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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:かなづちを持った配達人
53/107

第三十月:雌雄決着【拠点落とし戦】──前半(分割1)



 

 結果から言うと、釣果平凡、



 キキ達との通話の最中、サクラはすぐ騒ぐ人に絡まれた。

 ……ティルカ・アーツレイってお偉い様である。

 どうやら、サクラが瞬間移動出来る秘密の資材『歯輪』を使っていた所を見ていたらしくて、叱りに来たみたいだった。

 話が長くなりそうだと思ったサクラは、持ち前の機転の良さを発揮して、見事走り去る事に成功した。

 ──そう。何を隠そう、あの時のサクラは、ファユ姉から預かった破れたケープを修繕屋に届けるという大切なお仕事の真っ最中だったのだ。


 それを伝えたお陰で、ティルカ……『イルカちゃん』がサクラを追ってくる様子は無かった。実に素晴らしい話ではないか。


 そして、無事にお仕事を終えたサクラはと言うと、その足で『歯輪』の補給任務についたのだ。

 あのままククお姉ちゃんからのご褒美を貰うために、お姉ちゃんのお部屋に向かっても良かったのだけれど、世の中何が起こるか分かったものじゃないんだ。

 だから、歯輪を使い切っていたサクラには、必要不可欠な任務として無視出来なかったのである。


 歯輪の補給はどうやるのか。

 それは簡単。歯輪を持ってるトグマ・アーツレイから奪い取ればいい。


 サクラにとって、言うに易し動くに易しな任務はすぐに終了した。なんか知らないけど、トグマが焼き桃がどうのこうのと独り言をしていて、隙だらけだったのだ。


 でも残念な話も出来た。


 奪い取れた歯輪が少なかった事。

 根こそぎ取ったと思ってたら、トグマ自身が歯輪をそんなに持っていなかったからだ。

 彼もお仕事で大変な時は、歯輪を使って色んな所へ瞬間移動をするから、多分そのせい。


 タイミングが悪かったっぽいので、また後日、奪い取りに行こうと思う。──さて本題。


「──……ククお姉ちゃん?」


 古魂の郭の上層階にあるククお姉ちゃんの部屋に来たけど、明かりがついていなかった。

 まだ、帰ってきていないらしい。


 女の子の部屋とは思えないくらい、武器類で溢れた空間に飛び込むと、自動で天井が開き、現れた光石板が全てを照らす。


「……足の踏み場が……」


 元々は壁やショーケースなんかに飾っていたのだろう武器達を避けながら、二人用のテーブルに辿り着く。

 そこにもナイフやバールのような物が置かれているけど、肝心の桃が無い。そもそも、この物置部屋みたいなところに食べ物が備蓄されているのかが怪しい。

 ククお姉ちゃんは普段からファユ姉に付きっきりだから、ここには滅多に戻って来ていないような気もする。


 なら、ファユ姉のお部屋に行った方が良い……。


「ダメ。ファユ姉って、部屋を特定されるの嫌うし。何処にあるのかわからないもん」


 出入りだけなら自由なここで待つのが良い。

 とは言えとも。


 一面ガラス壁になっている所から外を見る。

 空はすでに暗く、樹都の光が星空を凌ぐほどの光を浮かべている。


 こんな時間になっても帰って来ていないのは、何かあったからじゃないのか。

 もしそうなら、ご褒美の桃を貰えるのはいつになってしまうのか。不安が募る。涎が引っ込む。ストレスがマッハ。

 なんだか、心配になってる方向が違うように思える気がするけど、そんなの考えたら負けなのだと偉い人が言っていた。まあそれ、ファイユって名前の人なんですけれども。


 と、その時に。


「──ぁ」


 ふと、ガラスに映る自分の目が燃え盛るように紅くなっている事に気付いた。

 夜行性である自身の体が、本格的に目を覚ましてしまっていたようだ。桃の事ばかり考えていたから気にも留めなかったのに、それが分かってしまうと、サクラはダメだ。


 手が震えて出し、足が床を掻き始める。

 ついには、こんな事を呟いてしまう。


「嗚呼──……暴れたいなぁ」


 獣族でもないくせに、どうしようもないくらいに押し寄せる野生的な衝動。

 でも、こんな所で騒いでたらククお姉ちゃんに怒られて、桃の話が無くなってしまうかもしれない。


 その方が嫌なので、夜になって絶好調なサクラは大人しく座って部屋の主が帰ってくるのを待つのです。

 そして、帰って来たら、いの一番に引っ掻いて──……じゃなくて、涎を付けてやろう。


 桃のお預けを喰らわせられた恨みと題して。

 とても楽しみだね。







挿絵(By みてみん)







 一瞬にして僕らの視界を埋めて来たアヴィさんの姿を見て、何故か『魔王が僕を拐いに来たよ』と泣き叫ぶ男の子の歌を思い出した。


 あれは一体何の曲名の歌詞だっけか──と思い起こす暇なんざ無いわ。


 アヴィさんの黒い手からは、僕をお客様として接していた時の柔らかさが消え、完全に悪魔の牙を想起させられた。

 そんな悍しい物が、何をしたか。

 目を見張るしか出来なかった刹那の刻、紺碧で形取られたファイユさんの首が一薙ぎで跳ね飛ばされ、そしてククさんの腹が大きく抉られたのだ。

 しかもだ。

 その直前、彼女が何と言ったか。


 「あら可愛い」──だ。


 そんな可愛いと思ったものに対し、躊躇のない凶行に及べるアヴィさんに、僕は改めて恐怖を感じていた。



「──ククさん、ファイユさん、大丈夫っ?」


 震えた声が出た。

 これに、


《 別に本体に喰らったわけじゃないもんね 》


 通話を通してファイユさんがブスっとしてそうな声で応えてくれる。ククさんも同じく、影響は皆無ではあるとしながら、


《 ……けれど、あれ? 何故でしょう。紺碧との視覚共有が……働きませんね 》


 見ても分かるように、二人は生身ならば確実に息の根を止められていた一撃を喰らったのだ。異常事態もその影響。紺碧の損傷が激しく支障をきたした……のだと、僕は思ったのだが。

 原因はもっとシンプルな事なのかもしれない。


「──え? なんだ、このシーツ……?」


 通り魔はいつの間にか去り、残された駆体には、どういうわけか大きな布が被されていた。それはまるで、遺体を覆うソレのようで……。


「見えてないのって、コレ? これのせい?」


 彼女達がどのようにして、この場を参観しているのかは定かではない。しかし、阻害されている要因がシーツにあるならと、僕はそれに手を伸ばした。


 ここで、もう一つ気付く。

 シーツに、僕の影が落ちている。

 レストランに備え付けられていた篝火は遠く、ここまでは照らせないから……これは何の明かりなのか──。


「……街灯?」


 振り向くと、この自然の中では、不釣り合いな西洋風の街灯が一本立っていた。

 煌々とする光を孕み、暗闇にいた僕らを曝け出す様はあまりに自然で、単に自分が気にも留めていなかっただけなのではと思ってしまうほど。……でも違う。


  違う。

      違うんだ。


そうじゃない。明らかに違う!


 異物だと思った街灯は、異物ではないと知る。


     この設備は、さっきまでは無かった光源だ!


「──ぇ、待って、は? ……──は!?」


 『自然の中』──!

 ここは『自然の中』だった筈だ!

 なのに、なんだここは……なんだ、この光景は──!


「どゆこと? キキ、どゆこと? 俺ら、どっかの街に飛ばされたん?」


 街──。

 そうだ。街灯だけじゃない。

 アヴィさんが突撃してくる前まで、僕らは切り開かれた雑木林の中にいた。


 しかし、今は街の中……。


    ──西洋風の建物が立ち並ぶ。


  舗装された道──大通り。


   僕らは今、見知らぬ街のど真ん中に立っている──!


「なにが起きたって……ぇ、あッ? 誰!?」


 周りを見渡していた僕は、シーツを見下ろしていた長身の男を目に捉えるや、思わず叫んでしまった。

 けれども、その男はそんな声には一切動じず、シーツの中のモノへ手向けるように胸に十字を描く。


「……間に合わずすまない。このような悲劇を繰り返させないのが、ワタクシの務めであると言うのに……」


 仄かに香る煙草の匂いと、日焼けした古本と似た肌の色。

 前世紀の探偵宜しく礼服を着た、とてもダンディーなオジ様だ。

 帽子を胸に抱き、見た目は子供の無残な姿を哀れみ、静かに祈りを捧げる仕草は紳士そのもの。


  ──とは言え。

         ──何処から湧いて来た、この人。


「ぁの、これ、なん……」

「少年。今宵は荒れそうだ。君も早く家に戻りなさい」


 理解が追いつかない。

 何が始まったのかわからない。

 事の説明を求めるのは駄目なのか?

 立て続けに起こる謎現象をただ見ていろと?

 家に戻りなさいって、ログアウトを推奨されている?


 混乱に次ぐ混乱で、言葉が上手く出てこない。

 何も言えずにいる僕には終始一瞥もくれず、オジ様は物知り顔で、意を決したように目を細めると、空を見上げた。


「……さあ、早く。怪我をしたくなければ──!」


 とても意味深な物言いに釣られ、彼を真似て僕も空を眇む。すると──、



「……? ……──あ」



 夜空を区切る建物の影端に、人の形があるのを見つけた。

 けれどそれは、人だとは信じ難い程に禍々しい輪郭を成し、此方を見下ろしていた。……だが、あの身の細さ……特徴のある鋭い手先には見覚えがあって……。


「……アヴィさん、だよな、アレ」


 間違い無い。

 服装が薄っぺらいドレスのような物に変わっているが、確かにアヴィさんだとわかる。

 と、そう直感した時、このオジ様の顔にも記憶にある顔が重なった。


 ──この人、アヴィさんの側近の男の人だ。

 名前は知らないけど、その渋い声色が僕を確信させてくれる。


 けど何?


 コレは開拓による光景?


 開拓を用いて街を作って、なにを始めたの?


 って、そう聞ければいいのだが、今このシーンに僕の台詞は組み込まれてはいないらしい。

 側近さんは事もあろうにアヴィさんを睨み、囁くような小さな声で述べていく。


「憐れな娘……悪魔の少女……。人の世で生きるのは、さぞ辛かろう……」


 ぅゎって言ってしまいそうになる台詞に加え、彼の体から異音が鳴る。


                  ──グチグチと。


          肉で肉に分け入るような。


 吐き気を催す音が鳴り続ける。


 聞いてるこっちが心配になる彼の異変は、背中の露出を皮切りに変異を起こした──。


「我々は去るべきだ。人と成る夢など、所詮……神が赦して下さるものでないと──解っただろう?」


 ずるりと、黒く変色する背より翼が……おどろおどろしい悪魔の部位が姿を現す。

 血に塗れ、成虫へと変わる蝶の如く蠢き、軈て飛膜を広げては夜風を産む。


「──さあ、貴女も。……身を剥がせぬと、人の皮を被り続けるつもりならば、ワタクシが剥いでみせよう」


 彼は羽ばたき、浮く。

 対し、ゆらりゆらり揺らめく遠くの少女の影も、新たな動きを見せる。鋭利と感づる片手を此方へ向け、彼を鷲掴まんとしていた。


「我らの日々は今宵まで……。さあ、帰ろう。全てを棄て去り、元の世へ……──!」


 言葉を奏で終え、空気を唸らせ飛び立つ男を見、かの女も影より離れた。そして、両者は加速。差し出された手と手は、瞬く間に衝突を起こした。



 その衝撃たるや──!



 二人を核に放たれる衝撃波は、周囲の建物を一斉に崩壊させて行った。

 ──ガラスとブロック片が絶え間ない暴雨と化して襲ってくる。それらを防ぐ手立てが無い結果は凄惨なものだ。


 当然のように、僕らの拠点が巻き添えを喰らった。


 デカいファイユさんを形取っていた紺碧の首がへし折られ、空洞となっている中身が晒される。それだけでは終わらず、肩、腕に至る様々な箇所が穿たれていくのだ。


 悪い事に、これで終わりではなかった。

 崩壊した建物の跡から再び新たな建物が生成され、またもや打ち付けられる拳と拳による衝撃で、二波三波が生み出されると来たもんだ。


「──クソ迷惑な闘いしてんじゃねえよ!」


 夜空を飛び交うとんだ悪魔の所業に、思わず叫び散らしてしまった。が、あの二人は止まってくれない。獣衣装で『ワタシ空気ナリよ』状態ではないというのに……!


 敢えて無視してやがる。

 そう来ると言うなら、今度は石をぶつけて無理矢理にでも気を引いてやる──と、した時に。


「……キキ様、あれはそう言う攻め方です」

「……へ」


 過剰なストレスを察せられたか、肩をさすさすされた。

 いつの間にやら、お腹を元通りに復元し終えたククさんが、するぅりっと僕の隣に来ていたらしい。

 見ればその後ろで、同じく頭を復活させたファイユさんが、被されていたシーツを怒り任せにぶん投げていた。

 

《 私を死体役に抜擢とか、皮肉めいてて良いセンスしてんじゃんっ 》



 ──劇場型陥落方法。

 彼らが行なっているのが、そう呼ばれているのだとククさんが教えてくれた。

 自分達だけの世界を作り、自然で間接的な方法で相手の拠点に損害を出させる手。直接剣を交える必要が無いローリスクな方法な為に、浮遊石を所持している連中──主に亜種らの常套手段になっているんだそうな。


 『まともにやれば負ける』と、さっきファイユさんが言っていた意味が分かった。それでも、このままでは──!


「ファイユさんッ、こっちも反撃しないと!」


 拠点の損傷状態を確認しようとしていた彼女の目が、ぐりっと僕を見た。

 

《 反撃ったってねぇ。アイツら浮遊石使ってるから、相応の開拓資材でもない限り撃ち落とさないんだよ? 》


「相応の……? 寄生結晶とかですか? でしたら早く、」

《 紺碧(アイテム)を介した開拓なんか出来ないの。私達がいる所からは開拓テーブルの有効範囲も超えてるから、やっぱり出来ないね 》


「──…………?」


《 ゆえにぃ、私達にとっての最善は、一早く相手の拠点を藻屑にする事! 分かったらすぐお願い。私は拠点を守ってるからさ 》


 そうして拠点の修復を始めたファイユさんに、何となく違和感を覚える。

 『開拓なんか出来ない』?

 ベチャードの皆さんは、こうしてバカスカ使っている様子なのに……言ってしまえば、僕らは開拓すら縛られている状況だったのか?



 ……なんの冗談っスか?



 頭数の差が数倍にも及び、拠点の仕上がりに明らかな優劣が付いており、相手が安全圏からの必勝ムーヴを完成させている反面、此方は縛りプレイ過多で無理ゲー必須?

 それなのにも関わらず、ファイユさんは雌雄決着の拠点落としを承諾したわけ?


「──あの、ファイユさん。これ、マジで負けて、笹流しを取り返せないって分かった上の雌雄決着なんですか?」


《 まともにやれば負けるってさっき……。んっとね、勝ちたいならキミが頑張れ。笹流しを奪われたキミが頑張るんだ 》

《 ファイユ様…… 》

《 ククは瓦礫の梅雨払いに集中ね。……勝負に勝てようが負けようが受けるのが私『ファイユ様』。そして、ファイユ様の代わりに頑張るのが、今回はキミ『ゲスト君』。この雌雄決着は、キミの為のシナリオだ。だから頑張れよ男の子 》


 通話越しの彼女の声は、恐ろしい程、機械的だった。


 ……確かに。

 あれだけ他の人に触らせるなと言われていたのに、まんまと奪われた僕が悪い。剰え、安い情報の取り引きにも安易に使ってしまったり。挙句、奪い返すのも失敗したり。

 ──でも、こんな仕打ちがあるか。

 ファイユさんは、樹都フォールの力を見せてあげると言っていたではないか。嘘なのか? 今、僕が見ているのは、樹都とは何の関係も無い僕の、劣悪環境(バッドエンド)だぞ。

 協力して取り返そうなんて発想が皆無で、ただ負け犬の烙印を押し付けようとしているだけ──! 更に言うなら──。


「それで良いんですかッ? 笹流しって、元々はファイユさんがククさんに渡した物でしょう!? 本当に取り返せなくなっても──!」


《 だって、私はファイユ様ですし 》


「だからソレ、意味が分からないって……ッ!」



 ──もうダメだ。笹流しは二の次なんだと確信した。

 紳士モードも社交辞令も礼儀作法も上下関係もクソも無い。


 本当に。


 この人は本当に、ただ、僕を死に追い込もうとしているだけで──!



「──アンタがファイユ様だからなんだとか知らないから! 大事な物を取り返す為の勝負事なんだから、フォールの力ってヤツを見せつけろよッ!」


《 は? ぇ、何その言い草。私への忠誠心は何処行った! 》


「無ェよ! 最初からねぇよンなモン、馬ッ鹿じゃね?!」


《 ばか……ッ、って! ゲストの分際で! ヨソ者の分際で……ッ、さっさと突撃して死んじまえよ!! 》


「出た本音! やっぱりな、それが本当の目的だと思ってましたぁ!!」


《 ……ぁ、あの、お二人……敵前喧嘩は…… 》


 降り掛かる瓦礫を刀剣で弾いていたククさんが、間に入って来た。紺碧で作られたレプリカだから、そんなに表情に変化は無いが……まあ、泣きそうな顔をしてるように見えた。


「──……っ、行こうハウ。こんな奴とは、やる事やったらサヨナラだ」

「おいおい……。チッ……しゃあねぇな、もぅ……」


 踵を返す僕に、ハウは渋々と言った感じで合わせてくれた。目標はベチャードの拠点だ。僕はそれ以上振り返る事などもせずに、地を蹴って大きく飛んだ。


《 ……キキ様……。ファイユ様が顔真っ赤で涙ぐんでおられ 》

《 泣くか!! ────っ 》


 いい加減通話もウザいので、コレも切っておく。

 途端、建物の崩落音に包まれた感じがした。

 あの女の声を聞くよりも、百億倍心地良い。精神を集中し直せる。──僕は改めてレストランを見下ろすと、一気に作戦を練り上げていく。


「なんだかんだ言って、この決着はつけんの?」

「こんなもので負けたら、僕は一生腹ワタ煮え繰り返ってるだろうから」


 飛んで来たブロック片に怒りを込めた蹴りを入れようとして空振ったのは置いといて、ハウが「で、どう勝つ?」と聞いて来た。


「……資材を奪う。まずはそれからだ」

「おぉ……アレか。おけおけ了解」


 僕とハウがレストランの前の篝火近くに降り立つ。

 資材の山があったのは、正面玄関からではなく別の入り口から通じる部屋だった。その扉は──……。


「──ぇ?」


 その時、僕の周囲が一変した。

 レストランの中じゃない。

 明かりが乏しく、ジメジメとした雰囲気の石壁の部屋だ。

 それに──。


「……おお、召喚が成功したぞ……!」

「勇者様だ──! 我らを悪魔から救って下さる勇者様が参られた!」


 僕を取り囲む様に並び立つ幾多の石像から男達の声が鳴る。

 下を見れば、何やら怪しげな魔法陣が描かれているではないか。



 外の悪魔。


       魔法陣。


           召喚、勇者様。



 なるほど、陳腐で阿保臭い三文芝居が続いてるってわけだ。



「クッソ。苛々すんなぁ……!」



 レストランの姿は無い。

 恐らく、これは目隠し目逸らしのつもりなんだろう。

 けれどもだ。

 今現在、僕はそんなものに付き合いたいと思える程、心の余裕が無い。普段なら楽しそうだとワクワクする所だが、本当に残念だ──。


「ハウ、今度こそ真面目にやろう。──メッチャクチャにしてもいいから……ッ!」


 食い縛る歯が折れそうだ。

 対して、この友人は溜め息をついて、


「……ガチで、しょうがねえな。ま、やるけどさ」


 僕が身体の意識を外した瞬間、景色がグルンと回る。

 ハウによる、鬱憤晴らしが始まった──!




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