第三十一月:雌雄決着【拠点落とし戦】──後半(分割2)『光明』
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ゼロ距離もふもふ体験ASMR〜高音質でケモフェチなあなたむけ〜……みたいな。
巨大な獣と化した亜種──シャンドが繰り出す豪腕は、いとも簡単に石壁を叩き割り、露出した金属製の骨組みを引き裂いた。
例え高所から落下しようが軽傷すら負わなかった実績を持つ獣衣装を纏った僕らでも、これにすり潰されでもしたら乙るのは確実。
しかもシャンドの攻撃の手は、それだけでは止まらない。
初手で行った突進に加え、尾をしならせた遠距離攻撃や咆哮、光輪による目眩しなど、多彩な方法で僕らを仕留めにかかって来る。
対し、これらを見切った様に躱し続けるハウにも脱帽だ。
殆どがゼロ距離回避。シャンドの攻撃を受け流し、彼の巨体に顔を擦り付ける程の超近距離を保ちながら、ひたすら動き回っていた。
「──流石にこの回避の仕方は、くすぐったいんですが」
「我慢おけ? 死角を探してんだけどさ、全然見つかんねーの」
ハウも一応は躱しなに反撃をしている。
しかし、僕らの爪はシャンドの硬い体毛を通らず、肉を削れない事から効果はほぼ無いと見える。打撃に関しては論外もいいとこ。体格差からして、繰り出せるものが軽過ぎるのだ。
こんな可能性を感じない状況が続けば、一つの判断ミスを引き金に、一気に押し込まれる。
では、どうする。マジでどうするか。
開拓テーブルで何かを作り出そうにも資材が無い。
ハウのサポートも満足に出来ないとなれば……!
「──お邪魔しまっす」
巨体が翻る隙を捉え、ハウがシャンドの腹下に滑り込んだ。続け様、ガラ空きとなった腹部にカチ上げるような肘打ちをかます──が、結果は同じ。まるで耐震ゴムみたいな手応え。勿論ノーダメージなんだろう。
いつもみたく、人間相手なら一発で沈められる決定打も諸共せず、シャンドは直下の石床を踏み崩す豪腕を見せつけて来た──だけじゃない。
フッ──と、彼は浮く。
山と見紛う大猪のような巨体であるのに、なんと化け物染みた身軽さだと……思わされた刹那──視界が尾で満ちる!
「あッぶ!」
鞭打つように襲いかかって来た尾は余りに速く、僕らが反応した瞬間には既に鈍痛が──全身を貫くッ。
──……気付けば、床に頬擦りしている状態。
身体の形もよく分からず、ハウが身を起こしてくれて、漸く四肢が健在だと分かった。
「くぁあ……。足場崩されて離脱失敗っ。やられたなぁ」
「……頭ぐわんぐわんする……。これがピヨってるってやつ……?」
アナコンダを何匹も束ねた図太さと相違ないだろう尾の一撃だ。そんなものをまともに受けて、よく僕らは生きてるなと笑けてくる。
「初体験に感動してるトコ悪いけどさ、あの人待ってくれないみたいよ──!」
自然回復もさせてくれないのか。
被弾と反撃のリズムに空いた僅かな空虚に、シャンドの攻撃がねじ込まれる。ハウは間一髪で回避をしたつもりだったのだろうが、僕の脚がもつれて──!
「──ぁ、ごめ──」
右足が光輪に当たり、瞬く間に天地が激しく入れ替わった。その際、彼の身体を転がったのだろう──黒いモフモフ体験を経て、お待ちかねの床への激突を果たしてしまう。
「──いたすぎる……! 回復薬とグレネードランチャーがほしい゛よ」
「キキは今回よく耐えてる方じゃね……? あぁ、でも後四分弱は耐えてな。マジなお願い」
友人から絶望のお届けを貰った。
まだ、戦闘開始から一分程度しか経過していないとか、地獄の道が詐欺過ぎる。
それでも僕の身体は、まだ立てるらしい。
こっちの攻撃が通じない以上、こうしてファイティングポーズを取る意味が分からないのだが。
……もしや、ハウにはハウなりの可能性を見出しているとか。めげずにシャンドとの戦闘をやり直し、回避ルートを選ばないのも、この場を打開する手を……僅かながらにも見つけているのではないかと。
石像を壊して動きやすくした事。
効果が無いと分かり切っていても反撃を止めようとしない事も、全ては一縷の望みに掛けているからなのでは。
「──あ、しくった」
壊された石床が元に戻された時、ハウがそう漏らす。
別に回避に失敗したからじゃない。なんでもない着地の瞬間だった。
「キキは気付いてる派?」
「もう帰りたい派──え?」
反射的に巫山戯た返答をした。ハウが『目的』を喋ろうとしていると察し、聞き返そうとする片や。
距離が開いた事でシャンドが光輪を強く発光させ、部屋が白く染め上げられていく。
漫ろになった掛け合いを放り、僕らは閃光に備え──覚悟した!
……ところが、これまでの目眩しモーションとは様子が違う。光輪は僕らにではなく、真上に翳されているのはなんの……?
──だがもうこの時点で加速し出す思考は、既に数手遅れていたと知る。
光が瞬で膨張──『ボンッ』と、爆風が起こる。
これに連鎖し、頭上より轟音が鳴り響いた。
「……──げッ」
光が収まる中で、僕らは天井が崩壊していく様子を捉えてしまった。数多無数の石塊が円を成し、一斉に降り注いでくる!
避ける──逃げる──でも距離を開けたら──また。
頭の中が警告ウィンドウでキャパオーバー必死。
反面、ハウは頭上を占める瓦礫の雨を振り払いつつ、秒で変わる安置へ足を運んでいく。──そして、一際大きな破片を押し除けるように躱し切ると、シャンドとの距離を詰めるべく走った。
それと同時に──。
「話の続きっ。俺が知ったのは前回でさ!」
僕の左手が、開拓テーブルを展開させた。
ハウの意思だろうが、なにをしようと──?
「開拓物って、壊れて消えるまでの間に触ると──資材を回収出来るんだと!」
見れば、使用可能と表示されている資材が一つあった。
「──『石塊』が、……なんだこの数ッ?」
「さっきまで、俺が破片から回収した分だっての! 百くらいあれば、キキもなんか作れるだろッ」
確かに作れると思うけど、あんなバリ硬の大獣に石素材の武器が通用するのか……?
ハウから左手を返され、開拓テーブルの上で止まってしまう。そうこうしているうちに、ハウとシャンドが再びぶつかり合った。
何を描く──何だったら効く──形は、大きさは、効果目的──足止めか、必殺か。
「キキ、早く!」
「わあってるよ!」
シャンドの猛撃を又もゼロ距離で躱し、宙へと逃れたハウだが──光輪が円を走らせるように光度を増した瞬間!
目の前が真っ白に──。
マズい。
眼球を通り越して、直接脳を殴られたような衝撃に、体が動かなくなる。──ハウも、目眩しを喰らってしまったのか、僕らは、ただ落下していく。
それでも、何か描かないと。
ハウが集めてくれた資材だ。これを活かせないで、この共闘に僕の存在価値があろうか。──あの女子のように。──シュンと肩を並べて共闘してみせる、あの親衛隊の子のように!
皆無同然の身体能力をフルバーストし、僕の意思で着地を果たす──そして。
──頭上へ。
──シャンドの頭上へ。
ハウの十八番、触角ジャンプで大きく飛び上がった僕は、速攻で描き上げた開拓物の具現化を促した。
そうして現れたるは、一本の図太い槍──いや『石塊の破城槌』と称そうか。
百を超える石塊をフル活用した一品だ。
その大きさは、シャンドの図体にも劣らん!
「 ぁ あ あ゛ あ゛ ア ァ ア゛ッ !!」
落下のままに突撃──!
縋の鋭端は空を穿ち、剥がれた破片が舞い上がり、その瞬間は訪れる!
──激震──!!
破城槌はシャンドの背を襲い、重さ──圧を以って彼の身体をへし曲げた。苦悶に声を潰すシャンドの呻き──衝撃は充満していた石煙を掻き乱す。
やがて、部屋中に木霊した快音は失せ……役目を終えた破城槌も光の粒となって消えていく。
ふと、右手が動いたのを感じ取る。何かと思えば……それはハウの意思だろう。
立てられた親指に、僕はふっと笑みを溢した。
「──はぁ……」
そして全てが静まり、僕はシャンドの背の上で俯せのまま、「やったか」なんて呟いてみる。
それから僕らの目的を思い出した。
ベチャードの拠点を全壊させて、この雌雄決着に勝利するんだと……。
しかし。
「 ──これでは、史実と違うな 」
唸り上げるような声に、胸が跳ねた。
続けてシャンドの体が、立ち上がろうと蠢く。
何もやってない。何もやってなんかいなかった。
静寂は再び破られる。突如、僕らの周囲──全方向に、シャンドの体前に展開されている光輪と同じモノが出現したのだ。
全部でいくつあるかなんて分からない。とにかく沢山!
それらは曼陀羅のように僕らを包み──挙句、穏やかでない発光を始めるっ。
「 史実に則るのならば、魔獣と悪魔の戦いに勝利したのは、『魔獣』。すなわち、悪魔役は──負けなければ……ね? 」
またあの音。
なんとも形容し難い収束音。
襲いくるであろう痛みに恐怖し、視界が白く濁り出す。
「──ハウ、全力回避……!」
「出来たらもうやって──!」
──鼓膜が、破れたとおもった。
あまりに大きな衝動、爆音、煌々。
自分の体がめちゃくちゃに引っ張られ、どこにいくのかわからない。
全身を這い回る感触が、痛みなのか、快楽なのか、熱いか、寒いか、整理が追いつかない。むしろ放棄してる。
ボヤけ、やがて暗くなって見えなくなっていく光輪を眺めて。
なんとなしに、僕が今、ここにいる理由を考えた。
僕が僕である事を証明する為、持ち前の空気の才を武器に、ネットやゲームで馬鹿な行為に走って。
それを、柊乃玲奈と奈波葉月によって晒されて。
傷心旅行のつもりで、摩訶不思議な現象に足を突っ込んで。
よくわかんない出来事の連続で、走って、考えて、喧嘩して、こうして痛ぶられて。
なんだこれ。
僕は、一体──何の為に、ここにいるんだ?
──ああ……背中が冷たい。
多分、僕は床に落ちたんだろう。
( あ、ヤバ……。死ぬかも…… )
なんて思っていられてるなら、まだ死んではいないよう。
ハウの言う通り、なして僕はこんなに頑丈なんだか。
──と。
「……ハゥ?」
獣衣装が解かれていく。
体の周りに、白い綿毛が舞い散っている。
「……おまえ、もう立てないだろ? 残り二分ちょい……。後は俺一人で時間を埋めてみるわ」
可愛らしい綿毛の獣の姿に戻っといて、何をおっしゃいますやら。
「あー……。心配すんなって。一応これでもお茶くらい濁せる。へーきへーき」
だからキキは大人しく死んどけ、と。
自分だって無傷じゃあるまいに。
いつもみたく、ニカっと笑ってそうな事を残し、ハウは早速吠え出した。
「──マジ強じゃんさ。 お兄さんが演じてるのって、なんて悪魔?」
まさかの世間話。でも。
「 ふむ……。『クヴァリエル』と呼ばれる魔獣だ。……名前、間違えて覚えてるかもしれないが 」
シャンドは、普通に応じている。
「 少年もクヴァリエルに遭遇した時は気を付けろ。奴らは群れを成して殺戮の限りを尽くす 」
「へぇ! ガチでいんの、そんな奴!?」
「 無論。ベチャードは史学演劇同好会との通り名を持つ故、史実の情報収集には余念がない。その点ではアヴィ姫は病気と言えるが 」
「史学演劇同好会(笑)、マジ初耳」
……なにこの日常みたいなやり取り。
陽キャラ補正ってのも、ある意味チートじゃないか?
「──じゃあさ、その光ってる輪っかって、元はなんなの? 光石的なやつ?」
「 あぁ、これは光石で作った輪に爆砕石を忍ばせていて──……って、嗚呼、ちょっと待ってくれ 」
凄い自然に手の内を見せようとしてくれたシャンドだが、なにやら遠くの壁の方を見……。
「 ……すまない、やはり今のは秘密だ。役に集中しろと、外野に怒られてしまった 」
「は? うざ」
ちょ。
ハウは彼の発言を、とんでもナチュラルに流したが、そのセリフをスルーするなんて、僕には無理だ。
(──外野? 外野って)
僕が首を動かす中、シャンドは魔獣の体を震わせ「 再開だ 」と、口惜しむ。
「 本当に申し訳ないな。かぅばんの子供である君を、ここまで痛めつけるのは道徳的に異を唱えたくて堪らないよ 」
「……かぅばん、ね。それなんなの? 美味しいの?」
「 ? 『カゥバンクオル』。『鏡』『赤』『竜』と書いて、そう読む。勉強不足かな? 」
「ふぅん。鏡赤竜か。……お兄さん、話してみるといい人じゃん。シャンドっちって呼んでいい?」
「 好きになさい。オレに仕留められる間だけは、だがな 」
ついに井戸端会議が解散となる。
シャンドはハウに向け、容赦の無い突進を繰り出した。
「じゃ、頑張ってシャンドっちって呼び続けさせてもらうわ!」
途端、ハウが飛び去った場所──僕のすぐそばにシャンドの光輪が激突した。そして巻き起こる突風──捲れ上がる石床に、僕は巻き添えを喰らい、吹き飛ばされる。
「──〜〜ッ、っ! て!」
見るからに超可哀想な状態の僕であるのに、あの二人はお構いなしに派手に立ち回っていた。
……空気扱い……と言えば、別に悪い気はしないけど、せめてもっと遠くで戦ってほしい。
仰向けから俯せへと転がり、それはそうとと、僕は『外野』なるものを探してみた。しかし、暗い壁際を見る上で、人の目では何も見えず……。
(……?)
でも、なにか。
近くの騒音とは別の、人の声が聞こえるような。
きっと、それが外野の声かもしれない。
僕は目を閉じ、集中する。
聞こえてくる生声。
【 あそこまで追い詰めたら── 】
【 人に化けられる前にトドメを── 】
【 これ以上長引かせるな、舞台の切り替えが── 】
野次だ。
聞こえてくるのは、ひたすら野次。
壁の向こうから漏れている、過熱した野次と言う野次。
(……聞くに耐えねぇ……)
誰一人……当然なんだが、ハウが乙るのを気に病む声を発していない。空気を読んだ集団意識とか言うもの? なんて吐き気を催す音なんだろう……。
(……──くそ。藁は所詮ワラだよな)
もしかしたら、打開方法が見つかるかもしれない。そう期待して、他人がいる事に希望を見出そうとしたが、これでは……。
いや、でも。
誰かが、何か言った。
『人に化けられる前に』。
『化けられる、前に』。
誰かが、何を言った?
いや、でも。
(……──ウソだろ? まさか……)
まさかとは思うが、獣衣装をした僕ら──最悪、僕の姿は、ハウが人に化けた姿だと思われてる?
まさかとは思うが、何その勘違い。
まさか……本気で言ってる?
──瞬間──閃く。
だとすれば、凄く簡単な事で、この場を終わらせられるかもしれないと。ハウが望んだ、打開策を見つけられたと。
この作戦の要──。
まだハウは死んでいないかと、恐る恐る見る。
ハウは、獣衣装に変わろうとしている状態でシャンドに絡みつき、取り押さえようとしていた。
なんだか必死こいているようだが、ハウからは僕が見える位置。そう分かり、僕はハウに向けて、指で空を掻く。
「──ぁ?」
『お耳に入れたい事が』。
僕の意思を汲み取れたようで、ハウはあくまでも自然に振り解かされてみせ──飛ばされたついでに僕の傍に降りて来た。
「なに?」
「……ハウ、『死んだフリ』をして」
一瞬、ハウが固まったように見えたが。
けど、僕が何かを思いついたのだと察したようで。
「いんだな? それで」
「……多分。……対象が居なくなったと思わせられれば──」
みなまで言わせん。
ハウは僕が喋り終わるのを待たずに、シャンドに向かって走った。
あからさまに攻撃して下さいと、ねだる様な自爆特攻。しかし、シャンドはそんなハウを疑う素振りを見せずに。
「──ぃ!」
薙がれた尾はハウを捉えた。
痛々しい光景であったが、再度僕のところまで飛ばされてきたハウの「……きゅう」との、下手くそな断末魔の叫びを聞いて、僕は親指を立てておいた。
遠くから聞こえる歓声。
仕留めた。終わった。好き勝手に喚く外野がうざったい。
──だが。
「 ……さあ、悪魔は食い終えた。次に私はどの悪魔を喰らえば良い 」
シャンドの台詞に合わせ、部屋に変化が起こる。
全てが瞬く間に光の粒となり、夜空が──レストランが露わされた。
「 ……ぁぁ、やっと終わった 」
きっと彼も僕と同じ、もう帰りたい派だったのだろう。台詞とは思えないほど、素に戻ったような事を呟いたシャンドは空高く飛び上がった。
そうして、夜空に消えた彼を見届けた僕は、ゆっくりと立ち上がる。
体は、洒落になっていないくらい痛むが……破壊対象であるレストランを見上げ、全身に忿怒を沸かせて歩く。
「──キキ」
「……しぃー……寝てろ」
外野の男達は何処へ行ったのだろう。
劇のクライマックスに向けて、それぞれ別の持ち場へ移動したのかも。
それならそれで、僕には好機だ。
誰も邪魔する者はいない。
加えて、何気にステルスチートを発動させている僕に、目を向ける者などいない──……。
「……」
なんとなく、後ろを見た。
遠くで、鎧を纏った女の塊と、アヴィさんが話してる。
まぁ、内容なんかどうでもいい。
興味ないし。
僕はレストランの正面玄関を尻目に通り過ぎると、待ち合い室に通じている別扉に辿り着く。
扉は……開いていた。
本当、無用心だなと思いながら、レストランの中へ。
そして、吐きそうになりつつも、一歩一歩前へ進む。
目指すは、資材の山があった部屋。
階段を登った先にある部屋。
勝利は目の前。
もうすぐだ──と、にやけそうになった時であった。
「──ああ! お客様、こんな所にいたんですか!」
探しましたよ──と、あろう事か、僕の肩を掴んで来た男がいた。
「……な……っ?」
それは、さっき、僕を待ち合い室まで案内してくれた、あの男の人。
探しましたよって、それは、あなたを見かけなかった時の、僕の台詞じゃないですかね……?
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