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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:秘都クレイト凶行
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第四十五月:秘都クレイトにて──動く指先




 ──秘都クレイト。


 巨大湖の中に建造された水泡状の全十七機で一つの宮地。

 地上に設けられた関所を通り、暗い密室に案内された後──あたしと揶々んは突如として、秘都の街を彩る光に囲まれた。


 密室を象っていた物が光の粒となって霧散する中、あたしはクレバスを成す多層建造物の合間で白い空を見上げた。

 一言で『街』とは謳うが、それは方便。

 一応人こそ住んではいるものの、その形は無数の建築物を融合させた大きな球体迷路である為に、迷子になる人が日々多々多々。凡そ平穏な生活など到底叶いそうにないクレイジーな環境である。


 此処は言うなれば、対宮地雌雄決着用に築かれた要塞。

 迎える者を永遠に惑わし喰らう、無情の懐とでも述べようか。

 だからこそ、揶々んのような土地勘のある案内人が必須なわけだ。が……なにもあたし達のように繁華街を歩くカップルみたいに闊歩する必要はない。


「見てくださいノノギさん。あの角の先に新しい憩いの場が出来たんですよ♪」

「ヘェー。闇のおじさん達がイチャつく場所がまた一つ……」


 秘都クレイトで作られる広場、公共機関は大概良からぬ商談絡みで使われている。揶々んみたいな良い子は近付いたらいけません。黒ずくめの知らないおじさんや無機質な笑顔を顔に張り付けたおばさんにエンカウントしたら逃げ切れるか微妙だから。


 大体、ここはそんな人達が多すぎる。

 一般的な宮地であれば、任務を課して需要と供給を成り立たせ、物の行き来を円滑且つ平和に執り行うものなのにもかかわらず、ここ秘都クレイトはトレードすらしない。代わりとして、開拓地の所有権などの権利利益を取引の要としている。

 これが欲しいなら土地の権利を寄越せ。あれをしたいなら所与する独占権を手放せ。

 そうして得られるモノは何だと思う?


 あたしが見てきたものから言えば、単純に見栄。貴族の娯楽。合法的な侵略。

 実際、秘都クレイトの住人は権利権力に塗れ、そこらへんの地べたで貧乏人のように寝転んでいる人であっても、どんな事が出来てしまう人物なのかを計り知ることは困難だ。

 だから、極力関わらない。近づいて良いことはない。速足で素通りするのが、自己防衛として最適なのだ。


 そう……な、わけなのだけど。……ここで、あたしは良からぬ事をしておかなければならなかったんだと、思い出してしまっていた。


「揶々ん、ちょっとそこまで案内して」

「えっ? 憩いの場に?」

「そぉ。朝お願いしておいた提出物の事。本当に用意しておかなくちゃいけなくなったから」

「……あ、かぅばんの個体報告書の件です? お主も悪よのぅですね」


 揶々んはコソコソと楽し気に言う。

 別に今ここでわたしてくれてもいいのだが、悪いことをするなら悪いことが起こっている所でした方が紛れやすいでしょう。安直な発想なのは分かってる。反論だって出来るでしょう。けれど、全ては信用問題に直結する話。踏んでしまった臭い物は、ちゃんと取り払わねばならないから……あたしは、ちょっと悪いことをするつもりでいる。


「あらあら、お顔が大真面目ですねぇ。ンふっ、いいですよ♪ では、まいりましょうか」



 ────



 連れてこられた憩いの場とやらは、なんとも自然豊かな公園を模していた。

 遊具なんてものは無いようだけど、複雑怪奇に入り組んだ他の場所に比べると聊か平穏。レンガを敷き詰めた一本道を囲うように、天井まで覆い尽くす木の枝と葉。鳥のさえずりさえ聞こえてきそうな、森のトンネルと言った印象であった。


 あたし達は道の脇に備え付けられたベンチに座ると、早速揶々んが数枚の書類をスケッチブックから取り出した。


「はい、ご所望の鏡赤竜登録申請書の原本です」

「ありがと」


 受け取る前に、少し周りを流し見る。

 人はそんなにいない。遠くのベンチで寝転がってる人影があったり、何処からか採取してきたのであろう植物を公園に植え付けている人がいる程度。もしかしたら、今ここで悪いことをしようとしているのは、自分だけなのではないか。

 そんな風に思えてきたあたしだったが、さも当然の如く紙を渡してきた揶々んに合わせ、こちらもなんでもない物を受け取る女の子を装った。


 鏡赤竜登録申請書の原本。

 この子の言う通り、これは新たに提出される申請書とは違う。既に鏡赤竜保護団体に提出された書類。本来なら然るべき機関で保管されている筈の……いわゆる『だいじなもの』である。

 それを何故この子が持っているのかと言うと、揶々んがこの原本の提出者であるから。


 申請書の取り扱いの規定として、鏡赤竜保護団体が保有する特定の外部資料──今回は鏡赤竜登録申請書にあたる持ち込み文書に関しては、団体側と提出者の双方に使用許可が下されている。

 理由として、鏡赤竜を保護する側である団体に、なにかしら監督責任を問われる様な事が発生した場合、対象となる鏡赤竜を別の支部へ移す権利を提出者に与えられている為だ。なので、そんな権利を持っている揶々んが提出した書類を団体から返還させるのは容易というわけ。


 何も、鏡赤竜の保全を考えているのは秘都クレイトの人間だけではない。つまりは、サラセニア全体での取り組みになっている故の仕組みなんだね。


 因みに、提出者が登録書の返還を要求された団体は不安にかられているだろう。あれ、何か不味い事でもしでかしたのではないか……とか。もしあれば各職員の身辺調査も必須になるぞ……とか。今頃、みんなソワソワガクブルでしょうね。


 さあ、という事で、あたしもバレたら怖いガクブル作業を始めよう。


 各項目欄には発見場所や接触者、個体の特徴成長具合など、事細かに詳細の報告を促す文が躍り、その全てが記入済みだ。それらをざっと見たあたしは、その書類を膝の上に乗せると、手のひらを被せた。


「というかノノギさん。見合うんですか、それ?」

「何に?」

「たかだかカゥバンクオルの幼体一匹の為に、貴女が手を汚す事に……です」

「……あー……」


 揶々んが心配する通り。

 普段から仕事相手との信頼ガーと、やたらめったら気にしているあたしが、一歩間違えればソレを失いかねない行いをしようとしている。

 こんな姿を見せていれば、揶々んだって違和感を覚えるのは至極当然だ。……けど、あたしとしても思う所があってのコト。


「見合うかどうかは……わからないかな。けれどね、絶対キキ君にとって必要になるんだと思う。ハウ氏は」

「へえ」


 カゥバンクオルを保護する秘都クレイトの団体は、単純に述べると個体数の監視、及び生育の助勢を行う活動をしている。対象の行動を注視し、危険が無いか、生育に滞りは無いかを常にチェックするのが主な仕事だ。

 その業務の合間に、あの団体は外世界での幼体の捕獲、保全にも力を注いでいる。サラセニアで発見された幼体は秘都クレイトに設けられた特定の場所に入れられ、定められた成長段階に達するまで解放しない──とか、そういう過保護めいた規則も作られているのだ。


 あたしは団体の人ではないので詳しくは知らないけど、その定められた成長段階とは、恐らくカゥバンクオルの脚が四本になる時期。すなわち、第二成長期に入ったタイミングなのではないかと推察している。

 最終的に脚が六本になるカゥバンクオルの育成の場を外世界に変更する段階としては、行動範囲も大きく広げられる形姿になるので最適だと言えるのではないだろうか。


 そこで問題。肝心のハウ氏の脚は何本だった?

 答えは二本である。当然、その事実を素直に報告してしまえば、団体はハウ氏をキキ君から取り上げるだろう。慈悲もなにもない。大きな権力が作ったルールに則った行動が為されるでしょう。


 そうなれば、あのか弱いキキ君はどうなるかな。

 獣衣装に頼る術を取り上げられた状態で、何が出来るだろう。なにを築けるだろう。


 危険な獣や賊が潜むサラセニアに於いて、開拓者として自立するためには、どうあがいても力が必要だ。力が無ければ……築き上げられる物を守る事すら難しい。奪われたら終わり。何かを築けたとしても、キキ君にその力が無ければ無意味なんだ。



 ──あたしは、そんな展開を阻止したいと考えている。



 キキ君にはハウ氏が必要だ。

 築き上げたモノを護れる力が必要なんだと。


 だからあたしは、今、手を汚す。『原本の改竄(かいざん)』という悪いことをしてでも、キキ君に力を残させてあげたい。本音を言ってしまえば、キキ君が築き上げるだろうモノを見届けたいだけのエゴで、こんな危険な橋を渡ろうとしているんだからもう馬鹿でちゅね。褒められたものじゃないわ。


「……なんか」

「ん?」


 頭の中のあたしがあたしの頭をペシペシ叩いている最中に、揶々んが物珍しそうな顔で覗き込んできた。


「なんか……ノノギさん、女々しい顔してますね。乙女モード入ってます?」

「……入ってないが」


 こんな悪いことをしている最中に乙女入ってるって、あたしの常識内では相当マズイ人に区分されるのだけど。


「そうですか……でも、一似顔絵師としては、その表情は見逃せませんね。──ちょっとそのままキープしててください。スケッチしますので!」


 とか言い出すと、揶々んはあたしを凝視しながらスケッチブックにペンを走らせ始めた。

 キープって言われてもな。どんな顔をしていたのかさえ分からないのだが……。


「馬鹿なコト言ってないで……ほら、次! 新規の申請書も出して」

「え。もう終わったんですか? あれ……ノノギさん、原本に手を乗せてただけじゃなかったです?」

「ん? ……まあ、そうね」

「なにをされたのか、お伺いしても?」

「なにって……」


 あたしはただ、頭の中を漂っていた手順に従っただけ。

 原本にある、『個体登録IDを一時的に別のものに置き換える作業をしていた』と思うのだが……。


 そう考えた時、ふと思った。


 なんであたしは、そんなことが出来たのだろう……と。


 あたしの頭の中に、そのような事を可能とする知識、技能があっただろうか。──などと、口を固めていると、



「ノノギさん?」

「あ、ごめん。……なんだろ。こう、無意識に指先が動いたっていうか……。したくなったコトをしているだけ、みたいな」


 自分で言っておいてなんだが……こんな発言をしちゃっているあたしも、結構マズイ人なのではないか。そう思い、あたしは手で額を押さえつけた。


「想いが先行していて無意識に行動していると。そういう感じです?」


 どうだろう。そうなのかな。

 正直、自分自身もなにをどうやって改竄したのかが分からない。そもそも、原本を改竄し終えたと判断したのが、本当に合っているのかもわからないし。……わからないけれど、次になにをしなくてはならないのかは分かる気がしたから、あたしは揶々んに手を向けた。


「……うん。だから、揶々ん。申請書を渡して」

「──……はい」


 そうして差し出された無記入の鏡赤竜登録申請書に、少し適当なハウ氏の事を書いていく。そんなあたしを、隣に座る揶々んは無言で眺め、スケッチブックに黒を落としていた。



 ────



 悪いことをした後のあたし達は、至って普通のビジネスパートナーだった。


 憩いの場を離れ、向かうは領城。宮地襲撃の危険を知らせに、秘都クレイトのお偉いさんがいる場所へ行く。そして揶々んとは、ここで一旦別行動をとる。


「じゃあ、手筈通りに。原本を返却したら、見晴らしのいい所にでも居てね。偶然会えるかもしれないから」

「ええ、わかりました。ノノギさんも、迷子にならないように。あと、代表に失礼のないように」


 何事もなくデートを続けていたら、きっとこの子は最後まであたしの案内人として付いてきたであろう。それはそれで心強いかもしれないが……なにも、彼女をあたし達側に巻き込む必要はない。

 だから、淡白に一礼して踵を返したその姿を前に、あたしは声をかける事無く、同じように背を向けた。



 前にあるのはクレバスの終わり。

 秘都クレイトの代表が待つ、権利者達の巣窟だ。




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