ステルスチートの進路
◇
僕の日常は、『理想郷』のチェックから始まる。
髪を上げ、眼鏡を掛け、三台のモニターと相対す。
映し出されるのは、創作投稿サイト『アルペジア』にある『卯片築』と名付けたアカウントのマイページ。
ここに並ぶ投稿済み動画の詳細に迷い無く目を走らせ、いつもと変わらぬ『理想郷』の姿に安堵する。
さあ、次はどんな動画をネットに放流しようか。
悪戯もいい。ゲーム実況もいい。それも特段、常識人が見たら眉を顰めるようなものなら尚いい。
健全でリア充が集まるアルペジアに、そんな不適切と言える動画を流せばアカウント停止も免れないが、僕には関係の無い話だ。
どの道、善行だろうとも悪行であろうとも、僕の行いは誰も知覚出来ない。否、僕の空気の才によって、映させないと言おう。
誰にも気付かれない、誰にも知られない。
それが僕の力。空気になれる才能だ。
この才は幾十と並ぶ動画で証明出来る。
投稿した全てが再生数ゼロ。
日常で起きた暴力騒動の動画も、チートツールを使って廃課金プレイヤー達を叩き潰したゲーム動画も、何から何までゼロ再生、ゼロコメント、ゼロダウンロードを維持しているのだ。
これぞまさに空気。
我が空気の才によって、今日も変わらない光景がある。
我が空気の才によって、変わるはずのない景色を築けた事を誇る。
僕を僕足らしめる空気の才によって、『再生数ゼロを維持する動画集』は、卯片築ここに在りと、高らかに宣言出来るものであった。
────
体育館から逃げ出した彼を見届けたあと、わたしは目を伏せて溜め息を吐く。
生徒会長と一人の男子の間で生じた雰囲気がいたたまれないのか、生徒達のざわめきは止みそうにない。
かく言うわたしも、不安で脚が震える。人の目を潜り抜けてきた『卯片築』を柊乃さんと共謀して衆前に引きずり出せた事は正しかったと言えるのか。
もっと別の穏和なやり方があったのではと思ってしまう。
ともあれ、わたし達はやり遂げてしまった。後は彼自身が吐き出す番だ。わたしを満たしたのは罪悪感ではなく、達成感。そして慈愛心である……と。
体育館のざわつきは、徐々に静まっていく。
その空気を上手に使い、柊乃さんは生徒会の告知を安定姿勢を保ちながら着陸する飛行船のように、お淑やかな振る舞いで締めていた。
「……では、続いて一年生の出催告知ですね。はっちゃけて行っとこーう!」
とは言え、最後まで真面目さんは続かないようで。
愛嬌を振り撒きながらステージを降りる彼女を見終えて、これで完全終了かなと、肺に溜まっていた重い息を吐き出す。
「なあ、奈波さん」
そう気持ちを切り替えようとした時、わたしは声を掛けられた。
声の元を振り向くと、わたしよりも頭一つ分背の高い白髪の人が立っていた。
卯片築君の友人、友井春だ。
「知ってるよね? ……キズキって、自分が誰にも気付かれないって信じててさ。それを証明する為に、あんなチートコードなんてものに手ぇ出しちゃってんの。マジで馬鹿だよな」
そう思わねぇと、友井春は笑う。
『友井春の言葉』が、わたしにとって何の価値があるかはわからない。飽くまでも中立。わたし達の行動を否定するわけでも、卯片築君を擁護するわけでもなく……。
「でもさ──俺のシゴトを盗らねぇでくれる?」
彼は、少女漫画のイケメン様みたいにニカッと笑んだ。
シゴトって……。そう問おうとしたわたしの肩をポンポンと叩いた後、イケメン様は体育館の出口へ走って行った。……追いかけたのかな。
(? 俺のシゴト、ね)
なにそれとか考えても仕方ない。
わたしには無価値っぽい発言と捉えておきましょう。ここからの奈波葉月さんは、彼らとは無関係のか弱い女子学生に戻ります。
友井春君が何を起こそうとも、モブキャラの一人に撤しさせてもらいますか。
それからいくつかのクラスが出催告知をし、頭を飾った生徒会の告知までは盛り上がらないまでも、茶化し茶化されのお遊戯会みたいな時間が流れていた頃である。
唐突に何かが、わたしに飛びついてきた。
「クク! お疲れ?」
「わたしは、もうククじゃないですよ。柊乃さん」
こんな事をする人はわたしの知る限り柊乃玲奈しかいないので、直ぐに犯人を言い当てる。
案の定、わたしの背中に抱き付いていた柊乃さんは、人懐っこい笑顔を浮かべながら左隣に移動してちょこんと座ってしまった。
「私の中では、葉月ちゃんはクク。これ永遠に」
「それを言ったら、わたしにとっても柊乃さんは──」
「それよりどうだった!? 上手くいったかな?」
……本当にこの人は。わたしの事はハンドルネームで呼ぶのに……。
兎に角、学校屈指の美少女さんが、わたしからの評価を心待ちにしているので、そこはかとなく答えておく。
「……まあ、卯片築君には、良い薬になったと思ってますよ」
あれだけ自分の秘密を晒されれば、彼も起きたまま寝言を口走る真似はしないでしょう。わたしだってやるだけの事はやったのだ。結果は上々。これに協力して頂いた上級生の柊乃さんも、百点満点の出催告知だったと思う。
あとは野となれ山となれだ。
既に、彼の事は放っておこうと言う姿勢でいたが、この返答に対しての柊乃さんの囁きに、
「薬って、当然、劇薬だよね?」
「……え?」
思わず彼女を向いた。
「痛い目を見て懲りたので、これからは小さくなって生きますーなんて展開はいらないから。あの子、ちゃんと潰れてくれると良いね♪」
……笑顔だ。
柊乃さんは、笑顔を崩さない。
モテ娘の笑顔を魅せながら、黒いモノを吐いてきた。
なにそれ、わたしに、手で受け止めろと?
不本意ですわ。
「……卯片君が、加担してた証拠は無かったんですよね? なら別に放っておいて良いじゃないですか。わたしは、もう余計な事はしませんから」
今日の出来事は、これで終わり。手を打つ場面は、とうに過ぎた。事後処理は、彼のご友人に任せて、私達はいつもの生活に戻るの。……そう諭したつもりだったんだけど、この人は…。
「あそこに居なかったとしても、卯片築君がチーターだったのは事実。なら私はこう思う」
【 死んでしまえ 】と。
只でさえ低かったテンションにトドメを刺された最悪の気分ですわ。
「恨みを引き摺って来ないでください……。もう、分かってますよね?」
「──ぁっ……」
分かってますよね? わたしの一言が効いたのか、柊乃さんは膝を抱えて、顔を突っ伏してしまった。……分かってるって意思表示ですね。
意図せず、溜め息が出た。
彼女が抱いていたモノ。彼女が抱いているモノは、あの世界が終わってから全然変わっていない。少し呆れつつも、わたしは何も言わずに柊乃さんの頭を優しくも雑に撫でた。
いつの日だったか、あの時の二人を映すような光景を、ここでもするなんて思ってなかったな。
なんてコトを考えながら、わたしこと奈波葉月は、次々と移り変わる出催告知を静かに眺めていた。
────
「──そうして…… 僕は、この才能を『ステルスチート』と名付け……」
自転車を乗り捨てて自室へ。
「もう、僕は……『キキ』じゃない。……何も築けていない『キキ』なんて、呼ばれずに済むんだと……ッ」
震える手で、パソコンを立ち上げる。
「この、理想郷は、姉さんだって認めてくれる筈の、僕の力なんだって……!」
モニターに、理想郷が映し出される。
今の『理想郷』の姿、再生数ゼロでは無くなった動画集が……映し出された。
「────ッ!! ぅ……ぁあ゛ァアああ゛あ゛……ッ」
滅茶苦茶にりきむ手で目を覆う。
現実を否定したくて、ひたすら怒りの爆発を繰り返した。
そうしながら、怒り狂う身体とは別に、僕の意識は何処か遠くにいて……。
茫然と物思いに耽っていた。
◇