第三十月:雌雄決着【拠点落とし戦】──前半(分割3)『五分間戦闘へ』
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我ながら、少しはゲームに慣れてきたと思う。
つっても、ゲームだと割り切ってやってる事はいつもと同じ喧嘩なんけども。
それでも正解ルートを探ってる時は、俺ゲームを楽しんでるわぁって実感する。
そんな話な。
──突然俺らを閉じ込めた石の部屋には、貧乏な占い師みたいな服を着せられた石像が六体立っていた。
どれも俺らを囲む感じでキショい雰囲気だ。
あー……まるで、パない事考えてそうなお転婆グループにでも目をつけられたかのような、あの感じ。
基本、そういう時は俺と女子友の愛莉でパーティーパーティーするんだけど、今はコイツだ。いいとこのお嬢さんとシネバカ喧嘩をしてから、らしくない不機嫌顔の空気選手。
とりま、動くのに邪魔になる石像をぶっ叩き、バラバラになった石塊を踏みつけて言ってみる。
「……キキさぁ、仲直りとかって興味あんの?」
「なにそれ。いつものリア充への勧誘か? ……良いんだよアレで」
「やぁさ、ある意味良かったんだろうけどもー」
「不服? 大体、力を見せるって嘘ついて、人を殺しにかかるヤベェ奴なんかと、お近づきになんてなりたくないから」
平行線になりそうな予感。
流石はアンチリア充。拒否力が鬼がかってる。
「あーゆー場合ってさ、死ぬ場面とは真逆の展開? 全く殺されなくて、むしろ無双云々を見せつけて『うぎぎぎぃ!』って悔しがらせるのが王道じゃね?」
「……何の見過ぎだよソレ。僕はもう、アレとは関わりたくないって──」
キキによるキキの為のキキ的な正当性が展開される場面ではあるが、俺が起こしたアクションで周りがざわつき始める。
「なんと野蛮な」「またしても失敗だ」「我らは性懲りもなく、悪魔を呼び出してしまった」とか。
密閉された部屋だと思っていたけど、実は外から覗ける穴があると。それはそれは作り手の癖を感じざるを得ませんなと。
「……暴れたのマズった?」
「んや。これでいいわ。石像があると詰むってかぁ──」
盛り上がる癖臭に、対象違いではと不安になる気持ちのアレだなとも言いたかったが……。「悪魔には悪魔を──」と聞こえて、冗談を吐く気が失せる。
代わりに、これから戦うわけだから場所は広く取った方が俺は好き……なんて言ったものだから、キキが。
「──貴様、さてはやり直しをしているな?」
「うわ。バレたか」
敵意が渦巻く雰囲気と戦闘体勢をとる俺。
自分の知らない何かが始まるようだと勘付けば、当然気付かれるってもんだ。キョドるキキを肴に、我無双なるゾと優美を見せつける楽しみが台無しっすわ。どうでもいいけど。
「何処からやり直してる? 何回目?」
「何処から。……街が現れた所からで、一乙……二乙の……今三回目だわ」
「……もしかして、降ってくる瓦礫の中を飛んだのが原因? 下手してぶつかったとか」
「違う違う。なんかさ、ゲロやばいのが襲って来て、皆瞬殺された」
思い出される黒い影。
成す術無く、女子達が倒され、キキと俺が叩き潰されるバッドエンドルート。
反撃も叶わず、過剰なストレスだけが残る糞展開。
だがしかしだ。今回は違う。ファイユ達はこの部屋に囚われず、俺らだけで相手をする展開だ。余計な事を考えなくていいし、自由に動き回れるときた。
それこそ、キキの言う『メッチャクチャ』にな。
「……大丈夫なのか? これって、そのヤバイ奴と一戦やるって流れだろ?」
「まー。大丈夫じゃね? ちな、俺ぇ……あと五分くらいは改像の時間が残ってるから。頑張っぞ☆」
前回、ちょっと粘ったせいで、俺の死亡が確定する時間が遠くなった。
……この五分。俺とファイユで作ってしまった死ねない時間を、今度はキキとで消化しなければいけない。でないと、『やり直し』が行われず、ガチのバッドエンドになってしまう。それって、ムカつく案件じゃん?
とか言っても、キキにとっては寝耳に水もいいとこか。
出来るだけ重く感じないよう、おちゃらけて言ってみたけど……なんか、顔色からして駄目っぽい。
「……五分て」
「俺らだけのパターンは初だからさ、キキも頭オーバー回転でよろしく」
「このやろう」
ともあれ、逃げられない状況ではあるからか、キキは盛大に溜め息を吐くも文句は止まった。
……して、無視していた男達の声はやがて一つのコールへ移り変わる。ビシビシと石壁が振動し、不穏が増す。
『 謔ェ鬲──! 謔ェ鬲──! 』
密室を破裂させるかのような声。
俺の小さな獣耳にはキツく、これにゃ敵わにゅと耳を塞ぐ。
「──なんて言ってんの……『シャ……んど』?」
「へぇ。よくわかんな、あんな音」
潰れた音の重複と反響。
それが『シャンド』と言っているのなら、きっとそれは奴の名前……。声は潰れに潰れていき、遂には大太鼓を叩き鳴らすような轟音と化した。そして、地面が紫色に発光し出す。
その光に纏われ、空気から滲み出る現れ方をする人影。
名を呼ばれ続け、遂にご本人の登場だ。
シャンド──。
俺らの倍はある身長に、ドス黒い全身は歪な枯れ木に似る。真っ裸なのか全身タイツなのかはどっちでもいいとして、不思議なのは頭部だ。
顔の凹凸が一切無く、あるのは輪っかを被った様に、頭を一周する白いライン。……それは、呼吸をするかの如く、ゆっくりと輝度を増減させていた。
「……亜種? アヴィさんの他にも……?」
完全に姿を現したのを契機に、男達の騒音がピタリと止んだ。ゆらりと、シャンドが俺らを覗く。
「 お客人、すまないな。オレは、こんなお遊戯会に付き合うのは恥ずかしくてキツいが……狂った悪魔役を担っている以上は── 」
俺達の敵対関係の始まりは、シャンドが放つボディブローを以って告げられた。
「──ヴ、ァ゛ア゛ッ?!」
腹に強烈な一撃を貰い、キキが涎を吐き出す。
「 オレの近くにいては危ない。少し離れなさい 」
言葉は優しいが、やってる事は強烈か。振り抜かれた拳により、俺らは軽々と吹き飛ばされ──石壁に激突した挙句、液と言う液をぶち撒ける。
「ゥヴ……ッ、カハッア……! ァう……ッ」
「キキ、意外と頑丈な」
初見でも見た光景なのに、何故か今度は胸の中のなにかがスカッとするのもまた不思議。
「オマエ……! 僕らだけでこんなのとやり合うルートを選んだのかよ!」
「しゃあねぇじゃん。もう一回言おうか、しゃあねぇじゃんっ」
でも流石にノックアウト寸前なキキに代わり、身体のコントロールを俺が独占する。
脚がガクガクと震えるが、心を鬼にして無理矢理立たせた。
「ホントはさ、さっきの謎キレからの喧嘩ぁ、最初は俺も一応仲裁に入ったんだぞ。そしたらお前ら、やな顔しながらも一緒に行動してたからな?」
「……わぉ。で、一網打尽にされたと?」
「そうだよ。だから、今回は好きにさせたよ。俺、黙ってたよ」
溢れる涎を拭い、シャンドを睨む。
次は、本気で殺しにかかってくる。
「ぁぁ……それで静かだったの。……なんか、ごめん」
「それ俺じゃなくて、ファイユに言えば胸キュン事案には持っていけr」
「 断 り ま す け ど ? 」
とま、キキも落ち着いてきたみたいなんで、冗談はここまで。
それと、シャンドが姿を変え始めたから、俺もガチモードに移行する。
──床に手を付くシャンドの身体がざわめく。
その様子は、俺らが行う獣衣装の変化と酷似している。
だが、奴の場合は人の原型すら留めない。完全にクリーチャーの姿……六本脚の大獣へと変貌した。
見たまんま『亜獣種』とでも言おうか。
それはゆうに四メートルを超える全高。
盛り上がった胴体に頭部がめり込み、頭の代わりに白のリングが大きく開く。全身を覆う黒い毛並みは燃える様に靡き、尾が畝る。
「ウソ……。ここ、みんなで開拓を楽しみましょうな世界だろ……?!」
「ミニゲームとして戦闘があるんでしょ。……あ、もしかして『狩り』って要素もあるんじゃね?」
だのなんの、新しい発見にワクワクする余裕はないのだ。
変化を終えたシャンドは、早々に俺らを仕留めに掛かって来た。
──亜獣種シャンドの第一撃。
これは前回と同じ。俺らを目掛けた突進である。
しかもソイツは、デカい図体を跳ね上げてからの落下をプラスした、エゲツない特攻暴撃だ。
「これは避けるー」
此方も獣触角を思い切り床に打ち付け、素早く宙に逃げた。途端、奴のリングが床に衝突──派手に部屋を揺さ振る……だけではない。
一瞬、床全体が白く輝くや、正に叩き起こされた様に弾け飛び──崩壊──平坦な箇所が一片残らず消え去った。
「し、しぬっ! これはしぬ!」
「それな。最初、これで乙ったんだぞ」
それより、俺自身もこうなったシャンドを相手に、どうすれば勝てるのかが分からない。
奴の立派な鉤爪一つからして、こっちの獣の手とは大違い。肉を引き裂く為の爪と、飼い主に手入れされた犬の爪くらいの差があるのだ。
正直言って、勝てる見込みはない。
でも、キキなら……キキならば、打開策を見つけてくれんじゃないかって、俺は期待して戦うまでよ!
「頭使えよ、キキ。プレイヤーキルはお得意だろっ?」
「なんかそれ、使う場面ちがくないぃ??」
リングを持ち上げたシャンドが四つの前脚を地面に打ち付けた。──いよいよ本番。
俺もせめて転ばないように。
脚場を慣らし、前屈みに構える。
対峙は刹那──!
閃く爪を翻して避け、回転をままに飛び上がった俺は、鉤爪で弧を描いた!
この五分──。
このゲームを、目一杯楽しんでやるさ──!
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