は、次の内どれでしょう?



 いち──

 当書類の返却時、ID不一致を理由に該当個体への接触が禁じられた上、監督権利の停止。当個体の保護者への身辺調査が行われる。

 白なら権利復活。黒なら権利失効。宮地追放もあり得る。


 に──

 当書類の返却時、アノマリアのデータベースに存在する全ての同IDの記録が自動的に上書きされるだけで、問題となる事象など、実は何も起こらない。



 さん──

 『一時的』と言ったように、改竄されたIDは時間経過で元に戻る。

 例えば、揶々んが当該書類を本局に返納する際、局員の目を通すタイミングを、その前後に合わせられたとしたらどうだ。

 IDが変化する瞬間は捕えられない。

 最初はIDの不一致と認識されるが、後の再確認で問題なしとなれば、その間に起こるであろう一悶着の収拾をつける為に、本局は鏡赤龍に関する全ての手続きを停止せざるを得なくなる。

 とくれば、問題解決を最優先だーとなるので、これから行われる新規登録も幼生保護の指令も全部、全部全部全部、棚上げにされる。

 個体識別は保護活動の要。蔑ろにして良い話ではないのだから。



 実際、この『さん』が答えとなった事は明白。だって、先程若みどり殿は言ったのだ。


(……妙なトラブルってことは……!)


 揶々んが手筈通りに、改竄した書類を返却した。

 その際、個体IDの変化を指摘され……彼女は、世にも恐ろしい災厄のクレーマーと化したのだろう。


 今ごろ、『間違われて心外だ(怒)』的な顔をしながら、アノマリアを後にしている筈だ。

 そして、本局に残された爪痕は、彼の声色、ぎこちない表情、軽い調子が消えている事から十分に深いものと察せられた。

 例え演技だとしても、キレ散らかす彼女を宥める役目を買わされたであろうこの人を眺めていると……ちょっとかわいそうだなと思ってしまった。差し向けた本人談より。



「──とまあ、こんな感じの説明になるのですが……ノノギ様。あとは本契約を交わしまして、晴れて万事完了……なのですが、それについては、まだ少々お時間を頂きたく御座いましてぇ」

「? どうしてです?」

「えーと、大変お恥ずかしい話なのですが、本局の方で記録管理に不備があった可能性が浮上した次第で」

「……不備、ですか」

「あいや、まずはデータベースのメンテナンスを行い、次にスタッフ等への再指導と、再発防止の徹底を図りますので、この本契約はそれらが完了してからになる見込みとなりまして」

「あ、そうなんですか。大変そう……心中お察しいたします」

「はは、どうも、痛み入ります。こちらの問題が解決いたしましたら、いの一番にノノギ様との契約を執り行わさせて頂きますので、ここからのお話はしばらく、保留とさせて下さいませ」


 頭を垂れる秘都の勇者様に、全然かまいませんと笑顔を作るあたしの心中はと言うと、にやりにやりモヤリモヤリって状態であります。



 勝手に動いた指先の作戦は成功したのか……。

 顔に笑みを残しつつ、薄目で己の手を見下ろす。


 ……ほんとに、なんであたしの頭は、指は、こんな事が出来た?

 上手くいく確証なんて、どこから湧いてきた?

 まるで宇宙人にでも操られているような印象を受ける自身の体に、ぞわりと寒気が絡みつく。得体の知れないもの。不確かだけど、存在を感じざるを得ないもの。

 神か悪魔かあまねくものか。

 それとも、秘都クレイトは……更なる『秘』を手に入れ、個人を意のままに突き動かす事を可能にした……?



 ──その線はあれど、考えても分からない事に時間を費やしてもいられないか。

 とりあえず、今は配達の仕事を終わらせよう。


「若みどり殿」


 あたしは一枚の封筒を取り出し、彼の頭を上げさせた。


「ここに宮地襲撃事件に関する滝都アクテル統主からの大切な手紙があります。これから、秘都クレイト統主様への謁見を願えますか?」

「え。あー……それは重要な言伝になりますかね……。少々お待ちを! 準備が整い次第お迎えしますので!」


 彼は封筒に記された滝都の公式印を前にし、一層慌ただしく通話を開きながら走って行った。


 秘都クレイトを再建した勇者様は大変だ。

 いろんな役目を担っていて、いろんな顔を持っている。


 ではこの後、あたしから提示される話を聞いたら、どんな顔になるのやら。



 あたしはそれを楽しみにしつつ、かぅばんたちが元気に飛び跳ねて遊んでいる光景に向き直る。



(……特別な種族だけど、まだ喋るまでには至っていない一般的な個体たち)



 あれらから外れ、一人のゲストに付き添う常識外の個体か。


 彼らを思い起こし、笑みも無く、静かに呟く。



「ハウ氏。……──キミは、なにものだい?」




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