第三十二月:背後のオーバーキル
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メニューパネルから開拓を選択し、開拓テーブルを開く。
スクウェア状に展開されたホログラフに、使用可能な資材の項目が表示してある。
僕は数十種類あるそれらの中から鉄を選んだ。
出現範囲は任意設定。整地処理とかスキップで。
画面に指を滑らせ、直線と直線を繋げていく。
描き終えたら開拓テーブルを透過させる投影モードで、開拓物の出現位置を確認。
狙いはベチャードの拠点──レストランの直上だ。
……資材を奪っていた時間は数分。自陣の拠点を見た時は、いつ破壊されるか分からない絶望的な状況だった。それを今まで持ち堪えていたのは、アヴィさんの舐めプのおかげなのか……それとも。
どうあれどうでもいい。
最後にテーブル上に手を押し当てた。
すると、空中にレストランよりもデカく、レストランを余裕でブッ潰せるであろう鉄のキューブが現れる!
「──じゃ、僕らの勝ちってコトで」
まるで風船が破裂するように──乾き物の菓子を踏み砕くように、具現化された鉄塊は、下にある物がなんであろうがお構い無しに押し潰していく……!
その騒音は何処かで喚き散らす男達の声をも掻き消し、これでもかと言うくらいに響き渡った。……のはいいけど。
「──ッうぇ! ゴホッ……! 埃すげ……リアルパーティクル……!」
巻き上がった大量の木屑や埃は、視界を奪う程だった。
とにかく現領域離脱急げの精神で、レストランの裏手から雑木林に逃げ込んだ……と思ったら。
「──ぇ? あれ、ハウ?」
「やっほ」
不思議だ。レストランの前で休んでいたはずのハウが……何故か枝からぶら下がっていた。何かしらの健康法とかだとしたら、何故にこのタイミング。
……とりあえず、小さな友人を手に迎える──が、その前に。
「あ。きた」
レストランが潰される音が止み、目の前に二等辺三角形のパネルが現れた。
それに表示されていたのは……──勿論。
「……うわ。勝ったんか? コレ、俺らが勝ったよーって書いてあんだよなっ?」
「うん。『雌雄決着、拠点落とし戦。笹流しを取り返し隊の勝利』。僕らの事で合ってるはずだよ」
また、コレとは別に、雌雄決着の舞台となっていた広場の上空にも二つの大きな二等辺三角形が浮かんでいた。
それらには、僕らの勝ちとベチャードの負けを表す文言が並ぶ。更に、小刀『笹流し』の譲渡を促す一文まで抜かりない。
「ってコトはさ、俺らもう戦わなくていいん? 奪い取る必要もないんじゃね?」
「……そうなのかな。……そぅ、なのかな……?」
アヴィさんがルールに則ってくれる人なら、ハウの期待通りに進むだろう。でも、どうなるか。彼女は、僕から笹流しを奪った時、あまねくものの警告に反抗したのだぞ。
もうひと展開ある……と、構えておく必要もあるかも。
「ともかく、アヴィさんに直接聞いてみよう。返すのか、返さないのか」
争いは終わったのだから平和的に。そんな僕の提案にハウが「そだな」と頷いてくれた──と。
「それよりも聞け。サクラが来てんのさっ。ヤベェの。捕まってんのアイツ」
「え? キサクラ? なんで捕……え?」
実は、こっそり付いて来ていたとか。ゲストなる者を監視する役目があっても、さほど違和感は無いけれども。
それがキサクラ自身の単独行動って線も捨てきれないけれども……。よもや、何処かしらの権力者の差し金とか言うのではあるまいな。
──……だとしても、捕まったってのは何だ。
誰に? ベチャードの皆さんに? 一体何をして? 劇最中の途中入場はお断りだとか?
「……あ゛あ゛もう、よく分からん! でも助けられるのなら助けよう。事情を聞きたいし、何よりもネクロの洞穴の件で文句を言いたい」
「ぉぅぉゔ……。火種は増やしてくれるなよな。しんどいから」
露骨に迷惑そうに言ってくれたハウが、早速獣衣装をしようと僕を飲み込もうとした……時。
唐突に鳴り響いた衝突音のようなものに、僕らは弾けるように周りを見渡した。
「────っ、え? 何の音──!?」
見れば、少し離れた所の木がへし折れている。「……なんで?」そう溢した僕は、そこで倒れている男性を見つけた。
(ぁ、あれって……アヴィさんの側近さん?)
他のベチャードの人達よりも、幾分質の良さげな獣皮ジャケットを羽織った姿は、まさにあの人だ。
けれど、傍若無人なお姫様を爽やかに支えているイメージだった彼が何故にあんな目に合っているのか……まさか。
(──もしかすると、アヴィさん?)
雌雄決着に負けた事に怒り立ち、八つ当たりでも始めたとか。あり得なくない。だとしたら僕らが「笹流しはどうするの? ねぇどうするの??」なんて言おうものなら火に油を注ぐかもしれないぞ。
「なぁ……あれも助けんの?」
「ぇ。いや。あ、でも……。んんん?」
薩摩さんを助ける行為に走った手前、ハウが僕の行動に警戒しているようだ。
確かに助ける選択肢はある。でも、助けてしまったら、そのまま激昂アヴィさんとの対峙イベントに直行するのではないですかと思い、躊躇する僕が産まれておりまして。
「──なんにしても、獣衣装は後にしよう。まずはステルスをキメながら、キサクラの所に行」
「……キキ」
「……あぃ。一体今度は何なのか。その時、何者かの咆哮が僕らの耳を貫いた」
レストランの向こう側から響いたソレは、慎重を期してそちらへ向かおうとしていた僕の気持ちを削ぐには十分すぎるものだった。
とうとうアヴィさんがその本性を現したのか。それともガチでヤバイモモモモモンスターでも乱入してきたのか。
側近さんを吹っ飛ばした張本人がどちらであれ、ここで僕が指し示す選択に変更など──。
「すぅーー…………はぁ……。……うん。よし行こう!」
無いに決まっている。
役目を終えた巨大なキューブが光の粒になって昇華していく、その向こうへ。ハウを頭に乗せ、人が蠢く先を見据え──走った!
埃は薄まりつつある。
レストランの瓦礫を飛び越えると、男臭さがムアっと広がる。加えて絶叫、衝撃に開拓エフェクトと思われる光の瞬き。
聞こえてくる単語から、彼らが何かしらからの襲撃を受けている事が分かる。でも、それが何かとまでは──。
(キサクラは……? アヴィさんは──?)
この混乱を遠くから照らす舞台照明を頼りに見渡した。
恐らくは市民役、裏方だったのだろうベチャードの人達がごった返す。誰も彼も空気に溶け込んできた僕らに気を留める素振りを見せない。ならばと僕は思い切って騒ぎの中心へ飛び込んだ。
皆が注目する方向──そこに、きっと二人の姿もあるはずだと思って。
……そして、結論から言えば、僕の読みは当たった。
確かにアヴィさんの姿はあった。
あった……のだが。
「──……ぇ」
元気そう……でなく。
土埃の先にあった姿に声が詰まる。
……そして、僕はゆっくりと、彼女に重なるモノを見た。
負傷しているのか、膝を着いて息も荒い。
救援も届かず、一人でも抗おうと開拓テーブルを開放しているも、アヴィさんが何も描けずにいるのは何故……!
「おいおい……あれって」
「……うん。捕まったって話は……」
彼女の髪を掴み、ジッと眼を合わせる者。
人型に近くはあれど、その様相は狐か獅子か。小柄な体に似合わず、大きく開いた獣の耳。暗がりで輝く赤い眼。怒る様に逆立つ鬣。纏う物は着物……ではない。和装だとは思われるが、お茶を楽しみますのえ系には決して見えない、陰陽師を彷彿とさせる破邪系だ。
でも……その顔。
あの幼い顔つきは──。
【 キキ様、此方へ! 】
見覚えのある顔の名前を吐こうとした時、幼児姿のククさんを模した……なんとかってモノが、僕の服を引っ張った。
「ククさん、あの娘って、もしかしなくても」
【 お察しの通り、キサクラですよ。近所迷惑必至の夜の姿と言いましょうか 】
僕らはそのまま、混沌とした渦中を抜けると、改めて騒動の中心を眺む。
……キサクラが捕らえているのは、アヴィさんで間違いないか。あの悪鬼羅刹のような彼女に土をつけ、何の抵抗もさせずに押さえつけているなんて……。
しかも、そんなアヴィさんを助けようと近づくベチャードの人達を退けているのは──うん。
「……あれ、どういう状況なんですか?」
【 あ……。ちょっと、想定外のトラブルみたいな……。緊急処置の真っ最中と言いましょうかぁ…… 】
歯切れの悪いこと。
我が姉の教えで、女子が以上の振舞いをした場合について、押し引きのコツなんてものがあったような気がするが……どうするんだっけか。
【 ──それよりも! 相手方の拠点をサクッと全壊させてしまうとは、流石はキキ様方ですね! 】
「え、ぁ、それはどうも。なんか、もっと護衛とかが居ると思ってたんですけど……何故かすんなりと出来たっていう」
シャンドさんにボコスカッシュ喰らっておいて、何を吹くか自分って感じだが、ククさんの『触れられたくないから別の話をしようぜ感』に圧倒され、僕も押し流されていく。
【 ふむ。それは、キサクラが予定通り暴れてくれたおかげですかね。ファイユ様の作戦大当たり? 】
「作戦……?」
【 ええ。拠点への攻撃はキキ様方が行ってくれるぅであるならば、わたし達はお相手の全注意を引きましょうか、みたいな作戦? 】
目を泳がせて、人差し指をくるくる回しながら言うククさん。その場しのぎっぽくて見てて面白いけど、
【 加えてアレ? あのー、断頭台を吹っ飛ばした一手もグッジョブでしたかなっ。流石はゲストなだけある的なっ? 】
「? だんとうだい。吹っ飛ばした……?」
【 そのおかげもありまして、言いつけを忘れて遊び出したキサクラを正せましてぇ……えーと 】
はてなと顔に浮かせた僕をそのままに、ククさんは騒がしい一帯を向くと「ファイユ様、交代です!」だなんて叫んでしまってもう。
せめて、聞かれたくないんだろうなって話題ではなかろう問い掛けには応えて欲しかった……って。
「え、こうたい……」
交代……?
なにを、交代?
あの人と、なにを交代すると……?
ククさんの一言で、背中を這った冷たい感覚。僕から離れようとするククさんを呼び止めようとするも、先にハウが僕の髪を引っ張りおる。
「さあおい、どうするよ? 俺はこの先どうなるかは知らないからな?」
「どうするもなにも……。雌雄決着が終わったんなら、僕らはもう行──」
──きたい所存だと。そう言いかけた僕だったが……去ろうとしていたククさんが、真剣な面持ちで振り返って……。
【 ……キキ様。ファイユ様が貴方に牙を向けていたのには理由があります。それに、耳を傾けて差し上げて下さい 】
「──っ……」
そんな事を言うものだから……さ。
はいもいいえも言えず、バツが悪くて、目を逸らしていた。
理由ですって。
やっぱり、人の嫁に唾を付けたとかで怒ったのか。
それとも、彼女との雌雄決着……笹流しの件だろうか。
正直、女子が怒るポイントなんて、我が姉からしても意味不明な事が多いんだ。それも赤の他人がバッドフラグを立てる条件なんざ分かるもんですかって話で。
──嗚呼。
今、レストランに穴を開けた時と同じ一閃を放ち、数人の男達を吹き飛ばしたもう一人の幼女体がククさんを向いた。
そして、刀剣を手に現した彼女に、何かを耳打ちされて……僕と目が合う。
(ぅ……)
嫌っていた方が保身的に良い場合はあると思う。
でも、嫌ってからハウの愚痴を聞いたり、シャンドさんとの戦闘やレストランを潰した爽快感で、若干ストレス発散していたり。
トドメに、ククさんの言葉を無視出来ない雰囲気になってて。
ホント……バツが悪くて顔を背けてしまう。
【 ──えーと……。コホン 】
ククに聞いた通りだよ。と、ククさんが離れてから、それ以上距離を詰めてこようとせず……言われた。
【 企業秘密な話ってか、そう……あのさ。……まあ、詳しく言うのはアレが、アレだからぁ……。……。ゲストなだけに、私に都合が良いログとか持ってそうだった……ってのもあって、まぁ…… 】
死んでくれると嬉しかった。だと。
それをどういう顔で言っているのか気になったので、チラっと見る。しかし、それとほぼ同時に、その後ろの方でククさんによる全体攻撃らしき技が炸裂したようで。僕の目が、背後のオーバーキルに奪われてしまったのは言うまでもないヨネ。
【 それよりもッ、あっちの拠点を一発で全壊させたのはなかなかだったよ! 素晴らしいじゃん。褒めてやろうじゃないか! 】
「え。あ、どうも」
このおざなりな返事は、そのせいだ。
あまりに強い彼女の攻撃で沈められたベチャードの皆さんを、思わず心配してしまったのだ。この事をハウの小突きで気付いた。
だけど。
【 はぁぁ……──あ。さくら? 気になる? 】
あの子は私にとって最高の秘密兵器でね等と、饒舌に語り出した様子を見るに……この人はもう、険悪なムードにはしたくないんだなと感じた。きっとククさんにどやされるからなんだろうな、とも思っておく。
【 すごいんだよカゥバンクオルっていうの! なんと赤く光る眼で捉えた相手のログぅ……記憶をねっ、こう、めっちゃくちゃに壊してしまうんだなこれが! 】
「……なんすかそれ。バグとかなんですかね……」
非常に分かりやすくフレンドリーに接してくる。テンションの上げ方が無理矢理過ぎて。コチラの気持ちの置き所もふわふわしてる。
【 バグかぁ。確かにカゥバンクオルの化身なんて、滅多に聞かないしー、そうとも言えるかもね 】
そんなのだから、僕は「それよりも」と無関係な話を折った。
「──良いんですかぁ? そのログ? まだ欲しいと思ってるんだとしたら、いっそヤったらどうですか」
今の僕は獣衣装もしていない丸腰なんで、殺すとか余裕でしょう? そう、手を広げて、ガラ空きの懐を晒した。
【 …… 】
どうせククさんに脅されての演技に決まってる。
また本心を見せてみろよ。
ハウの溜め息も無視し、僕は黙って見据えてくる彼女の次の言動を待つ。
すると、彼女は一歩──僕から離れてみせた。
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