第四十八月:すぐ置き忘れられる正義感
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「──おぉ……し、後はアレしてコレして極大魔法ボカーンでぇ」
「……?」
謎のお兄さんに連れられ、僕らは秘都クレイトの比較的開けた場所を上から眺められる展望通路みたいな所を歩いていた。その間、前を行く彼は悪そうな笑みを浮かべながら、なんかよくわからん事を呟いていて……。
それよりも、僕は僕の事情を優先したい旨がある。
ノノギ……というか、 ヒラギノレイナの事だ。彼奴の目論見は何か。外でお留守番わんわんを言い渡された僕が、秘都クレイトに入り込む事を最初から想定していたと見るには、彼が雷華の髪留めを指して『待ち合わせの目印』だと明言した所だけでも可能性十分ではないか。
結果的には僕らの探索レベルが低い事が要因で、入るのは彼女だけとなりはした。が、だとするとだ。この宮地で、ヒラギノレイナは何をしようとしていたのか。
お兄さんが言うように、囚われのカゥバンクオルを救い出す算段を立て、僕らを都合の言いように使おうとしていたのか。それとも、配達の仕事は本当で、仮に僕らと一緒にクレイトに入れた場合は、何らかの理由をつけてわざと別行動を持ち掛け、このお兄さんと合流させていたのでは。
「──ッ?」
そう考えた瞬間、僕は咄嗟に周囲を見渡した。
……けど、僕らを見る人などはいないよう。そもそも、人気もそんなに多い方でもないし。
「どした、キキ」
「あ……いや、なんでも」
ハウがフードの中から「ホントか?」と、尚伺い立てる。
監視されているわけではないなら、ホントに何でもないのだろうけれど。正直なんの確信も持てない以上は、警戒を解きたくない。だから僕はハウにこっそりと言う。
「なにかあれば……全力で逃げるよ」
「……はは。了解な」
言っても、逃がしてくれる保証もないのが痛い所ではございますがね。
とりあえずは……お兄さんとの会話でも楽しんで見せようか。
「──あの、ちょっといいですか……?」
軽く手を上げた僕に、彼は少し考えるような呻き声を鳴らした後、振り返る事もせずにまるで風向きを感じ取ろうとするかのように人差し指を立たせた。いや、見せてきたというかべきなのか……その意味を瞬時に理解するのは、初対面の人ではなかなか難しいと思うぞ。
「ぇ……えーと?」
「皆まで言うなってコトよ。野暮な質問は無しってな。ラジャ?」
はは……ノットらじゃぁ……。
これは、どうしたらいいんだろう。野暮な質問とは、囚われのカゥバンクオルをどうやって救い出すのか。そもそも本当にそんなモノがいるのか。お兄さんの目的は。ヒラギノレイナとの繋がりは。……僕らに対しての関心の程は……とか、まだあるかな。
挙げればキリがなさそうなくらいの疑問が、言葉に出せずに渋滞を起こしている。ならばと、その中から一つだけ吐き出してみた。
「お兄さん、シバコイヌって名前だったりします?」
そう、その名前。『シバコイヌ』。
ファイユさんとの通話が切れる直前に、彼女が発した人の名。
ヒラギノレイナとの関わりを疑う一方で、鮮明に頭を過っていた単語。
僕らが秘都クレイトに入ろうとしていると知った彼女が、意味深みに「よろしく言っといて」と言投げたのだ。それすなわち、僕らがその人物と出会うだろうと予測したからに違いない。そして今、こうしてコンタクトを計ってきた登場人物が、シバコイヌなる名前である可能性は月をも貫く程に高くなる。
そう言った確信を以て、僕が彼の返答を待っていると……彼は、数秒の沈黙の後に振り返った。
「今は……勇者様って呼んでくれよ」
立たせたままの人差し指に口をつけ、お兄さんは到底『勇者様』とは思えないあくどい顔で口角を吊り上げていた。
「ゆうしゃ……って」
「おお、ドン引きしてくれるじゃん。傷つくなぁ」
言うほど傷ついているのかどうかよくわからないくらいカラカラと笑った勇者様。
では、彼がシバコイヌである事は間違いないのだろう。そう思い、僕は続けてククさんとファイユさんの名前を出し、その二人がよろしく言っていたと伝えてみた。すると……。
「……へぇ。おもしろぉ」
と、絶対面白がっていなさそうなリアクションをされた。
「あの二人と、どんな知り合いか訊いても?」
「どんな? そりゃあ、恋敵でしょ。名前を聞いただけでも鼻毛が飛び出るぜ」
ぁ、そうですか……。
いまいち分かりにくいが、とりあえずフレンドリーな関係とは言い切れない感じだろうか。
例えるなら、うんざりする程の腐れ縁みたいな? それとも、敵対関係とまでは言えない競争相手とか?
だとしたら、ぼくがあの二人の名前を出す事には、どれだけの意味があったんだろう。
とまあ、考えれば考えるほど宇宙猫だ。
そんなものよりも、僕は僕の事情を最優先に出来れば、それでいいはずなんだ。未読シナリオはスキップするに限る。
「それで、僕の役目は? サクッと終わらせられたら嬉しいんですが」
「ふふっ、勇者様も同じ気持ちだぜん。そうだな……」
シバコイヌ氏──もとい勇者様は、おもむろに来ていた青色のクロークを脱ぎ、それを僕に差し出した。
「これから行く所で、まあ……とあるイベントが開催されるんだわ。君には、これを着てそこに紛れ込んでもらいたい」
「紛れ込む?」
「ああ。スリル満点だぜ。色んな意味でな」
ヘラヘラと言いおる。
もっと具体的な説明はないのかなと、一応探りを入れてみたが「こっちも参加する側になるのは初めてだから、主観レビューは語れない」とのこと。……なら、イベントとやらの内容が分かっている人材をチョイスしたら良かったのでは? 何故に何も知らない初対面の僕を連れていく? ヒラギノレイナの推薦という線はあるのか?
「あー、うんうん。納得出来ないって顔してるねー。別の奴選べよとか考えてる感じ?」
「え、あ、んと……そうですね」
こっちにも事情があるんだから。
そんな反応を示すと、勇者様は「しゃあねぇなー」と腰に手を置いて溜息をついた。
「キミさ、カゥバンクオルが勝手な理由で閉じ込められてるなんて可哀想だと思わねえの?」
「は……?」
「イベントの事は語れないが、俺のプランの冒頭部分なら少しだけ語れるよん」
勇者様は唐突に顔を近づけるや、僕の背に腕を回して通路の端へと押しやる。直後、僕らの周りに何かが生成されたような気配がした。
「透明な防音壁で囲っといたのさ。万が一もあるんでね」
更に声を忍ばし、彼は『景色でも眺めようぜ』とでも言わんばかりに、こちらの視線を窓の外へ促す。
「時間はそんなに無いから、手短に言うぞ? 要は──」
──勇者様曰く、ここの連中は大体顔が割れてるから、自分が所属している宮地に迷惑が掛かる様な事は出来ねって断る奴ばっかなんだと。で、フリーで秘都クレイトに入れてる僕らなら、無敵の人と同等に扱えるだろ。ですって奥さん。使い捨てにする気満々じゃないか。
(マジかこの人)
なるほど納得ドン引き案件である。
加えて、この言い分だと誰かさんと繋がっている線は薄いように感じる。たまたま目に入った僕らを駒にしようとしたと考えて良い?
いや……たまたま目に……入る……かな。あのおじいさんも他の連中も気づかなかった僕を……?
「悪くは考えるなよ? 大切なのはカゥバンクオルを救おうとする清い心。悪いことをしている奴を懲らしめてやろうっていう正義感だ」
「こちらが同調出来ると?」
「ははッ、できるでしょ。キミだってかぅばんを連れてるんだから」
ハウの事か。まあバレてるよね。
「──……っ」
「分かってると思うけど、秘都でそんな子を晒してると面倒なお偉いさんに絡まれるぞ? のんびりと歩き回るより、早く『どこか』に紛れ込んだ方が得策だと思うんだけどなぁ」
既に絡まれ済み。だが、あれはノノギの機転で事無きを得た。では、今は?
少なくともこの人ひとりに見つかっている以上、その時が来るのは時間の問題か。……なら。
「僕に何が出来るかなんて分かりませんよ? それでもいいんですか?」
「心配ないよ。プラン上、キミはただ紛れ込む……それだけの簡単な任務さ」
肝心な所は、全て発案者である勇者様が片付けるので、終わったら適当に帰宅してくれてオッケーだとして、彼は同調を求めるように手のひらを向けた。
僕にとって、これで何を得られるのかは分からないが……ハウの件で、一刻も早く人目のある場所から離れる必要が出てきた事を最優先として考えた結果、
「──それだけでいいなら」
僕は勇者様と握手を交わした。
「よっし。じゃあ行こうか。イベントに遅れたら計画がおしゃかになるぜ」
計画ね。指を鳴らした途端防音壁なるものが光の粒となって無くなると、勇者様は喜々として歩き出した。
その様子……なんとなくだけど、善行を務めに行こうとしているというよりかは、遊びにでも行こうとしているように見える。言っちゃなんだけど、まるで彼の目的が『救う』事とは別の……端的な爽快さを得ようとしている印象を受ける。さっきの場所に正義感を置き忘れてきたとか?
(本音は、悪者退治をしたいだけのかな。カゥバンクオルの救出は口実に過ぎなかったりして)
なんて考えて、深入りしてしまっては僕の事情に関わりそうだ。変に話を広げようとしないで、早々に終わらせてアイツを探しに行こう。
そう決め込んだ僕は受け取った青色のクロークを小脇に抱え、小さく息を吐いた。
「……緊張する必要無いぞ。めんどい事は、俺ら……っじゃねぇくて、この勇者様に任せておけばいいんよ」
「? あ、はあ。……勇者様、ね」
そもそも勇者って呼称はなんだ。この世界には魔王かなんかいらっしゃるのか?
(……ぁ、アイツが追ってる宮地襲撃の犯人が魔王だとかそういう話? 安易かな)
と、少し口をつむんでいたせいか、勇者様が何とも言えない怪訝そうな顔をこちらに向けていた。
「な……んすか?」
「……いやぁ。自分でもらしくないって分かってるし、他の奴からも勇者っぽくないって言われるからさ。疑う気持ちが伝わってきて心が痛いぜって」
……コミュ強の模範解答を求む。
そりゃあ、クロークを着てた時も脱いでスウェットみたいな恰好の今も、対して勇者感を纏っていないし……僕はなんと返した方がいいのだ。
そうして乾いた笑いをするしかなかった僕をいつかの正義感のように置いて行き、彼はそこかしこの通行人に「俺、勇者?」と聞いては、「おう勇者、名声置いてけや」などと弄られていた。
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