第二十六月:任務達成条件『ステルスムーヴの成功』 (分割:上)
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そうして、夕闇が黒に落ちる頃。
樹都フォールの西側の丘にある林地帯に、大胆に切り開かれた場所があった。
この中央に備え置かれた一つの灯楼。
その明かりが照らしているのは一件の家……?
木の骨組みをベースに石積みで作ったっぽい……未発達文明の中でも更に辺境にあるような、味があって……とても雰囲気の良い民家である。
一見何の変哲もない建物ではあるが、僕らをエスコートしていたアヴィさんはそれが見えるや、はしゃぐように袖を引っ張ってきた。
「ささっ、どうぞお客様。あちらがレストランでございます!」
「レストラン? ……ええ゛? 本当に、これがレストラン?」
……なんだかイメージと違う。
レストランと謳うからには、もっとこう……カジュアルな恰好のカップルがテラス席でパスタを頬張っている光景があるものだと予想していた。
でもこれは、普通に住民がいそうな家で……なんと言うか、思わずジョークがお上手ですねと返しそうになった。
「コンセプトは、隠れた名店……でございますから。別に資材不足だからではありませんのよ?」
でも、アヴィさんがふふーんと胸を張って見せるのだから、本当にコレがレストランなのだろう。
それとは別に、そんな高慢チキな振舞いは彼女だけで十分なのだが、周りの男達までも真似するのは流石に余分である。雰囲気が喧しいとはこの事か。少し違うか。
「さあ皆、新規のお客様が御来店なされましてよ! 目に恥じぬ御迎で飾りましょう!」
アヴィさんの声高々な号令に、男達は駆け足になる。
棒立ちにされた僕らの前で、バタバタと忙しなかった彼らは民家の扉の両端に沿い、ずらりと並び立った。
そしてこの間……扉の前に立つアヴィさんがこちらを見据え──。
「──ようこそお客様っ。今宵は誰もが羨む特別な好事を送れましょう。いざ転生が──」
どっこい。
「ぁアヴィ助ッ! もう駄目っぽい感じ! お客様が、契約違反だぞコラァって言ってて──!」
絶対邪魔してはいけないようなタイミングだったにも関わらず、バッタンと扉が開かれ、一人の小綺麗な男が飛び出してきた。
「責任者出せとかぁ、詫び石よこせとかぁ! もう俺っちじゃ対応できないからぁ!」
「…………〜〜っ」
背中に縋り付かれ、アヴィさんから溢れ出す『この野郎感』ったらない。
けれど、言いたい台詞を発せられずにモニュモニュしていたその口は、溜め息を吐いた後で諦めたように綻んだ。
「あぁ……そ。うんうん、分かったよ。後はアタクシがやっておくから、オマエは休憩にでも行きなさい」
「ぅぁ……アヴィ助ぇ……」
申し訳ございませんと、彼女は僕らに向き直る。
「少し……お時間を頂けますか? 先客様のお見送りをして参りますので」
「あ、そうですよね。僕はそんな……はい、大丈夫ですから」
なんだか、奪う者としての卑しい顔を見た後で、そんな切なげなビジネススマイルを向けられると此方の調子が狂う。
しかし、ガタ落ちにされたテンションは僕のコミュ障みたいな返事を受けた後、すぐにカチ上げてみせた。
「おーっしゃ、皆! 尊ぶ謝罪タイムだ!」
レストランの姫たるアヴィさんは野郎共に向けてこぶしを突き出すと、女の奮起に感化された男達は短い咆哮で応えていく。勇ましさを芽吹かせる様──開くべき扉を制し、奮い起こした野郎共をさらに煽る。
「皆々、後に続け! そして心で学び、見て崇め! 我こそが誠の謝罪偶像なるぞぅ!」
超カッコいい演説に、野太い歓声が続いた。
いやそれ、中のお客さんに聞こえるんじゃね? ってテンションのまま、ベチャードの面々がどやどやと店内へと流れ込む最中──唐突にアヴィさんが踵を返した。
「薩摩ぁ」
呼ばれ、一緒になって叫んでいた薩摩さんが、まるで間違いを指摘されたかのように顔を固まらせていた。
周りの流れから孤立した彼へと、アヴィさんは男達を払い退けて近づく。そして「はい、これ」と、手の上に展開させた六角形の光パネルを差し出した。
「新しい任務だよ。内容は、さっき言った通り……。ほぉら、すたんばい♪」
「……ォゥ。ィェあ……」
薩摩さんの……瞬時に高まった緊張感が伝わってくる。
そんな震えそうな自身を再度奮わせるつもりだったのだろうが、欧米風な返事はぎこちなく、とても余裕がありそうだとは思えない。だが、渡す側の当人はそんなの関係ないと言わんばかりに、彼に『パネルを受け取った』とする事実を表した後、楽しそうに笑顔で手を振るのだ。
この場面だけを側から見たのなら、「あー、優しい先輩からのエールは応えないとだよね。薩摩さんファイト!」ってなるのだろうけど……。
さっき言った通りの内容って……言わずもがな、襲ってきなというアレだ。
はっきりしっかり聞いていちゃった僕に、そんな暖かい感情など抱けるわけがない。
「──薩摩さん……!」
さっきのやり取りから察するに、薩摩さんにとっても無理ゲーなんだろ。だったら、嫌なら止せばいいじゃないか。
けど、僕なんかがそうは思えど。
薩摩さんが藁にも縋る想いで、この組織に入ろうとしているのなら──僕にそれを諭す権利があろうか。
「……ぁ……と」
呼び掛けたものの、言葉を詰まらせていた僕に、薩摩さんは「へへ……」と笑い、サムアップを決めてくれた。
でも、やっぱりその時の顔は相変わらず異様に油ギッシュで、手に力など入っていない様子だった。
やはり止めるべきか、逃してあげるべきかと発言に逡巡してしまったばかりに、タイミングは流される。
一人の男がアヴィさんに使われ、此方へ来たのだ。
「それでは、貴方様はお二階の方へ。待ち合い室がございますので、さあどうぞ」
「あぁっ……と。……そうデスネ」
背を促され、アヴィさん達が入って行く入り口とは別に設けられていた端の扉に通されてしまう。そして、閉められる扉の向こうを振り向いた時、脚を思い切り叩いて気合いを入れる薩摩さんが見えた。
──レストランの中は、なんというか……想像通り。
未発達文明の世界を舞台にしたRPGゲームにある民家そのもの。いや、むしろ宿屋の雰囲気に近いかもしれない。
ベチャードの男に連れられ、木の板で組まれた階段を登り、一階のホールを見下ろせるロの字の廊下を渡って行く。薩摩さんの事も気がかりだけれども、こうなった以上、僕は僕らの事情を優先させるべきだろう。
そう思い直し、早速建物内に目を走らせると、ハウが声を潜ませてきた。
「……キキ、いつやるんさ?」
「まだ……。合図したら、獣衣装を解いて」
試したい事があるから……そう囁き返した僕に、ハウはオッケと頷いた。その最中も、前を歩く彼には気付かれないよう、隠れられそうな部屋──開きそうな扉を去り際にチェックしておく。
ホラーゲームでの逃走ルート確保の癖は役に立ちそうだけど、一番の問題はやっぱり僕自身にありそう。
……やはり、思い返してしまうラゥミアに対したステルスチートの失敗。
樹都フォールを脱出した際は成功した筈なのに、一体何が原因であんなことになってしまってのか。出来るなら、潰せるケアレスミスはクリアにしておきたい……が、このスキルは、あと一分もしない内に使わざるを得ない──使わないといけないんだ。
またやらかしてしまいかねない。
今度は大丈夫だとの確証など持てない。
けど、ここでちゃんと発動してくれなきゃ、最終的にあの超怖い権力女子に蹴られてしまう。
あんなのを喰らうのは、もう嫌だろう。
嫌に決まってるじゃないか!
(そう思うんなら──ステルス……。成功させなきゃな……!)
待ち合い室とやらは、その突き当たり。
扉の無い殺風景な部屋だった。
「此方で、ごゆるりとお待ち頂けます。何かご要望がありましたら、なんなりと申し付け下さい」
「はい。どうもです」
壁に数脚並んだ木の椅子。これに座る素振りを見せながら、丁寧な口調と小汚い風態がミスマッチな彼を見届ける。
僕からの注文は無さそうだと察したのだろう彼は、にこやかに部屋を出、入り口の脇に着いた。加えて僕らに背を向けた今がチャンスだっ。
「ハウ、今!」
「ほぃよ。オロロロ」
獣衣装を解く場合、装飾側が装備対象を吐き出せばいい。そうキサクラは言っていたが、何もホントに吐く真似事をしなくてもね。わざわざ効果音なんてつけてね。
「……拍子抜けするから、マジやめてくれっ」
「おっふ──」
元のちっこい綿毛の獣に戻ったハウを服の中へと押し込み、いざ空気に成る技に全力を注ぐ。
──ステルスチートの発動──……!
椅子なんぞ座らん。
来た道を戻り、居るであろう男の傍を歩く。際──。
「……ぁあ、ここからじゃ下の様子が見えねぇじゃん……。貴重な謝罪アヴィりんを拝めないとか、信じらんn」
……一人でブツブツ言ってるのは良い傾向。
吹き抜けの柵に身を乗り出している彼の後ろを失礼し、そのまま『開く扉』へ。
して、狙う扉に辿り着くとすぐさま開き、空気を飲み込む部屋に身を任せ、中に潜り込む。
最後は静かに、丁寧に、ゆっくりと扉を閉め、廊下のろの字も見えなくなった瞬間に、はふぅ……と息を吐いた。すると勝手に力が抜け、扉に額が擦れる。
「……はぁ、何とか、成功……かな?」
「おつかれ。余裕の空気っぷりはツボるわにゃ」
服から顔を出した途端、ぼひゅひゅと吹き出す友人を再度服の中に押し込み、僕は話を本筋に戻す。
「ひとまず第一関門は突破ってコトで良いとして、こっからだよな。如何にしてアヴィさんから笹流しを取り上げるかを考えないと……」
と言っても時間は無い。
独りで愚痴ってる彼が、僕らが居ないと気付かれる前に本番へと行動を移さなくては。
「普通に力尽くじゃ駄目なわけ?」
「絶対レベル差があるでしょ。ラゥミアみたいに、こっちの力量に合わせて相手してくれるとは思えないよ」
一瞬、雌雄決着! と大それた案も思ったけど、ラゥミアを相手にしていた僕らなんて、ただ逃げ足の速い低レベルプレイヤーに過ぎない。あんな化け物と渡り合えたのだから、PvPもいけるわーなんて話になるはずもないんだ。勘違いも甚だしい。
「ハウだって見ただろ。僕らから薩摩さん達に標的を変えた時のラゥミア……明らかに、パラメータ爆上げしてたのをさ」
「……あー……? そうだっけ? そうだったん?」
決して、僕らは強くない。
強くなってすらいない。
だから、雌雄決着はダメ。千パーセント返り討ちがオチだ。
「じゃ、どうすんの? また空気になったと思って近づくとか?」
「それしかないと思うけどさ……。でもそれだけだと、万が一も普通に起こりそうで怖……」
言いつつ扉に寄り掛かった時、さぁっと部屋の光景が目に入った。
(……ここ、物置だったのか)
僕の部屋よりも、ちょっと広めの空間にあったのは物、物、物、物、物づくし。
何の加工もされていない石塊や丸太、瓦礫と言う瓦礫でごった返していた。
「外に置けばいいのに、なんで部屋ん中に……ゴミ屋敷みたい」
「……あ、ちょいキキ!」
あんなモノに構ってる暇なんてない。僕は体ごとゴミから背けたつもりだったが、ハウが意に反して飛び出した。
「え、なにしてn」
ゴミを覗き込む綿毛の獣につられ、僕も近付いてみる……すると──。
「──ぉおっ?!」
そのゴミの山から、一斉に文字が浮かび上がったではないか。
それはネクロの洞穴で石の棺から《石工材》と表示された様子と同じ。という事は、この数十……もしかしたら百を超えているかもしれない文字が意味しているのは……!
「ゴミ……ってか、これ資材の山なんだ」
「やっぱなぁ。で、どする? 俺ら資材っての使い切って、今無いじゃん。……もらってく?」
新しいおもちゃを見つけた子供って言うより、単純な乞食根性とも取れる友人の積極性に万々歳。
──したい所だけど、僕はこれを条件反射的に「待って」と止めていた。
「……赤字。確かさ、ネクロの洞穴で見た時って、こういう文字は白だったから……」
それが赤で表示されている意味──……恐らくは。
「ヤバイ系?」
「やばいけい」
罠が仕掛けてある可能性が大。もしそうでなくても、これらは他人の所有物だと示しているか、採取可能回数が限界に達している証だとも考えられる。
(後者だと、回数復活……あるのかなぁ)
むむむの長考もしていたいが、流石に限界だ。
僕はハウを掬い取ろうと一歩目を踏み出した────途端!
「──ぅっわ?!」
足元から突き上がるような振動に交じり、床が崩壊するんじゃないかと思う程の爆発音が響いた……!
「ハウ、なんか罠に引っ掛かった!?」
「や、まだ触ってねぇからっ。一階から鳴った感じだろうさ、今の!」
まさか、部屋に入ったのがバレて下から脅された──? だとしたら、これからベチャードの男達がドヤドヤ押し掛けてきてもおかしくない。
急ぎ、ハウを引っ取ると扉へと走り、廊下に耳を澄ます。幸い爆音以降、騒音らしい騒音も無いようだが。
「……ステルスチート──!」
意を決し、空気に溶けながら扉を開いた。
外の様子は部屋に入る前と同じ……いや、僕らを案内していた彼がいない。現状、ロの字の廊下には自分たちしかいないのか。それなら好都合だと、僕は出口に向かって駆け抜ける。
手擦りを使って勢いよく階段を滑り下り、玄関戸を押し開いた。
(──行け……たっ!)
カチャンと……小さな音を立てて閉まった戸を背に、僕は建物から出られた安心感からか、情けなく脚を崩してしまった。
少ない火の光に照らされた草木。テクスチャ感を匂わせない星空。樹都フォールの街の灯りを遠目に、今一度息を吐く。目標まで半分の位置だ。このままステルスチートを発動させた状態で正面玄関を突破し、アヴィさんを見つけ次第、小刀『笹流し』を奪取する。
それが上手くいけば、再度脱出だ。
……きっと、成功する。さっきの爆発は気がかりだけど、彼女らがそれで混乱状態だとしたら尚良い。ソシャゲの期間限定ガチャも神引き確定なんだろうと信じて、今──運が来ている今すぐに行動を起こそう。
善って言うか、恐怖の払拭は急げとした時──ハウが「今、話してもいい?」と聞いてきた。
「──ぃ……ま……っスか?」
「ん。俺もちょっと、試したいコトがあってさぁ」
本当なら後にしてとあしらいたい……。けど、冗談を言おうとしているでもなさそうな彼の調子に、僕は「……なんでしょうか、若旦那様……!」と、歯を食いしばって自制してみせるのだった。
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