第四十七月:記憶に無い待ち合わせ
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遺跡の謎を解き、秘都クレイトへの侵入を果した僕とハウ。さあこれからノノギの後を追い、彼女の弱味を掴んで理論武装して追い詰めてやるぞと意気込む場面の所で、まず僕は全方位に広がる法則性過多な建造物群に息を詰まらせた。
(滅茶苦茶建築ぅ……。またこの手のカオスですか……)
いつぞやの視覚的暴力の再来とか誰得。騙し絵の中と例えた方がしっくりくるか。もしくは、立体的なマンデルブロ集合? もう、なんでもいいわ。
とにかく、規則性を感じる歪な建築物の繰り返しと、大小様々なモニュメントらしき物体が無秩序に立ち並ぶ奇異な光景だ。
呆れる程の混沌っぷり。けど樹都フォールで見た建設群とは一味違う。なんかこう……見てるだけで体が溶かされそうだなんて感じるのは、多分初めてだ。
「心的疾患を持った人が作ったのか? ……街とは?」
そんな印象を受けはするが、人が往来する様子などはある。彼らの見た目から言って悪いが、職業は盗賊を選んだのかなと思える出立ちの人が多目。絡まれれば何をされるか分かったモノじゃないと忠告したがる人がいるのは……なるほど納得ではあるが、
「あ。ちょっと、マズった……?」
それらを目の当たりにして、僕は無意識に後ずさっていた。
感情的に口走り、やるなら今だと突っ走って辿り着いたのは蟲壺の中だったと気付く。頭が急速に冷えていく。そして緊張が……腹の中で這い回る。
「……ぉい、キ──」
「ヨイサッ……!」
しかし、僕は刹那的に動く。竦んだ僕の脚をよじよじと登ってくるハウを、素早くフードに放り込んだのだ。
攻めっ気が吹き飛んで、借りてきた猫状態に陥った僕が出来た最善の判断。この判断だけは愚ではなかった筈だと思いたい。
「……おんやぁあ?」
直後、それを裏付けるように、僕からそう遠くない場所に居た細目で細身の老人が、ぐるりとコチラを向いた……!
ハウの姿は見られていないはず。
でも……近づいて来る。
「……おん? ……はれ?」
僕より頭ひとつ分背が高い。
その老人は辺りを見回しながら……僕のすぐ隣で立ち止まった。
「……はれはれ。オカシイな」
──動けない。
ステルスチートに没入する暇なんてなかった。
ただ、少し下を向いて、立ち尽くすだけ。
「今、確かに誰かが入り込んだような……?」
これに気付いたのは、近くの建物の前でたむろしていた数人の男達。彼らは「じぃさん、どうかしたか」と投げ掛けた。
「あー……。いやね? 君らは、今ここに誰か来たか見てなかったかい?」
「誰か? ……お前ら見た? ……だよな。んや、知らねーよ」
気のせいじゃないか。そう笑わられ、老人は少し釈然としない感じに息を吐く。
「気のせいねぇ……」
……気付かれていない?
「────ッ!」
そう確信した僕は脱兎の如く走る! その拍子に気付かれてももう知らんがな精神で、すぐさま目と鼻の先にある建物の合間に入り込んだ……!
でも、ここも安置とは言えない。だから、とにかく僕は走った。──路地裏、裏通り、細い階段を駆け下り、出来るだけ真っ直ぐ! とにかく迷子にならないように前へ奥へ光差す方へ──!
……そして脚を休められた場所は、人気の無いバルコニーのような所。
「はぁッ、はあッ……!」
鉄柵にもたれ掛かり、息を……整える。
「はは……マジか」
……見つかっていれば、どうなっていただろう。
友好的にお茶しませんかルート……は、ないとして。
ノノギの話からしたら、君の探レベはいくつかなって聞かれるルートに入って、そして始まる胸糞展開が妥当?
初期レベ縛りの攻略動画撮ってるんれすーなんて冗談が通じるような連中だったら問題無い話だけど、それもどうだろう。と……まで考えて。
「……おやおや、彼女の言葉を信じるのかい?」
不信を拗らせている今、生徒会長──柊乃玲奈ご本人だと思われる言葉を信じるのかと。受け入れるのかと。絶対拒絶を決め込みたいんじゃなかったのかと。もうブレてしまうのかと。
そう立て続けに口溢す。
(くっそ……)
──探索レベル至上主義の話に嘘は無い。
昨夜、自分は柊乃玲奈ではないと語っていたノノギの真剣な顔と……さっき見た顔からは、同じ様な圧を感じた。そんなモノが、情報量の少ない眼前で重なって顕れて……!
「もう、どうしたいんだ僕は──!」
どっちに傾いていいのか分からない。
良報と愚行が絡み合って頭がおかしくなりそうだ。
──そうして僕が息を整え終わる頃には、フードに包まっていたハウも顔を出していた。
「……なんで見つからないんだアレ」
「……」
何を笑いながら言うてますのん。
けど、笑いたくなるのも分かる。正直、僕は間違いなく見つかる世界線に立ったと思っていたから。
「あぁ……なんであれ、僕の空気力さ。恐れ入ったろ」
「……言ってて、悲しくならん……?」
奈落へ墜ちろマジレス文化。
ハウの突っつき攻撃など微塵も効かないマンな僕は、最後に一度大きく息を吐くと、方針を改める事にした。
「……とりあえずは、秘都クレイトの人間とは、出来るだけ接触を避けよう」
「お。やっぱ、ノノギを信じんだ」
「秘都クレイトの話を参考にするのですっ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
秘都クレイトに関する話であれば、揶々んさんも否定していなかったから事実と捉えられる。なので、誰の口から出ても不思議ではない『話』に関しては従順であろうってね。
「信じる事もあったってバチは当たらないでしょ。こればかりはさっ」
「んまぁ、な」
ハウさんが、ならこの話題やーめたって言う素振りを見せてくれた所で──さてさて、僕は改めて周りを見渡した。
……ここは、大きな建造物の端……なのだろうか。
この狭いバルコニーの先には足場などが無い。ただ何処までも続くような白い空間が広がっているだけ。
でもその中に、幾つか島らしき物が浮かんでいて……それらはどれも白濁と霞んでいる。なにか建造されているようだけど、ここからでは遠くてなにがなにやらだ。
──……。
(ノノギらと別れてから、体感で三十分は経ってるかな)
これでは、周辺を散策してサクッと見つかるとは思えない。何分この独特で広大な宮地だ。下手をしたら外に出る方法にも苦労しそう。
それも含めて街の人に聞き込み出来れば、多少なりとも有力な情報を得られるかもしれないが……方針を決めた手前それも叶わないし。
更に言えば、行き違いの線も──……って、
「…………なにハウ?」
「いやなんか、こっち見てる奴がょ?」
見られてるなら隠れなさいよなんてツッコミは置いておいて。確かに、ハウが僕の髪を引っ張る方向を見やれば、閑散とした通路から此方を眺めている男性が一人……。
「ぇ。手を振られたんだけど」
目が合うや、徐に友好姿勢を示された。
一見するだけなら、なんだか安っぽい感じのクロークを羽織った爽やかな青年と言った印象だが、さて。
「逃げるか? 関わりたくないんだろ?」
「そう、だけどさ」
そうだけど、彼はとっくに僕らをロックオンしていて、下手に逃げる姿勢を見せては曲者じゃってなりかねない。
だから僕は、こちらへと歩み寄ってくる彼と対峙する事にしようと考えた。
「──呼ばれる気がしてたよ」
開口一番身に覚えのない言ですが。
なんであれ、あのおじいさん達とは違い明確に僕を見て話しかけてきた彼に言葉を返さねばなるまい。
「あの……人違いとかではないですか?」
「ええ? 人違いかなぁ? ここで待ち合わせでしょ? ……キミは、代行?」
代行って……。
やっぱり人違いでは──と、言おうとするや、彼は僕の後頭部を指差した。
「や、合ってるね。待ち合わせの目印は、雷華の髪留めだって聞いてたしね」
「……え。は?」
雷華の髪留めが……──ってことは、ノノギが手を回していた? ……なら、僕が入って来るのも予想されていて……まさか、ここで罠にでも掛けようとしている?
……逃げるか?
ダメか。それすら予想されていたとしたら、僕は溜め池に落とされるネズミになる。
「…………ッ」
だったら乗るしかないのだろう。
掛かるなら、見えない罠より見える罠だ。心の準備、思考の余裕を持っていられた方が有利。刹那的にそう思い至り、僕は警戒を解いたように見せて、
「ぁ、ああ! そっか、合ってるならぁ、良かった。すいませんなんか、変な空気出してしまって」
「いやいや構わないって。じゃ、開く時間も迫ってるし、さっさと行こうじゃないか!」
開く? 時間? 行く?
彼がなにを言わんとしているのか、当然わからん。
だが、ここは「はい!」だ。僕にとって記憶に無い待ち合わせでも、話は僕を巻き込んで進んでいる。それならもう、抗う選択なんかしないほうが身の為でしょうからねっ。
けど、これだけは聞いてしまっても良いだろうか。
「──……あの、目標は?」
聞きたいことは山ほどある。
名前とかハウへの興味とかノノギとの繋がりとか色々。でも、どれも地雷を踏みそうな事だった故、成そうとしている事の結果を訊いてみた次第だ。
それを受けて彼は──。
「おいおい、我々の目標は一つだろ?」
と、白い空間に浮かぶ一つの島を指差した。
「囚われのカゥバンクオルの解放……。ってなわけだから、お互い良い仕事しようぜ!」
疑問の嵐の再到来。だが「はい!」だ。
僕は颯爽と駆け出した名も知らない彼を追うように走り出す。ノノギが僕に何て事をさせようとしているのか理解出来ないが、拒める状況ではないから仕方ない。
ここは一旦ノノギ捜しは後回しにし、彼の隙を見て獣衣装をした後に全速で離れよう。そう思い描きつつ、僕はさっきの島を横目で見ていた。
すると……目の錯覚だろうか。
その島にある物のシルエットが微妙に……変わったような……?
気のせい?
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