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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
前編後半:キキとハウで降り立つサラセニアなる世界
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第一幕目:もう一度戻りたいと願われる世界へ




 ──そこまで、大騒ぎする程の事かな。


 あたしは何も思う所もなく、一人の男子生徒が行ったらしいチートプレイ動画を見終え、端末の電源を切る。

 いやむしろ、通信データ量のムダとさえ思った。


 チートを使ったから何? これよりえげつないチートを使った人を見たことあるけど……。

 生徒会長さんは、このくらいの事でお怒りなんだね、忙しい方だね。


 教室の窓側の最前列。

 あたしは自分の席で、気だるく頬杖をつきながら、平和な現実の空を眺める。

 思い出すのは、今朝の体育館での騒動。


(……あの子も、逃げること無いのに。バレて恥ずかしかったとか?)


 それはそれで男が小さいなぁ、と腹の底で嘲笑した。と言っても、気になる場面があったわけなんだけど。

 これを思い起こそうとした時、あたしを呼ぶ声がした。


「あいり、聞いてるのかね?」

「……んーー? きーてるよー、なにー?」

 同じ女子グループの一人のおどけた呼び掛けに、適当に返事する。

「友井くん居なくなったからさ、力仕事を誰に頼もっかって話だよ」

「……暇してる男子でいいでしょー。それか、引き抜き?」

 あまり答えになってなさそうな位の返答に、その子は考えるのを辞めたか、「んじゃあ、適当に捕まえてくるねー」と、片手を上げながら、別の文化祭準備をしているグループに向かって行った。


 そう。今の娘が言った通り、友井君が居なくなった。

 あの逃げた男子生徒を、追いかけたらしい。

 ひょっとするとだけど、彼が友井君が言っていた『ネトゲに詳しい友人』なんだろうか……。


(だとすると、招待コードの話は飛んだかなぁ……)


 不安が晴れない。気分が重い。青空が妬ましい。

 そんなこんなで、やや強目の溜め息を吐いた。


 でも反面、いい話は聞けた。

 生徒会長が出催告知で挙げた、なんとかバトルゲームというイベント。開催までまだ五日あるけど、これは良いストレス解消になりそう。


「……さてはて、合法的に暴れられるんなら、リアルでも血が見れるかなぁーん」


 と。


「あいり! 引き抜けたよーって、何か言ってた?」

「んん? 血の気が騒ぐぜーって、一人言ー」


 運動部員っぽい男子生徒二人を連れてきたグループの娘を、あたしは誤魔化し笑顔で迎えた。流石に、血が騒いでる所なんて見せたらリアルの人は引くでしょう?

 だから、愛嬌を込めてヤンチャ娘っぽく振る舞った。


「あいり実はやる気だねぇ? なら、文化祭準備なんて早く終わらせよー!」

「うぃっすー」

 すると案の定、不本意に促されたので、愛嬌の電池が切れたと言わんばかりの、どんよりとした顔で立ち上がった。


 ……全く平和ですなと、あたしはリアルの人達を見てそう思う。

 出来るなら……もう一度だけ、サラセニアに戻りたいなと脳裏を過ったりもするけど、流石に運営のブチ切れを二度も味わうのはごめんだ。

 だからあたしは、文句や不満は口にせず、この平和な日々を眺めてようと思った。


 あと五日もすれば、暴れられるんだから。

 せめて、その日までは。

 もう一度、頑張ってお淑やかに努めようじゃないか。


 ね? 瀬田愛莉ちゃん♪





 

 吹きすさぶ風。

 正面から襲い来る風に、僕は目を大きく見開いた。

 ──すると、どうだ。ここは僕の部屋ではなく、無限に広がる青空が天地鏡面を成す空間だった。

 周囲には至る所に、多種多様な言語はたまた十六進数と思われる数字の羅列や、大小様々な電網図形、文字化けでもしていそうな解読不能の機械語なんかが鳥の如く飛び交う。その様子を一言で言うならば、正に電子世界だ。


 にしても、この落ちてる感じはなんだろう。地面なんか無い方向へ、ひたすら進まされている感覚。……食虫植物の中に深く深く落とされていると考えると、途端に恐怖感と尿意が込み上げてくるわけで。

 その時、僕の目の前に文字列が集まって、ひとつの大人大の二等辺三角形を形取った。


【 ──ようこそ、いらっしゃいました。ここは世界と世界の狭間でございます 】


 喋った。女性の声だ。もしや、この図形が案内役……またの名を女神様?


【 まずは、サラセニアへ渡界するにあたり、注意事項を確認し、利用規約に同意するか否かにチェックを願います 】

 それを合図に、周囲を飛んでいた文字列が意味を成す文面となって、何項にも渡り縦スクロールで流れていく。──文が最終行まで行き着くと、次いで左右に『同意する』『同意しない』の選択肢が現れた。


 シュンもコレを見せられているとしたら、アイツは逡巡皆無に同意するだろう。

 だから僕は、Nとする事も、沈黙に伏す事も。『同意する』を選ぶ以外に無いんじゃないか。……そう考えて、友人の選択に合わせた。


【 ありがとうございます。それでは次に、あなたがサラセニアの世界で生きる上で、『人間』『亜種』『獣族』『化身』の中から、好きな種族を選択して下さい 】

「種族ね……」


 初見で人間以外の種族を選ぶのは冒険心溢れる素人である。物語を楽しむには、まず外側から相手を知り、興味を深めていくものだ。そうして経緯、関係を知り、体験する事でなるほどですねと手を叩くのが楽しいんだ。なんて持論を胸に、僕はサクッと『人間』を選んだ。


【 ──それでは最後に、あなたのお名前を登録して下さい 】


 名前なんて……物思う今、相応しいのはひとつしかない。



「『キキ』」



【 ご登録ありがとうございます『キキ様』。──では、世界門の間を解体致します。どうぞ心行くまで、サラセニアのご愛踏が幸いとなりますように…… 】


 二等辺三角形が進行を終えると、その姿は解かれるエフェクトを見せ、眼下の蒼の空間へと溶けていく……。

 ──途端、四方八方を流れていた数々の文字列達が、物凄い速度で追い越し始めた。

 その中の一つが、ご丁寧に僕の目の前に留まり、『Now loading』なる文字に変わり、すぐさま先の空へ飛び去った。これは、等間隔のリズムで代わる代わる流れ、文字達が行き着いた遥か先の蒼で光の波紋を拡げる。

 それらはみるみると大陸のような形を形成していった。


 更に、電網に見えていたエフェクトが僕の体に纏わり付いて来ると、瞬く間に服へと変化。

 見た感じは村人の布の服。胸上辺りを茶色い紐が靴紐みたくとめられた、質素で無地なシャツとズボン。靴は、動物の鞣し革って感じのブーツ。

 眼鏡も髪留めも作られ、僕の姿は自分で設定したアバターの形となったのだ。


 その時、僕の近くでガラスが割れたSE音がした。


「きっずきーーー!!」


 それと僕を呼ぶシュンの声。

 やはり、シュンも僕と同じく登録を終え、ようやく出てきた──と。


「ん、シュ、ン? え?」


 割れた薄氷みたいな白い破片が舞い散る中心を向いて……声が詰まる。

 視線の先にいたのは『白い綿毛の塊』……。

 僕が思ってた友人の姿は無く、いたのは「きずき! なんかこんなんになったー!」と、再び声を発した拳大の『人外』であった。


「は……ウッソだろ、お前……」


 恐らくと言うか、ほぼ間違いなく友井春であろう綿毛が、呆気に取られて口が半開きで固まった僕の左肩に飛び付いてきた。


「シュン、お前、何をどう設定した……?」


 訊かれ、シュンと思わしき物体が小動物のクリッとした豆みたいな目を現せて、野郎の声を出す。


「え。『獣族』ってのがあったから、それでなんか適当にやってたら、こんな形になってさ。やり直そうにもさ、築待たせたら悪いかなーって思って、このザマよ」


 よく見たらこいつ、獣という割に猫っぽい超短い前足二本しかない。


 もう一つ気になるのが……。両の目の上から伸び、頭の後ろでシダ植物かカタツムリの殻かを模してぐるぐると巻いているモノ。その、眉毛なのか触角なのかわからない一対のアンテナはなんだ? オプションだろうか。

 顔は右目左目鼻が明確に潰れた三角形を主張しているが、口があるのかないのか確認出来ない。小さすぎるのか?


 とまあ、彼のアバターについて確認したい事は山ほどあるが、やっちゃったものは仕方無い。どうせそんな世の中だと腹を括る。無論、不本意だ。


「ぅん……まあ、さ。容姿は……別に何でも、いいよ。 名前はなんて登録した?」

「『ハウ』にした! どうよ。ソレっぽいだろ?」


 見てくれに合わせたようだ。

 彼の方が腹を括るのが早いというのか、ノリノリだとでも言えばいいのか……。少し返答に戸惑ったが、無難に「ハウね……」と復唱するにとどまった。


「築は? なんて呼べばいい?」

「ああ、僕は……『キキ』」


 言った途端、白い綿毛が吹き出した。


「おっほッ! 何だよ、何だかんだ言っといて、姉さんからそう呼ばれてんの好きなん……ぅおう!?」

 最後まで言われる前に、体を捻って回転させた拍子に、思いきり白い綿毛をぶん投げた。


「……! ……ぅぉーーい! 勘弁ごめんてー!」


 白い点が遠くでもがいてる。

 信者なんかが、踏み込んではいけない家の事情を突いた罰だ。もっと遠くへ飛んでいけばいいのだ。

 ──などと、友人といつものハシャギを展開させてると、眼下には既に完成した広大な大地と空を漂う雲が出来ていた。徐々に近付く絶景に、より一層落ちていると実感する。


「キキ! キキ!」

「……何だよ、ハウ」

 空中を必死で泳いで来た綿毛が、僕の服に爪を立ててしがみつく。そして、お互いがお互いの登録名で呼び合うと、とある疑問が両者の間に浮かんだ。


「着地って、どうやんの?」


 僕の思考は一瞬固まるが、訊かれた以上は答えねばならなくて……。


「え……、ふ、ふわって……、浮くんじゃ、ない?」


 フワッとした予想しか、思い付かなかった。

 けど、そうなるのが状況的に王道展開っていうか、浮けなければ、僕らは一発で御陀仏になるだろうし。

 落ちる先は、なんの建造物もない荒廃した大地で、湖はおろか木の一本すら見られない。よって、浮くにしてもそれは他力本願ではなく自分達でなんとかせねばならないという結論に……。


「ハウ、浮遊系みたいなスキルは!?」

「そんなの確認できるコマンドなんてあんの?」


 それは、僕もさっきから探っていた。

 一応これもゲームの筈だから、それっぽいメニュー画面が出てもおかしくは無いのだが。

 いかんせん、サポートコマンドが出現する兆しは一向に見られず……。

 そうこうしている内に、僕らはとうとう雲も突き破る。


 大地が、より鮮明に見え、拡大速度を加速させる。


 眼前に見えたのは、大きな岩山。


 未だ減速する気配も感じられず、腹底から恐怖が形となって逆流してくる。


 もう、あと数秒。


 あっと言う間に、僕らを待ち構える岩肌が視界を埋める。


 悲鳴など風に吹き飛ばされ、誰の耳にも届かない。


 これで、早くもゲームオーバーって、なんだこのゲーム。



 そう、思った時、視界の落下先に岩肌とは違うものが見えた。


 岩の色と同化してたけど、あれは、人の形。



 女の人、だった。



 顔がハッキリと見える距離まで迫る。


 けど、高速で落ちていた筈なのに、その人を見た瞬間、まるで時が止まったような感覚に陥った。

 そして、徐に、女の人が見上げ、頭上にいた僕と目が合う。


 声が、自然に漏れた。

 どちらのものかわからない、息を飲む声。


 彼女は、朽ちた刀剣の柄を握り締め、その汚れた頬には、幾筋の涙が伝っていた。



「…………あ」



 思わず手が、その顔に伸びる。


 触れたい? いや、そうではなくて。



 ただ、何故そうなったのかを、知りたいと、思っただけで。



 僕の手が彼女の頬に接触した刹那、僕らは突如発された強い光の爆発に飲まれ、視界に映っていた全てのモノを見失った。



 ────



「──痛ってえッ!!」


 唐突の激痛がけたたましい騒音と共に、身体中を襲った。

 痛覚がリアルだ。でも、落下の衝撃にしては大分ぬるい?

 それに、無いと思ってた木材的な物が散乱する音も聞こえた。


「……ぁぁああぁあぁぁ…………」


 僕は痛みで呻きながら、仰向けになって、手に触れた地面の感触を確かめる。


(岩じゃない……? フローリング?)

 もしかしてリアルの自分の部屋に戻ってきたのか? と思ったが、僕の部屋は、こんな木こりの家みたいに木材臭くはない。

 少し、目がチカチカするが、何とか周りの光景も見えてきた。


「……ここ、……武器庫ってヤツ?」

 ゲームで見たことある、剣、斧、槍等を収納した部屋。

 見渡す限り、数多くの武器が陳列され、その棚の一部が僕とぶつかって崩れたのか、複数の木刀らしき物が床に散らばっていた。

 その中に、白い綿毛の姿も。


「ハウ! 大丈夫か……? その姿じゃ、判断ムズいな」

「…………大、丈夫さ。ちょい漏れたかな?」

 汚ねぇな。心配損。いや、このゲームそんなのが可能な程、作り込まれてるのか。誰得だろう?


「冗談だって。……引くなよ悲しいだろ」


 此方は相当痛かったのだが……ダメージ譲渡のスキルでも発動させたのかってくらい、ハウは元気に駆け寄り、僕の肩に当たり前の如く乗る。

 いつの間に、僕の肩はコイツの特等席にされたんだ。


「それよりも、ここ、ドコ?」

 ハウがキョロキョロと見渡して訊いてくる。

 ……ああ、普段の男同士だと分からないが、シュンのこんな所に、女共は擽られんのかね。とか、心の中でしかめっ面をしながら、僕は立ち上がるついでに予想を述べてみる。


「武器庫だよ。多分、ここで、初期装備の武器を選ぶんじゃないかな」

「……めっさ、荒れてんのな……。掃除の人が来たりしない?」

「いや、荒らしたのは確実に僕らで、……人は来るかもな」


 結構派手な音を立てていたと思う。

 恐らく、ハウの予感は当たるだろう。

 ならば、武器選びは迅速に、か。下手したら、素手スタートになりかねない。


 ……と言うものの、見渡す限りの武器という武器が、木材を基にされた物ばかりで、金属要素が皆無だ。

 警棒らしき物も剣らしき物も他も全部木製。

 模造品の安置部屋かなとさえ思う。

 これでは、どれを選んでも同じか。


「キキ。ハウは、コレにした!」

「ハウて……」


 どうやら一人称を己の名前にしたっぽい友人が、自分の体と同程度の大きさの木の玉を咥えてきた。

 お前の口どうなってんの?


「コレを口に含んで、体当たりしたら強くね?」

「あぁ、雪玉に石を入れるみたいな感じっスか」


 鬼だな。とは思ったけど、綿毛がダメージを殺しそうなので、そうでもないのか。

 諸刃の剣にもならなそう。


「キキは?」

 とか考えてたらツッコむタイミングが流れた。ちくしょう。

「あぇ、っと、僕は……」


 流石に手ぶらはマズイ。

 僕はそんな目立ちたがりなエンジョイ勢がやる手練れアピールをする気なんか毛頭無いぞ。

 あくまでもハウの付き添いって感じの武器が良……ってなんだその武器?? 皆目見当もつかないな……。


「…………ん、待って。キキ、人の声が近付いてる」


 ここに来て、僕の長考癖が出てしまっていた。

 更にハウの獣族の感覚補正なのか、僕には聞こえない音を知らせてきた事で、思考が『もうどうでもいいや』の方向に転がった。

「ハウ、隠れよう……ッ」

 僕はもっとも取りやすかった木の短剣だかダガーだかを掴むと、床にいたハウを掬い上げて壁際に寄る。


「これ、隠れられてる? 扉から丸見えじゃ……」


 ハウの言う通り。

 この武器庫は、数段の横に長い階段が四方部屋の一辺の端から端までに設けられており、その先の壁は三つの両扉が並ぶ。

 あの入口から部屋全体が眺められるように作られているのだろう。そんなの見れば分かる。

 分かるけど、壁と同化してみる以外に何かあるのか?

 散々言っている様に、目立つ行動は無しだぞ?


「あ、声が一気に近付いた。……来る」


 言われ、覚悟を決めた。

 武器庫侵入スタートなんて、きっと良い展開なんざ始まらない。

 どこぞのスパイかと疑われて尋問、拷問は不可避か。せめてイベントスキップ機能があれば楽なんだけど……。


 そんな救いを願っていた僕の耳にも、漸く人の声が聞こえてきた。


 …………が、これは、悲鳴?



Г……ァァぁぁぁああああ ア ア ア  ア!!!!」



 高所から落ちる人の悲鳴と思わしき声が、耳を劈く程に部屋に木霊した瞬間──あろうことか僕達が寄っていた壁が、砲弾でも撃ち込まれたかと思われる轟音を響かせ、壁一面が粉々に吹き飛び、破砕は天井にまで及んだ。

 続け様に数多の木屑と埃が舞い上がり、外部へ噴出。

 勿論、僕とハウもこの惨事にモロに巻き込まれ、今度こそゲームオーバーを覚悟した。




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