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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:秘都クレイト凶行
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第四十六月:初手の謎解きで詰む時は




 最初に現状を端的に伝えると、詰みまみた。


 まずハウとの相談を終えた後、僕は馴染みの店に向かうヤンチャボーイみたいな足取りでノノギと揶々んさんが入って行った建物に近づいた。


 ……まるで朽ちた遺跡。

 遠目からはそこまで荒れた様子には見えなかったのに。


 そう思いつつ崩れた壁の穴から中をそっと覗いてみた。

 ……人の影は無かった。


 見えたのは薄汚れた石の階段。それも所々割れていて、僅か数段程度の高さで途切れていた。

 そもそも天井自体が無いし、この建物が実際何階建てだったのかも分からない。


 石床は土を被り、長年放って置かれたかのように雑草が覆い茂る。果ては、錆で覆われたスコップやボロボロのロープが放棄されていて、人の管理が入っていない印象を受けた。


(……どゆこと?)


 それに何処を見渡しても部屋はおろか、通路みたいな場所も無さそうだった。

 僕は確かにノノギ達がここに入って行くのを見たのにだ。


(……何の変哲もない遺跡の跡地があるだけ……か)


 思い切って中へと足を踏み入れてみたものの、ゲームなんかによくあるアクションUIの感嘆符も疑問符も吹き出しマーカーの一つも浮かばない。


 本当に、何も無いと言うか何も起こりそうに無い区画。

 勿の論、二人の姿も消えていて……もう僕は訳が分からなくなっていた。


「ハウ……これ、謎解きかな?」

「……出ていんか?」


 人の気配も無いし、僕はフードに包まって隠れていたハウにも周りを窺わせてみた。


「──迷子か。お前、泣くのか」

「積極的にファール打つのやめてくださる?」


 謎解きにせよ何にせよ、完全ノーヒントのノンヘルプ。

 ハウがちゃんとここで合ってるのかと聞いてくるが、間違う方が難しいでしょ。とにかく、僕らはもっと何かないか……彼女らが通った痕跡はないか、遺跡の内部も外部も入念に調べまわった。


 ──……そうして、得られた成果はゼロ。

 普段の僕なら操作キャラを放置して、聞こえてくるゲーム内の環境音をBGMに好きな漫画を開いてるものなのだが……今の僕に、そんな心の余裕は無いんだわ。


「隠し扉も意味深な置物も何も無しねぇ。やっぱ、大人しく外でわんわんしてるか?」

「ノットわんわん。そもそも僕は犬派じゃないから」


 現に僕は二人がこの中に入って行くのを見ていた! だから、秘都クレイトに行く方法は絶対にあるんだ!

 この遺跡が入口でなきゃ、あの水の中にある巨大な建造物に行く術は、素潜りしかない。百パーセント息が続かない深さだと思うけど。


(なら、開拓でトンネルを作るのはどうだ。もしくは石の箱を作って中に入り、程良い所まで沈んでからアプローチしてみるとか)


 我ながら脳筋だが、石や木材などの資材はまだまだたっぷりある。あの球体に近付くためのパワープレイは可能な筈だ。


 かのうな……はず……だけど。


「クソ……そう言い切りたいなら、開拓技術を高めてから言えって話だよな」


 近づけたとて、何処から入ればいいかなんて分かるかと。もしなかったらどうなる。成果はゼロどころか、資材を失う分マイナス。服もびしょ濡れ。良いことなしだよ。


 結果……──詰み!

 お手本のような詰みを味わい、僕は湿った柱に寄りかかり溜息をついた。


「……ハウ。なにか良い案とか無い?」

「検索先生に相談するんが良いと思ぉ」

「けんさく……。いいね、じゃあ、一回このタスク閉じようぜ」


 って出来るかい。ネット環境全て自室に置いてきた上に、ログアウトの仕方も分からないのにそんな高難度のテクニックを求められてもお客様困りますーぃ。


「ハウさん……それは、スマホを見つけてからにしましょうや……」


 なんかもう、柱の窪みに指を入れて打ちひしがれる。

 出来ない事が多い。分からない事が多い。こうして動けなくなる事がまだまだ出てきそう。

 そう考えると、僕の口から嘔吐するような生温い息が零れた。


「──じゃ、有識者に相談だな」

「ん? 有識者?」


 一瞬誰のことかと思ったが、ハウの言う有識者なんて一人しかいないだろう。


「キサクラ?」

「あー。何気に色んな話に精通してるイメージあんじゃんアイツ」


 ……なぜかぶっきらぼうに言っておられますが、確かにである。そうして近くの台に飛び移ったハウがメニューパネルを開き、早速通話をしようとした。……だが。


「……ぁ? なんさ、割れてね?」


 通話はメニューパネルの中心に表示された六角形を回して相手に繋がる仕組みだ。ところが、ハウの前に浮かぶそれはガラスみたいに割れた状態で表示されていて、どんなに触れようとも全く動く素振りを見せなかった。

 それを見て、僕がハッと思い出す。


「──あ、あの時? ノノギが握り潰してたからか!」


 UIへの攻撃とかワケわからん仕様だと思うが、実際にこうなっていると直す術もあると言うことだろうか。けど、あったとてか。やった本人に直してもらうしか手はなさそうだ。


「ま、俺のはしゃあねぇかな。……キキのは?」

「僕の? いや、僕のは……」


 指名されて、少し気が引けた。

 だって、僕が通話交換した相手と言えば……あの人しかいないから。


「しようぜ。女子への通話だ。楽しめよ」

「こんにゃろう。他人事だと思いおってからに」


 パリパリピーな友人にヨイサヨイサされ、やむなく僕もメニューパネルを開く。正直……気が重い。

 険悪なムードからは一旦離れたとは思うが、何分彼女はククさんを使って、直接僕と会話する事を避けている節がある。そりゃあ笹流しを譲渡されたのは不可抗力だったけど、そこまで拒絶するとは恐れ入る。

 しまいには、僕の……と言うか、ゲストの死すら望んでいるわけだから、あまり関わりたく無いのですがぁ。


「──ぇ……? パネルが回らない……あ、逆回転?」


 どうしてか中央パネルが回らなかったが、一度反時計回りに半回転させた所で正常に回転した。……そして、『ファイユさん』の文字が表示されて……。


《 ──……誰? 》


 と、魂が抜けた様な低い声が届いた。


《 ……あぁ、なんだキミか……。なに? またいじめっ子に笹流しを盗られちゃったのかな? 》


 つら。

 思った以上に幼児扱いをしてきたフォールのお偉いさんだが、僕は平静を装い、頑張って経緯を説明してみる事にした。


「いいえ。今回はちょっと……有識者に意見を仰ごうかって話になったんで──」



 ────



《 ──秘都クレイトの入り方? 》

「情景は説明した通り、よくある一軒家程度の広さの遺跡の跡地があるだけ……。どう考えますか?」


 ノノギの用事に付き添い、樹都フォールから随分と離れた土地にいる現状。それと、笹流しは無事だと言う事も継ぎ足しつつの説明で、ようやくファイユさんの見解を窺える所まできた。


 ……彼女、何故だか妙に憔悴しているというか、心ここに在らずな感じで何度も話を脱線させられたが……反して返って来た答えは、芯を捕らえる様なものだった。


《 壊れてるなら直せば? 》

「……え、直す?」

《 そ。開拓中級者や上級者が集まる宮地って、入る時に何かしらの試験で開拓技術を計られるの。何処の宮地もスゴイ人材はスカウトしたいものだからね 》


 因みに、樹都フォールは開拓初心者が勉強の為に集まる所なので、そう言った試験は設けてないそうだ。門を叩く者は極力拒まずな宮地……だから、いつでも帰って来て良いと。

 ハハッ……である。


「なるほど。そういう事なら何とか出来そうかな。資材もまあまああるんで」

《 そう、なら良かった。……でも、秘都クレイトか……。私、犬に噛まれた記憶しか無いなぁ 》

「え、何さ。ファイユは犬に嫌われるタイプ?」

《 別にそういうわけじゃないと思うけど……なんだっけな。たしか……そんな事があったような……ってだけだよ 》


 なんか二人して雑談をし始めたのを他所に、僕は黙々と開拓テーブルに指を走らせる。木材と石を組み合わせ、崩れ損なっている壁や柱などをデザインのヒントにし、改修作業を進めていく。


《 あ、そう言えば、ハウ君はまた何か吐き出してない? 古魂の珠樹に憑かれたら、暫くは種運びとして身体を使われるんだけど 》

「そーれー。昨日一回出て来てさ……キキ、アレどこやったっけ?」

「えぇ……。頭グルグルだったから覚えてないよ。多分落としたんじゃないかな。汚くて」


 ハウが適当に組んだ任務の報酬に使っていたと思うけど、結局上手く達成出来ずにうやむやになっていなかったか。だからアレがどうなったかはわからんち。


《 まぁ……もしまた出てくるようなことがあったら、人死にには関わらないで。……管理されてない魔法樹は魂を喰らう魔物だとでも思ってねー 》


 そう言われ、ネクロの洞穴での大騒ぎを思い出し、確かにぃ……と顔を苦くする。


 ──で、そうこうしている内に、朽ちた遺跡だった物が納屋的なモノに変わりつつあった。正直建築のノウハウなんて専門外だから骨組みとか土台とかいい加減だ。それでも、トランプでピラミッドを作る様に重ね合わせていけば何とかなるようだ。

 いつぞやの豆腐建築ではない『三角の屋根と四角の壁で作った家』の完成だ。


「……窓ねぇの?」

「暗くたっていいじゃん」


 僕への全肯定遊びはノノギありきだったのか、それとも単に飽きただけか。ハウがハウらしく小言を垂れていると──。


「んっ? なんか床に文字が──!?」


 僕らを中心に、紫色に光る見たことのないブロック調の文字が輪状に浮かび上がったではないか!


「おおスゲぇ。ファイユに聞いて正解だったわけだ。なっ、キキ!」


 ハウは、そういうわけだからよっしゃお礼言っとけ──と……妙にナチュラルな流れで僕にその役目を振ってきた。あんたからは言わんのかい。



 ……けどまあ……ハウなりに、僕らがいがみ合う関係にしておきたくはないんだろうなと思い、友人の顔を立てるつもりで……その……なんでしょうな。


「……お力添え、感謝したします」


 と、お前誰だよ感たっぷりの事務的な謝意を述べるに留まった。

 そんな僕に対し、ハウは一瞬天を仰いで見せたものの、「うん、そだな。女子への感謝は大事だ」と、肩をポンポン叩いてきた。……あの、それ男子への感謝はどうお考えで?


《 一応仕事中だったけど、別にかまわないよ私は。……あ、それ・りもさあ── 》


 ──その時途端に、床にあった文字が強く光り出し、僕とハウを包み込んだ。

 そんな中、通話が今にも切断してしまいそうな程に乱れ始める。


「はいっ? なんですか?」

《 ──もしも、──・・クレイトで。。・──ってひとと……・・よろしくって── 》


「何ファイユ、もっかい言ってー」

《 ・──聞こえ・──? 》


 通話を邪魔しているのは、この光の演出か?

 とにかく僕は、彼女が何を言おうとしているのかを聞き逃さないよう手を耳に構えた。すると──突然光が消え、辺りが真っ暗になる……。


 その黒に、ファイユさんの声が大きく響き渡った。



《 ──シバコイヌって人と会えたら、ファイユとククの名前で、よろしく言っといて 》



 その瞬間、視界を覆っていた黒はガラスのように弾け、同時に通話が切れた。



 そうして、僕らは新たに広がった窮屈そうな景色を、恐らくは秘都クレイトの彩りを、ゆっくりと……見渡したのである。




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