第四十四月:秘都クレイト外の事──『わんわんお』
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結局の話をするとだね。
「──それでは、キキさんとハウさんはここまで。当方はノノギさんと秘都クレイトでデートしてきまぁす」
「公共の場でお色い発言するのやめてくれるかなぁ」
瀑布帯の近く──秘都クレイトへと続く粗悪な街道で、さっさと行こうとしていたノノギが振り返り、抗議の声を投げつけた。……で、投げつけられた揶々んさんは僕の肩に手を置き、
「紅一点取っちゃって申し訳ないです♪ けれどもー、後でちゃんと返してあげるから、それまで秘都の外で良い子にして待っててくださいね♪」
「……はあ」
と言った感じ。
つまりノノギの『一言』で希望が通り、僕とハウは秘都クレイトの中までは入れない。出来る事と言えば、秘都クレイトの外周を徘徊して壮観たる宮地を見物する程度。その際に、万が一誰かに絡まれたら全力で逃げろと。じゃなきゃ公衆の面前で裸にするぞ──なんて事を、ノノギに約束させられた。
「──デート♪ デートっ♪ ノノギさんとランデブー♪」
「……もっと保守的な提案をすればよかったな……」
はしゃぐ揶々んさんと死に目のノノギ。
信念を通す為の身売りとは、全くよくやるものですなぁとか考えながら、僕は小さくなっていく二人の背中を眺めていた。
──それから、その先にある秘都クレイトを改めた。
なんというか……スケールよ。
先程僕らが通って来た大瀑布の上流に、ダム……と言うか、各地から伸びて来ているらしい河が一つの区域で合流し、広大な湖になっている所がある。
その湖の中に、秘都クレイトなる数多の白い光を帯びた球体が沈んでいるのだ。ノノギ曰く、あの一つ一つの中に開拓者達の街があるそうだ。球体自体も大小はあれど、どれも異様に大きい所を見るに、彼女の言葉は本当なのだと思い知らされる。
……まあ。
あ の 事 と は 違 っ て な。
「──そんじゃ、帰って来るまでのんびりと待ってよか?」
二人が秘都クレイトへ続く地上の施設に入ったのを見届け、早速ハウが平穏を満喫しようと誘い出る。……僕としてはそれも良しに菓子だが、まずはだハウ君。
「……うん──とでも言うと思った?」
「ぃや。だろうよな……とは思ってた。やっぱ、女子同士のデートを尾行して後方腕組みおじさんになるわけだ」
「うん……とでも言うと思ったのか?」
僕は頭の上を根城にしている友人を掴み取り、真面目な顔で「ちょっと話がある」と、声を鋭くした。
────
街道から外れ、僕らは人気の無い湖の辺りに来た。
僕は静かに眼鏡を外して……ハウの隣に腰を落として言う。
「ハウは……どう思った? さっきのノノギの雰囲気」
「さっきの雰囲気? ……なんかあったん? 別に普通じゃね?」
「普通ってなんだよ。さっき明らかにおかしかったろ。僕が……胸の内を、あんなペラペラと喋らされてたんだぞっ?」
「……はあ、そう。……そうだったんか?」
そうだったんよ。
ハウが近くに咲いていた、何だか赤い花を触角で小突きつつ……「で?」と、こちらを見上げた。
「恥ずかしくてお嫁に行けないって言いたいん?」
「違くて。僕は晒されたって言いたいんだよ。胸の内をっ! ハウだって、もう分かるだろ? アイツは、やっぱり生徒会長の柊乃玲奈だってさ!」
思わず声が大きくなる。
思い出す度に、奴に対して拒否反応が強くなる感じだ。
「……いやぁ、俺には普通の事に見えてたしぃ──ってか、素直な気持ちを話すんは、いい事じゃんね?」
「──い゛い゛事なもんかよ。素直な気持ちを晒される事がいい事であってたまるかよッ」
あたしゃそんな性癖なんぞ開拓しとらんわってツッコミを過呼吸気味に叩き付けた。だんだんとヒートアップしていく僕に、ハウは「わかった、わかったて」とか言いながら聞いてきた。
「キキがそう思ったんなら、そうしとこうか。んーで? 仮にそうだとして、俺達はどうしようね?」
「どうするも何も、認めさせるんだよ。無関係な同姓同名なんかじゃなくて、正真正銘柊乃玲奈本人ですって! そして、なんで僕の理想郷を破壊したのかを問いただす!」
忘れようとしていたのに。
心の傷を癒すためにこんな所まで来たのに。
それすら叶わない──未だ牙を剥かれているとするなら、僕も従人プレイヤーなどで留まりはしない。
────当然、動いてやるさ。
「認めさせるぅ……。昨日あんなキレ気味に否定してた奴が、認めると思うか?」
「そこは──……弱味の一つでも見つけて……脅せば」
「んな都合良く行くんか? 陵辱系漫画じゃあるまいに」
ならどうしろと。
そうだよ。脅した所でどうにかなる相手だと思えないのは、僕だって同じだ。けど何か起こさなきゃ。伏線、防衛線、抑止力──。柊乃玲奈に何かをされる前に、僕は動いておかなくてはならないって──!
「そもそも問いただすってもさ、ああでもしないとチート行為やめなかったろ?」
「……ぁあ? 僕の才能の有無を証明する為に見つけた方法だったんだぞ。他に何があったよッ」
「いやぁ、それは知らねっけど。……けどもさ、いいように考えてみるのもアリじゃねぇ?」
──────…………いいように?
「……ぇ、つまり……?」
「つまりぃ、生徒会長は、お前を正しい方向に向かわせようとしてくれてるんだと考えるのはどうだって」
…………。
「……正しい?」
「ん。チート云々じゃなくて、健全なやり方でキキの望みを叶えて差し上げよう的な」
は?
「それなら……あんな、人様の築き上げたものを盛大に壊す必要なくない?」
「それはほら、世の中には一か百かの判断しか出来ない人間だっているわけじゃん。『ヤるならしめやかに。ヤるなら晴れやかに』みたいな」
みたいなって……。
「ヤるのは勝手だとして、生徒会長として一生徒にヤる事だとは思えないんだけど」
「そりゃあもうー、愛ゆえになりふり構わずだったとか」
「何言ってんの?」
例え友人の言葉でも、余りの別次元解釈で宇宙を感じる。
見ず知らずの相手に愛だなんだは胡散臭いが過ぎるぞと。
そんな話よりも、何かしらの目的があるはずだと推測する方が信憑性に足りるとは思わんかね。それがなんであれ、また僕を叩き落とそうと企んでいるのであれば、僕が行うべき事は一つだろう。
「とにかく、奴の本音を暴かないと話が進まない。アクションを起こしに行くぞ」
そう意気込むと僕はメニューパネルを開く。
ココクロさんに見立てて貰った服の一つ、獣衣装専用装備──黒冠ベースの装束を取り出した。
『黒冠』は、獣が人の頭にかぶりついて獣衣装と成る際、何かしらのアクシデントによって獣側が飛ばされてしまわないように、しっかりと固定させる便利グッズである。
見た目は見たまんま、黒光りした牙と言った感じ。
これにハウがハムっと噛み付けば、僕が牙の生えた友人に頭から食べられている構図が完成するわけだ。字面だけ見ればカニバリズムだから今日も震えて眠れるぜ。
「獣衣装してくんか?」
「いや、念のための装備だよ。基本的には隠密潜入だから、しないで行く」
頭の装備以外は、夏の木陰でまったりと寛ぐ軽装の騎士みたいな服──その上に、獣が腰を掴む為のコート状の補助装備を着ける。……これを着ると、ハウがデカいポケットに手を突っ込んでいるように見えるから、非常に「……フッ」とか言って笑いたくなる病気を患ってしま
「そんで? ノノギの本音が聞けたとしてどうするんさ。最悪……戦うか?」
「……」
戦う……か。
彼女の元相方、ココクロさんに貰った服を体に馴染ませつつ……ハウが訝しげに投げかけた言葉を頭に巡らせる。
「戦ったところで……勝ち目なんてあるかよ」
ゲームを始めて一日程度の経験で、廃課金ユーザー級の人に勝負しても結果はお察し。ワンパン喰らってドヤ顔されるのがオチだろう。……だから何もしないのがいい? いやいや、ご冗談を。そんな時の為にククさん達をぶつける手を考えるのもありなのではないか──なんつって。
──とまで考えて、僕はハウを掴み上げる。
「けど、その時はその時だよ。……どうしてもやらなきゃいけない事態になれば、思いがけない事故に巻き込んでヤってしまう手だってあるだろうからさ」
「おいおいおいおい……。築選手、正気を失ったかー?」
バッチリ正常。アイムオッケーでござる。
まあ、僕らが相手をしているのは、それだけ姑息に攻めなければ勝てない人物なんだ。使えるものなら何でも使わないと。
「とにかく、店の外で飼い主を待ってるわんわんおなんかやってられないって。早速尾行開始。行こう!」
ハウをフード(獣入れ)に突っ込み、僕は二人が入って行った施設へ歩み出す。
「待て待て、入るにゃ案内人が必要だろ」
「そんなの気のせいでしょ」
「どう言う切り返し? どう言う気の迷いなん?」
「迷ってない。本気も本気。超本気」
正面突破上等。隠密スキルをカンストした時の醍醐味だ。脳内では無敵BGMがズンチャカチャンチャカ鳴ってんだから心配無いのだ(?)。
「大丈夫。ハウはしっかり隠れてろよ。お前目立つんだから」
「言われんでもな……。みつかりたくねぇぇ……」
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