◆:四角錐の世界
「──……やっと、合流させられた……!」
目隠しの要領で取り付けていた帯状視覚デバイスを外し、椅子の背もたれに深く沈み込む。
時刻は、深夜三時を回ろうとしている。
机の上から仄かに照らす緑色の光が、水面に反射する日光のように暗い部屋を染めていた。
「クク、お疲れ様ぁ」
「うわっ。……柊乃先輩か」
居たんですか……と、わたしの自室を勝手気儘に物色する彼女に、ちょっと失礼な小言を吐く。けれど、吐かれた当人はさして気に留めず、わたしに温かそうな紅茶を差し出してくれた。
「わ。ありがとうございます」
「いえいえ。それで、何処まで行った?」
柊乃先輩が、わたしが今までずっと向かい合っていたモノを見下ろす。
「歯輪の次元に来た所で、ノノギと一緒に行動する流れになりましたよ。……会えるかどうか、最初は不安でしたが」
わたしが、緑色の光を湛えるソレ──机に置かれたピラミッド型のデバイスを、人差し指と親指で撫でるように摘みあげると、一枚の二等辺三角形が抜き取られる。
このパネルに、わたしが見ていたアレらの様子が映し出されたのを見て。
「へぇ。いい調子だね」
「ええ。このまま……秘都クレイトの凶行を乗り越えてくれれば、卯片築だったモノも元に戻せるかと」
なら良ぉし! と、柊乃先輩が両手を上げて離れた。
正直、どうなるかなんて断定出来ないものではありますが、良い流れなのは同感である。
わたし達の仕事に、また一区切りを付けるのだから安堵する彼女には水を差さずにいよう。
「じゃあ、こっちはどうします?」
「んー?」
引き抜いていた二等辺三角形のパネルをピラミッドへ戻し、別の二等辺三角形を引き抜いて見せて聞く。
それには、懐かしい制服姿のわたし──奈波葉月と、同服装の柊乃玲奈が映っている。場面は、夕暮れ時。二人が学校の中庭でゲームをし終え、別れる状態で止まっている様子だ。
柊乃先輩は、コレを一瞥し、
「持ち主は放棄してるし、削除しても良いよ」
別のマグカップに、きっと自分用のだろう紅茶を淹れていた。
「……わたしは個人的に、柊乃先輩が私怨剥き出しにして、過剰な追い出し方をした世界線の行く末も気になっているのですが」
「気にするだけ無駄だし、本当に必要無いって。所詮はさ、不正移行された目標を正しい所に戻ってもらう口実を作る為だけに譲渡してもらった場所なんだし」
下手に出戻られても面倒だ。
そう主張する彼女に、わたしも納得する。
「そう……ですよね。……。はい。問題無さそうなら、手が空いた時に初期化しておきます」
「ん。ヨロシクー」
紅茶を口に運びつつ、テーブルに置かれていた書類を取った先輩が部屋を出ていく。
その背中を見送って、わたしは視覚デバイスを装着し直して、ピラミッドと向き合う。そして、思い出す。
(問題は無いと思いたいけど、あの……友井春の捨て台詞が引っ掛かるんだよね)
予定外の振る舞い。
単なる案内役兼友人役の駒でしかないモノが発した言葉。
『──俺のシゴトを盗らねぇでくれる?』
……もしや、卯片築とは別のキャラクターが入り込んでいたとか。
それも、AIではなく、誰かによる干渉である可能性も否定出来ないし。
(……)
悪質ユーザーの残党が、性懲りもなく嫌がらせをしているのならば、お仕置きが必要だろう。
わたしはそう考えて、削除する事になった世界を、それ専用に書き換えるためにそのままにしておいた。
「さて……と。次は、秘都クレイトの凶行を味わってもらうよ。しっかり溶け込んで、君がいるべき本来の世界に馴染んでね」
あと少し。
あと少しで、卯片築だったモノを正せる。
見え始めた作業の終わりに焦る気持ちを抑え、慎重を期して、わたしは視覚デバイスを通してピラミッドの中にあるサラセニアを覗き込んだ。