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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:かなづちを持った配達人
56/107

第三十一月:雌雄決着【拠点落とし戦】──後半(分割1)『夜桜』




 クク、お願い──。



 『さくら』を呼んできて──!




──────


────


──




 古魂の郭、上層階。

 吹き抜けフロアを跳び越え、人通りの激しい公共通路を掻き分けて、わたしは走った。


 柄にも無く、走っただけで乱れる息。

 無駄の多い道選び。


 駄目だ。


 動揺を抑制出来ない。

 ファイユ様直々の援護要請に混乱してる。


 わたし達が相手にしていたのは、ただの賊じゃない。賊に見せかけた、洗練された組織。そんなものにハンデを掛けて勝てるわけがないし、何より、『わたし達の裏事情』を齧られてしまった。

 だからこそ、喰い返さねばならない。

 だからこその、キサクラを呼んで来いとの命令──!


「はぁ……っ、はぁ──!」


 多分あの子なら今、ご褒美の桃を貰う為に、わたしの部屋で待っている筈だ。見慣れた自室への通路に入り、目的地が近くなっていると思うだけで、更に息が乱れる。


 出来れば、あの子に「暴れていいよ」なんて言いたくないし、暴れさせたくもない。

 自由を与えられたあの子が何をやらかすか。想像したたけでも、緊張が高まり、この脚を止めたくなる。けど、一刻も早くあの子を連れて行かないと、雌雄決着が終わる。

 それはつまり負け。キキ様を負かせてしまう。


 小刀『笹流し』を失うだけならともかく、最悪、もし彼が死のうものならば──……。


 どちらが良いかと天秤に掛けても、絶望的に釣り合ってしまう現状。どっちも嫌だって事だ。

 それは遂に、わたしの部屋の扉が見えるまで、微動だにしなかった。


「ハァ……ハァっ、……ンく……!」


 喉が渇く。

 こんなに冷静さを欠いていては喉元を掻かれる。


 ……おちついて──落ち着いて──。


 何があっても、怖がらないで。

 いつものわたしを意識して。


「──……はぁ。……よし」


 息を整え、いざ部屋の扉を開ける。

 明かりはついておらず、そこら中に転がる過去の戦利品がわたし(ママ)の帰りを喜ぶ光景がわたしには見える。


「キサクラ、いる?」


 それらを撫でて回るのは後。

 わたしは街の明かりが差し込む奥の部屋に向かって歩き出す。


「キサクラ? ……あれ。来てないのか、な──」



 いた。



 いま、視界を斬り裂くように三筋の光が走った。

 次いで風が巻き起こり、羽織るケープが裂け、ブラウスも下着も破れ──胸からお腹にかけて、肌が露出される。


 そして、見下ろせば、その『おいた』をした張本人が、ほらそこに。


「──アレ? あ、間違えたっ。やっちゃったゼ☆」

「……や、──やっちゃったゼじゃないから!!」


 せっかく……。せっかく、平常心を保っていようとしていたのに、腰が……腰が抜けて立てなくなってしまった。

 少しだけ、涙も浮かべていたわたしに「びっくりした? びっくりした??」と、キサクラが煽り立ててくる。とても殴り倒したい標的だが、脚に力が入らないので睨み付けるのが限界。

 でも、この子はそれも効果が無いようで、あっさりとスルーされてしまう。


「お姉ちゃん血! お腹、血ぃ出てる!」

「あんたがやったんだよ!!」


 確かに言われた通り、服を貫通したキサクラの鉤爪の刃先が、お腹を掠っていたようだ。小さな切り傷から、ぷくぷくと血が溢れてくる。


「ククお姉ちゃんが血を流してる姿って、ホント美味しそうに見えるよね。なんで?」

「知らないよっ。お宅のお食事事情に問題があるんでしょうが!」


 って、そんな事はどうでもいいのだ。

 事態は一刻を争う。立てないならせめてと、わたしはキサクラの手を引き、乞う。


「それよりお願い、キサクラに来て欲しい事情が出来たの」

「え。桃」


 わたしと目の高さを同じにしたキサクラの瞳が、真っ赤に染まっているのが分かる。正直言って、食われそうで怖い。話が違くないかと、不審に見据えてくる彼女に気圧されないように、わたしも真面目な顔で続けた。


「ファイユ様の秘密を喰った奴がいる……っ。それを、喰い返してきて欲しいから──」

「いや、桃」


 この子、まったくブレないな。

 こんな調子の子に、この武器庫みたいな部屋に食べ物なんかあるわけないでしょうと真実を打ち明けたら、わたしはどうなるんだろう。


「──……うん。分かった。桃だね、用意するから。でも今は急いでるのっ。早くファイユ様の所に戻らないといけないんだよ」

「…………サクラは、もう我慢出来ないのですけれども」


 無表情で鉤爪の刃先を指で弄び始めた意味深な行動に、わたしの頭の中が真っ白になる。

 それを言っているのが、ただの子供であるならどんなに可愛いことか。しかし残念だ。子供は子供でも、目の前にいらっしゃるお子様は鏡赤竜の化身様。

 人よりも多く愛で、人よりも多く讃えないと不機嫌になって、人より多く騒ぎ立てる厄介なお子だ。


 ゆえに、いよいよ近所迷惑を覚悟した時だ。

 「あ、そうだ!」とキサクラは満面の笑顔で、鉤爪をわたしの首に引っ掛けてきた。


「ククお姉ちゃんの体液を味合わせてくれたらいいよ。桃は夜食に回してくれても」

「たい……えき」


 言い方、おまえもか。

 体から出てくる液体なら何でもいいみたいな、その言い方。とは言え、キサクラらしい要求を拒否れる状況でもなしに……。


 ふと、お腹を見る。

 裂かれた服に血が滲んでおり、気持ちの悪い予感が爆速で全身を駆け巡る。けれど、けれど、けれど、生理的に提供出来る体液など、これしか無くて……!


「……じゃ、ぁ、コレで……本当に?」

「急いでるんでしょ? 急がば回れって言葉をご存知かにゃ?」


 見るからに興奮して、鼻息を荒くしている獣のままに。

 わたしのお腹に、嬉しそうに顔を近づけるキサクラに抵抗する意思を示すなど、もう叶いそうにない。

 この子と進まない押し問答をして時間を無駄にするくらいならばと、わたしは……えいと上着を捲り上げて傷口を晒した。


「わぅ♪ やっぱり美味しそう♬ ククお姉ちゃんって普段何食べてるの? 砥石?」

「誰がそんなもの食べ──痛ったぁ!」


 舐めるんだったらせめて可愛げのあるやり方があるでしょうに。あろう事かキサクラは勢いに任せて、わたしのお腹に顔をぶつけて来た。

 お臍にまで伝う血を舐め取られ、その小さくて尖った舌が傷口の周りを押し、更に血を溢れさせてくる。


「──ぃ! 痛゛いって、ソレ……!」

「動かないで。あ、お姉ちゃん横になって」


 もうされるがまま。

 何をやってんだろう、わたしは。


「ほんとに、ぃっ痛いからッ、──傷口に舌を入れようとするなぁ!!」

「んやぁ、お肉を食すのもアリかなと思って」


 ナシに決まってンだろがッ。

 キサクラの熱い舌と生暖かい息を感じ、いつまで続くのか見当もつかないこの時間は恐怖そのもの。剰え、本気でわたしを食べそうな雰囲気さえ出してきたので、わたしも流石に限界だ。

 もうそれは一つの生命体としての防衛本能。限りある命を死守しようと、キサクラを無理矢理引き剥(「ナナツキ先輩、今日)がし──。   (の任務で解らない所が) (──」)


「……え?」

「……あ」


 そう言えば、急いでいたから部屋の扉を開けっぱなしにしていた。

 そして、その場所に『わたし達をよく知る女子学徒生』がいるのは、なんの悪い冗談だろうか。


 わたしとその子の間に流れる沈黙たるや。それとは関係無しに、尚もわたしの血を吸い続けるキサクラの水音たるや。

 すぅ……と、息を溜め込む仕草をした後の女子学徒生はと言うと。


「スクープ! ──既婚者ナナツキ先輩が、変な不倫の仕方をしてる!!!」

「ちょっと、それ何処からツッコめばいいの!!!」



──────


────


──




 いろいろあった。   (ケープを諦めたり)


 本当に、いろいろあった。    (着替えに時間割いたり)


 泣けるほど色々あったけど、なんとか変な噂を立てないよう、あの子には釘を刺しておいたし、なにより──。


「ねぇ、つまりはサクラは暴れていいってことでオッケー?」

「……そうなのかな。ファイユ様のお許しが出たら、良いと思うよ」


 どうにか満足してくれたキサクラが、わたしと一緒にファイユ様の下へと向かってくれている。これも、お腹をべちゃべちゃにされた甲斐があったというもの。


「そうだ、歯輪。あの局所転移、あと何回使える?」


 幾分、冷静さを取り戻してきた。

 折り返しルートに無駄を作らないよう、最短最効率で突き進む。その中で、キサクラにやってもらう事の確認も怠らない。わたし完璧か。


「えっと、二回……三回かな? それだけしか使えないよ」

「二、三回か……。行って帰ってくるには十分だね」


 それとコレも忘れずに。


「なら帰ってくる時に、キキ様方も連れて戻って来てくれる? ……なんて言ったらいいか、彼らを外に出すのを、ファイユ様が心配してて」

「あー。うん、わかる。キキってアホいもんね。外に出た早々自殺しようとしたり。心配になるのわかる」


 じ、じさつってなんですか……。

 わたしとキサクラは吹き抜けフロアを飛び降り、一気に下層階へ──! 取り敢えず、雌雄決着での立ち回りを大まかに打ち合わせ、わたし達はファイユ様が待つテラスへ、再度走り出す。


「ともかく、キサクラは雌雄決着が行われている場所に歯輪で行って、亜種の女の人から秘密を取り戻した後、キキ様方と一緒に歯輪で戻ってくる。了解?」


 もし、歯輪が一回分余るようなら、戦闘用に使っても構わない。そう伝えて、


「りょ。……で、なんでファユ姉はそんなに苦戦してるの? ハンデがあっても、お相手が亜種でもなんでも余裕だよね?」


「……いや、それは……体調が思わしくないのかな……」


 らしくない戦い方をしているせいだ。

 誰かさんの言葉を借りるなら、殺意を向ける相手を間違えているから。そこをつけ込まれ、感情を揺さぶられて、やることなす事空回りをしている。

 少なくとも、わたしにはそう見えた。

 恐らくは、ファイユ様自身も理解してる。理解はしているけれど、『ファイユ』と言う枷が『素直なアイリ』の邪魔をしているのだろう。


 と考えれば……やはり、キキ様と仲直りをするべきだ。

 ファイユとしてではなく、心から──アイリとして、ごめんなさいをさせなくては。そうすれば、きっとキキ様もそう言う事なんだと、わかってくださるでしょう。


 とまあ、ご都合主義希望的観測過多過多の淡い期待を胸に抱き、テラスと直結する通路を駆け抜ける。──外が見えた。もう少し、あとちょっと!

 森の光り輝く光景がある。まだ終わっていない。なんだかんだ言って、ファイユ様は持ち堪えてくれていたようだ。


 「ごめん、みんな通して!」と、テラスでの異様な出来事に集まっていた学徒性、その他諸々の野次馬達を押し分け──そして。


「──ファイユ様! ただいま戻りました!」


 紺碧を操っての戦闘とは言え、全力で拠点を守っていたのだろう。満身創痍で立ち尽くす彼女の背からは、疲労感が溢れていた。

 わたしは素早く、その隣へ着く。その反対にはキサクラが。


「ファユ姉、サクラ来たよ? ここまで歯輪を使っちゃダメって言われたから、わざわざ走って」

「…………」


 呼吸が荒い。……でもなにか、ただ疲弊しているだけにしては、様子が妙に……。


「ファイユ様?」


 横顔。

 歯を喰いしばって、瞠目で、少し紅潮した頬が、震えている。

 私達が呼び掛けても反応を見せず、一点を見据え、何か……高速思考でもし続けているような。

 わたしはもう一度、気付いてもらえるようにと声を──。


【 ──あら、その声。やっと戻って来たのね 】


 その時、魔法樹の魂達の霧がうねり、私達の面前にあの亜種の女が形取られた。


【 何処へ行ってたの? あ、さては、多くて大変だったとか? 】


 なんの話だ喧しいわ。

 ともあれ、雌雄決着はこれで終わらせられるんだ。

 ファイユ様が一言、キサクラに外出許可を出しさえすれば、なにもかも──!


「──……あの、ファイユ様、キサクラに命令を」


 しかし、どうしたのか。

 この人は、まったく動いてはくれず……。


【 その子、今は無理じゃない? 】

「え……?」


 亜種の女が、殴れる位置にまでやってくる。そんな絶好のチャンスなのに、それでもファイユ様は反応してくれない。これは、どういう……。


「……──まさか、あなたッ! 性懲りもなく、強いものイジメを!?」

【 えぇ……イジメとか人聞きが悪いですわよ、ワンワン 】


 女は言う。別に大した事は言っていないと。だが──。


【 ただ単に、もう一つ気になる噂があってね。それに仮説を立てて聞いてみたら、なんとビンゴだったみたいなの! そしたらアイリちゃん絶望しちゃってッ、その顔見たら、アタクシ笑っちゃって笑っちゃってぇ! 】


 女が、下卑た嗤い声をテラスに響かせた。


 いけない。


 ここはもう、人の目があり、耳があり、好奇が向けられている。


 これ以上は、この女に喋らせてはいけない。


【 面白いからもう一回言おうかしら。『──そんな事の為にファイユを名乗るとは見上げるわ。羨慕もそこまで行けば偏愛ね。お見事だわ』つっちゃって! 】


 ファイユ様が下せないならわたしが下すしかない。

 何より、あの女を、一刻も早く黙らせないと『ファイユ様』が壊されてしまう。

 反射的に、わたしは叫んだッ。


「──キサクラ、行きなさい!! いますぐ!!」


「へ。がいしゅつきょ……はぁい」


 わたしからの命令で、一瞬逡巡を見せたキサクラだったが、流石は飛び級学徒生。すぐに察してくれた彼女は、ふっと飛び上がると──次の瞬間には樹都フォールの遥か上空にいた。

 そして、打ち合わせで教えておいた雌雄決着の舞台と思わしき場所を確認したのか、一度此方に大きく手を振ると姿を消す。


 続いて、森の霧がキサクラの形を現した。


【 ──え? なに、オマエは。どこから……? 】


 よかった。ちゃんと着けたようだ。

 突然の来訪者に、女はたじろいでいるのに、わたしは胸を撫で下ろす……が、ちょっと思い返す。

 今あの子、歯輪を二回使わなかったか?? あれ、予定が、アレ??


 ……ぁ゛あ゛。

 わたしの混乱など、どこぞの風車が逆回転しだしたのと同じくらいどうでもいい事だ。


 キサクラは一度こちらを……恐らく紺碧で作られた拠点を眇み、【 片足? 】と呟いた後、改めて『敵』を確認して言う。


【 さー、暴れるよー。ククお姉ちゃんの命令責任で! 】


 ……なんてお察しの良い事を言い出すのあの子は。


 けれども、全てはキサクラがあの女から情報を喰い返せば一件落着する。

 わたしはそういう結末を期待し、ファイユ様の手を握る。


 これで雌雄決着は勝利で終わると確信しながら、樹都の森によって映し出される様を眺めていよう。


 鏡赤竜の化身──キサクラが夜の姿へと変異していく様から始まる、あの子の狩りの様を。





備考



 ファイユ・アーツレイ並びにクク・ナナツキが、キサクラと通話枠を共有していない件について。


 キサクラは樹都フォールの領主トグマ・アーツレイの婚約者との形で、彼の傍に置かれている鏡赤竜の化身である。

 その経緯については追々記述するとして、キサクラが前記の両名との繋がりを制限しているのは、そこに要因がある。


 そも、樹都フォールに於いて、キサクラは一人の開拓学徒生に過ぎない。成績こそ優秀であるが、素行──生活概念を周囲に問題視されがちな面も持つ。

 故に、そんな彼女が上層部たるアーツレイとその関係者との繋がりが周知された場合、彼女が実力で勝ち得た成績に疑念を抱く者が出かねない。


 これを懸念したファイユが独自に、必要以上の関係ではないと公に示す為、敢えてキサクラと距離を置き、互いの立場、関係を明確にした。

 その一つに、彼女達は通話枠を共有しないとする決め事があるのだ。

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