第三十月:雌雄決着【拠点落とし戦】──前半(分割2)『不都合な音』
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『好意は無い』。
ククと遊んでくれたゲスト君には悪いけれど、ただのモブに過ぎないヨソ者には、何の感情も持てない。
それなのに、こうも体が震えて、こうも怒りを抱いてしまったのは何の……。
「──ファイユ様、防衛放棄はダメです!」
隣から喝が飛んできたから姿勢を正す。
何でもない。私は何も思ってない。何もなかったんだから、思い出す事なんてない。
どうしてか緩んでいた気持ちを引き締め直し、森を睨みつけた。
数千の魔法樹の魂が作る濃霧が、紺碧を通じて遠くの景色を立体的に複製している。
誰かさんとの通話が切れた為に音声は無くなったものの、こんなの、いつもの調子に戻っただけだ。
私は紺碧とリンクした魔法樹の魂を全身に纏わせ、吸魂の双棒を構えた。
見上げれば降り掛かる瓦礫の雨。中でも、真っ直ぐに拠点へ落ちて来る物を標的とする。
それが大きかろうが何だろうが関係ない。
双棒を揃え、大きく腕ごと振り上げてみせた。
結果は思い描いた通り。紺碧でも生成された私の武器は、人よりも大きな石塊を打ち返していた。
「どうだっ、しゅげぇだろ!」
「ええ、惚れます」
返事テキトーか。
こんなにも勇ましく、拠点を守って見せたのに。……に。
紺碧とリンクした魔法樹の魂を私とおそろいに仕立てられたククは、私よりも多くの瓦礫を捌く。それも無言で。余計な言葉は、絶対に口に出さないと縛り付けているみたいに。──でもそれ。
「……怒ってる?」
「……」
この娘は、感情が目に出易い。
だから一目瞭然。答えなくても、『わたしは激怒しています』と言いたそうにしているのが分かる。
「ッ、しょうがないじゃん、あいつ馬鹿とか言うんだよ!?」
「……」
「っ、ファイユ様! 私はファイユ様なんだよッ? あの人が求めた『ファイユ・アーツレイ』になる事が出来た唯一人の存在! それを、あんな──」
「そんなに『ファイユ』に拘った末にキキ様と喧嘩をなさったのならば、罰として元の名前で呼ぶからね? 『アイリ』?」
主に向ける視線じゃない。
私と出会った頃の、『武器狩り』をしていたククのような、人を憐れむ目だ。
「やめて……っ、そんな目で、見ないでよ……!」
「ではファイユ様、拠点を守る事に集中しましょう? キキ様達が動きやすくなれるように、わたし達はわたし達で頑張らないと」
熱さを忘れた私の頬を、そして耳を擦るククに笑顔が戻った。
ねぇ、ファイユと。私の名前を囁きながら……。
【 ──待って待って。その話に興味がありますわ。聞かせていただける? 】
突然、聞こえるはずのない女の声に、私とククが驚いて振り向いた。
目の前にはあの女──!
悪魔のようなドレスを靡かせて宙に浮く敵の姿が、魔法樹の魂による霧で形取られていた……ッ。
【 アイリ? なぁにアイリって? 教えて下さいませ、あなたはファイユではないの? 】
しょうもない劇をそっちのけにして、此方へ来たのか。
貴女、本当に情報の果実ねと笑う部外者に、私は双棒を振るいつけ、追い払いざまに叫ぶ。
「アンタには関係ない! ってか、なんで声が聞こえて……何をしたの!?」
【 なにも? どうしてかしら? 駄々漏れなのよね、そっちの会話。通話は切られたと思いましたのに、不思議ですわね 】
私達を前に惚けて見せるか。ならば狩るべしッ。
首を傾げるついでに空中で一回転する女を仕留めるべく、まずククが踏み込んだ──!
「──フンッ!」
私と女の間にふと湧いた様に現れたククの、刀剣による一突き! それを見て合わせ、私も紺碧に変化を与える──。
【 あーら。ワンワンはお腹が空いたの? でも今は、アタクシとご主人様がお喋りをしている最中で── 】
刀剣は女の目先で止められていた。恐らくは寄生結晶辺りの資材による透明な壁。──そうくるだろうと思ったよ。
吸魂の双棒を模していた私の紺碧に、ククを模していた紺碧を吸収──一体化かせ、一瞬で肥大化させるッ。
「私はアンタと喋る事なんて、もう無いわ──!」
バチ棒から棍棒へ形状進化させた私の紺碧は豪打を魅せた。
女の前に展開されていた壁が一振りで崩壊した音が、爽快感たっぷりでテンション上がるっ。
【 ね、ねえ、待ってってば! お喋りしましょうよ── 】
一振り目でそれなら次の一打はどうかな。
振り終えた初手の棍棒を捨て、もう片方に握っていた二つ目の棍棒を現してやるッ。
コチラが本命──渾身の一撃だ。
振り抜いた棍棒は、女の片腕と脇腹を喰らい終え、地面へと衝突して砕け散った。当たりが浅かった。避けられてしまったのか、致命傷には程遠い。
【 ァ──……ッ、もう、つれないなっ、ちょっと話すくらい大目に── 】
では、もう一手!
捨てた棍棒はすぐさまククの形に戻り、再度、刀剣を突き立てた猛進を繰り出した!
「……──ッチィ!」
でも──、そのトドメは空を切ってしまう。
完全に直撃コースを行くククの攻撃だったのに、飛来した男によって標的を奪われたのだ。
【 客席に飛び込む演者があるか! 怪我してるじゃないか! 】
【 ──ぁンもう、それより凄い美味しそうな情報を食えそうなのっ! 離しなさいな! 】
お相手さんは、もう劇どころではないみたい。
悪魔の翼を生やした黒い男女が建物の屋上に留まり──。
そしてあの女は嬉しそうに、『アイリ、あいり』と唇を踊らせやがる。
【 アハ♪ その名前が何なのか知らないけれど、貴女達にとっては、とても都合の悪い音色なのかしら? 】
「──ッ、……降りて来なさい! そしたら、今度は私の秘密を口走っちゃうかもしれないよっ?」
【 降りるわけないでしょ。馬鹿じゃない? 】
「──誰が馬鹿だ、こノ女……!!」
ただ嘲る中での馬鹿発言ならまだしも、あんなにこやかに馬鹿と言われるのは、これ以上無いレベルで腹が立つ。
私達が手を伸ばしても触れられないのをいい事に、あの女は座り──脚を組み、月を背にして尚も喋る。
【 やぁ……馬鹿でしょ。なぁにさっきの喧嘩は。あの男の子を殺すつもりで雌雄決着を承諾なさったの? 】
「……だから、私の目的がなんであろうが、アンタには関係ないって──」
【 はいはい、関係ありませんわね。……でもね、アイリちゃん。このアタクシの淫意を催すような気持ちは発散させて欲しいの 】
劇に集中出来なくなって困っておりますのーなんて言う、あの軽い口を塞いでやりたい。
けど手が届かなくて、鳥が枝から糞を垂らそうとする描写に似た、女のお喋りを儘にしてしまう。
【 ひとつ。あの男の子は何者? 】
「知らない。本人に聞けば?」
【 ふたつ。あの男の子は、貴女にとって何? 】
「死に腐れ」
【 みっつ。あなた、男性に興味ないの? 】
「……は?」
何故に、その質問になったのか……は、分からないわけではないけども。
少し、プライバシーを侵害しかけている言い回しに、私はどんな顔をしていたのだろう。死角から襲われたような反応をしてしまった私を見て、あの女は頬杖をついて微笑んでいた。
【 別にレズっ気を疑ってるのではありませんのよ? ただ何となく……自分が興味を抱けないモノに対して、残虐になれるタイプなのかなって思って 】
とかなんとか言いながら、石を放り投げてくる黒女を殴り飛ばしたいのだが。
地味に私の怒りを持続させてくるついで、奴はこうも言い出した。
──あなた、可哀想ね。
少し強く投げられた石を払い飛ばし、意味の分からない文言に吠え返してやろうとした。……が、指を鳴らした音に言葉が止まる。
そこに、間、髪を容れずに私達から近い建物の玄関戸が、乱暴に開かれた。すると中から──、
【 んぇええ゛い゛、悪魔め!! これ以上好きに暴れさせてなるものかあッ!! 】
迫真の演技で出て来たのは、槍を持った……男?
台詞からして、彼も演者の一人なのだろうけど……。
【 ──ぁ悪魔ァア! ……あ、あくま……あれ? 悪魔ぁー……え? 】
「……え?」
クク越しに私と目が合った槍男は、だんだんと声に力が無くなっていった。そいで不安に駆られたのか、実に分かりやすくキョドりだすものだから、流石の私もお察しだ。
(ああ……台本と違うんだね)
それでも槍男は、辺りを見回した先で女の姿を見つけるや、「悪魔ー!!」などと叫び、元気を取り戻したようだ。
しかしながら女は乗らない。
もう台本なんて棚上げ状態。その代わり、美味しそうな木の実が落ちてるぞと言わんばかりに、ちょいちょいと私に指を差して見せた。
再び、私と目が合う槍男。
そして、何故か不敵に笑い出す槍男。
続いて一歩、また一歩と近付いて来る槍男。
【 ……はぁあ゛ぁ……。逃げろお嬢さん、オレ様は今、悪魔に操られている 】
「台詞が棒ですが……?」
アドリブが下手なのかって話は抜きにして、彼から感じられる危険な空気は本物だ。それを前に、ククが私を庇い、槍男との距離を保とうとする。
この合間を女の声が割る。
【 よっつ。──アイリちゃん、その子、殺せる? 】
「は……。はぁ?」
周囲の崩落音が一時的に止む合間に響いた問い。
これが、開戦の合図だったらしい。
思わず女を見上げた私の視界に、槍で貫かれたククの身体が現れた。
「──クク……ッ!」
けれど襲い来た槍男の大きな駆体を止めるようにしがみ付いていたククは、彼の首を抱え、勢いを奪って倒し込んだ!
「んッ──紺碧の、強度が……足りません!」
そうだ。私もククも、紺碧で形取ったのは子供の姿。そんな小さな身体で、大の大人を押さえ込む事なんて──!
「ファイユ様、離れて!」
ククが叫んだと同時に、槍で損傷させられた部位が崩壊し、自由を得た大きな手が私へと向かう!
【 ……男性からの愛を感じたくないの? 女よりも強い腕力があるのに、それを使って屈服させる真似なんかせず……優しく撫でてくれる温もりを感じたくないの? 】
遠くで何か言われてる気がするけど、今は取り込み中だ。
肩が、握り潰されそう。
脚に膝がめり込み、起き上がれもしない。
【 男にチヤホヤされるのって、とても気持ちいいの。逆ハーレム? いえいえ、そんな低俗なものではありませんわね……。例えるならぁ 】
無視安定!
動けないのなら壊すまでだ!
顔を殴られそうになる寸前で、私は私とククの紺碧を自壊させると、拠点としていた紺碧へと収束させたッ──。
兵装姿のファイユ・アーツレイが動き出す。
当然その駆動力は分離体の比ではない。槍男が事態を把握するよりも早く、顎に膝蹴りをお見舞いし──鬼畜い図体を宙に浮かす。
勿論トドメはこれ。
ぎゅるんと身を翻し、会心の突蹴りを決めた!
──完璧に決まった私の得意技を受け、槍男は涎を撒き散らして吹き飛んでいく。そうなれば、後はどうなろうと知るか。彼が地に沈む姿などには目もくれず、私は女を見上げた。
【 ……例えるなら、『主人公』かしら? 求められて、貢がれて、愛されて。そう思いませんこと? 】
「何が言いたいのか分からないから。ダラダラ喋ってないで、さっさと言いたい事言って終わらせてくれない?」
【 ン? 良いですわよ、もう一度言いましょう。……『あなた、可哀想ね』 】
──刀剣を形成させる。
刀身を伸ばしに伸ばし、女目掛け、叩き下ろす!
建物は両断された。だけど、女を斬った手応えは無く──。
【 女から明確な拒絶を表された男は拗らせますのよ 】
刀身を戻し、空中を漂う影を標的と捉えて──今度は思い切り投げつけた! 威力は知っているだろう。雷が織り成す様な轟音を伴い、空を切る紺碧が尾を引き、派手に散るッ!
【 そうやって殺意ばかり研ぎ澄ませて、それを向ける相手も間違えて 】
躱された。
地に降り、紺碧の欠片が舞う中を、女が歩いて来る。
【 大事なモノ以外はどうでも良い。故に人を傷付けるのも厭わない。何も感じない。だから、アイリは嫌われた 】
吸魂の双棒を形成。防御特化を──!
【 可哀想。かわいそう。カワイソウ……! 】
「クク、お願い──」
【 彼も可哀想。貴女を嫌ってしまって、もう……あなたを愛せない 】
ほんの一瞬、目を逸らしただけだった。
大量の紺碧の破片が視界を埋め、景色が回る。
──私を成していた紺碧が、砕け散っていく──。
【 そして……アナタは、もう愛されない 】
そう耳元で囁かれ、一撃を胴に受けた私は──……。
◆