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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:かなづちを持った配達人
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第三十九月:秘都への進路




 ヒラギノとの約束は、誕生日を祝う。祝ったから、僕らはフォールに戻っていいのだが。


「まだ一緒にいる?」

 なんて言われ、それなら歯輪の次元を観光してからでも遅くないと考えて、僕は彼女と行動を共にしていた。


 ──僕の手の甲に表示された時刻は、そろそろ深夜二時を差す。

 今まではただ舗装されていただけだった街道は、やがて装飾に富み、数々の彫刻作品が並ぶ芸術的歩道に変わる。


 見上げれば輪状の巨大構造物に圧倒されるも、ヒラギノにたじろぐ脚を急かされた。


 人の往来も一段と多くなった。


 僕らは歯輪の次元を利用する人達の為に作られたらしい直下の大きな施設へと入り、その中のドーナツ状に立ち並ぶ中層マンション(全部拠点用の宿舎らしい)の合間を抜ける。

 すると、視界が一気に広がった。


 なんと説明したら良いのだろう……。

 数十……いや数百棟もの宿舎に囲まれていた場所はドーム球場のようで、チーズケーキを彷彿とさせられる色で滿ち、中央に鎮座する円卓には、大勢の人影が蟻みたいに集まっていた。


「キキ君、上見てみ」


 ヒラギノに促されるままに仰ぐと、天井が広く開かれており、ここが今まで見ていた巨大な輪の真下なのだと気付かされる。


「……え。落ちてこないよね? あの輪っか落ちてこないよねっ?」

「その気持ちわかる。わからんでもない。わからされてもしょうがない」


 なにはともあれ、僕らはついに、歯輪の次元の転移ポイントに辿り着いたらしい。

 あたし達も行こうと手を引かれ、円卓へと続く広い階段を降りて行くのだが、その途中で呼び止める男性の声に僕らは脚を止めた。


「──あ、ココクロさん!」

「いやぁ、ノノギちゃん(音階ド)ノノギちゃん(音階ミ)ノノギちゃん(音階ソ)!!」


 生きてたかぁ! などと言い手を振りながら、大きなリュックを背負った恰幅の良いオジさんが歩いて来た。

 どなた……? そう僕がやや警戒気味に構える横で、ヒラギノは子供のように顔を輝かせていた。


「なにもう、しかも五体満足そうじゃないの! 去り際に、フォールのアーツレイに殴り込みして来るって言うから、気が気じゃなかったんだわぁ!」

「あははっ。あたしなりの格好の付け方よ。本気に取らないでってば!」


 声のトーンも、全然違う。

 彼女にとって、この人は相当……気を許している相手なのだろうか……。


「で? どうなのよ。フォールの穴は見つかった?」

「あなぁ……。どうかな。樹都の主さんは、思ってたよりもガードが硬いみたい。最悪違うかもね」


 ……?


「じゃあ、話題を変えまして……。そちらの『彼』はなぁに? 何処で拾って来ちゃったのっ?」

「あ、この子ね。あたしの私情に付き合って貰ってる、キキ君とハウ君」


 ヒラギノがそう紹介している最中ではあるんだが、この妙に声の高いおじさん……「ほん、ほん。半獣かと思えば獣衣装なのね」と、僕らを舐め回しにくるかの如く、顔を近づけて来た。

 気持ちわr


「あの、ヒラギノ、この人、近いんですが」

「紹介するから耐えて。この方はココクロさんって言って、あたしの昔の相方さん。今は見ての通り、物々交換を生業にしてる太っ腹なおじ様」

「……相方?」

「そうなのよぉ。お兄ちゃんも言ってくれれば、何だって交換してあげちゃうわ。なんなら今しちゃう? その服、もう替え時じゃない? 汚いと女の子に嫌われちゃうかもっ」


 言うや否や、笑顔のココクロさんは僕の服を脱がしにかかって来た。有無を言わさねぇ気だこの人。


「はーい、それは後でお願い。それよりもココクロさん。前に言った捜しておいてほしかったヤツ……」

「あらら、それね。今のところ一人ぽっち見つけたわ。……ほら、あそこで呆けてる男。彼が件の被害者ね」


 僕を半裸にさせたココクロさんが指差したのは、少し遠くの方で階段に座り込んでいる……ボロボロの男性だ。


(被害者……?)


 奪う者に襲われた人?

 それとも、獰猛な魔物にでも出会した系……?


「──アレだね。ありがとう助かる」

「んんーーーん。そんなのは良いけど、あんまり首を突っ込み過ぎちゃうと、お首チョッキンされるよ? ココクロ心配っ」

「あははぁ……。うん、分かってますから」


 じゃあ、ちょっと話して来るね。そう言って駆け出しかけたヒラギノに、僕は慌てて手を伸ばす。


「待って、僕も行く!」


 このまま置いてかれたら、僕はココクロさんの玩具にされそうなのだ。勘弁してくれ。僕をココクロさんに任せないでくれとッ。


「……ほぉ。首を突っ込みたくなったか半裸少年よ」


 なんで暗黒微笑で言うのか分からないけど。


「話を聞くのは良いけれど、そうしたら……あたしはキキ君達を頼るかもしれないよ?」


 観光が終わっても帰れないかもよ? と、ヒラギノはケープの蓋で口元を隠して言う。『安全など保証できないぞ』。そう彼女は、少しだけ鋭くした目で警告しているようだった。


 しかしながら、こちとらココクロさんの熱から逃れられれば、もうなんだってって感じ。

 フォールの女子達には、あとで連絡いれれば波風立たないでしょう。だからね。


「いいよっ。こんな初心者でも頼りになるなら、思う存分使ってくれて構わないって」


 後ろで僕に纏わりつこうとしていたココクロさんが、キマシタワ的なリアクションを取る中、ヒラギノは驚いたように少しだけ目を見開く。

 ……そして、面白そうに笑みを見せた。


「そぉ……そうですか」


 それなら──と、ヒラギノは言う。


「ココクロさん、彼に最高の服をお願い! あたしがお代を出すから、キキ君は気にしないでコーディネートされちゃって!」

「え待って本音を言うとソレから逃げたかったn」

「おっけぇえん! アナタに似合うだろうなって思ってた服が三十着くらいあるのよッ! ちゃっちゃと見繕ってあげちゃいましょうね!!」

「無視かぁ……」


 もうコレ、どちらを選んでも同じ展開になる虚無系選択肢かよと。


 結局僕は、生理的に危ういオジサンの着せ替え人形にされる様を、ヒラギノに晒されてしまうのだった。



────



 被害者とは何か。

 言うなれば、昨今のサラセニア各地で発生している宮地崩落の犠牲者の事らしい。


 あくまで、『犠牲者』ではなく『被害者』。


 アレは事故では無いから。

 明確な悪意による崩壊だから。

 そう確信するヒラギノは第一に、彼に対してこう切り出した。


「──襲われた時に、犯人の姿を見ませんでした?」


 黒ずんだ衣服に、大判マフラーのような布切れを羽織った男性は、「ああ……」と言溢す。


「見たよ……。遠くからだったから、人影くらいにしかわからなかったけど、確かに見た」


 静かに、震えそうになる声で言う彼の様子は、隣に腰を下ろしたヒラギノに情報を託しているように見える。


「その人はどんな様子でしたか?」

「どんなもこんなもない。宮地を襲ったのは、厳密に言えば黒い波だ。アイツはそれを操り眺めてるだけさ。……悠々とな」


「黒い波?」

「そう。不気味な唸り声を上げる波だ。俺がいた泉都ローレイラは他の宮地に比べれば大きくない拠点だった。波に飲まれるのはあっという間で、郊外の展望塔にいても逃げ切れなかった奴らが大勢……!」


 とにかく、彼は逃げる事に必死で、それ以上は憶えていないと。


「そう……ありがとう。今、何か必要な物はありますか? 渡せられる物でしたら、なんでも差し上げ」

「いらない。……必要な物なんて、もう無いから」


 言い、彼は腕を見せた。

 その腕は、ゆっくりと、光の粒になって消えていく。

 その消え方は、薩摩さんの相方さんに起こっていた『最期』の現象に似ている。


「……あ」

「俺も逃げ切れなかった側なんだよ。話を聞きたいって奴がいるからって、踏ん張っていただけだ」


 やがて彼の体は見えなくなっていく。


「あんた、あの騒動を追っているのなら気をつけろよ。良いモノなんか見れないぞ」

「ええ。悪い人を見つけたら先生に言いつけてやる姿勢でいますので、お気遣い無く」



────



 戻って来た僕らを、ココクロさんは露出度の高そうな衣装を抱えて迎えてくれた。


「どう? やめたくなってきた?」

「全然。むしろ、浮かぶ犯人像に胸がドキドキしちょる」


 収穫でも得たかのような、むふぅとした顔で言うヒラギノではあるが……もしかして。


「ヒラギノって……。え、その、天誅を下そうとしてる人なの?」

「まーさーかー。あたしは正したい者みたいには動けない人だよ。ただ、情報が欲しい。真相を知りたいってだけ」


 勇者と呼ばれるのは些か心外でござるとでも言う感じで、彼女は笑い飛ばす。

 一方でココクロさんは、よく言うわと呟き、溜め息を吐いていた。


「キキちゃんさ。この子のお尻を追いかけるなら、鞭の一つでも持っていく? 危ないって思ったら、思い切り引っ叩いて止めてあげてよ」

「ねぇねぇ、愛を愛と感じないんですがぁ」


 それはそれとして。

 ヒラギノは、すっ……と、表情を落ち着かせて僕を向いた。


「あたしは仕事とは別に、個人的に興味をそそられるままに動こうとしてるんだ。キキ君は、そんなあたしと、まだ一緒にいるかい?」


 このまま真相を突き止めようとすれば、勿論危険な目に合うかもしれない。

 ヒラギノに付いていけば、もうフォールには戻れないかもしれない。


 彼女は、もう一度聞いてきた。

 軽い気持ちではなく、ちゃんと目的を持って、自分と行動を共に出来るのかと。


「……」

 当然、僕らがこの世界にいるのは、シュンのスマホを見つける為……。それ以外にも、傷心旅行のつもりや、現実逃避も兼ねてやって来たわけなんだけれど。


 この世界で、僕自身が何をしたいとかは最初からなかった。それ故に、これまで掻き立てられてきた焦燥が、腹に溜まっていた。ならばどうする。この選択で、僕が取るべきなのは何か。


 ……そう考えた果て。

 脳裏に、ククさんに言った『他の宮地を見てくるよ』との言葉が過って……僕は決めた。


「──うん、やるべきことなら、僕らにもあるから。フォールの二人には待ってもらう事になるけど、僕は、行こうと思う。や、むしろ、行きたい」


 周囲の喧騒が、遠くに感じる。

 僕の選択を聞いたヒラギノは、「了解した」と言いながら、少し微笑んでいた。


「それなら、もうちっと長く付き合えそうだし。……ふむ。ヒラギノ呼びはここで終わりにしようか。これからは、あたしの事をちゃんとした名前で呼んでもらいましょう」

「え」

「……『ノノギ』。呼び方はおまかせするさ。欲に事書けば、先輩とか師匠とか? お姉ちゃんなんて付けられる可能性を感じちゃったら、あたし限界突破してメンドイ人になるし」

「あ、はあ」


 なんというか、ヒラギノ──……じゃなくて、ノノギにとっては、よい選択をしたのかもしれない。

 自分で言って勝手に照れ笑いをする目の前の女子に、僕自身、僅かに芽生えた緊張感がほぐれた様な気がした。と言うか、年上?


「んじゃま、そうと決まればぁ、歯輪の次元を越えて次の宮地にいくよーぅ!」


 子供かな?

 ノノギは、深夜テンションがピークにでも達したのか、元気に階段を下り始める。

 それに僕も合わせようとした時、ココクロさんが──。


「あの子をお願いね」

「……え?」


 そっと、さも当たり前かのように持っていた衣装を僕に渡して続ける。


「ノノギちゃんね、一人で行動するようになってから、戦闘狂かってくらい血の気が多くなって見てられなかったのよ。だから、女々しさを思い出させてあげてね」

「……え?」


 それは一体どういう期待を向けておいでなのでございましょうか。

 さっき無理矢理着させられた、騎士もどき『夏の木陰でまったりと』がテーマらしいオフの軽装みたいな服とは別の服と、あなたの含ませた言葉には、どんな関連性がおありなのか。


 どう考えても結びつきそうにない要素に一瞬で混乱した僕に、ハウが「笑っとけ」なんて言うものだから。



「あ、はいっ」



 ……って、馬鹿みたいに応えていた。



────



 歯輪の次元。その中央の転送舞台なる所。


 運動場くらいの広さはある場所に、大勢の多種多様な人が自由気ままに集まった。

 それらに交じって、僕らもいる。


 上空に浮かぶ輪は、ゆっくりと、下に築かれた施設に合わせて横倒しになっていくようだ。


「……これから、転送? なんか、緊張する」

「痛くはないから大丈夫だよ。ちょっと眠たくなるだけだから」


 それって、全回復付き自動セーブみたいなものかと聞きたくなったけど、アホなメタ発言は堪えた。


「へえ……。それで、僕らはこれからどこへ行くの?」

「行くのは、『秘都クレイト』。ここにいる皆はそれぞれ行く場所は違うだろうけど、あたし達とは被らないんじゃないかな? 秘都だけに、そんな宮地があるなんて知ってる人は、めったにいないんだよ」


 なるほどと。

 ノノギの仕事は、本当に色んな所に行ける僕得な内容らしい。

 資材集めが捗りそうとか、配達屋を生業にするのも悪くなさそうだなとか考えていると、なんだか……ノノギが妙に顔を綻ばせ続けているのが気になった。


「なに? クレイトって、遊園地かなにかなの?」

「へ? ……あー。遠からず近からずかと。……なんで遊園地が出て来たのさ」


「やぁ、なんか、ずっと楽しそうだから」

「……は。あ。え。……え? そんな風に見えてます?」

「見えてましたね」


 そして、今度は片手斧を持ち出して、……腰に戻して、また手に取って。

 謎い行動をしばらくした後に、ノノギが言う。


「まあ、そだね。今の内に言っておこうか」


 フードを少したくし上げ、僕と目を合わせて。



「付き合ってくれて、ありがとう。……それから、ごめん」



 なにがあるか分からないから、先に言っておいた。と、フードを直したノノギ。

 いや待てと。コテコテなフラグを立てられても、処理なんか出来ませんぜと。僕は咄嗟にそのフラグをへし折ろうとしたが、途端に沸き立った歓声に声がかき消される。


 見れば、頭上に浮かぶ二つの巨大な輪が完全に倒れ、それらの内側が色鮮やかな光で満たされていく。やがて光は波打つ海のようにうねり、僕らへと滴って来た。



 粘液みたいな光に包まれた周りの人達が、次々と消えていく。



 すると、ノノギが「同じ所へ行けるように、ね」。なんて、僕の手を強く握る。



 ……だったらもう、変な事言うなしってツッコミも、着いた後にでも言えばいいかと、彼女の手を握り返してみた。




 何百といた人の姿は、数十秒ほどで疎らとなり、僕もそろそろ来るかと眩い光景の中を見渡す。

 その時。一瞬。


 僕の見間違いでなければ、だけれども。



 遠く、離れた所で転送を待っていた人影に中に……不自然な、四角い光を放つモノを持っている人を見た……気がした。



 けれど、それがなんであるかを考える前に、ノノギが言っていた通り、急速な睡魔に襲われ……視界が暗転してしまうのだった。




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