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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:かなづちを持った配達人
58/107

第三十一月:雌雄決着【拠点落とし戦】──後半(分割3)『奪う世界に或った姫』




 ステルスチートを透過してくる人すこ。



 なんて馬鹿な事を言える状況ではないんだから、今更店員ヅラして僕の前に立たないでほしい。

 そう声に出して、僕の前に立つベチャードの一人に退いてもらえたら、どんなに素晴らしいことか。


「──ボッロボロ!? お客様ひでぇ、体力赤ゲージではありませんかッ、今まで何を──?」

「……なんゾおっしゃる、うさぎさん」


 それでも、思わず口から出た軽口が最後の体力だったのか、僕の脚が遂に膝を折ってしまった。

 抗えず座り込んだ『お客様』に、彼は言葉を荒げる。


「うゎわぃ!? 大丈夫ぅじゃないですよねっ? ひとまず、待ち合い室へ戻りましょう!」


 本気か演技か。……少なくとも、「治療致しますから」と言う彼の振る舞いからは、嘲るような雰囲気は感じられない。

 それは天然か迫真か。……どちらであれ、回復させてくれると言うのだから甘んじたい。こんな、足腰立たない状態では、トイレもままならないし……ペットボトルなんか差し出されたらお嫁に行けないし。


 ともあれ、警戒しておくに越したことはないからと、僕は「お宅は、何役なの?」なんて口にしていた。


「……やく……? 何役……。 ……あ、お客様、もしかしなくても劇に巻き込まれた系ですかねッ」

「……まき、こまれたってか、巻き込まれた……って言うか」


 経緯を辿って説明する体力が無い。

 それでも彼の中では、合点がいく判断材料にはなったようで。


「自分、正直な話ぃ、この同好会に入って間もないんですよ。だから、役を与えられるどころか、今みんな何をやり始めてるのかさえ理解出来なくて」


 僕に肩を貸してくれながら、彼はさっき僕が待ち合い室から居なくなってすぐ、外へ捜しに出ていたと言う。それ故に、雌雄決着が始まる前の時間──アヴィさん達が劇の打ち合わせをしていたであろう場にもいなかったらしい。

 で、僕が何処にもいないから仕方なくレストランに戻ってきてみると、こんな事態で……なのだそう。


「──おっしゃ。お客様は治療、植物派ですか? それとも温もり派ですか?」


 後者こわ。


「植物派ですかね」


 いや前者も捉えようによってはだけど、本能が慄くままに防衛線を張っておく。

 待ち合い室のベンチに座らされ、彼が素早く開拓テーブルを開くのを見届ける。とても手際良く描かれたのは『葉』。多分、薬草と思わしきものが具現化された途端、彼はそれを握り潰した。


「──本当なら、もっと色んな物を調合した方が効くのですが……応急処置なので」


 緑色に輝く粒になった薬草が、僕の身体に纏う形で包みこんでいく……。たった数秒──それらが消えた頃、痛みはさほど気にならないくらいまで小さくなっていた。

 ……回復系さまさまである。


「そうやるんだ……。どうもですアヴィりんの人」

「やぁやぁ、こういうのはお互い様って風潮が──」


 彼が誇らしげに語り始めたのに対して、僕の思考は彼を如何にして欺くかをお題に加速し始めた。


 この部屋は扉は無く、壁に沿って長椅子が設けられているだけで遮蔽物はない。しかし、出入り口までの距離は遠くなく、彼が数秒でも目を離してくれさえいれば、獣衣装をしていない僕でも廊下へ飛び出せる。

 資材の山があった部屋は、待ち合い室から遠くない場所にあった。──ならば行ける。辿り着く。


 では、どうやって彼の注意を逸らせるか。


 何気に発動させているステルスチートだが、やはり効果が見られない。ロックオン怖とさえ思えてくる。

 あくまで自然に、部屋に何か無いかと見渡してみたが、超絶殺風景で話題になりそうな物も見当たらない……が。


(……ぁ、窓……)


 天井に近い所に小さな窓があった。

 人などくぐれそうにない大きさだが、最悪ハウなら勝手が効きそう。そう考えて、外で待機させてしまったのは選択ミスだったかと……眉を顰めた際。


 ザッと──、その窓の外で何かが動いたように見えて。


「……ハウ?」


 あいつが──とは思ったけれど、まさか、そんな都合の良い事……。

 思わず呟いた僕に、「どうしました?」と彼も窓を向いた。

 その瞬間に、僕の心が好機と跳ね上がる。

 今のがハウであれ、風に舞う木の葉であれ、僕は感謝の意を込めて捲し立てた。


「今何か、窓の外にいませんでした? 人かな……もしや獣?」

「えぇ……。何でしょうね。ちょっと見てみます」


 言いつつ彼が窓へ歩き出す。

 同時に僕は椅子から腰を浮かす。


 合わせてステルスチート全力展開。

 足音を立てないように彼の真後ろに入る。


「……暗くて何も見えないですねぇ。虫かな……?」


 僕は何も喋り返さない。

 僕から離れる彼から後退して、より距離を開けていく。


 部屋と廊下の境目を尻目に捉えた。

 彼には悪いが、僕は再度消えさせてもらう。


 心の中でアディオスと残し、いざ走り出そうとした──が。



「ここにいたのかオメェ!!」



 突然の怒号は僕の真後ろから放たれた。

 驚き振り返った先にはベチャードの一員と思わしき男性。

 しかしながら、その眼は僕ではなく、窓の外を調べていた彼に向けられていた。

 ……空気さまさま?

 普通なら目の前で怪しげな挙動をしている少年がいれば、まず先に声を掛けるもの。だが、そうしない──むしろ気付いてすらいないのだったら、僕の才は、遺憾無く発揮されている。


 僕が望んでいた、ステルスチートの真価だ。

 そうと分かれば、もう此方のもの。すぐさま廊下へと抜け出し、待ち合い室に響く会話にバイバイだ。


「──いつまでも一人で楽屋にいんなよ。アヴィるんに、ふんどしにされてェのか?」

「へえ!? いや違っ! 自分はお客様を──」

「劇は終盤に入ってんだわ。オメェも来いって。観客役くらいは出来るだろッ」


 さあ、早く来いと、男が彼を連れ出して来る。その前に憶えのある扉を開いた僕は、流れ込む空気の如く部屋の中へと滑り込んだ。


(──…………行ったかな?)


 静かに閉めた扉に耳をつけ、彼らの足音に注意する。

 

(…………行ったな)


 階段を降りていく音を聞き届け、お待ちかねの光景へ振り返った。……──資材の山だ。最初こそゴミにしか見えなかった物も、改めて見ると煌びやかに見えてしまう。


「──さぁ……て、と」


 資材の山に近付いた途端に、一斉に表示される赤文字達。

 『石材』『木材』『金属類』『植物』『加工物』エトセトラ。


 そしてこれらを見張る者が一人もいないときた。これは劇が終盤に入っているから総出なのか。無用心さがここにも表れているのか。

 大事な急所を無防備状態にするなんて、慢心ここにあり。ついでに我が勝機もここにありってなものだ。


 勝機……。

 まだ雌雄決着が終わっていないって事は、コチラの拠点も未だに落とされていないらしい。


 多分、アヴィさんに遊ばれているか、ククを筆頭に耐えているか。何にせよ、あの女が僕を殺すまでは終わらせられないって旨なのかもしれない。

 それなら、ハウが言っていた王道とまではいかないが、一泡吹かせてやるだけだ。


 獲物へ伸ばした手に、それら全ての資材が反応を見せる。

 赤い文字が次々と弾け飛び、部屋中が真っ赤に染まっていく。更には、僕の手前に表示された各資材の数字が跳ね上がり、お祭り状態と化した。


 今まさに小刀『笹流し』を奪った者達から、資材を奪い返していると思うだけで自然と口元が緩む。

 この瞬間だけは、僕も卑しい獣の如しってわけだ。



「──よし……。終わらせるぞ、ハウ──!」



 まだまだ上がり続ける資材所有数に勝利を見据え、僕は早々に開拓テーブルを開く。



 そうだ……勝利を──。



 誰もが認める圧倒的な勝利を、彼女に見せつけてやる為に──!













 はあ……笑った笑った。


 なんと、面白くも馬鹿げた企みを知ってしまった事だろう。



 ファイユ・アーツレイの嬢仕と婚儀を図り、ファイユ・アーツレイの名を奪いて成り済まし、仄かな想いを成就させようとしていたアイリなる女。


 目の前に転がるのは砕けたレプリカであるが、声は届く。

 だからアタクシは、知っている事を突きつけてやる。



 ソイツには既に、伴侶がいるぞ──と。



「──アハっ、びっくりしました?」

【 ……ゃ、……なん…… 】


 驚愕、狼狽、虚勢、自暴の上に、尚も貫く?

 そう予想したのだけれども。


【 なんだ……。やっぱり、そうなんだ 】


 森に引きこもり生活をしている筈なのに、意外と情報網を張っていたご様子。

 確信が持てるまでは信じていよう。でも、その話が真実であれば諦めよう。アイリちゃんの口振りから、腹を括ったような威勢が感じとれる。


(まあ、本物のファイユではないのだから、本人ならしないような大胆な方法も取れるって事かし──ら?)


 途端に、アタクシの虚を突く一閃が顔に向かい来た。

 砕いたばかりのレプリカ体はまだまだ再生し、元気に動くらしい。

 静から動へ移す不意打ちのつもりみたいだけど、そんなちゃちな攻撃など寸で躱してやった。──と思いきや、武器を持つ手の小指が本命だったらしい。


 引っ掻くようにガリッと頬を切られ、血を盗られた。


「……あらあらあらあら」


【 知りたかった情報をありがと。どうしても、それを知っている人に巡り会えなくて困ってたの 】


 強がりを。

 一丁前な台詞を吐く娘だこと。

 最初に見た時よりも、頭二つ分は小さくなっている劣化レプリカ体で、一矢報いてやったぞとでも思っているのか。



 生意気な。


 レプリカ風情が。



【 ──ッ? ぁ! 】


 とても腹が立ったので、一丁前に鎧なんか着ているファイユもどきの顔を鷲掴んでおく。それでも気が治らないので、押し倒してみる。なんとなく、もう一度砕いてみるのもアリかなと思ったので、握り潰そうと試みる。


「面白くないなぁ。女の子ならショックくらい受けても良いのよ? その方が可愛いし」


 バキバキと音を立てて、コレが割れていく。


【 ……ッ、ショックも何もっ、そういうシナリオなんだってわかったから、私は── 】

「? 代わりに、別の事を企もうとか?」


 聞いておいてなんだけれど、一切力を緩めなかったせいでレプリカ体の頭を粉砕してしまった。

 あ、ヤバとは思った。でも、別に会話は出来るしいいかなとも思った。


「聞かせて下さいな。それで、次は何をするのかを」


 頭が無くなったので、取り敢えず今度は腕を引きちぎってみた。


「答えてくださらないの? 聞こえてますでしょう?」


 左腕は取れた。次は右腕。


「沈黙も良いとは思いますが、それではアタクシが言いたい放題になります……宜しいの?」


 腕が無くなったし、夜風が心地よかったので腹を殴り潰した。


「あ、そう言えば、あなた樹都フォールの戦力増強に反対しているって聞いたのですけれど……それって」


 下腹部から脚をもぎ取り、適当に砕いて捨てる。


「もしもの時、勇者様が助けに来てくれるかもなんて考えてるからじゃありませんわよね?」


 残っているのは片足の膝下だけ。コレを潰したら拠点落としが成立してしまう。

 負け逃げされるもの嫌なので、もう少しこのままお喋りを続けましょう。


「いやいや、それは絶対ではありませんね。彼も暇ではないでしょうし、あんな開拓初心者が集まる場所が一つ陥されようが知った話ではないでしょうし」


 反応が無い。それはそれで考察が捗りますけれど。


「フォールを強くさせない……。弱いままにしておく意味ねぇ……」


 ここが難関だ。情報が足りない。

 考える時間が増えるのは嬉しいし、後頭部が熱くなって気持ちいいの。わかるかな。


 次は、何のカマを掛けてみよう。何を聞けば良い反応が返ってくるだろう。

 ファイユ・アーツレイに関する噂……根も葉もない恥辱ネタを出して答えに迷わせ、よりアイリちゃんを追い詰めて追い詰めて追い詰めて、ギャン泣きさせてしまうのも楽しそうだ。


 そうと決まれば、閃く日和に果報有り。

 吊り上がる口端をお淑やかに手で隠し、早速とアタクシが画策しようとした、その時だった。


 ……何やら外野が騒がしい。

 キャンキャンと辺りに響く犬っころの声。……仕方無しに、アタクシはお楽しみ会を中断する。


【 ファイユ様、どう── 】

「あら、その声。やっと戻って来たのね」


 片足しか残っていないレプリカ体では、もう勇ましい姿になって攻撃する余裕もないようだ。雌雄決着はアタクシ達の勝ちが確定している状態。その優位を込めて、こんな風に茶化してみる。

 多くて大変だった? と。


【 ──……あの、ファイユ様、キサクラに命令を 】


 でもシカトは許されないと思うの。

 図星だったのか、それとも生理的な話は秘事にしたいくらいピュアな子なのか──は、置いておきましょう。


 どうやらアイリちゃんは、思った以上に動揺していたっぽい。ワンワンの呼び掛けにも応じられないのは、ボロが出そうだから口を噤んでいるのね。

 とても健気。とても面白味がある。加えて、とっても幼稚。唾を吐きつけたくなる。


 踏みつけられる所まで近付いても、片足だけになったレプリカ体に変化はない。戦意喪失が濃厚。再起は無理。煮るなり焼くなり好きにしてとな。まったく、張り合いが無い。


【 まさか、あなたッ! 性懲りもなく、強いものイジメを!? 】

「えぇ……イジメとか人聞きが悪いですわよ、ワンワン」


 別に大した事は言っていないし、言いたくても本人が黙ってしまって掘り下げられないからつまらないと……。


 けれども、面白かった事はある!


 それは気になっていた『とある権力者の噂』。それに仮説を立てて聞いてみた時を思い出すと、アタクシは自然と笑顔になってしまうのだ。



 ……笑った。本当に笑った。

 アイリちゃんが誰にも明かしていないでしょう秘密──吸魂の森に於ける全権利を譲渡する方法……誰にも渡さない為の術式の解除方法!


 自分だけの為に、この世界のルールすら捻じ曲げ、たった一人からの愛を欲するが故に悪を貫こうとした、最高のお馬鹿。


 ──そんな事の為にファイユを名乗るとは見上げるわ。羨慕もそこまで行けば偏愛ね。お見事だわ。


 これは是非とも、全世界の者も知って欲しい。

 現在進行形で作り上げられようとしている愚かな史実だ。

 樹都フォールに乗り込み、本人に直撃取材するのも良い。ストーカーをしてでも監禁拷問をしてでも全てを吐いてもらおう。


 この愚かなアイリちゃんを逃す手など、無い!


 ……なんて、あんまりハァハァしてしまうと、またシャンドに「病気じゃん、引くわ」などと言われてしまいますわ。

 貶し倒してガードを固められたら情報を引き出す所ではなくなるのは確か。

 だから最後は、アタクシは悪い事なんて考えておりませんわよとの意味を込めて「つっちゃって!」と、お茶目に振る舞ってみた。


 まあ、我ながら完璧な愛嬌っ。

 多少の警戒心は残るでしょうが、アタクシ達がフォールに訪問した際には、お茶菓子を振る舞って頂ける程度の好印象は残せたことでしょう。


 ……とは言えども、さすがに劇も疎かにしてはいけないようだ。


「そこまでにしておけ」


 悪魔狩りを演じるアタクシの相方が、細剣を突き付けてきたから……致し方ない。アドリブはここまでにしましょう。


「─(台詞)─お前に、あたしを殺せるか?」

「…(台詞)…殺せずとも、そうして塗り重ねていく罪は償わせよう」


 起の第一幕。承の第二幕が終わり、これより上がるは第三幕──転となる『完遂』。死体役が片足だけと言うのも、些か物足りない話ですが……この子には似合っているし、問題無いでしょうね。


「こ(台詞)の身は赦されざる罪の塊だ。今更、何も償えない……が」


 これより、アタクシが演じる悪魔の少女が放つ台詞を以って、史劇はクライマックスを迎える。素晴らしい瞬間。観客は固唾を飲み込み、緊張の糸が張り詰める。

 驚愕と驚嘆が渦を巻き、希望と絶望が砕け散る展開。

 口よりも先に胸から溢れ出しそうな一言を放つ為に、アタクシは史実を体現する。


 かつて最強と謳われた少女を演ずるアタクシの、最大の見せ場を、今──!



「──ほぃ」

「…………?」



 舞台に、見慣れない女の子が……唐突に現れた。

 垂れ下がる程大きな獣耳に、動きやすそうな和装を着た小さな来訪者。一見、獣族に見えるけど違う。何かの化身か。


「なに、オマエは。どこから……?」


 湧いてきたのかと問うアタクシだったが、その子は赤い目を爛々と輝かせて叫び出した。


 『──さあ、暴れるよ』と。


 ……さあ、暴れるよ?

 なんて、物騒極まりない発言。


 嗚呼、コレは……。

 雌雄決着への乱入宣言と捉えて宜しいでしょう。して、目的はなんだ。助太刀、もしくは資材の横取り。トチ狂った戦闘狂であったのなら、無差別殺戮?


 冗談じゃない!

 そこまで考えた所で、アタクシは乱入者との距離を詰めた。やると言うなら先手必勝。劇の邪魔をするなら手加減など──!



 ──手加減など……しないと。



「……へ……?」



 気付けばアタクシの両肩が鷲掴みにされていた。

 速い。どうやらこの子は開幕即優先位置を取ろうと、押し倒しにかかっていたようだ。アタクシに獲物を捕らえたと言わんばかりの得意げな顔を向けるとは、ちょこざいな。


「こ……っら!」


 でも残念。そう簡単にアタクシは倒されない。

 咄嗟に踏み止まり、逆に無礼な子の顔を掴み取ると、捻じ切る要領で地面に投げつけた。


「むッぎゅ?!」


 取り敢えず無防備な背中を踏みつけて、起き上がれなくしておく。その際、与える痛みに上限はつけない。


「はぁ……ビックリした。──で?」


 背骨が折れようが構うものか。

 アタクシは爪先を立てると、小さな躯体を踏み抜こうと試みる。


「オマエは何? 答えないと潰すけど?」

「…………」


 ……一応これ、結構痛いはずなのだけど。この子は激痛に叫声を上げるでもなく、だだ、アタクシを見据えて……よく聞き取れない言葉を呟いていた。


 異様な子だ。

 その不気味さに、心が怯む。


「……ちょっと……。本当に潰してしまいますよ?」


 口を出る言葉に反して、めり込ませていた爪先が戻ってくる。


 ──思えば、劇の途中で舞台に犬や猫などが迷い込む珍事なら経験がある。しかし、凶行に及ぶ無敵ファンの登場は別次元の話だと思っていた。

 劇とは宣うも所詮は同好会。興味を持っていただける方の獲得も一苦労の昨今なのに、いきなり玄人向け激レア事件に見舞われるなんて……それはそれで喜怒哀楽に四肢をもぎ取られるくらい感情の持って行き方に困ってしまう。


 それ故に、こうも考えた。

 目的が分からない以上、殺してしまうのは悪手かも。


 一先ず落ち着きましょう。そして聞きましょう。

 このイかれた子が何なのか知らないけど、立ち見客ならば遠くに戻って頂いて、大人しくしているよう言わないと。暴れるなんて持っての他なのだから。


 アタクシは冷徹無表情のお姉さんでいるのをやめ、笑顔の似合う優しいお姉ちゃんに切り替える。

 勿論倒れた子もちゃんと起き上がらせ、服に付いた土も払う天使っぷり。


 小さな女の子を踏みつけたのは……衝動的なアレですわ。きゅ……きゅうとあぐれ……? そう、キュートアグレッションってやつでしたので、何卒ご理解くださいの気持ちで咳払いをした。


「……ンンんっ。えっと。……えー、アナタ名前は?」

「それ、ククお姉ちゃんに教えなくていいって言われてるぅ──」


 『ので』──と、言った途端だ。

 突然、この子の背後から大きな獣耳が現れた。まるでパズルを組み合わせるようにして広がり行くそれは恐らく、化身が見せる本来の姿の投影。

 実体を持たない幻のようなものでしかない……だが。


 ソレを見せた事は、『狩り』を始めようとしていると同義。


 目標はアタクシでしょう。

 真っ直ぐにアタクシを見据えているのだから、疑念の余地が無い──!


「ちょっと待っ」

「やぁだ」


 指先まで隠れる大きな袖から鋭利なブツが閃く。

 辛うじて顔への直撃は避けられたものの、ヘッドドレスのヴェールが一瞬でズタズタにされた。


 ──背筋が凍る。

 狩られる恐怖が目を覚ます。咄嗟に伸ばされた腕を掴み脚を絡めると、危険な腕を固定させたまま今度はアタクシの体重を乗せるように叩き伏せた。


「アヴィ! 離れろ!」


 遠く、安全圏から相方が叫んでる。

 分かってる。固め技をしたところで、この子が大人しくなるとは思えない。

 ここは一度離れて、皆に助けてもらう。そして、鋼鉄の檻に封じ込めるのが最善策。


 わかってる。

 だけど、それなのに、どうしてアタクシは──。



 離れられない。



 この子に覆いかぶさった時に、強く香った良い匂い。

 獣っぽくはあれど、何処か高貴さを感じる香り。これが、アタクシの危機意識を遮っていた。



 つい最近、似たような香りを嗅いだ憶えがある。

 半獣の男の子からも、人魚の匂いの奥に微かにそんな香りがした時にも思った。



 つい最近……。



 確か……地方遠征……秘都クレイトで──。



「──てい」


 それが何なのか思い出す前に訪れた衝撃。

 我に返った時、アタクシは切り裂かれたドレスの切れ端が無数に舞う空間に浮かんでいた。



「ぉいしょお!」



 足首を掴まれた。

 瞬間に、景色がバターのように溶け、引き伸ばされていく。──振り回されている。そう気付くや、またも全身を走る大きな衝撃。……地面に叩き付けられた?


「……ぁ、ら?」


 痛む。痛む? 分からない。アタクシは痛みを感じている?



「まだまだぁ!」



 三本の光が閃いた。肩口から手首を、何が掻き分けて行ったような。そしてまた。今度は喉元から。


 ドレスが引き千切られている。

 胸やお腹が、変に熱い。何なのこれは。


 ──何なの、この子は。


「えーと。まだ動ける? 動けない? 動けないなら、食べるね」


 アタクシの顔を、真っ赤な目の獣が覗く。

 その目は次第に輝きを増す。


 赤い。


 感じるモノ全てが、赤く感じる。



 なんだか、それだけ……だんだんと、赤いなとしか……感じられなくて。




 身体が痛いはず。この子から離れたいはず。





 なのに、アタクシは赤いとしか思えなくて。






 もう……なんだっけ。








 なにをおもいだそうとしていたのか。











 わからないな。












 ……だけど、アタクシの名を叫ぶ男性の声は分かった。

 分かって、分かった途端、アタクシは弾かれたように身構えてしまった。


「──……っ? あら? ……え?」

「気がついたかアヴィ! 俺が分かるか、おい!」


 怒鳴るように聞かれて、「……年ノ瀬さん、です」と呟いてみる。すると、彼はそれを良しとし、アタクシの頭を雑に撫でてきた。

 辺りを見ると、ここは舞台セットの建物の上。アタクシは、相方の腕に支え上げられている状態だった。


「分かれば上等。──……クソ、あの娘、カゥバンクオルだぞ。アヴィの記憶を喰らおうとして来たな」

「……記憶?」


 カゥバンクオル……。

 鏡赤竜だったっけか。記憶水晶の眼玉を有し、見つめた者の記憶を抜き取って、赤ちゃんにしてしまう変な大獣。


 何故あんなのが、こんな辺境に現れるのかと。

 下を見れば、同好会の皆が開拓を駆使して、小さな女の子を取り押さえようとしていた。


「……みんな、どうして、躍起になっているの? ……カゥバンクオル? あの子が?」

「厳密には、その化身だろうな。大獣の姿じゃないにしろ、記憶水晶の眼はマジもんみたいだな」


 アヴィはどこまで憶えてると聞かれた。

 ……憶えてるもなにも、アタクシ達は今、『悪魔が処刑される日まで』の劇をしていた筈。


(……していた……。していたのよね?)


 していたにしても、それはどうして。

 近日公開する劇に、この史実は予定に入っていたかしら。


 いえ、単純に練習をしていたのかも。最近は新人も入って、開拓による舞台生成や裏方の立ち回りを教える機会を設けるつもりで、こんな稽古を行う。その最中に、あのカゥバンクオルが迷い込んで来た……ような。


「劇は何処まで進んだのかしら」

「転幕の入りだな」


 それはまた良いシーンをぶち壊されたものね。

 記憶を喰う特殊な獣に襲われたようだが、どうやら劇をする上で欠かせない史実の記憶は残っているらしい。他にもベチャードのみんなの名前とか、所有資材とかの記憶も無事……。

 なら、アタクシは……。


「……なんでドレスがボロボロに……。アタクシ、襲われた?」

「あぁ、そんで、全員で助け出してさ。傷は治したからな。治療用植物を使い切ったぞ」

「ぇ。そんなに重傷だったの……」


 みんなが強くしてくれたアタクシを、そこまで出来るとは。……──であるならば、今下にいるみんなも危ないのでは!

 そう思って、慌てて繰り広げられる戦闘の様子を見た。


「──…………?」


 なんと表現しよう。


 数十人の男達が、寄ってたかって一人の女の子を捕まえようとしているが、それらはことごとく躱されている。しかも、あの女の子は何故かそれを楽しんでいるように笑っていた。意味不明な光景ですわ。


「……アタクシの他に、怪我人は?」

「いない。……何が目的なんだろうな、あのカゥバンクオルは」


 一見ただ遊んでほしかっただけに見える。それならアタクシのみを傷つけた意味はなんだ。

 女は叩いても良いと思い込んでいる復讐系ネクラさん……とは思えないけど。


 沢山の男に囲まれて喜んでいるのは、大変宜しい趣向の持ち主と伺える。しかし、その男達はアタクシを満たす大切な存在だ。なんの許可も無く、まるで奪った様に弄ぶとはけしからん。


「……年ノ瀬、あの子……狩ってしまいましょう」

「はあ? 雌雄決着はどうする」

「はン? しゆう……? 相手なんていないじゃない」


 カゥバンクオルと言えば記憶水晶の眼玉よ。

 大獣の眼玉ともなれば、その価値はそこら辺の希少鉱物とは比べ物にならない。手に入れさえ出来れば、ちまちました資材集めなんて暫くはサヨナラだ。おつりで同好会の活動範囲も拡がろう。

 あんな事やこんな事が出来るようになると考えただけで、身体の変な怠さも吹き飛ぶわ。


「それじゃ、気付けば二回戦目とやらに行ってきましょうかん」

「こらこらこらこら、行くな、意気込むな、早まるな」

「平気だよ。油断しない。折角のお宝を逃す手なんか無いわ」


 相方から離れ、ゆらりと立ち、楽しそうに舞う獲物を見下ろす。

 そういえばシャンドは何処へ行ったのだろう。彼がいれば戦力は申し分ないのに……。また何処かで輪に入りたいけど勇気がないので話しかけてほしいにゃアピールでもしているとかだろうか。これ本人が聞いたら怒るな。普通に予定位置で待機しているわね。


 ──相方はアタクシを無茶させたくないみたいだが、そんな彼の手を払い除けて飛び降りた。

 衣装も一新。ドレスではなく、動きやすい戦闘用ウェイトレスを開拓テーブルからアップする。

 地に足を着けた瞬間から移り変わっていく服を靡かせて、ずんずん歩く。


「──ぁ、アヴィ嬢?」

「アヴィりっち?」

「アヴィ之介?」


「みんな、おつかれさま! そろそろ劇の練習を再開しましょう。持ち場について!」


 舞台切り替え。照明位置引き下げ。効果演出転幕仕様。事故防止安全管理班総員待機。

 アタクシの指示を受け、それぞれが笑顔で走った。

 そうして遊び相手が散り、一人残された女の子に近づく。


「あなたは誰? お名前を教えてくれる?」

「ん……」


 にこやかに。優しそうに。警戒心を煽らないように、獲物を射程圏内に入れていく。

 これほどのお宝を前にしては、流石のアヴィちゃんも内心限界状態。その返り血を浴びたような赤い瞳を見ただけで、今にも飛び掛かってしまいそうだ。


「名前は……お姉ちゃんが」

「ん、お姉ちゃん? 仲間がいるの? ドコに?」


 はぐれたのでしたら、一緒に捜してあげましょうか。──なんてね。下心見え見えの糞台詞を吐いて差し出した手が、優しみの溢れたお姉さんの皮を突き破る勢いで襲いかかった。

 瞬く間に細く弱々しい首を捕らえ、素早く眼玉をくり抜いてアタクシは歓喜の雄叫びを上げる──…………のだった?


「あ、ハウみっけた!」

「……へ?」


 完璧に捕らえた。手応えさえあって然るべきな、誰もが感服不可避な成功情景を現してやった。……勝ったと確信した。それなのに、どうして、アタクシの手はあの子に触れる事さえ出来ていない?

 馬鹿らしく雲を掴んだような空手を見ては、はてなが顔に出る。

 過ぎ去る足音を追うように振り返れば、何事も無く駆けていく獲物の後ろ姿があって……。「は?」って、思ってた。


「ハウハウ死んだの? ハウ小さいねぇ」

「休んでただけさょ。それよか、なんでここにいんの」

「お姉ちゃんが連れてこいって。キキは?」


 落ちていた綿毛の塊を掬い上げた女の子。

 見るからに隙だらけだ。襲ってくださいと言っているようなもの。


 ……ちょっと苦笑い。

 油断したアタクシをめちゃくちゃにした事で、もう眼中に留める価値すら無いと言いたいか。



 そういう態度を取るのであれば、優しく接する気も失せるのだが。


 アタクシは開拓テーブルを開き、アティスのドレスを描くとカゥバンクオルの娘に覆い被せるようにアップした。


「??? なぁにコレ! 布!」


 続いて空を見上げ、空で待機していた魔獣役の彼を見つけると、ドレスと戯れる生物に指を差す。

 この意味は、役者交代。

 アタクシが演じていたアティス役を、そこにいる子に譲ったぞと伝えるものだ。



 ──では、劇を進めましょう。

 裏方役から台本を受け取り、スポットライトを浴びたアタクシは静かに語り始める……。


「『悪魔が処刑される日まで』」


 その身に悪魔を宿した少女『アティス・フレイン』は、故郷の街で外道の限りを尽くしていた。

 悲鳴が上がらない日など無く、家に篭り逃げる気力を失った人々だけとなっていた街に、とある悪魔狩りを名乗る悪魔の青年が訪れる。


「彼は言った。さあ、共に地獄へ帰ろう……と。しかし少女は拒否をします」


 命が潰える瞬間を見ると、心が喜び血が滾る。異常な程の力を得てしまっていたアティスにとって、この世界は捨てるに捨てられない無法の地であった。

 最早やむなし。青年は彼女を葬り去る決意を固めたのである。


 そうして始まった彼と少女の熾烈な戦いは一夜では終わらず、ついに空が白む刻へともつれ込んだ。

 埒が明かない。彼はいずれアティスに負けてしまうだろう。そう判断した街の者達が目論んだのは、悪魔を鎮められる勇者の召喚。だが、呼び起こされたのは魔獣と力半端な小悪魔だった。


「…… 失意と絶望。もう希望など現れぬ。己の生をも悲観した街の者ではあったが、小悪魔を喰らった魔獣に一縷の望みを掛けたのです」



 ──それは、魔獣『クヴァリエル』による駆逐。



 封ずるべき魔獣を解き放ち、アティスをも喰わせる算段を立てた──その結果。


 スポットライトはアタクシから空へ向けられる。

 照明が捉えたのは黒い影。

 燃え盛る炎のように体毛を靡かせ、太陽の如き光の護輪を体前に携えた魔獣が降下してくる姿だ。


 史実通りに進めるのならばアティスは死にはしない。

 だが、この史学演劇同好会の練習では、不思議と事故が多発するのだよ。今日もそんな予感がしないでもないが、まあ大丈夫でしょう。


 

 だから安心して──アティス役を楽しんでくれたまえ。



「──ぷぁ! やっと取れた……ぁ?」

「おいっ、サクラ上!」


 もう躱せん。

 隕石の如く一瞬で距離を詰めたシャンドは、カゥバンクオルの頭上で急停止すると、周囲に無数の護輪を出現させた。

 それらは同時に光り輝き、獲物を閉じ込める檻を形成するや、フィナーレに向けた音色を掻き鳴らす。



 ──……この後、アティスを撃つ大爆発が起こるはずなのであるが、……どうしたのか、シャンドはそれを起こそうとはしない。

 むしろ戸惑う様に動きを止めた役者に、アタクシは台本をバンバン叩きながら小さく叫ぶ。


「こら、シャンドっ。見せ場、見せ場だよ!」


「 ……また、かぅばんかね…… 」


 シャンドはアタクシを一瞥してから、捕らえたモノを見据える。──この絶好のチャンスで、なにを躊躇しているのか。相手はカゥバンクオルだぞ。紛う事無い生きたお宝なのに!


「……?」


 攻撃の手を止め、頭上に浮遊する者を不思議そうに見上げるアティス役。

 しかし、シャンドがまごついている内に、その子の背に大きな獣耳のようなモノが現れた。

 原形投影──あの化身……シャンドを狩るつもりか!


「転幕、シーンニ! 魔獣クヴァリエルの襲来──続けなさい、シャンド!」


「 ……っ、くそ姫 」


 カゥバンクオルに過保護なのはご立派。でも、甘やかせば噛まれない保証なんて無い事くらい知っているでしょう。

 シャンドに赤く輝く瞳を向け、記憶を喰らい始める前にとアタクシは声を荒げた。それに漸く覚悟を決めたか、あの悪態吐きは全ての護輪を──一斉に爆発させた!




 ────……街の舞台セットは予定通り瓦礫の山と化す。




 転幕、シーン三。

 魔獣が去った夜明け。街の者達は、瓦礫の山から気を失っているアティスを見つけた。動かぬ恐怖の元凶に怒りをぶつける彼らに、悪魔狩りの青年は言った。


 首を刎ねれば何もかもが終わる……。



 転幕、シーン四。

 昼前。アティスが目を覚ます。

 彼女が最初に見たのは、自分に投げつけられる石であった。

 そして気付く。自身の状況を。報いを受ける時が来た事を。



 舞台は街の大広場。中央に設けられた断頭台を取り囲む大勢の街人。当然、彼ら彼女らが憎悪を吐き散らす先にいるのは、今正に首を刎られようとしているアティスである。


「……あれ。ハウ? ……ハウいない」


 素晴らしいタイミングでのお目覚めだこと。

 観衆を一望出来る高台に聳える断頭台に括り付けられたカゥバンクオルに、アタクシは笑みを含めて囁く。


「誰かお捜し? 大丈夫よ、コレが終われば自由にしてあげるから(笑)」


 きっと事故なんて起こらないわ。

 多分だけどなんの手違いも無ければ斜刃はゴム製だし、恐らくだけど拘束部は赤ん坊でも外せちゃうくらいチャチな作りにされている筈だし。

 もし、不測の事態が起きても、事故防止安全管理班が何かしらの用事でも思い出さない限り、すぅぐに駆けつけてくれるし。


「──んッ、……んんっ!?」

「あらあら、暴れちゃダメよ? 壊したら弁償……嫌でしょ?」


 首も手首も動かせず、動かす事も許されず、ただ隣に立つアタクシを見上げるしか出来ないカゥバンクオル。

 なんっっっってゾクゾクするシチュエーションかしら。

 もうすぐ記憶水晶が手に入ると思うだけで、柄にも無く体が震えてしまう……。


 太陽を模す空中点照明の暖かさを感じ、粛々と罪状書を読み上げていく。

 過去に或った少女の数々の罪。その報いを疑似的に体験する事となる気持ちは如何なものかしら。

 アタクシ達を取り囲む民衆役達が台本通りの歓声を上げる中、膝をつき、アティス役の顔を覗き言う。


 ──最期に言い残す事は無いかと。


「……──ッ」

「コラ。それはダメ」


 あろうことか、この子は台本に無い狩りをしようと目を赤く輝かせた。記憶を喰われては敵わん。アタクシは咄嗟にカゥバンクオルの目を手で覆う。


「……足掻かないでよ。オマエにはアタクシを傷付けた代償を払ってもらわないと」


 当然、代償とはその眼。

 くり抜かれると察したか、必死に瞑る姿がなんと狂おしいほど愛おしいことか。生かしたまま奪うなんぞ、とうに諦めていると言うのにね。滑稽な子だわ。


「──ファユ姉! ククお姉ちゃん!!」

「あらぁ、アティスの最期の言葉はそんなモノじゃなくてよ?」


 流石に恐怖が芽生え始めたよう……。

 アタクシ達が行なっている事が、練習やお遊びなどでは無いと勘付いたらしいな。


 斜刃がゴム製? そんなわけがあるか。

 拘束部がチャチな作り? そんなわけがあるか!


 本来のアティスの台詞に比べれば小便臭い戯言だったが、それでも別に構わない。暴れようとする獲物の視界を奪いながら、アタクシは声を張り上げる。


「─(台詞)─聞かれたか民衆よ! 悪魔に魂を売った者の罪はかくも重い! 各々眼に焼き付けよ。数多の命を弄んだ罪人が、死を以って償う姿を!」


 これを合図に怒号は轟音となり、フィナーレに相応しい最高潮の演出となる。


 断頭台の斜刃を固定するロープに近付くは、大きな斧を持った屈強な執行者。


 ホラ盛り上がる。そら盛り上がれ。

 劇とは思えぬ殺意の激唱に慄き、遂には震え始めた小さな獣。いっその事こと失禁でもしてくれたら尚リアルだが、贅沢は言わん。眼玉だけ残して、さっさと逝け。


「大獣化なんてしても無駄よ? この鋼鉄の断頭台なんか壊れやしないから。むしろ、拘束部に首がより締まって死ぬだけねッ」

「ぅ……っ、ォぐま! とぐまぁ!」


 執行者が、いざロープを切らんと大斧を振り被る。

 一体誰が助けに来ると言う。たった一人で飢えた猛獣の群れに入って来たお馬鹿が。惨たらしく喰い散らかされても、今更文句は言えんぞ。



 アティスが首を刎られた時間──街の教会の鐘が鳴った瞬間が訪れる。



 ──さあ、ヤれ!



 暖かい擬似太陽に、鮮血を照らしてもらえ!



 我ら史学演劇同好会ベチャードの懐を、死して潤せ!



 史実通り教会の鐘が、今鳴る!



 アティスの、首が落ちる時間だ──!!



「──アヴィ!!」

「え?」


 その瞬間、民衆の中にいた相方が台本に無い言葉を叫んだ。



 ──『避けろ』と。



 思わず振り返った。


 そしたら、アタクシに向かって……いや違う。

 この断頭台に向かって、何かが回転しながら飛んでくるのが分かった。



「──あらら」



 分かったとて、あまりに速いそれを止める事は叶わない。

 秒と経たずに起きた衝突劇は、舞台に激しい爆発音を鳴り響かせた。



「ちょ──なん、なんで!」



 断頭台が、鋼鉄の断頭台がバラバラになっていく……!


 とても大きな、鎚のような形をした物が──嗚呼、なんて事!



 カゥバンクオルの首を刎ねるべき斜刃が、吹き飛ばされて行く!



 拘束部も! 高台も! 柱も首桶も! 何もかもが粉々になって飛び散る!



 なんで! どうして! 誰が! 誰がこんな事を!!



「年ノ瀬、誰があんな物騒な物を投げた!」

「見えなかった! 多分、藪の中から──!」


 待て待て待て待て待て待て! カゥバンクオルの姿が無い。拘束部が壊れたのを良い事に逃げたか。それとも逃されたと見るべきか。

 どちらにせよ、折角捕らえたお宝を溢すわけにはいかないと、アタクシは相方の胸倉を掴む!


「犯人捜しは後で良いわ。まずは全員でカゥバンクオルを見つけなさい! 四肢を切り落としてでもアタクシの前に連れて来なさいッ!」


 背後で断頭台だった物が土煙を上げながら倒壊した。裏方も観衆役も入り乱れて、舞台中央はパニックだ。


 糞忌々しい。


 何が起ころうが、今すべき事は一点のみだろう。壊れた舞台セットなどどうでも良い。敵襲があったなど後回しで構わない。アタクシの身の心配など持っての他。皆、アタクシが思う最優先の事をしろ。喚き散らす前にアタクシの言葉を聞け!


「落ち着けアヴィ! カゥバンクオルに拘るな! 追ったとてもう……!」

「煩いなッ! オマエ達も捜せ! シャンドは何処!? またサボってるのアイツ!!」


 言うて、どうせ街セットの何処かで高みの見物でもしているのでしょうッ。もうこんな物用済みのセットだ。ブチ壊してもシャンドを引き摺り出し、今度こそ無慈悲で完璧な仕事をさせてやる──!



 そう、意気込んでその辺の建物に雷石を投げ込もうとした時だった。


 別の方向から、とても大きな、不穏極まりない音がした。


 その音は、今正にアタクシが起こそうとしていた建物の倒壊音と、よく似ていて……。



 何故その音が、まだ何もしていない方向から聞こえたのかと振り向いた。




「…………はい?」




 とある建物が、押し潰されていた。



 その形状……。


 アタクシ達ベチャードが、拠点としてよく建築するレストランだと思われる。



 それが、……なんだろう。



 レストランよりも少し大きな、キューブ型の鉄塊の下敷きとなってしまっている。



 なんの……光景なのだろう……アレは。




「……え? ……ぇ……?」




 こんわく。



 困惑しているアタクシ達の上。




 何がなんだか、状況が掴めないアタクシの頭上に二等辺三角形が現れた。



 それに表示されていたのは……【 LOSE 】。



 雌雄決着『拠点落とし戦』に、我々が敗北したと伝える文言が……表記されて……いたのですけども。






ラクガキ注意↓













亜種◇アヴィ:アティスドレス


挿絵(By みてみん)


ワタシこの子好き

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