表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:かなづちを持った配達人
51/107

第二十八月:一択肢『雌雄決着』

注意

チャレンジ精神が発作を起こしています。

人によっては読みにくいと思われますので、あらかじめご容赦下さい。




「──……あらぁ? そんな所でどうしました?」


 今さっきまでの会話が、まるで何事でも無かったようだ。

 アヴィさんは通話のコール音を響かせる僕へと歩み、手を差し出した。


 ニコリと口角を上げ、『お客様』を立ち上がらせようとする。その様子に、僕の目はファイユさんと表示された通話パネルに落ちる。


 ── 『笹流し』に何かあったら通話して。

   フォールの戦力を見せてあげるから──


「……ぁ、と」

「お客様?」


 さあ、お手を……と、アヴィさんが顔を近づける。


 善人。優しそうにも感じるが、さっきの……側近の男と会話していた時の顔を思い出させられる。


 ……あの、獣が肉を喰らおうとするように、卑しく吊り上がった口。


 来訪者を持て成そうなんて思っちゃいない。

 たぶらかして、煽てて、腹を曝けさせて喰らおうとする猛獣だ。


 この悪人。

 転生返りをお手伝いすると油断させておいて、襲い──資材を奪う連中。



    ──賊。



            ──奪う者。



 ……この差し出された手を取ったら僕らは貪られる。


 そも、転生返りさえ望んでいない事が知られたらどうなる。


 『お客様』と言う体すら無くなり、最悪……口封じもあり得るぞ。



    ああ……。


 ファイユさんからの通話のコール音が


    遠くに聴こえる。



 いっそ、通話を優先するか。


 コール音が途切れないのなら、アヴィさんの手を取らない口実にはなる。




          この場は凌げる──……。




 けれど、小刀『笹流し』を獲られ、木の珠の事情も抱えた状態で、ファイユさんと話をするって……ハードル高くないか。


 今度はあの権力者に恐慌させられるとか、身が保たねぇ。



     結局のところ板挟み。



   詰み?



                   っ……みぃ?



(……──いや、まだ詰みじゃない)



 まず後者をクリアしたら良いのではと閃いた。


 幸い木の珠はある。

 何故かハウがゲロリゲロゲロして、今手元にあるんだ。

 正直に、やっぱりありましたって報告すれば、ファイユさんだって言うて怒り立たない筈。



          ……筈っ。



 とあらば、残すは最難関──小刀『笹流し』の奪取。


 ステルスチートで奪取する目的は叶わなかったが、一か八かの方法が残っている。


 ハウにはレベル差がどうのこうので、下手に勝負を挑むのは止したほうが賢明だ的なネガティブ発言をしたが、……もう、この一択しかない。



  ──このアクションしか


            残されていない──。



「……? お客様、気分が優れませんか? でしたら一旦別室に──」

「アヴィさん!」


 彼女の指示で男達が動く前に、僕は彼女が羽織る毛皮のコートを掴んだ。

 僕の声に、男達の空気が僅かに漣立ったが、後が無い以上、止めるわけにはいかないっ!


「アヴィさん、……っと、これから」


 心の意気込みとは裏腹に、声が詰まってる。

 情けない姿に映ってしまっているだろうが、僕はアヴィさんを強く見据え、言い放つ。



「 十秒後、貴女が持つ小刀『笹流し』を奪います。宜しいですね? 」


「……はん?」



 直後、僕の左右に大人と同程度の大きさの二等辺三角形が出現した。当然、それぞれに【 はい 】【 いいえ 】と表記されている。

 ──やはり、雌雄決着はその意思を示せば選択肢が設けられる。あまねくものの管理が行き届いているのか、メニューパネルの一端仕様なのかは知らないが、事が思い通りに運んでくれるのはありがたい。


 でももう、後戻りが出来ない。


 片や、およそお客様に向ける表情だと言えない程、今、アヴィさんの顔は嘲笑で満ちている。


 彼女にとって、思った通りの布石なのであろう。

 「雑魚がイキリ出したぞ、みんな踏め」とでも言い出しそうな雰囲気さえ醸し出していた。

 しかしその横、先に声を荒げたのは側近の男だった。


「……──何を仰いますかお客様! 当店、その様なサービスは」


 抗議の声は彼だけではなく、周りの男達にも波状していく。

 聞き取れない量の怒号がレストラン内で反響し、これ以上のない多勢に無勢を知らしめられてしまう。


「……おい、キキ……」

「ん……? 大丈夫だって……って言いたいけどさ、これしかないじゃんか」


 獣衣装も解いている僕らに、完全に見つかっている僕らに、逃亡の術なんかない。──ならば、正面からぶつかっていく姿勢を示し、隙を作れれば──と。


「はぁいはいはい。みんないいの。黙って。……想定内ですわ♪」


 パンパンと手を叩き、アヴィさんがクラス委員長の如く息を振り撒く。荒れた雰囲気は一瞬で幕を引き、男達を静ませた彼女はにこやかな表情を崩さず、屈み、僕と目線を合わせた。


「お客様のご要望とあらば、喜んでお受けいたします──が、ひとつ条件を付けます」


 更に、四つん這いとなってズズイと顔を近づけて言う。


「奪えなかった場合は、その通話……『ファイユさん』と表記されている通話に、アタクシが出ます」



「──……は?」


 通話パネルを指先でなぞる様……。



   何を考えている。


            何をしようとしている。



 僕に向けていた、『カモがネギを背負ってきたので狩ろうと思う』的な歪み方をした顔を取り払い、かの森の権力者の名前を前に輝かせる黒いウエイトレス。

 ……昼間に出会ったアーツレイのアンチのような、分かりやすい私怨を漂わせてはいないけれど……涎が……。自身の強欲さが溢れ、顎を伝うもそれを拭おうともしない女に


          嫌悪感が沸く。


 綺麗に着飾っても賊は賊。

 物欲で性根が腐り、恥も恥と思わず、体のいい言葉並びで正当化を図る人種だ。

 そんな奴は、泥沼ガチャの飯ウマ動画でも作って、いいね稼ぎに可能性を見出していればいいんだー……などと、口に出せる最強主人公なんざやってないわけで。


「あの、いいですから……ッ、離れて」


 とにかく、その妙な匂いを放ちながら僕に近づかないでほしい。

 その一心を込めた拒絶の手を向けられたせいか、彼女は素直に退いてくれた。……でも、


「出ても良いと? ……ありがとうございます。それでは貴方様からの雌雄決着のお誘い、喜んで了承しますわ。……んふふふ♪」


 僕が始めた駆け引きは、誤魔化せない段階へと入ってしまった。


 この人がファイユさんとの通話に出て、何をしようとしているのかは知らないが、それを拒む理由も特に無いし。

 ともあれ僕は、これから始まる雌雄決着に備えようと、アヴィさんから大きく距離を取った。


「──ハウ、獣衣装!」

「ぉ。ヤりますかぁ?」


 何気に胸元の隙間から覗いていたハウが、待ってましたと言わんばかりに飛び出した。そして僕らは八秒間の様相変換へと入る。


「あは♪  それでは、アタクシも……」


 対してアヴィさんは開拓テーブルを展開し、早速指を滑らせていく。


「んじゃ、今度こそ俺が動かしてもいいよな? 蛇女とのやり合いん時と同じ感じで」

「……ッ、それでいいよ。でも、闘って勝つのが目的じゃない。要は笹流しを奪えればいいだけだからなっ?」


 身体に綿毛が生え揃い、眉から獣的な触角が飛び出す。

 熱くなった目を瞬き、改めてアヴィさんを睨み付ける。



 承諾から十秒。


 雌雄決着の開始時間となるや、僕の体が高く跳ねた。


「へぇ、速い子か」


 だが、アヴィさんはすぐに僕らを見付ける。

 やや高めの天井に足を着けた際の、小さな破砕音を聞き取ったのか。目が無い分、他の知覚機能が発達しているという事だろう。

 それでもハウは動じず、次の瞬間には、アヴィさんの背後へと降り立っていた。


 狙う獲物は細腰に納められている筈。

 毛皮のコートが邪魔をしているが、そこは獣爪の一閃が解決させた。


「──あ」


 コートはあっさりと両断され、彼女の腰肌が露わになる。

 無論、笹流しも──!


「アヴィっち、危ねぇ!」


     「後ろに居──、いや今度は上に!」


           「スケッチ急げよ、何やってn」


 目標が見えたからと言って、ハウもすぐには取らず、瞬く間にヒットアンドアウェイを決める。


 周囲を動き回り、相手を挑発。

 そうしてわざと焦らせた後に隙を見せて攻撃させるのだ。しかし、その瞬間にカウンターを喰らわしノックアウト。

 リアルでハウ──シュンが、ケンカ相手にやる攻め方だけど……──果たして。


「うわぁ……。折角のコートが……」


 一方のアヴィさんは此方の動きなど興味が無いとばかりに、床に落ちたコートの切れ端を摘み上げていた。


「ノリが悪いな、あの女」

「……いいよ、ハウ、すぐに終わらせよう!」


 彼女がそれを側近の男に「持っててー」と、僕らに背を向けた瞬間を好機と捉えた。


 ガラ空きの背。


 露出した小刀の柄。


 あれを奪い、その勢いのままに僕らは外に飛び出して、姿を眩ませる。


 一瞬で構築した逃走劇が、ハウの突撃によって幕を開け──!



「……──った?!」



 ──筈だったのに、獣化した僕の手が、アヴィさんの手前で止まった。


           何かに挟まったような感覚。


      何かに掴まれたような錯覚。


何かに押さえ込まれたような幻覚。



「……ふふ。引っ掛かった」



ゆるりと、アヴィさんが振り返る。


      同時に視界が白く閉じてく。


           違う。何かが現れてるんだ。


「……──壁ッ?」


 伸ばした手を飲み込み、僕らとアヴィさんの間に何かの塊がフェードインしてきた。手が抜けない。塊もろとも動こうとしても、重過ぎて動けない。


「ぇ、いや、ちょっと待てコレ……!」


 それだけじゃなかった。

 塊は生き物のように手を這いだし、二の腕、背へと移り──!


「ッ……キキ、ごめん。ちょい、立てねぇわぁ」


 あまりの重さに、遂にハウが膝をつき、やがて床に突っ伏してしまった。


「ウッソだろっ……。何だよこれ」

「あー、知りませんの? これは建築の際に使う加重資材『寄生結晶』ってものなのですけどぉ」


 まるで力士に乗っかられたような状態の僕らに顔を近付けて煽る女。「コレじゃあ、もう奪うなんて出来ないね♪」と、人の頭まで撫でてくる始末。


「それでは、この雌雄決着はアタクシの勝ちってコトでぇ……」

「っ──……く、ぅゔ……!」


 レベル差。知識量の違い。応用範囲の広さ。

 当然まともにやり合えばこうなると、分かっていた。それでも、目的を最小限に絞って……『奪う』ことだけに集中すれば良い線イケるかもって思っても、このありさまだったか。


 ハウが謎の権限『やり直し』をした様子もない。つまり、この場面──ベチャードとのイベントで、死に直面するルートが存在しないのだと考えられる。


(……はは。こりゃ、はらくくって、ファイユさんに訴えるしかないか)


 抵抗する気も失せ、僕らの頭上に表示された二等辺三角形に浮かぶ文言『コラプス 敗北』を見、大きくため息を吐いた。


「では失礼しますわね? お手々をお借りいたします」


 アヴィさんの勝利に男達も沸き立つ。そのあまりのうるささは通話を開こうとしていた祝福先を怒らせる程であった。


「えぇ……と。はい。みんな通話中は静かに! ……しゃてしゃて、本物がでるか、それとも偽物かな?」


 僕の手を使って開かれた通話のホログラムが、文字から三角形に変わる。

 それに合わせ、アヴィさんがコホンと第一声に備える……──そして。



《 ──ぃたら場面が蛻?j螟峨o縺」縺ヲベッドだよ。介抱してくれた女の子が、鬟滉コ九〒縺吶h縺」縺ヲ謖√▲縺ヲ譚・縺スープとか繧偵?√さ繧ア縺ヲぶっかけるの 》



「……ん?」


 今のは、確かにファイユさんの声だ。……が、何を言っているのか、よく聞き取れなかった。

 それはアヴィさんも同じだったようで、一瞬、僕を見られた。


「この人、誰と喋ってるのかしら。独り言?」


 だとしたら少し怖いけど。すぐ近くに小さいながらもククと思われる声もする。

 僕があまりにも通話に出ないから、暇を持て余して談笑しているんだろうな。

 何を言ってるのかは、本当にわかんないけど。


 ──すると急に、


《 キキ様、聞こえますか? ククです! 》


 あちらの二人の声の大きさが逆転した。その際、フェードアウトした言葉は聞こえなかったものとする。


「……クク? って、誰だっけ? 知ってる?」

「ああ、恐らくは、アーツレイに仕えている女の子が一人いましたでしょう。クク・ナナツキっていう。その娘かと」


 男達から返ってきた応えに「ふぅん」と鼻吹いた彼女は、あの二人へ第一声を放つ。



「もしかして、ファイユ・アーツレイに引っ付いてる……クク・ナナツキって娘?」


 向こうで、息を飲んだ音がした。

 それはそうだろう。彼女たちは、僕が出ると思い込んでいたのだろうから。

 ククの反応を受け、アヴィさんの顔が卑しく歪む。


「へぇ……ぇえ。じゃあ、本物なんだ。……本物のアーツレイの犬っころ(笑)」


 合わせ、野郎共もせせら笑う。


《 ……な、に? あなた、は、だれですか 》

《 クク、私が話す 》


 怯えたようなククの様子を見かねたか、割って入って来たファイユさんの声は、僕と雌雄決着をした時と同じく、苛立ちを含んでいた。


《 んっと。キキさん、そこにいるよね? 殴っていいよソイツ 》


 出来ませんが?

 腕はおろか、もはや全身に加重資材とやらが付着していて、まったく身動きが出来ない状態でありまして。


「あー。獣被りの男の子に言ってる? 無理だと思うなぁ。多勢に無勢だし???」


 そのとおり。

 例え動けたとしても、アヴィさんに雌雄決着を仕掛けた僕を警戒しない男が、ここにいようか。


《 あっそ。んなら聞かせて。キキさーん、ソイツらに何されたー? 》


 けれど。けれどけれども! 声だけなら出せる。

 藁に縋る思い。九死に一生を得る思いで、僕は圧迫された胸に力を込めて訴えた。


「ごめん! こいつに笹流しを取られた!」

「お客様、こいつて……!? こいつってお客様?!」

「せめてアヴィ様、敬ってアヴィ姫様でしょう!」

「彼氏ヅラかオイ! 言い直せ! 言い直せぇ!」


 なんと喧しい『知らねぇよ』の嵐か。

 そんな中で、ほんわかと「あはは、かわいいじゃない。言わせておきなさいな」なんて、遠回しに小馬鹿にしてくるレストランの姫が癒しキャラに見える。でもそれ以上に女神かなって思えたのが。


《 ……んー♪ 正直に言えて偉い偉い 》


 きっと怒ってなんかいないんだろう。

 そして、約束通り樹都フォールの力を見せてあげようと、ファイユさんの力強い宣言が響いた。

 ──すると、途端にハウが……いや、僕の後頭部辺りから、青い光が漏れ始めた。


「え、なんさっ? ちょいちょい?!」


 慌ててハウが獣衣装を解こうとするが、加重資材のせいで叶わない。


「なにごと? ……ぁ、やっぱり、この犬にも仕掛けがされていたか!」

「アヴィりん、お下がりくだしゃ──!」


 だが、放たれる光はここからだけではなかった。

 この建物の小さな隙間を縫って、外からも同じ色の閃光が差し込んでくる。


 ──やがて、光は僕らの頭上で収束を見せ、ついには形を成し始めた。



 それは、小柄ながらも、勇ましい姿……。



「──……ファイユさん?」



 そう。蒼い結晶のゴーレムを鎧として装備した、樹都の森の主──ファイユさんの姿であった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ