第二十七月:『約束したとはいえ、その展開になるの早くない?』(心の声)
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「──……なんで、わたしがまた通話を代行するんですか」
「私はホラ……けほッ、ごふぅ! 持病のシャクが……!」
どうにかこうにか亡者が犇く樹都の森を出、古魂を取り囲むように築かれたフォールの心臓施設『古魂の郭』に辿り着いたわたし達のお話です。
ひとまずの事。
ゲストの案内に協力してくれたキサクラに、ご褒美をあげる約束があるなと思い出していた。あの子と別れてから大分時間も経ったなと、遠い天窓を仰ぐ。
すでに外は暗くなっているから、夜行性のあの子を相手に手を焼くのは明白。「待ちぼうけ食らったから一戦やろう」とか言い出されたら一喝して収まる話にはならないし、何よりご近所迷惑も良いところだ。
だから今は早く帰りたい。
必死になって亡者の群れを撒いて来た後に狐のお遊戯に付き合うのは、本当にごめんなさいなのだ。
それなのにわたし達は、キサクラが待つ上層の部屋に向かう事なく、下層階で脚が止まっている。
理由はファイユ様が仰られた事……。
「あれぇ? あらあらあれま。大変だよクク! 勝手にゲスト君への通話が開いてしまったよ、どうしよう!」
「……閉じたら?」
わたしに通話を取らせたくてキャイキャイしているファイユ様が、「──彼らもフォールに引き返して貰って置いた方が良いと思うの──」との暴挙を為されようとしているからでありまして。
とて。
少々辛口でつっぱねつつも、しっかり通話に出ようとしているわたしでもありまして。
ニッコニコでなくてニッヨニヨなファイユ様の隣で、ゲスト君と表示された通話パネルを眺め──……て、何コール目だろう。
なかなか途切れない機械音にイラつく人が出ましたので、今度はそのご様子をどうぞ。
「ぅあ……。無視だ。無視だよ。私、特例特級のゲスト様に無視されてるぞ。え、私スゴイんじゃない? 凄くない?」
「のん。……やっぱり、怖がらせるようなコトをしたとかじゃ……」
「失礼な。ちょっと『紺碧』を引っ付けるのが手荒かっただけだし。それでも元気そうだったから気にしてないでしょ」
「気にして……いま目を逸らしましたが、本当にそう思ってます??」
それより、こんぺきをつけたと。
魔法樹の樹液に魔法樹の魂を宿らせた代物『紺碧』。
以前はなんだったか。確か、フォールの外へ出掛けられたトグマ様を追おうとしていた小さな獣に紺碧をつけて……わたしとファイユ様で、彼の瞬間移動の秘密を暴こうと監視用に使っていたんだっけ。
他にはアンチアーツレイな人に仕掛けて、陰口を吐いている現場を押さえようとしたり。
立場にうるさい人を驚かせてちびらせちゃおうぜー……とか。
思い起こせば、ロクなことに使っていない紺碧だ。今回はそれをキキ様に仕掛けた……の?
「ていうか、これホントに無視かな? 気付いてないなんてないよね」
この人の企みも目的も、どうせいつもの悪戯だろうとの一言で済ませてしまうわたしもどうかと思うが、鳴りやまなすぎるコール音に不穏を感じ始めた様子に同調する。
「そう……の筈ですが。……あ、もしや賊に出くわしているのかも」
開拓学を修了した新米開拓者が宮地を離れると立ちはだかる邪魔者『賊』による被害はよく耳にする。だからキキ様とも護衛のお話をしていた。
もしそんな状況下に彼がいるとしたら。
「じゃあ、ゲスト君は今、必死に逃げてる最中なんだ! 通話も取れないくらい躍起になって走ってるんだね!」
……なんとキラキラしたお目々で仰るのか。
身を守る術の乏しいキキ様方の事。わたしは、ファイユ様のように楽観的にはなれない。コール音を響いてせてしまっているこの通話は、逃走に不利となりうるのではないかと考えてしまう。
そう思うと頬から血の気が引くのを感じ、荒立てそうになる声を抑え込みながら言う。
「──切りましょう。余計な事をしている気がしま……?」
「……」
「あの……」と窺うわたしに、ファイユ様は「切りませんケド」などと言い放った。
「賊。いいじゃない。ゲスト君が苦戦ちうだってんなら猶更だ。私に助けを求めればいい。そしたら約束通り、存分に助けてあげるから」
「なにを言って……」
樹都の森の主であるファイユ様は森を離れられない。
あれら木々に宿る魂達の慰みモノとしての役を担う以上、このフォールから出てはいけないルールになっている。これを破ればどうなるか。ファイユ様だって重々承知の筈なのに、今なにを口にした?
助ける? それは言で? それとも武で?
「──……──ぁ」
まさか、紺碧で……!?
わたしとファイユ様の前でコール音を鳴らし続けるホログラフ、ゲスト君との文字パネルまで目線が跳ねる。
言ってしまえば、今まで悪戯目的にしか使ってこなかった紺碧で、よもや人助けを敢行しようだなんて──!
「ファイユ様……きっと明日、生肉が降りますよ」
「あなたが何を言ってるの」
周りの雰囲気に気を留めれば、開拓学校の帰りであろう学徒達が物珍し気にわたしらを眺めていた。中でも、ファイユ様と面識のある子は「こんばんわー☆」と話しかけてくる。
わたしは指に嵌めているファイユ様との結婚指輪を見られない様に隠し、「通話するなら、人通りの少ない場所に行きましょうか」とルーフへ誘う。幸い、学徒の子達とも声を掛け合おうとしていたファイユ様も「そうだね」と同調してくれ、とりあえず何の騒ぎも起こらずに済んだ。
……正味な話、この指輪なんて無くてもファイユ様から離れるつもりはないんだ。
わたしをアーツレイの傘下に入れる為の結婚。
わたしをファイユ様専属の護衛役として、誰にも渡さない為の結婚。
わたし達の感情が昂ぶった矢先の事故案件ではない、互いの今後を念頭においた理路整然な結婚。契約。約束。指切りゲンマン嘘ついたら針千本飲ぉますの重いやつ。
──の筈だから、色々と突っ込まれる筋合いなんて無いとは言え、学徒生はお構い無しに色めき立つ。特に百合厨と呼ばれる武闘派的な子には二度と捕まりたくないのだ。
なのに、ファイユ様は学徒生を見たら「ヤッホー♪」と、積極的に声を掛けてしまうから絶望だ。その中にケダモノが混じっていたらどうするのか。どうもしないかこの人は。
出来るならば、結婚ではなくてもっと別の契約の仕方があれば、そちらに変更してしまいたいと、わたしは日々頃々頭を悩ませてい──。
「クク、ルーフ着いたよ?」
「──んぁは? あ、そうですね。ここはルーフですね」
目をキツく瞑って猛考しつつ歩いていたから、言われるまで気付かなかった。
古魂の郭の四階ルーフ。樹都の森の高さと目線を同じに出来る場所。昼間は木々の匂いに包まれながら散歩をする人も多くいるが、こうして夜ともなれば不気味な雰囲気に落ちる為に、人通りが極端に減る場所。
フォールの街の光を木漏れ日のように浴びるわたし達は、未だ止まらぬコール音に向かう。
「……これはもう、アレだね」
「アレ……とは?」
「逃げた先に崖があって、遂には追い詰められて飛び降りた! でも、崖下には川があって、その急流に抗えずどんどん流された……。そして今、ゲスト君は気を失った状態で川岸に引っかかってるって状況」
えーと。
「確かにフォールの東側には滝とかがありますけど……」
「そんなアレな時には、誰かが偶然通り掛かって助けられる展開になるじゃん。男の子の場合は女の子が。女の子の場合も女の子が」
「その女の子は暇人か何か?」
ファイユ様の妄想が続きます。
「そしたら場面が切り変わってベッドだよ。介抱してくれた女の子が、食事ですよって持って来たスープとかを、コケてぶっかけるの」
「突然のドジっ子」
──で、その後なんやかんやあって、女の子の家に謎の組織が乱入して来て、エッチぃムード(?)が壊される等と聞かされる中──ふと見た通話パネルに変化がある事に気付いた。
コール音が止まり、通話が繋がっている──!
「キキ様、聞こえますか? ククです!」
「え、待って、これから私の出番が」
わたしは何かから解放されるが如く通話に飛びついた。
けれど、こちらの第一声に返ってくる言がない。
「……キキ様? 繋がってますよね!?」
《 …… 》
──小さな雑音?
遠くで、誰かが喋っているような。
「あの、キ──」
《 もしかして、ファイユ・アーツレイに引っ付いてる……クク・ナナツキって娘? 》
女の人の声だ。
誰?
《 へぇ……ぇえ。じゃあ、本物なんだ。……本物のアーツレイの犬っころ(笑) 》
キキ様と繋がる筈の通話から響く知らない声。
「……な、に? あなた、は、だれですか」
「クク、私が話す」
まるで、人見知りでも発症してしまったかのように言葉を詰まらせていたわたしを制したファイユ様が、その声と相対す。
アーツレイの犬っころとの発言は、アンチが使う上等文句であるが故、恐らく彼女も……。しかし、ファイユ様は気に留めず、柔らかい表情を崩さずに発する。
「んっと。キキさん、そこにいるよね? 殴っていいよソイツ」
「ブレない過激派」
確かに通話を開けたのなら受信した本人がいる筈。だが、
《 あー。獣被りの男の子に言ってる? 無理だと思うなぁ。多勢に無勢だし??? 》
女の煽り文句しか返ってこない。
多勢に無勢……。拘束されているのか。
わたしは彼の状況に畏怖を覚え、無意識の内に古魂の刀剣の柄を握る。これを抜いたとて、刃は届かないと知っていても──!
「あっそ。んなら聞かせて。キキさーん、ソイツらに何されたー?」
反してファイユ様は軽く受け流す。すると、
《 ごめん! こいつに笹流しを取られた! 》
多数の男の声と共に、キキ様の声が届いた。
けど、その内容が……!
「──ファイユ様……ッ?」
やはり相手は賊だ。それも大多数。
武器となる物も無いだろうキキ様が、逃げる術も絶たれて窮地に陥っている。
助けに駆けつけられないわたし達が成せるのは、解放の交渉か。けれど、賊にそんな弱味を握られそうな選択をしては、アーツレイの名に泥を塗る。……出来ない。塗ってしまえるわけがない……!
予想出来た展開だとは言え、そこに笹流しまで絡んでいるとなると案の定──。
すぐ近くで、プチッて……音がした。
音の出所など言うも煩わしい。
見れば、ファイユ様のこめかみに青い筋が浮かんでいた。
「……んー♪ 正直に言えて偉い偉い」
言いて、静かな拍手を四度。
そのまま手を合わせ、ファイユ様はスゥ……と息を吸って。
「……そんじゃ、約束通り樹都フォールの力を見せてあげますか!」
もう一度、次は力強く手を打ち合わせた。
その瞬間、樹都の森から沢山の光の粒──魔法樹の魂が浮かび上がると、一斉に発光!
「──ひぁっ!?」
それは正に、街の外をも照らしかねない、太陽のような光だった──!
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