第二十六月:任務達成条件『ステルスムーヴの成功』 (分割:下)
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「──……にんむ? え、ちょっと待ってよ。笹流しの奪取を任務にすんの?」
寧ろ『したいの?』と、ハウを覗き込む。
彼が試したいらしい『任務』のあれこれ。
聞けば先程、薩摩さんがアヴィさんに渡されていた光るパネル──新しい任務が記されていたであろうモノを見て、ハウの悪戯スイッチが入っ……もとい、興味が湧き立ったのだと言う。
「せっかくサクラから教えてもらった遊び要素じゃん? 使ってみても損はないでしょい」
「……いや、まぁ。確かに……そうだけどさ」
このサラセニアなる世界に滞在している以上、任務をこなして報酬を得る……言わば収入面の心得えは持っていた方が良いのは分かる。
でも……。
僕が言いたいのは、今それ必要? ってコトだ。
けれど、ゲームにハマっていく姿には素晴らしさを感じているし、こんな突き離すようなトゲのある反応をしてしまうのもいかがなものか──。
「えーと……求人板に掲載と……個人に委託の……どっちかを選んで……?」
「──ってぇ、もう任務パネル開いてたっ?」
ハウさんの行動が早い。
此方がネガティブな返答を躊躇い、如何にオブラートに包んで友人を宥めるかを考えようとした隙にこれだ。
描写も間に合わない進行の早さって、それどうなの?
「……報酬を決めにゃならん? 飛ばせねぇの、この項目」
「タダ働きコレ絶対な流れを作ろうとしないでほしい」
……しかしながら、それもお生憎様なようで。色々と試したかったらしいが、報酬の欄を前に行き詰まったご様子。
メニューパネルから『任務』を選択した後は、ひたすら折り紙のように開閉する同パネルと睨めっこしているハウなのでした。
「……あのさぁ」
なら別に、今じゃなくても時間に余裕がある時を見つけて、再チャレンジしたらいい。──そう諭す為、手の止まった彼を前のめりになって見下ろす……と。
「キキ、ちょっと手ぇ出してみ?」
「は? 声低いっスね……」
なんとまあマスコットみたいな容姿に合わないイケボですこと。キャラ性を無視して己を前面に出し始める成りきり配信者みたいだなとかなんとか思いながら、疑心が帯びるパーを差し出してみる。
──するとだよ。
「これを報酬にしよぅや」
「──くぁ……ッ、おぃこらぁ……」
一瞬、綿毛の体が異様に膨らんだと思うや、この野郎ゲロリと木の玉を僕の手に吐き出した。わぉせんきゅーだでぃ的な展開の再来である。
「ちょ、コレ……アレだろ。ククっていうか、ファイユさんが探してるってヤツ……!」
いつの間に回収していた?
ネクロの洞穴で、突然現れた巨大樹に追われて拾い損ねたと思っていたのに。
「……そだよな? いや、そなのか? あん時取れなかったヤツではないと思うんけど」
「え。ぁ、取れてなかったん……んじゃ、何でまた吐き出せたし──ぃぃい゛ッ?」
不思議いっぱい奇々怪々な出来事を考察で花を咲かせるのは楽しそうではある。ったぁ言え、レストランから響いた二度目の爆発音は、僕らを話の本筋へと戻させたいようだ。
一度目の爆発音から間が空いてしまい、突入のタイミングを逃してしまったと思っていた所に起きた二度目のチャンス。
レストラン内の混乱は未だ沈静化に至っていないと踏めるのならば、急いで次の行動に移らねばならない。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ッ! この件は後にしようかっ。ハウ、始めよう!」
「セイセイ落ち着け。報酬はクリアでいいとしてさ、任務の名前はどする?」
ど う で も い い わ。
「テキトーで良いよ。『ああああ』でも『ふじこ』でもぉ」
「? んなら、『キキがお触りに可能性を見出しそうな件』で」
「無意味な意味深とかやめてほしいぃ゛」
友人がゲームを楽しんでいるのは良い。良いけど、リアルの延長で、僕を姉の様に貶めようとするのは頭が痛くなる。
かと言って、僕が顔を手で覆い苦心を表そうとも、こちらからのメッセージは既読無視が安定。挙句、ルンルン気分の彼は任務の個人委託の手続きを完了してしまったらしい。
ハウの手前で展開されていた全てのパネルが消えると、次は僕の目の前に四角いパネルが出現した。
勿論任務に関連した文言が並ぶ連絡板だ。
勿の論、ハウが有言実行した任務名と任務内容が表記されている。
「……ぁ?」
「あとは、今キキんトコに出た、【任務を受ける】【受けない】を選択するだけ……で、いいんよな?」
いいんよ。
言われた通り、確かに一番最後の欄にその様な選択肢が設けられている。
……でも、それ以前に内容がなんじゃいなコレ。
「黒い女から刀を取るついでに、その女の感触教えて……って、え? 柔らかい骨ですけど。え?」
「ぅわ。今言うん??」
理解が追いつかず、一問に一答と流していた僕を放っておいて、「ぅっはぁああっハッハぃ」と悶える綿毛の獣。
じんわりと……目眩いした。友人の性癖に付き合いきれねぇ。
僕は一度手を叩き合わせ、これ以上楽しんでられないと気を引き締め直すと、彼から委託された任務を殴るように了承と選択した。
「はい。試したい事は以上だろ? もう行くよ」
「へっほぉ」
なんだか蛇足の多い任務だが、やる事は変わらない。
僕は当初の目的と同じく、ステルスチートを使いながらアヴィさんから小刀『笹流し』を奪取する。
簡単に言えば、ステルスムーヴを成功させれば良い。
僕に課せられた任務は、それだけだ。
では今一度、ハウを服の中に。
次にアヴィさん達が潜って行った玄関扉と胸を合わせる。
施錠は……。
(──されてない。不用心だな)
挑戦的にも思えるが、案外やましい真似なんてしてません〜って事なのかも。『転生返り』そのものはオープンルールだから、秘事にする必要は無いっていう。
(……いや、単に開店中だから開いてるってだけかな)
一応、脅かし要素なんかも考え、ドアノブを回す。
キィ……と、少し扉を開いただけでムワッと溢れるアヴィさんの匂い。改めて嗅ぐと、本当に頭のネジが飛びそうになってしまう。
(ネジが飛んだら、取り巻きの男達の仲間入りとか? 冗談キツいなぁ)
正面玄関から見た店内は、僕らが通ったロの字の通路を頭上に一つのテーブルが備えられており……少し暗めの照明設定がオープンルールなんて糞喰らえな、やべぇ雰囲気を演出していた。
訳アリ物件かと顔をしかめてしまうが、これも好都合に捉えて、いざ先走り入店と洒落込む。
……足元が下に溜まった煙で見えない。
二度の爆発の影響だろうとはわかるけれど、この静寂は……?
もしかして、あの爆発は前のお客様とやらが起こした攻撃で、アヴィさん達は……やられてしまったとか。なら、この先にはみんなの成れの果てがゴロゴロしてて……。
背に滲む汗を感じ、生唾を飲む。
今まさに訳が出来ましたな物件に立ち入ったのかもしれない。ホラーゲームで培ったグロ耐性のスイッチをオンにし、ステルスチートを全開にして進む。
その時だ。この静けさを吹き飛ばす大声が──野郎共の絶叫が轟いた。
「そぉれはダメだあぁああ、アヴィりぃぃい!!」
「もうやめてくれェ……! そんなの、求めてねぇからあ」
「お客様あ! どうか、満足したと言ってくださいなっ……アヴィるんが、こんなにも──」
怒号にも似た悲鳴?
まさか、先のお客はアヴィさんが頭を下げても許さず、暴力沙汰を起こしている? ──なら、あの爆発もそいつの仕業か。
混乱が収まっていないとは好都合。更々に注目を集める対象があるとなれば、僕のステルスチートもフィールド効果を受けて威力割増しだ。
開いた扉をそのままに、連中の死角に入るであろうパーテーションの影へと滑り込む。すぐに次のルートを選別。男達がごった返す一角に隙間を見るや、食い縛っていた歯を離し、フッと息を吐く。
「……キキ、どうなってんの?」
「し。一気にアヴィさんに近づく。多分、行ける」
うなじに夜の冷たい風を感じた。誰かが扉が開いている事に気付く前に、いざ。
踏み締めた床板が軋む音を最後に、僕の耳は一切の喧騒を拒絶した。
完璧なステルス。自身の隔離。閉鎖。遮蔽。断絶。
周りで何が起きてようがお構いなし。ただ、歩く。単に、歩く。純粋に、歩くだけ。
半開きの瞼から見える床。汚い衣服と小汚い脚。原型のわからない木片を跨ぎ、黒い肌を捉える。
(……いた。あとは……)
アヴィさんは倒れているのか。
状況が想像した通りならば、それも当然に思う。きっと、無抵抗を貫いて許しを乞い続けたのだろう。彼女は今、直視するのも耐え難い悲惨な状態である筈。……そんな人を相手に物を取るなんて、良心が軋む思いなんだが……僕にだって譲れない事情があるんだ。
ここは心を鬼に、何も考えず、何事にも動じず、ステルスムーヴをキメながら任務をこなす。
そうして、僕は床に寝転がるアヴィさんに手を伸ばしぃ──……。
「──ッどふぅう゛?!」
接近第一考、意味わからない。
予想した通りに倒れていたアヴィさんの姿を見た瞬間、ガチで意味が分からなくて胸に詰めていた空気が爆出した。
アヴィさんの衣服は汚れ、避けた部分が多くある。これは爆発の影響だろう。ところが、当の彼女自身には怪我を負った様子は全く無くて……それどころか、元気一杯で接客に勤しんでいた。
「……どうでしょうお客様! ボロボロで、弱弱しく、艶めかしく横たわる女体は、お客様の趣味趣向にド嵌りするとの情報を元にした『ハードコア路線の着エロ』でございます! 興奮いたしますでしょう!?」
「ハぁ、はァあ、実に良いy。。。次はこう、それでいて手で胸元を守るようにして……そう! いいよお、すばらスよ!」
「…………ぇぇ」
そう言うお楽しみ中でしたかと。謝罪すると言っていたウェイトレスと我慢の限界を超えていたらしい客人とで、なんでそうなった。そんで、何で見入ってんの僕は。
真面目にステルスチートを発動──なんて雰囲気を出していたのに、これでは『堪らず覗きに来ました感』が凄い。
そんな不本意な立ち位置を恥じてしまったせいか、ステルスチートを保とうとしていた意識が薄れ、すぅっと視界が明けていく。と、同時に喧騒も。
「アヴィた、あんた十分謝ったよッ! もう恥の上乗せのフェイズに入ってるから!」
「お客様も、めっさ堪能しましたでしょうッ? 眼福でしょうッ? いい加減堪忍してあげてくださいな!」
「こっちにゃ、記録媒体がねぇんだぞ! 最高アングルに居座んなや!」
懇願から罵声に変わりつつある男達の野次が降り注ぐ。
だが、お客様であろう男性も引かない。
尚も目の前に転がるアヴィさんに、体勢はこう……こう言う表情で俺の脚の付け根を見てだのなんだのと、注文を付けていく。
変態だ。
変態なのか。
変態カメラマンだわ。
僕が呆気に取られ、男達の脚の合間で微動だにしないでいると、またハウが「どうなってんのさ」と聞いてきた。
「……お取り込み中だから、終わるのを待ってる感じ……」
「は? 見てえぞ。見てぇんだけど」
「誰がお前に僕弄りのネタ提供なんぞしてやるか」
服の中から這い出ようとしてきた友人をガッチリ掴むと、腹にまで落としてあでゃるてぃーな展開から遠ざけた。……こんなストリップ紛いな光景をハウに見せたら、こいつは後々我が姉と一緒になって僕の貞操を捏ね回してくるだろ。冗談じゃない。
かと言って、こんな過激でマニアックなものを観覧するのは、僕自身にも悪影響を及ぼし兼ねない。故、考える事を絞り、思考を安定させる。
そう、笹流しを掠め取る瞬間が訪れるのを待つのだ。
見れば、アヴィさんの服の背が大きく裂かれているではないか。
露わになった腰のくびれに笹流しの柄が見え隠れしている。あれだ。あれだけを見ていれば良い。大丈夫。彼女の黒い肌に密着していて取りづらそうだが、なんとかなる。隙を見てシュパッと奪い取るんだ。
しかし、次のお客さんの注文で、浮かせられていた腰が床に落とされてチャンスを失った。でも大丈夫。危うく男達に混ざって非難の声を上げそうになったが、お客の注文は終わっていない。
まだまだ、これからも僕のステルスフィンガーが炸裂する瞬間はあるさ。
耐えろ。耐えるんだ。わしゃ漢じゃけえ。見事に任務達成したらぁ!
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────
──
……そんなこんなで目が痛い。
僕が不動明王みたいな顔をして、着エロオフ会的な会場の空気になり続けて数分。永遠のように感じられた数分。
やっとお客さんから満足そうなお許しの声が出た。
ホクホク顔のお客さんがアヴィさんに手を振りながら、出口へと案内されていく。
アヴィさんもアヴィさんで、側近の男に毛皮のローブを掛けられるついでに、小さく手を振り返していた。
「……やり過ぎでは?」
「んー? アホ面にはなったろ。後は薩摩の出番さ」
「さて……」と、アヴィさんが奥で佇んでいた男に指を差す。出された指示は、当然次のお客様──僕を連れて来いとのもの。
「みんな、ボーッとしてないでお掃除! 次のお客様を通すよ!」
彼女の号令に、言葉通り放心状態だった男達が一斉に清掃へと走り出した。当然、慌ただしく動き出した『壁達』が捌ければ、アヴィさんのド正面に僕が現れるわけで。
(──ヤッバイ)
辛うじてステルスチートは保っていたとて、失敗例がある以上は挑戦的ではいられない。
「あらあらお客様、何故此処に?」なんて事になる前に、猫の如く壁際まで飛び退いた。これも冷静な判断を元にそう動けたのなら主人公っぽいが、悲しいかな……失敗に対する恐怖心ゆえである。
位置は、丁度アヴィさんらの後方四……五メートル。
プレイヤーキルをするなら絶好の間合いだ。
ゲームでよくやる状況。
心地よい緊張感。
「やあ……やぁ……。疲れたね」
会話が続けられる。
気付かれている様子は無い。
その他大勢の店員さんも清掃、修復で手一杯。
キシ……と床を鳴らしてみるが、清掃で少し騒がしくなった事もあり、側近さんもアヴィさんも気に留めない。
(──いける。わざわざ肌に触れなくても、取れる!)
任務完了を確信し、難なく唾が喉を通る。
再び床を軋ませても……大丈夫。前進──あと三メートル。
「……でさ、あの獣被り……どう思う?」
アヴィさんが真新しいウェイトレス衣装に着替えながら話す。
「どう……? 大人しそうで、代金を踏み倒すような真似はしなさそうかと」
「そね。アタクシもそう思う。……じゃなくてね、アレがどんなアイテムを復活させたいのか……かなぁ」
「そんなの、いつものように支払いの時に確認したら──」
「いやいや。あくまで『予想してみようや』って話よ。それはそれ、これはこれってね」
見てみなよ──と、アヴィさんは腰に手を回し、あろうことか僕から奪った得物を取り出してしまった。
緊急停止。奪取不可能。待機。待機。待機。
「改めて見てもそうだ。……これは、小刀『笹流し』だね」
「『笹……流し』……って、儀式用具の……!」
「そぉ。神様にお願いをする時に使う刀さ。……噂じゃ、随分と前に樹都フォールに流れたらしいじゃん」
それを何故、あんな子が持っていたか。
問いかける彼女の声色は卑しさに満ちている。
まるで、この後の台詞が金銀財宝の在り処だとでも言うように。
「フォールの連中が装備も出来ない彼に渡して外に出す……とか、意味不明過ぎだし。もっと別……盗んだか、奪ったか」
「そうなると、その目的は?」
「さあね。ただのコレクターなのかもよ? 転生返りで復活させたいものが、『笹留め』であれ『笹の舟』であれ、今時使い道ないし」
「けど賢いよね」と、言い払う手で、笹流しがアヴィさんの腰に納められた。
待機終わり。特攻開始。
「転生返りをアイテム保持に使うだなんて……。あの時すっとぼけて見せてたけどアタクシの勘を欺けるわけな──……なんの音?」
「……通話ですかね。誰のが鳴っている?」
……嗚呼、なんでこんな時に。
僕の手が笹流しの柄まで、あと数十センチにまで達した瞬間だった。
突然、通話のコール音が鳴り響き、顔の真ん前に『ファイユさん』との文字が踊る六角パネルが表示されたのだ。
店内に木霊する《 ピピピッ──ピピピッ 》の音に、周りの男達の注視さえ引き寄せられていく。
それが自分の真後ろから鳴っているのだから、アヴィさんが振り向くのも至極当たり前であろう。
「……あら、お客様……?」
言われ、僕が見上げると……この場にある全ての目が此方を向いていた。
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