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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:かなづちを持った配達人
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第三十三月:『かなづちと片手斧』

 ◆




 ファイユさんが、僕を蹴り飛ばそうものなら話は終わりだ。

 無論それ以外の手段で危害を加えようとしても同じ。

 ハウやククさんが何を言おうが、僕は──。


「 キキぃー!!! 」

「? ! あァあ゛??」


 覚悟していた衝撃は正面からではなく、唐突に背後からやって来た。


【 こらっ、キサクラ! まだだめだって! 】


 鉤爪が装着されている細腕が首に回され、全体重を背中に乗せられてるってなに。そんでもって、僕は幼女に押し倒されて草を喰っているってなにっ?


「キキっ、街にかえってきなさいってさ! 帰る?」

「は……?」


 無邪気に耳元で放たれた言葉が意味不明過ぎて、声のうるささなんてどうでもいい。帰ると言ったか? どこに。フォールに?


「どうして、そんな……」

【 しゅじゅのけん。……だよ 】


 ニコニコ笑顔のキサクラから向き直ると、離れてたはずのファイユさんが目の前でしゃがみ込んでいた。


「しゅじゅ?」

【 さっき通話で話した、木の玉のコト 】


「……あぁ……。あれっスか」

【 そう。安置所から森に落ちたのかなって探してみたんだけど、見つからなかったのね。で、もしハウ君を種運びとして使われていたら……まぁ、手間だから、一度フォールに戻って様子を見させてほしいわけ 】


 たねはこびってなんだ。

 そう聞こうとしたがその前に、キサクラを引っぺがしてくれたククさんが「詳しくはフォールで話しましょう」と、僕に手を差し伸べた。


【 クク……もう片付けちゃったの? 】

【 はぁ。思ったよりも、こう、スパァーンと 】


 空を叩いて見せたククさんは、物腰こそ柔らかいが……背にしている光景は嵐の跡である。

 アレがパラメーター配分の一点集中の結果なのか。数十人の男達が倒れる惨状を、舞台照明が悲しそうに照らしていた。


【 さくらは? あの女の記憶、ちゃんとブチ壊しておいたかな? 】

「した。言われたぶんと、この人危ないなってぶんを徹底的にぐちゃぐちゃにした」


 ぐちゃぐちゃにしたんだから褒めまくれ……と、キサクラの事だから、またそう来るのかなと思ったら、


「ちゅか、なんでサクラが捕まった時にたすけてくれないかなッ。変なかなづちが飛んでこなかったら、ヤバヤバだったよ?」


 ……怒ってる。何があったのか知らないけど、樹都の森ではあんなに恐縮していたキサクラが、その人に対してご立腹な態度を見せているとは……。


【 それはぁ、うんごめん。ちょっとククと話してて、気付くの遅れた 】

「へー。いいけどさ。……なに話してたの」


 ご褒美の件? と、腕組みをしながら口を尖らせるキサクラに、


【 それはまた別の話。ファイユ様、しっかりと言えましたか? 】


 ククさんが彼女の頭を撫でつつ窺う。そうすると……。


【 ……ぅ。……ぇ。……えぇ……。ゃ、……うん、と 】

【 ん? 】

【 えー……。ぇぇ……。ほら。こ、こ……。ね? 】

【 はい? 】

【 …………あ 】

【 ? ア? 】


 最初の言葉は『あ』でしたっけと、ククさんが笑顔で訊ねるものだから……ついに。



【 ──ぁ、──ぁああ゛あ゛あ゛あ゛アあ゛ッッッ!!! 】



 木霊した絶叫。尚笑う人とドン引く僕ら三人。

 そして、感情任せに叫んだ本人は僕に指を差して、大声で捲し立てた。


【 これは秘密の台詞だからッ! 無課金絶拒の有料コンテンツなんだから、タダで聞けると思うなよコラ! どうしても聞きたかったら、今すぐフォールに戻ってきて私に懇願しなさいっ! そうしたら特別にサンプル観賞ならさせてあげるからさ!! 】


「……えぇ」


 顔を真っ赤にして言ってそう。

 秘密の台詞とやらがなんなのか知らないけど、とりあえずは『仲直りしましょう』みたいなものではないんだろうな。いまだに、死んでくれた方が嬉しかったとか呟いていたし。


【 との事ですキキ様。……よろしいでしょうか? 】


 まだ少し笑いつつ、ククさんが見上げ、僕を覗う。

 ……正直に言うと、僕だって警戒心マックスで感情に身を任せ、冷静さを欠いていた事……に、恥じてる部分はある。こんなの我が姉に知られたらと思うと地獄だ。

 現に、あの人と通じてる友人が頭に乗っかっているのだぞ。これ以上の愚を晒せば、僕が味わうのはカンストダメージだけでは止まらんっ。

 の・で。


「……そう、ですね。大事な事のようなので、従います」


 でも、蹴られるのだけはヤダな──なんて呟くと、ククさんが「その時は、わたしが犯人を抓りますね」だって。ホント、心強い方である。



 そうして、ふたりがキサクラを促した時だ。


「なあキキ。今のうちに言っといたほうが良くね?」

「え。……いま?」


 ふざけた口調ではなく真剣に。

 ハウの方も、あの事について触れようとしていた。


【 なに? 】


 女性陣がこちらを見る。ハウは当然のように僕の手を受け皿にさせて。


「──ぉうい」


 口から吐き出したのは、勿論件の一品。しゅじゅと呼ばれる木の玉である。

 僕達にも報告しなければならない義務がある……てか、今更他人面かまして、ハウがぁ……とか言えた立場でもないし。

 僕は、顔が固まってしまっている彼女らに向けて、紳士モードのアクセルを踏み込んだ。



「お探しのモノは、これですか」



 ……沈黙。……ド沈黙。

 ククさんとファイユさんを模った不思議な物体は、僕の手に乗る玉を見つめた状態で固まること……何秒?

 

【 持っていらしたのですね…… 】


 探していたものが見つかった、良かった! ……そんなノリではないククさんに続き……。


【 ……この……にんにく野郎 】


 意味不明な罵倒をかましてきた持ち主様。

 けれど、ひとつ大きくため息を吐いて呟くように言う彼女の口調には、怒りなどは含まれていないように思えた。


【 なら、ああ……そうか。通話も無しに、こうして声が届くのは……魔法樹が芽吹いて、紺碧を介して森と繋がっているから……! 】


 むしろ……焦り?

 それはファイユさんにだけ見られる様子では無く、ククさんも。


【 どうしましょう……。ティルカ様に焼き払う任務を申請します? 】

【 ううん。あの人は信用してるけど……出来れば、人目に付けたくないし。それに今は…… 】


 雲行きの怪しい相談をしてる……。

 僕は……木の玉を両手で閉じ込めてハウを見上げた。本当にこのタイミングで良かったのかと。でも……案の定、目を逸らされる流れでして。


【 ──とにかく、あなたはそれを持って来て。魔法樹の処分はそれから考えましょう 】

「俺らはいいん? 変に持ち出したのは謝るんけど」


 あらま、かわいくも潔くカッコよろしい。

 友人のイケメン発言を受けて、ファイユさんはフッと微笑むように言う。


【 大丈夫だよ。その件なら、ハウ君に変なことをさせた張本人をあとくされなく、思い切り蹴ってや──── 】



 ───『蹴ってやるから』。

 きっと、彼女の次に言葉を発するのは、僕だった筈だ。



 やっぱり蹴られるんじゃないかと喚く。そう言う流れだった筈。



 だけど、僕の口は、『えぇ』と呟く形にとどまった。

 目は、起こった事を見ている───。



 舞い上がる無数の蒼い破片。首を無くした人を模っていたモノは、突然頭部に突き刺さった黑い柱のような物体により、脆くも爆散した。


【 ───ファぃ───! 】


 もうひとつ。

 黒い柱はククさんを模していた方にも襲い掛かっていた。


 たった一秒にも満たないほんの一瞬の間に、数十人の男達を翻弄し地に伏した二人が消滅した。


 ──攻撃だ。

 二人は攻撃を受けた。

 ───誰に。───何処から!?


 ハッと思い至る。

 後ろに横たわる男達の中に、『彼』の姿が無い事。

 あんな分かりやすくも大きい、黒い存在が見られなかった事!


「……し、シャンドさん……」


 振り向いた先に、彼はいた。最初に現わしていた亜種としての細長い姿ではなく、魔獣クヴァリエルとしての風貌でだ。


「 やあやあ少年。ちゃんと生きていてくれたようで安堵したよ。……そちらの娘も同様、鏡赤竜を手に掛けては御上に顔向け出来ん所だった 」


 その口調。まるで、主人公の窮地を救いにやって来た強キャラのよう。でも、彼の意図は何───? どうして、今更あの二人を。


「シャンドさん……雌雄決着は、終わっていますよ……?」

「 ん? 嗚呼、そのようだね。ベチャードの負け……アヴィ姫には悪い事を言うが、ザマァない 」


 同じ組織である人を嘲け、悠々と開拓テーブルに何かを描き──。


「 ……やはり、鏡赤竜の扱いは優しく、懐柔し、閉じ込めて、いつでも使いたい時に使える状態にしておくのが賢明だと思うのだよ 」


 『分かるだろ?』と、彼がテーブルに前足を押し当てた瞬間、僕らの足下に十字架を象った四つの正方形パネルが出現する。


「何……? ──展開図ッ? 立方体の!?」


 四方の正方形が起き上がって気付いた。でもそれはあっという間の出来事で、離脱なんて叶うはずもなく──!


「───キキ!」


 目だけで向くと、キサクラが手を僕に伸ばしていた。

 その意図は分かった。飛ぶんだ。きっとフォールへ。一瞬で。


「オっk───!」


 咄嗟に彼女の手を取った。強く握りしめて、瞬間移動の発動に構える!


「……───ぁ」

「んぁ?」


 しかし、それは訪れずに、



「ごめんキキ───! ごめんなさい、歯輪が……たりなくて──────!!」



 キサクラが何を言ってるのか。

 僕が「なんのこと」だと聞き返そうとした時、彼女は消え去った。


 やってしまった。そんな顔をした彼女は、僕とハウを残していなくなってしまって……。



「……キサクラ?」



 嘘だろと。何も掴んでいない自分の手を見つめるが、ついにそれすら暗闇に閉じられた。

 見えるものの無い狭い空間で「……ハウ?」と呟く。すると「んー……」と返される。


「 いやいやいやいや。はは。ひとつは逃げられたな。……うん、それでもまあ、これだけでもアヴィ姫に弁明する材料にはなるかな 」


 ドスンとの音。箱になった開拓物に、あの図太い脚でも乗せたのか。


「 今回ばかりは……そのぉ、な。オレがサボタージュ決めてたと知られるとな、劇の練習なんだからと銘打って、揉め事に引っ張り出されるだけでは済みそうにないんだよ。だから─── 」


 アリバイ作りの為に、よろしく頼むよ。

 そう、言われてもである。


「 一応だけど、口裏を合わせようか。そうだな……まずオレが離れていた理由から 」


 彼は一方的に何かを言っているが、僕は、それに従っていて良いのだろうか。

 木の玉の件のある。フォールに帰ってきてほしいと……先に従うべき案件がある。だけど。


「ハウ。獣衣装」

「ん? 手があるか」


 レストランで手に入れた資材の数々。これを使えば、この箱を壊し得る武器を作れるかもしれない。

 だけど……だけど、相手はシャンドさんだ。身に携えた光輪に爆砕石とやらを仕込ませるような彼だ。ならば、この箱にだって、なにかしらの罠があってもおかしくなくて。


 本当は、今ハウがしてくれている獣衣装だって、打開策があるからではない。単純に、別離を防ぎたい。それだけだった。



「 ───うん。よし、ではおさらいだ少年。鏡赤竜の娘が暴れていた頃、オレはキミと交渉していたとして───……ん? 」


「……ん……?」


 ……すると。


 するとである。

 獣衣装が完了したと同時くらい。

 僕の聴覚が、ハウと同等になった時、近づいてくる人の足音を聞き取れた。


「シャンドさん?」


 その正体を彼は認めたのだろう。だが、その反応……。ベチャードの誰かだとしたらしないだろうものだった。


「 やれやれ。鏡赤竜の乱入に続いて、今度は誰だい。ハイエナか? 」




「……別に。犯行現場を見たから……放っておけないんだよってだけ」


 女の子の声。そう分かったとて考えるのも束の間!

 とても───! とても鈍い衝突音が箱の中で反響したッ。


「はっ!? なにが───」


 あまりの音の大きさに思わず耳を押さえた。───と、続いて衝撃はもう一度来た。


「───ぃ! ───……ぁ?」


 正面から光が差し込んだ。これは、舞台照明の光だろう。

 それと、僕の腹にまで届きそうな程突き抜けてきたモノ……鈍器……の、ような?

 人の頭よりもずっと大きい先端部位。ハンマー系か。


「んnnッ───ぬぇい!!」


 途端、力む声に合わせ、そのハンマーは一薙ぎで箱を破壊してみせた。

 罠なんて無かったのか。なんともあっさりと崩壊していく箱───については置いといてだ。


「……あ……えと」


 露になったこの人は……誰?

 左手にハンマーの柄を握り、右手には小型片刃のバトルアックスのような片手斧を持つ少女。

 上半身をすっぽりと覆う無地のマントやフードで素性を隠そうとしているようだが、こちらに向けられた顔に染められた……怒りの色を隠そうとはしていない。


「あ、ありがとう……」

「……」


 ふいと、彼女は前に向き直る。

 見れば吹き飛ばされたのか、遠方にシャンドさんの姿が。


「 ───はは。……まいったね。この水……もしやその武器は『コスイヅチ』かい? 」

「……。しぶといな。これだから亜種となんかやり合いたくないんだ……」


 相性が悪いったらない。彼女は舌打ち混じりに呟くと、ぱっとハンマーを光の粒へと変えて───片手斧の刃先を『逆向き』にした。柄突を相手に見せ……る、体勢?

 斧の使い方については、『振り下ろす』や『振り回す』以外に想像がつかない僕には、この人がどう動こうとしているのか予想できない。


「 ふむ……。キミはなんだ? 奪う者か? それとも『正したい者』か? 」

 起こした巨体を悠然と歩ませるシャンドさんと、


「そんな……カッコつけたい方じゃないから」

 片手斧を逆手に構えた少女が、右足を地面にめり込ませる。


「ただ私は……無事に配達を終えて『明日』を迎えたい。そう願ってやまない───」



 どこにでもいる、単なる小娘だよ。

 そう言って、光輪を煌めかせたシャンドさんへと、身を弾けさせた!




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