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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:かなづちを持った配達人
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第三十四月:助けられないんだから、誰のせいでもないんだよ




 樹都の森に映し出されていた情景が霧散した。

 さくらやゲスト君達を模していた魔法樹の魂達は、もう何も映さない。


「──ファイユ様……っ」

「……うん。誰かに紺碧を壊されたね」


 人が喋ってる途中でしょうに全く。

 ただ壊されるだけなら復元は簡単。しかし簡単だったのはさっきまでだ。大多数と亜種を相手にした戦闘にて、紺碧の密度はそれすら叶わない程に薄まっていた。

 それ故に、これ以上バラバラになった紺碧を練り合わせて使うのは、流石に限界だろうと思う。


(はぁ……。ま、どちらでも)


 私は魔法樹の魂を森へと解散させて、後ろに集まっていた野次馬供にも帰るよう促していく。その際、当然のようにわちゃわちゃとリアクションが飛び交えど、私はとある劇の練習に付き合っていただけだと押し通す中で──。


「──……クク?」


 ククはフォールの外、雌雄決着の場になっていたと思われる遠くの丘を見ていた。


「キキ様方……大丈夫でしょうか……」


 私は静かに溜め息を吐く。


「大丈夫。きっと上手く死んでくれるって」

「またそう言うこと……」


 大丈夫かどうかなんて分かりはしない。樹都の森の主故に、フォールからは出てはいけない私達が出来る事など、紺碧を失った今では……何もないでしょう。

 ただ、さくらが無事に帰って来る事を願うのみよ。


 それよりも外の魔法樹だと爪を噛み締めた。


 厄介な事態になった。

 先にククにも説明したが、樹都の森では無い場所で芽吹いた魔法樹は、そこにあるだけでは森の主の所有物とはされない。当然だ。誰の唾も付けられてないサラセニアの一オブジェクトであるため、誰でも採取出来る野生植物に位置付けられるからだ。


 だがね、魔法樹は魔法樹であるに変わりない。

 単なる植物だと放置して良いものではないのだ。


 そもそもの話をしよう。

 樹都の森──旧名『吸魂の森』は、ログの収束地点。

 サラセニア上で生権を失った者のログが魔法樹に納められる場所だ。そこでの私──森の主のお仕事は、魔法樹の魂が転生を果たすまでの間、それら個々の情報を管理して、それぞれに合った転生プランを御上(あまねくもの)に提示する事。


 私利御法度、悪徳無用。

 魔法樹は、簡単に個を書き換えられる不正ツールになり得るモノであるために、私以外の誰かが別の目的で触れる事など許されていない……と、そう言う事になっている。


 そう。

 『(アイリ)』は、そう聞いているだけ。


 魔法樹が誰かの手に落ちたら、こうこうこうなってとっても大変な事になるんだよーって騒ぎ立てても、全ては『あるまじきファイユ様の失態』に繋がるから駄目なんだとしか理解が及んでいない。


 アイリの思考キャパなんてそんなモノ。馬鹿丸出し。

 ……それでも、私が森を託された身である事には違いない。


 ファイユ様である事。ファイユ様でいる事。ファイユ様として見られる事を、ファイユ様が望み──願い、着飾られて此処にいるのが私『ファイユ・アーツレイ』。


 ファイユ・アーツレイはファイユ様の代役だ。

 ファイユ様が樹都フォールが弱くなくてはならないと謳った理由も、ファイユ様が私にククとの婚儀を薦めた理由も、ファイユ様がアイリをアーツレイの傘下に入れた理由も全部、私が背負う事柄なのだ。



 ──パンっと、手を合わせた瞬間、軽口を叩いた私は消えた。表情は引き締まり、地に足を着けている私をより強く自覚する。


「……魔法樹の樹液と魔法樹の魂の結合で作られた紺碧を介して、外と内の魔法樹が同期してしまうのは予想していたけれども……。ああもハッキリと情報を共有出来るとは危険極まりないぞと」


 ファイユ・アーツレイは切羽詰まったように呟く。それにククも合わせてくれる。


「……でも、その紺碧は壊れてしまいましたし……誰かに使われるにしても、ある程度の猶予はありません?」

「そうだね。パッと見、ちょい大きくねって感じの単なる木だからね。使えるぜコレなんて思い至る輩なんて、そうはいないでしょう」


 でもね、クク。


「だからと言って、捨て置ける問題じゃないんだ。それはファイユ様として、早急に解決しなくちゃ駄目。……ダメなんだよッ」


 ファイユ・アーツレイは、任されたこの地の乱れを反故してはならない。例え死ぬ程面倒くさい事を考える必要があろうとも、決してぶん投げてはいけない。

 だって、誰かさん達のおいたで起こってしまったイレギュラーから始まる最悪のシナリオなんて、誰も望んでいないんだから。


 私が、これをしっかりと直さないと。

 それこそ、ファイユ様の失態だなんて思われない様に!


 勇ましく、ファイユ様のように啖呵を切って見せてるつもり。どんな顔をしていたかは知らないけど……ククは、そんな私に笑みを滲ませた顔を近づけて……。


「……その調子だよ。なんたって、ファイユ様──だもんね……?」


 こちらの心意を読んだのか、私達の立場を口に含ませつつ、アイリに同調する様にコソッと囁いた。



「────そこでだ、馬鹿娘」



 そこに突然割り込んできたのは男の声ぇ。

 聞き覚えのある青年ボイスに、私とククは驚くと同時に一瞬凍りついた。


「──ぅわぁわあ゛?!? ぃ、出たっな黒白暴漢! また私を殴る気かあ!?」


 擦れた声で迎撃する私に、黒白暴漢こと樹都フォール統主トグマ・アーツレイは、口元だけの苦笑いを見せる。


「人聞きの悪い事を言うヤツだな……もう本当に」


 暴君じゃあるまいに意味も無く殴るかと、御大層なデザインの眼帯男ことトグマのお兄さんは目を細めた。

 いつものように、ふっと湧いて出た兄さんには毎度驚かされるが、ククはすぐに笑顔を作って、


「トグマ様、わたし共に何か?」


 私と兄さんの間に、すすっと入った。


「あぁ、一応森の主(ファイユ)にも確認しておきたくてな」

「魔法樹の魂を兵器利用する案は受け付けないよ」

「それはそれは頑なな志で結構。フォールを弱いままにしておくのがベターだと思っているのなら、ファイユの判断(・・・・・・・・)は正しいのだろう……けどな」


 ……?

 兄さんは徐に、羽織っていたクロークの内から三つ折りにされた紙を出した。


「──あ、それ」

「悪いな。お前が寝てる隙に貰って置いた。俺宛てみたいだから文句無いだろ」


 少し土が付いた手紙だ。

 昼間、訳の分からない戦闘狂から渡された物で間違いない。


「この手紙に書かれた文を読むにな、サラセニアで起こっている『噂』は、限りなく真実に寄せられたと見るべきだ」

「なんのうわさ……ですか?」

「……ああ」


 すると、神妙な面持ちになった兄さんは急に私達を引き寄せ、声を静ませて言う。



「二人は、筆で月を描く者がいると……聞いたことは無いか?」



「……筆で……月を……?」

「絵師かなにか?」


 聞き覚えのない話にキョトンと返す私とククを見、兄さんは残念そうに項垂れると、


「……手紙には、こう書いてある」



 ────



 舟都セリフュージは陥落


 破壊者は筆で月を描く


 悪魔が押し寄せて



 ────



「……ナニこれ」


 そんな風に読めなくは無いけれど……いかんせん、書かれた文字が、物凄く汚い。いや、まるで力の入らない手で、無理矢理殴り書いた様な文字だ。


「ぁ、こっちの文字は、まだ普通に読めますね」

「これは後から、他の誰かが書いたのだろうな」



 ────



 他の宮地も例外では無い


 備えろ 皆 同じ目に遭う



 ────



「……なんか、怖いんですけど」

 流石の私も、頬が引きつる。


「情報もあまり出回っていない無価値な噂だとしても、俺も半信半疑で構えていたんだがな……これはいよいよだ」


 兄さんは、フォールの強化を本格的に進めるらしい。

 森の仕組みにこそ手は出さないにしろ、私が出来る範囲で協力を期待したい……と、溜め息混じりに言う。


「兎に角、今欲しいのは情報だ。外から来た人からアンケートを取るなり、お得意の『森漁り』なり、何でもいい」


 破壊者とやらの動向を探れ。とのこと。


 それくらい訳ない作業だろうけど……森漁りとか言われてしまっているログの閲覧でも、そんなモノあっただろうか。

 舟都セリフュージが本当に陥落したのなら、その時の様子を表しているログも、一際目立って出てくる筈なのに。


 全く記憶に無い。

 欲しい情報ではないからと、スルーしていたかもしれないが……それにしたって……。


 いや、答えの見つからない事を考えても仕方ない。私は兄さんに「分かった」と伝える。


「何か大きな事に巻き込まれた人がいなかったか調べてみるよ」

「ハァ、助かる。ククも頼む」

「……ええ。了解致しました」


 兄さんは神妙な面持ちになったククの返答で、少し顔を綻ばせた。そうして去り際に、ククの頭『だけ』を撫でたのは謎なんですが。


「……何今の。労い?」

「さぁ……? なんでしょうね?」


 私の従者ゆえに拒否られるとでも思っていたのか。でも、心強い協力者を得て嬉しかった……とか?

 それなら分からなくもないけど、なんか釈然としない。


「……んー……まあ、いいや。調べるにしても、今日はもう森に入れないから、明日にしよう」

「外の魔法樹の件もありますしね」


 そうだ。魔法樹の件もある。兄さんには悪いけど、私達はそっちを先に処理しておきたくてたまらない星人なのだ。少なくとも、これより半日は心強い協力者ではいられない事を申し訳なく思う。


「ね。兄さんざまぁー……って言うか、さくら遅くない? まさか健闘中とか?」

「どう……でしょうね。キキ様方と歯輪を使う隙を窺っているのかも──」


 と、私達は森の奥で蠢く何かしらの異物に目を取られた。

 それは一対の白く輝く…………獣耳? が、近づいて来る。


「……あ。アレって」


 よく知っているモノだと私が気付くや、ソレは正体を現した。


「──おかえりなさい、さくら」

「ただいまッ、ただいま!」


 魔法樹からルーフに飛び移った彼女を見て、私はホッと胸を撫で下ろした。……けど、さくらは他に誰も連れていない様子だった。


「キサクラ、キキ様方は?」

「んっ、……んーー。……うん。歯輪が足りませんでし」


 言い終わる前に、私の影に隠れようとするさくら。ククの額にピキマークが浮かんでいるし、これは後でお叱りが入りますかな?


 でも私は、この子だけでも帰ってきてくれたのが嬉しいから。


「いいよ、さくら。無事に帰って来れて偉い! ……えらいよ、アンタはもう……!」


 ククを尻目に、お仕事をしてくれたさくらを揉みくちゃレベルで撫で回してあげた。


「……あぁ、もぉ、ファイユ様は……」

「いいじゃん。ちゃんとご褒美もあげておいてね」


 私に散々褒められてデヘヘ状態のさくらだけど、そうとなるとゲスト君達はどうなるか。小刀『笹流し』はどうなるか。古魂の珠樹はどうなるか。

 現状、フォールの外にいて、私の声が届く唯一の人物である為、件の魔法樹にアクションを起こせるのは彼らだけだ。


 出来れば捨て置きたくはない。

 出来れば……だが。


 けど一応と、メニューパネルを開いて言う。


「ゲスト君達、通話で呼び出してみる? ……あっちにとっちゃ迷惑なタイミングかも知れないけどさ」

「……迷惑。……いえ、あそこは樹都郊外ですし、逃走ルートを指し示すくらいならわたし達にも可能かと思いますので」


 まだやれる手があると分かった途端のキラキラお目々か。

 妬けちゃうねーとかなんとか茶化しながら、私はゲスト君との通話を開い……。



 開いてみ……。



 開い……。



 ……。



「あいつ通話拒否してる!! 繋がんないよ!! 私、拒否られてるわ!!」

「自業自得極まりない」


 外への連絡網も絶たれたとか。

 拗らせてても、何も良いことなんて無いって話なんだろうか。せっかくわたしが、仲直りしましょうってけしかけるつもりでいたのに、拒否る判断は早計過ぎやしないかい?


 じゃあ、そっちがそう出るなら、私はキミの死亡待ちで落ち着くさ。どいつもこいつもざまぁみろだ。ばかやろうめ。

 



「──帰るよ二人共! 明日から忙しいから、早めに寝ましょうねっ」

「桃は? 桃パーティしようよ!」

「それ良いね。ファイユ様もどうせならお呼ばれしません?」

「……ぇ、何気にククもヤケクソになってない?」




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