第四十九月:どんな顔をしてたらいいの?
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秘都クレイト中核機関『アノマリア』。
宮地の物流、情報管理、政局操舵や外交、その他もろもろを行う施設が一点に纏められたお役所。
あたしは受付にて業務通行許可に関する書類にサインをした後、アノマリア内を引率するスタッフが来るまで、大人しく待合室のベンチに座っていた。
役所というだけあって、やはりいつもどおり人が多い。悪い事なんて何一つ出来そうにない雰囲気である。
ここであたしがする事は、鏡赤龍個体登録申請書の提出、その監督権利の取得に関する諸々の事項の処理。それが終われば、配達人としてのお仕事。サラセニアを賑わす昨今の宮地襲撃事件に於ける注意勧告を記した滝都アクテルの主領からのアナログレターを、クレイトの主領、又は主幹関連者に渡す。必要があれば、それに関する雑用もする。
この手紙の内容は、基本的にはこれまで立ち寄った複数の宮地に宛てたものと同じである。しかし、最後に訪れた此処秘都では、加筆された文がある事を、極秘に知らされていた。
その内容とは、滝都アクテルと秘都クレイトの──。
「──やあやあノノギ様! お待たせして申し訳ないね!」
「……」
あっついランタンを頬に押し当ててくるような明るい声を上げてやって来たのは、先刻街道で出会ったあの僕様貴族。
鏡赤龍関連の局に行くのだから、遅かれ早かれ会うのは分かっていたけれど……エンカウントが早過ぎて胸焼けががが。
「な? 大丈夫? 体調悪い方面? 後の確認書類、全部僕様が書いておこうか??」
「結構です。お気遣いありがとうございます」
大事な登録項行を他人に任せる人が何処にいますかってんだ。
あたしはあらかじめ脱いでおいたウイングケープを両腕に掛け、彼を逆に促す感じで立ち上がった。
「おほぅ。お忙しそうでいらっしゃる。もっとゆったり、リラックスして行きましょ? 変に気を急いていると、何かしら見落としをしてしまうかも……?」
「……そうですね。気を付けます」
ので、早く歩きやがれと頭の中で毒付く。お顔はもちろんビジネススマイルを固着なう。
そんなわけで、鏡赤龍該当書契(改竄済み)を手にしたあたしを満面の笑みで応対してくださる僕様貴族さんに付いていく形に……この人名前なんだろう。
「あの、あたしの担当はどなたですか?」
「へ? そりゃあ今ここにおりますボク……あ、もしかして女性スタッフをご所望? チェンジするっ?」
一応気を使って遠回しに名前を聞いたつもりが、これは思わぬ棚ぼたになるのでは?
本音を言うと、この掴みどころが無さそうな人に手を加えた書類を渡すのは気が引けていた。
一見してチャラい雰囲気でも、そのヘラヘラした顔の奥で何を考えているのかが怖いのだ。例えば、服装の汚れやほつれ、露出する肌についたほんの小さな傷、又は視線の動かし方などから、こちらが何者で何を考え何を為そうとしているかを見抜ける人物だとしたら? もしそうだとして、今あたしの後ろに彼のお付きの二人……亜種の女と獣族の男が控えていたら?
こういった公的機関に身を置く者は、そこらの賊とはわけが違う。下手をすれば、あたしですら拘束させられてしまうだろう。
そんなリスクがあるなら、いっそこんな人よりも優し気でちょっと抜けてるけどなんか憎めないイケボ女子のスタッフの方が人生得すr
「いえ。でしたらお名前を窺いたいなと……?」
「……ほぁ」
uだろうなと思いながら無感情に吐露した言葉が、なにやら彼の妙な反応を引き出したようだ。
彼はまるで心の友でも見つけたかのような顔であたしを凝視すると「……マジか」と呟いた。
「そっかぁ、興味あるんだね? この僕様の御名に……!」
みなに??
急にどうした案件……。良い意味だろうが悪い意味だろうが、触れてはいけない事だったとしたら即刻別の話題に切り替えるべきだ──……と、思った時にはすでに遅く、彼はあたしから軽やかな足取りで離れるや、突然大声を出し始めた。
「 みんなは僕様を知ってるかい!? 賊の集落を秩序ある宮地に育て上げた、この僕様だ!! 」
「 当然、知ってるよ!! 」
(え?? なに??)
周りの人たちが……今まで見たこともないノリの良さで呼応し出したぞ?
「 じゃあ聞かせておくれ! みんなは僕様を、なんと呼ぶ!? 」
「 若さん! 」
「 局長! 」
「 僕っ子野郎! 」
「 育ち盛り! 」
「 サイコロの奴! 」
「 はっはっは! みんな、そうじゃないだろうっ? 全員共通の呼称さ! 」
「 それは、『アレ』だねっ? 」
「 勿論だ! さあ、声をそろえて呼んでくれッ、せぇー……の! 」
「 それだ、そのとおり!! 我こそが秘都の勇者! クレイト随一の力の象徴、『若みどり』である!! 」
……はい。わあっと歓声が上がってますが、九割がた描写をあきらめて申し訳ない。困惑してたんだ。
「──以後、お見知りおきをノノギ様♪」
「ぁ、ええ、こちらこそ」
……若みどり……わかみどり。ああ、いつだったか風のうわさで聴いた名だ。
(──そうか。じゃ、この人がクレイトを再建したっていう勇者)
こんなにもクレイトの人々が彼を歓迎しているということは、それを裏付ける人気者だからなのでしょう。
けれどまあ勇者様とは……これまたあたしにとって扱いにくい役柄だこと。こんなのと敵意を以て相対したら、完全にあたしが悪者認定されるわけで……戦闘狂の面は抑えていた方が良いってコトですわね。
本当にやりにくい相手……。そりゃ勇者と聞いたらビジネススマイルも砂っぽくなりますわって。
「それではノノギ様、改めて鏡赤龍保全保育局へレッツゴゥ!」
「ゎ、あ、はい」
若みどりさんはにこやかに、そして柔らかな物腰であたしの背に手を回してきた。
……確かに、秘都を築き上げた人なのだと捉えると、その手も嫌な気持ちにはならない。むしろ噂通りの人物だとしたら羨望する気持ちすら芽生える……のだが、やはり腑に落ちない事が引っかかっているのだろうか。あたしは無意識に、背を押されるよりも早く歩を進めていたのだった。そんなあたしの様子に、
「あ……もしかして、先程の件……気になってるのかなぁ?」
「さきほどの? ああ、あの事でしたら既に考えを改めております。彼はきっと、どこにでもある臭い物の蓋を開けてしまったのでしょう。ならば、咎められるのは彼。勇者様は勇者様として卑しいものに天誅を下しただけ。合ってますか?」
なんだかバツの悪そうな顔を見せた勇者様に吠え散らかす真似は、悪手以外にない。
あたしは既にキキ君やハウ氏に感情の発散をし終えておるので、今更あの同業者が何をしたかについて追及するつもりはないのだ。
だからこその、この余裕。故、選択を間違えたりはしない。全ての労働者の心の疲れを優しく包み込む大人のお姉さんの如き微笑をくれてやるのが正解だってね。
そしたらば、案の定勇者様は、
「そそそそそそう! あいつってば酷いんだマジ! だれにだってさ、見られたくない秘密があるもんじゃんね! ねッ!?」
といった感じ。顔は安堵の色で染まり、自分は被害者なのだと周りに主張するような大きなジェスチャーを交えて喋り倒してきた。
怪しい限りである。
だがしかし、だからどうしようと考えてあれこれするにしても、やる事が多いあたしでは、タスク過多になって頭がパンクしまいかねないし。
てなわけでここはひとつ、「ね?」と聞かれたから「ね」と返すだけにしたとさ。
うん、これでいい。
キキ君達が外で待ってるんだし、お仕事の方も早めに終わらせないとだ。
その為にも今は……──ね?
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