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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:かなづちを持った配達人
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第三十五月:『 ねえ 』

 ◆




 ……スゲェと……僕は言溢(ことこぼ)した。


「……──はあ。……はぁぁ。……ふむっ」

 地面に突っ伏し動かなくなったシャンドさんを前に、フードを被った女の子が息を整えている。仁王立ちする後ろ姿から感じる強者の貫禄。激しい闘いで舞っていた埃が舞台照明で煌めき、彼女をより美しく演出しているようだ。


 にしても、人間と亜種ではスペックの違いにより相性が悪いと聞いたけど、これはどう言う……。

 この女の子は、そんなハンデも諸共ともしないなら、それはククさんにも引けを取らない実力者って事で良いのか。


「……キキ」

「あ、……うん。えと」


 ハウに促され、僕は助けてくれたお礼を言おうと歩み寄る。それに気付いてか、彼女はフードから顔を覗かせた。

 ──……なんと言うか。藍を成す色達が踊っているような、不思議な瞳をしている。


「あの、ありがとう。ホント……どうなるかと思」

「しぃーー」


 お礼なんかいらない、とでも言うように小指を口元に当てた彼女は、何故か……正しく持っていた片手斧を再び『逆』にする。


「ふふっ……」


 途端、風が吹く。

 咄嗟にハウが僕の目線を下に向けるや、数メートルは離れた所にいた筈の女の子の姿が──殺意に満ちた悍しい顔があって──!

「ふっざけん……!」

 斧の突柄を僕の太腿にねじ込ませようとしたのに一早く反応したハウが、その手を押し退けるッ。

 だが、女の子は突撃した勢いのままに前転すると、あろうことか背中で体当たりをぶちかまして来た!


「──だはぁあ?!っ!」


 そんなのアリかと。

 細い腰が凶器となって顔面を襲い、僕らは躱す事すら叶わずに押し倒されてしまった。

「あはっ。あははあはぁ」

 挙句、馬乗り。薬でもキメてるのかと思う程の形相で嘲笑われる始末。

「クソ……なんだコイツ」

 当然ハウが抵抗を見せるが、それらは全て往なされ、最後は斧の刃先を鼻頭に立てられた。下手に動けば斧に全体重を乗せる。女の子は、そう忠告すると、


「思ったほど、速くないんだね? や、こっちが早過ぎたのか」

 快楽殺人鬼の様だった表情を綻ばせ、穏やかなものになっていく。だが、彼女の片膝が僕の肋骨の下に抉るように入れられており、その脚の力は決して緩めようとしていない。……感じられるのは敵意。融和な雰囲気など、微塵も無い。


「それで、この子はキミの? 誰かから奪ったとか?」

 女の子は僕の頭……と言うか、ハウを撫でながら訊く。

「これ獣衣装だよね? 答えてくれると嬉しい」

 反対に、僕には斧の鋭端で鼻頭をちょんちょんと押し当てている。


「……ぁぁ」

 いい知れない恐怖感で、急速に口が乾く。

 この娘は……とんでもガチなサディストか。現実では滅多にお目にかからないヤベェ人種だ。アヴィさんも相当な病み具合であったが、この娘は別格。完全にイッている眼を見るに、ここで僕がふざけた回答をしようものなら、なんの躊躇も見せずに血液パーティーが開催されるだろう。


 緊張で唾も飲み込めない。

 それでも冷静にならなければ。ここは現実世界じゃないんだ。喧嘩のとばっちりとは違う。刃物を突き立てられる状況なんて、ゲームのムービーにありがちなドキドキハラハラ緊迫シーンじゃないか。それを見ている気になればいい。

 そうだ。いつもの様に、菓子を摘みながら画面に向かって小言を付ける調子だ。そうして、ようやく僕の口が言葉を絞り出す……!


「──僕『の』とか言ったら、なんか……変な意味になりません……?」


 どうしていつも頭の冷静さに体が付いて来ないのかと嘆きたくなる。そんな事を言いたかったんじゃないのに。なんだそりゃってなもんよ。

 当然の事ながらではあるが質問に対して謎の質問で返す愚を行った結果、彼女の表情ははてな一色になり、ハウはいつものように吹き出してくれた。


「いいね(笑)、キキの新たな扉が開かれるフラグってヤツじゃんさ!」

「なにわろてんねんっ」


 変にツボったのか知らないが、笑い続けるハウを女の子は呆然と眺めた後……「へぇ……」と、納得したように斧を引いた。次いで、彼女の声色は一変。地獄から囁くようだったそれは、普通の女の子のものになった。


「そゆことか。ごめんね、早とちりしたわ」

 キミと居るのが正しい子なのね。そう言うと、身を離すついでに僕を起き上がらせてくれた。


「お腹大丈夫? あ、背中汚しちゃったね。申し訳ないない」

「え、いや大丈夫。自分で掃えるから……」


 まるで姉さんが世話を焼く感じで、僕の服についた土や草を落とそうとする彼女を制す。

 敵意はもうないみたいだけど……いかんせん得体が知れない。警戒していて損はないか──……と。


「こんな夜中に外をふらついているってことは、あなたは旅人かな?」

「たび……」


 さぁっと、フードを取って素顔を見せた女の子。

 どうしてか、その凛々しくもあどけない、空気に馴染む顔立ちと表現するべき不思議な雰囲気の彼女に言葉が詰まる。代わりに目だけが、手前にいる人物の特徴を捉えていく。

 髪はキャラメルブラウンのセンター分け。おでこ出し。セミロングで編みウエーブがかかっている。その頭にはトライアングルになるチェーンのアクセサリーで飾り付けられていた。


 観察はそこまで。ふいに彼女はまた僕に顔を近づけて……。


「いい匂い……。やっぱりかぅばんの香りはやる気を復活させてくれる……でもなんか、違う匂いもするな」

 生臭い臭いって、恐らくラゥミアの体液の匂いだろうものを嗅ぐや、すぐに距離を置かれた。

 ……なんだろう。なぜか僕が傷つく気持ちになるのはなんだろう。


「それじゃあ……あなた、気を付けなよ? 奪う者と絡んだら碌な事にならないからね?」

 じゃあね。そう言って片手を掲げた女の子は、さっきの猛獣のような形相からは考えもつかない少女の笑顔を見せて駆けだした。その脚はあまりに速く、僕が何かを返そうと口を開いた時には既に、舞台照明の当たらない藪の中へと消えてしまった。


「……あ……うん」

「はっやいな、あいつ」

 あんなの俺らでも追いつけねぇっぽいなと言うハウ。僕は、そうだなとのひとつも返さず、見えなくなった小柄な影を探していた。しかし長くは続けられず、


「んじゃ、俺らも取るもん取ってフォールに行こうってな。あの黒女は何処にいるんー?」

「ぉ、急に体を動かすなって」


 僕らは、雌雄決着の戦利品たる小刀『笹流し』を持ったアヴィさんを捜し始めた。



 ────



「……急に起きたりしないよな、この人」

「完全にダウンしてるし……平気でしょ?」


 あの女の子とシャンドさんの闘いの度重なる衝撃のせいか、アヴィさんは寄せ上げられた男達の影に隠れるように横たわっていた。ハウが恐る恐る彼女の腰を探ると……あった。笹流しだ。


「おっけい。取り戻せたってことで、一件落着さなっ」

「……うん。そうだね」


「……あ? キキさ、なんかふわついてね? どしたよ」

「え。そう見えるか。……あぁ、なんだろ。疲れたのかな」

 疲れた。それにはハウも「それもそうか」と納得してくれる。思えば立て続けに起こった様々なイベントで、僕が疲れるのも無理はないと思うのは当然であるな。でも、そうではなくて。……そうではなくて。僕はもう一度遠くを見る。


 妙な感じ。胸騒ぎ。違和感。不快感。

 あの女の子の顔を見た瞬間から、それらが気に病むほどではない吐き気を催してくる。



 なんだろう……。



 消えたと思った……この、怖い気持ちは……。



「……キキ? ……なんか俺の通話が鳴ってんだけど」

「へっ? 通話?」

 そう言われ見ると、ハウの顔の前──僕から見て、額の所に『サクラ』と表示された通話パネルが出現していた。


「今出ていいんかな? 場所とかって変えた方が良くね?」

「とか言いながら、お手々が通話を開こうとしてますがな」



《 ──ほら繋がった。ファユねぇー! 》

 宙に浮かぶ二等辺三角形から聞こえたキサクラの声。それと、

《 ハウ様、キキ様もご無事でしょうか!? 》

 ククさんの惧れつつも気丈に務める声に、僕は「大丈夫ですよ」なんて、こともなげに応える。この短時間の間に、物語の目まぐるしい起伏に揉まれたものの、こうして無事だったのだからわざわざ不安を煽る必要もないでしょ。


《 ……え? だからファイユ様、ご自分で言……はい。では、古魂の殊樹ならびに小刀『笹流し』を確保した後に、近辺を調べ魔法樹の位置を伝えなさい……と、涙ながらに懇願されている少女がおりまして 》

《 そんな娘はおりませんが 》


 通話ホログラムの向こうで始まった彼女達の通常営業。

 こちらから口を挟むのもはばかれる事楽し気な掛け合いに、不思議と気持ちが軽くなった。……ホーム感? そうとも言い切れないけど、なんとなく黙って聞いていたくなるような尊さみたいなものに、心が浄化される的なアレだと思う。

 そろそろ僕も目覚める側なのかしら。


《 キキー、いるー? 》

「いるよ。……そうですね、わかりました。それじゃ、心当たりのある所を確認した後、僕らもフォールに向かいます」

《 はい、そうして頂けると、とてもうれしい……と、わたしの右隣にいらっしゃる少女も優しく微笑んでおります 》

《 無なんですが。あのククさぁ、私にいちいち喋らせようとしないで、もっと自己アピールをー── 》



「ねえ」



「え?」

 魔法樹が発生したのはネクロの洞穴だから方角はあちらかなと、踏地の項目を開いて確かめようとした時、まだなにか話したいコトがあるのか……そう思って通話に気を向ける。



「ねえ、返事は?」



 しかし、あの三人が話しているのは謎の女子トークであって、僕に呼び掛ける流れではないように思える……だから。


「キキ、うしろ」

「え。……あ」


 ハウと振り返ると、そこには去った筈の女の子がいた。


「君、今から時間あるかな? ちょっと付き合ってもらいたい事があるの」

「……え、僕?」

「そう、君」


 なにか知らないが、引き返してきたのか。フードを被っていないから、彼女の表情がよくわかる。なんだか、焦っているとも取れるし……心細い……寂しそうな雰囲気さえあった。それでも顔に出さないよう、悟られないように気を張っている。そんな風にみえた。

 ……でも、僕にはやらなきゃいけない事があって──。


「ちょっとごめん」

 言うと彼女はさっと近づき、通話に向かって、


「突然失礼します。この方のお知り合いでしょうか」

《 ん? ……ぇ、だ……はい……? 》

 ククさんが困惑している。しかし彼女は構わず、

「わたくしは滝都アクテルを宮地とします、ノノギと申す者です」


《 あ、はい。ノノギさん……ですか 》

「先ほどのお話から、この方含めご多忙の事と存じます。その上で申し上げるのは心苦しい話なのですが、わたくしの火急の用事に彼らのお力をお借りしたいと思い至りまして」

《 へえっ? あ、え? 》

「他の誰にも頼る術が無い状況でして、途方に暮れています。誠に勝手だとは重々承知ではありますが、是非お力添えを頂ければ幸いなのです……いかがでしょうか」

《 ぁ……そうですか……そうですね……ファイユ様、どう 》


 向こうでファイユさんの、若干渋っているような唸り声が聞こえる……それより、この娘だ。

 百面相かってくらい、ころころと愛想が変わる。間近で見ているけど、顔も見えない相手だろうと本当に困っているのだと伝わる表情で語りかけていた。


《 ……アクテルには、いろいろお世話になってるし……こっちの用事なんて、ぶっちゃけ後回しに出来なくもないし 》

「はい……どうか……」

《 んんん……そう……ね。ゲスト君達はどうなの? そっちの用事が片付いたら、ちゃんとこっちに戻ってくるって誓える? 》


 何気に言葉が重い。


「別に問題は無いと思いますが……誓えるかどうかは、なんだろうなソレ」

《 あそ。なら、お好きにどうぞ。無傷で返してくれれば大丈夫なので 》

 非常につまらなそうに言い放つファイユさんではあるが、女の子──ノノギさんは「ありがとうございます、この御恩はきっと!」などと、嬉しそうに振舞っていた。

 そして、彼女の手が僕の顔の前をすぅっと通過していき……?



 グシャって……通話ホログラムを握り潰した。



「はッ、ちょろ過ぎ」

 加えて、その言い草である。


「ちょっつ、は? え、は? なにしてん??」

 パニック。通話も切れ、ノノギさんの顔も悪どい方向に一変していて、僕はパニックを起こしそうになって。

「時間になった時に横やり入れられるのは嫌なんだ。……大事な事だからさ」

 彼女は言い、軽やかなステップで離れると、

「それじゃ、行こうか! 君、名前は?」

 本当に、普通の女の子が喜んでいる調子で聞いてきた。


 恐怖感再びなんですけども。


「……キキ。こっちはハウ」

「うんっ、よろしくねぇキキあんどハウ君!」

 信じられない変わりっぷりだ。この数分の間に、僕は一体いくつもの彼女の顔を見た事だろう。

 こんな人もいるんだなと、感心さえしてしまう。


「えっと、じゃあそっちはノノギさん……でいいんだよね?」

 それで、僕らに何をさせようと言うのか。と、聞こうとした時、彼女は「待って」と。


「ノノギっちゃ、あたしはノノギなんだけれども……今からは、もういいっていうまで別の名前で呼んでほしい」

「別の?」



 ノノギさんは舞台照明の中で、無邪気そうにくるりくるりと回り終えて、僕を真っ直ぐに見て言吹く。



「そう。……『ヒラギノレイナ』。レイナでもいいけど、そう呼んでくれると、スゴク嬉しいんだっ」




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