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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:かなづちを持った配達人
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第二十五月:『転生』を『悪意』と捉う




 ──『ベチャード』──。

  開拓専門サービス業を生業としている非公式組織。委託開地、又は各宮地を繋ぐ街道や雌雄決着に際する決戦場や設備一式の作成を手掛けている。

 しかし、これは昼の顔。

 夜となれば転生返りを望む者を顧客として招き、主要アイテムの入手を代行し対価を得る──等々の危険を伴う業務を行っているそうだ。



「──さぁさっ、お客様。レストランへの道の確保は御心配無く♪ どんなに険しかろうと帆を破る物など御座いませんわ」

「……大変有り難く存じます」


 ベチャードの男達は、紅一点たるアヴィさんと僕が歩く道を『開拓』で作ってくれていた。

 それはもう踏めば……ふかぁ……と沈む絨毯のような道だ。

 おまけに篝火のような光が薄暗い雑木林に照明を入れているのだが、その一つ一つは、薩摩さんが使っていた『光石』と言う鉱石だろうか。勿論それらを持っているのも彼らであり、暗い中を照らす演出として、とても素敵な光景を作っていると思う。


 ……って、そういった彼らの働きを見ながらこうも思うのはアレかもしれないが……。

 こんな大層な資材を持っているのに、どうして各々の格好が小汚いのか。照らしているのは暗がりだけではなく、そんな自分達をも露わにしているのはネタか? まるで風呂場の黒カビを見ているみたいなんだが。


 ひょっとすると、組織全体のパラメータ値をアヴィさんに全振りしているのかも。

 それこそ、重宝する最高レアを優先的に育成しているみたいに。

 リセマラ妥協したパターンの可能性もあり得るか。


「あら? お客様、緊張していらっしゃいます?」

「え、いえ。少し思考がメタい方向に行っただけで」


 かく言う綺麗所のアヴィさんはエスコート役だそう。

 僕の右腕に絡み付き、平らな胸を押し当てつつ花咲く様子で接待に務めていた。

 当の感触は……さて置いて、彼女が僕に寄り添う形にある事について、強く訴えたい事がある。



(なんだよコレ……理性が、飛びそう……!)



 これは最高レア固有の超スキルか。はたまた、とんでも効果を有した特殊装備か。

 ……どうであれ、考えるのを止めてしまうと正気を崩されそうな……とにかく変な気分になってしまう。



 なんかこう……不思議な位に昂られる気持ちっていうか。


 無性に人肌を求めてしまうような暴走感っていうか。



 近くで嗅がせられる彼女の匂いとか、率直に相対してくる時の顔の近さ、吐息……目の無い顔の上でサラサラと靡く長い前髪とか、他にも他にもヤベェ仕草でコンボをキメて来る。


 だが僕は、飽くまで外面を紳士モードのまま保つ。

 脂汗が滲む鼻先を拭い、考察に耽る事で欲望を抑え込む。

 其方さんの男共のようになってたまるか。故に僕は負けない子でいようと、内面は反抗的な態度で努め抜く。

 一見すれば前髪っ娘キャラに該当する彼女に対しても、ククの様にあざとい目の使い方などをされて心を掴まされる事はないんじゃバーカバーカと抗い続けようではないか!


 そんなこんなで目がグルグルと回りそうになるのを堪える僕の心境を知ってか知らずか、この人はしきりに資材の所有数を訊いてきていた。

 

「──……ゼロ? 使い切ったと」

「そもそも、そんなには持ってなかったので。さっき、あっという間に」


 これは言ってて本当に意味が分からない。

 採掘、採取を目的にネクロの洞穴なんて所まで入ったのに、何故にバトルをせにゃならんのか。しかもそっちがメインとか、本末転倒にも程があらぁ。


(キサクラに別の採掘場所を聞くにしても、またボス戦がある所を紹介されるのは勘弁願いたいし)


 では代わりに、アヴィさんに尋ねてみるのはどうだろう。

 ラゥミアの情報を薩摩さんに売ったように、このベチャードと言う組織は情報収集を積極的に行っているのかもしれない。

 であれば、きっと採取にうってつけのトレジャーポイントなども知っていてもいい筈。

 ……とは言え、僕をお客様として迎え入れている内に、その辺の情報も汲み上げられればいいのだが……そんな上手く行くものだろうか。


「成る程。もしや、お客様は転生されたばかり……? そんな状態で人魚の肉を奪取しようとするのは無謀と言うに尽きますよ……?」

「ほんとっスね。何の情報も無く喧嘩吹っ掛けましたからビビりますわ。二回くらい乙っても文句なんか言えませんしぃ」


 軽く喧嘩っ早い友人を煽りつつ、この自然な流れで僕は「それよりも『採掘』についてなんですが……」と問い返そうとした。……けど、寸で言葉が詰まった。


(──そうだ。今、アヴィさんから見る僕は、採掘ではなく『転生返り』について詳しく知りたい人だ)


 故に、採掘のシステムなんてものは知っていて当然の人でなくてはならない。何せ、僕は彼女らの『お客様』なのだから。

 不自然な発言はご法度。

 ここで阿保を晒せばどうなるかなど……火を見るより明らかではないか。

 だから、ここからの言葉選びには慎重さを心掛けよう。


「えと、アヴィさん達の……その、組織活動は長いんですか?」

「そうですねぇ……。どれくらい経ったのかしら」


 アヴィさんが一人の男を向く。多分彼女の側近だろう。


「九ヶ月」

「そね。きゅうかげつですわお客様。シの大地が森に成り果ててからですから、それくらいですわね」

「……市の大地?」


 ナチュラルにキョトンと聞いてしまった僕に、アヴィさんが「ここですわ」と笑う。

 彼女は冗談だと思ってくれたのかもしれない。それなら、きっとここが市の大地だというのは一般常識か。


「あー……あぁあぁ、そうでした。ここですよね市の大地。管理が行き届いてなくて森になったっていう」


 紳士モードを保ちながら爽やかに応対してみせる。だが、即座にアヴィさんが笑い飛ばし、「むしろ管理がガチガチすぎて気持ち悪いですわね」と手を振った。


 僕も笑い返すが、胸中は冷や汗ダラダラだ。

 しのだいちとやらの解釈を間違えたか。どうしよう。これ以上この話を続けるのは難しいか。内容を気にしないトークをするならハウのほうが適任ではないかと思え、頭に乗る彼を仰いだ。


「……俺ら、ここの人じゃないじゃん」

「……あ」


 ぼそっと言われ、そりゃそうだと気づいた。

 僕らは何処か遠くから来た田舎者だという設定にしておけば、多少の無知にも筋を通せる。ナイスだハウ。それなら、彼女らへの踏み込みを深く出来そうだ。

 ──では。


「えぇ……と。じゃあ、アヴィさん方はどうしてこんな場所でレストランを?」

「転生返りに必須な食材、ラゥミアの肉も手に入れられますもの」


 恥じるカウンター。ですよね感。


「お客様は? 何故にラゥミアと戦おうとまでして──あ、前に所持しておられた資材に、相当な未練を抱いていらっしゃったとか?」

「……へ」


 まるで、興味があるのはオマエの資材だけなんだよとでも言うように、この人は絡める腕に込める力を強めた。いやでも、前に所持していたとは……? 話の流れから察するに、まさか……アイテムロストを解消させるシステムがある?


「転生返りって、そんなことが出来る……?」

「? もちろん。それが目的なのでは?」


 転生と謳うからには、アバターには死ぬ過程が存在する。死ねば所持していた資材は全てゼロになり、一からのスタートを強いられる。しかし、転生返りをすれば、ロストした前の資材が復活する。

 それが、転生返りの利点だとすれば、流石は採掘を主としているゲームと言ったところ。

 救済措置にも遊び心があり、抜かりがない。


 ──無知様様でフンフン唸る僕に、アヴィさんは腕に絡んでいた手を腹へと移しながら声のトーンを上げる。


「ですが、お客様は幸運ですね! こうしてアレらの側に引き込まれずにいられ、且つもっと簡単に転生返りを叶えられる機会に巡り合えたのですから」

「え。あ、はぁ」


 苦々しく笑い返す僕に、周りの男達も「幸運だぞ」「幸せさんだぞ」「幸せ乙だぞ」との文言で追撃してくる。

 その脅されているようにも感じられる微妙な恐ろしさ。分かりますでしょうか?

 僕もされたくてお腹ポンポンされてるわけではございませんことよ?


「……あぁ、お客様が取り戻したい物とは何でしょうか……? 金剛石、それとも浮遊石? どれも魅力的な資材ではありますが……もしかして、記憶水晶だったりして」

「あ は は。センモンヨウゴ、ワカリマセンッ」


 彼女の怪しげな笑顔から顔を背けた際、男達の奥から僕らを見守っていた薩摩さんを見つけた。

 そこで、ふと聞いてみた。


「転生返りのアイテムって、誰が取りに行っているんですか?」

「我等の組織で、最も信頼を置ける強者が向かっておりますわ。彼なら調達任務の失敗なんて事は起こしませんので、ご安心を」


 彼なら……の部分だけ意味ありげに声が大きくなって、ちょっとビビりました。

 少し阿保な質問をした。しまったと思い、もう一度薩摩さんを見た所、あのオジさん……寂しそうに木を引っ掻いていた。

 

(ゴメンなさい。本当に。マジの意味で)


 薩摩さんをフォローしようかどうか……そう思っても、慎重さを欠く選択をしてしまえば地獄である。

 それ故に、僕に出来た反応は「楽しみですぅ」という、なるほどですね級の受け流しだけであった。


「何も、転生したばかりで難しい事に挑まなくても良いのです。……こんなご時世ですし、頼れる所には頼って良いのですよ。存分に♪」

「……それは……また」


 一瞬『お客様側』と『彼女ら側』の、どっちに立った上での発言だと勘繰ってしまい、血の気が引いた。


 果たして、僕はこの調子でいて良いのだろうか。

 話しても話しても、アヴィさんの文言からはお客様の資材についてしか知る気は無い──みたいなニュアンスしか受け取れないのだぞ。

 何か初心者にとって有益な情報を引き出そうにも、付け入る隙が無いと言うか……。


「なんて言うか……まぁ、有り難う御座います」


 このセリフも、転生返りをしたくて堪らないとする人の発言のは思えない。

 いよいよと彼女に目を向けられなくなった僕に、エスコート役の人物が、こう切り出してきた。


「……ほぉーんと、嫌になりますよねッ」

「はい?」


 アヴィさんが、僕の腕を掴んだままで身を離す。


「てぇ、んー、せぇ……いっ! もともとは、そんな特異な事象なんてありませんでしたのに。ね?」


 ……何を言わせようとしている? 「はあ、そっすね」か? 「ええっ! そうですね!」か?

 唐突な話の路線変更に思わず警戒してしまい、思考優先に口籠った此方には何の反応も見せず……口元だけで笑みを表す彼女が息を繋げた。


「まだ神様方があまねく世界であった頃は、秩序がしっかりしていて居心地も良かったのに。全ては、あの出来事のせい。お客様が被った転生も、これまでの苦労も」


「……できごと?」

 ほけっとした僕の返答が合図だったのか、途端にアヴィさんの顔が急接近した。


「あらら、ご存知無い? でしたら、とある『悪意』が作った『転生』の真相をお教えしましょう。別料金になりますけど」


 無一文なんですが?

 ついさっき僕の所有資材はゼロになりましてんって話をしていた筈だが。

 明さまに、何言ってんだこの人と言った顔をしてしまった僕の反応にはお構いなく、彼女は続ける。


「お客様、何も資材だけが等価対象になるわけではございませんわ。例えば……このような物でも、考慮に入れられますのよ?」


 服を、そして眼鏡を撫で、更にアヴィさんの手が腰へと回される。

 って、そこには小刀『笹流し』が──。


「あらあらぁ、これはまた随分とお客様の大きな御手にはそぐわなそうな一品が」

「はあ゛ッ?! それは無理──!」


 抵抗が空を切る。静止を促す手をするりと躱した黒い手に、ククから授かった小刀が握られていた。

 その瞬間、黒い彼女の周りに六角形の警告パネルが出現!


【 規定外の取引きを確認。これより、不正行為と判断されるまで十秒の猶予が与え── 】


 あまねくものの声だ。確か、この後カウントダウンが始まって……ファイユさんは身を引いた。

 だが、


「うーるさいなぁ」


 この人は警告には目も向けず悪態をつく。その同時、あろう事か周囲にパネルの破片が舞っていた。

 彼女はどうやったのか、己の行動を咎めようとしていた警告パネルを、触れずに破壊したのだ……!


「まったく、気が早いったら……。奪ったなんて思われては心外ですわね。これはこれからお客様が確実に得られる(さぁい)(じゆー)(よぉ)情報の等価品とさせておりますのに。ね?」


 暴挙。横暴。これぞ『奪う者』。

 順序を守って当たり前が通用しない相手。されど順序を守っていては得られぬ事もあるが故に、己で選ぶ最善を貫く相手。彼女の選択に悪など無いのだと、共感すら感じてしまう。

 ガラス片のように散り、消えるパネルには目もくれずに僕を目先一線に置き、言う。


「……お客様? この世界では情報は要ですわ」

 小刀『笹流し』を胸に抱え、


「アタクシが貴方様の為にお話しようとしている事は、必ず今後の活力に成り得るでしょう」

 その等価がこれ。僕の手には見合わない、華奢な刃。


「どうでしょうか。この情報……御求めになられますわよね? それとも──」

 突き飛ばすように、彼女は僕から離れて男達の中へと入った。



「──そんなものは必要無いと、奪い返してみますか?」



 到底『お客様』に向けるとは思えない睨みを利かす男達に守られ、アヴィさんは余裕たっぷりに微笑んでいた。


 ……むせ返る開戦臭。

 ここでの選択に正解なんてあるのか?

 この世界について知らない事だらけの僕らには、彼女が持っている情報はログインボーナス並みに必要な物かもしれない。けど、その等価が小刀『笹流し』だとは受け入れ難い。

 もし手放せばどうなるか……なんて、考えなくても明白じゃないか。


「あの、他のじゃダメですか……? ほら、この眼鏡とか」

「アタクシには眼鏡なんて必要ありませんもの。等価とはいえませんわ」


 ぐうの音も出ねぇ。

 なら、ホントに、買……う? しかない?

 ファイユさんにくっころされて、ククの失望を買う事になるのに……?

 言葉を詰まらせ、汗を滴らせる僕に最善の選択を見出すなど出来ようか。

 そもそも、どうしてこの人は、そんなことを言い出した──?


「──なっ、キッキ」

「……なんでしょう」


 何か、この場を打開する手でも思いついたのか、ハウが静かに言う。


「お前にやる気ないんなら、俺がやんぞ?」

 まあ、おそろしや。僕の友人が血の気の多そうな選択をしてしまいそうなのですが。

 アレが無いと困るんだろと、此方を察したイケメン台詞はキャー素敵だが、この状況では果たして……。


「なんも言わねってこた、オッケってこたな? じゃ、やったるぞ?」

「……考える時間を稼いでくれるなら、どうぞ」


 もう好きにして精神のバトンタッチである。

 ハウに体を任せた途端、一対の触角が鞭の如く撓りはじめ、顔はブレる事無く黒い女を向く。

 片足が地面をノックし、これから蹴りを入れますよと教えてくれる。


 流石は喧嘩野郎。多勢に無勢だろうが関係無しに煽る態度を見せ付けていた……の、だけど。

 ハウの出方に、こう反応した男が現れる。


「あー……お客様。今、何をなさろうとおいでで?」


 彼女の側近だ。

 数種類の獣の皮を腰蓑にしている彼が僕らに歩み寄り、責め立てるわけではなく、穏やかな口調で問いかけていた。


「あ? 奪い返してもいいんだろ?」


 対するハウは僕の手首をコキコキ鳴らしながら、喧嘩腰で言い放つ。

 さも当然の選択じゃんと言う、本名『友井春』ならではの頼もしい強気な態度ではあるが──これが引き金であった。

 


「はぁああ゛あ゛あ゛あ゛ッ!! 困りますお客様ァア!!!」



 穏やかだった男が急変した!

 更に、他十数人の男達も爆発的に声を上げ出す!


「お客様あ゛!! ああああ゛ あ゛ 困りますぁア゛ア゛  お 客 ざ  マあぁ゛ !! !!! 」


「あ゛あ゛  ンああ゛゛   い  ケま せんお客  ッ様 ぁア゛!!!  !     ぅおっきゃく さ   まア゜ァ!   ! !!」


「大変ッ    申し訳ェ    ございませァん    お    キャく       さあぁ゛    まあ   ア゛   ア゛あ      ゛       !  !          アぁッ      あ゛    ああああ゛  ゛!!!  !    !!!!!」


 喧しい事この上ないわ。

 加えて、唾の大散布ときたものだから、ハウも汚物を見る目でたじろいでいた。


「ぅゎぁ……ゃ、ぇぇ……?」


 粗相をしたのはお客様側だと思えない僕がおかしいの?

 当店員へお触りは厳禁となっておりまするぅ的な声も混じっている気もするので、悪いのは……此方なのか……?


「えと、ハウ……。も、いいからさ。無理しなくても、僕は大丈夫だし」


 今はアヴィさんのご厚意に縋るのも手だと言う前に、一瞬でヤる気を無くしていたハウを諭す。


「……そんなら止めっけどさ。ホントにいいのな?」

「そりゃいいに決まってるわけないじゃんか。だから絶対に取り返すよ。僕にだって手はあるさ」


 「な?」と、出来るだけ余裕があるように見せながら言ってみたが、へぇ、頼もしー等と声を棒にされて返された悲しみを喰らえ。

 ステルスチートを使えれば、こんな奴らを出し抜くなんて容易な筈なんだ。

 ラゥミアを相手に使った時は、何故か失敗したけれど……その前は成功してる。だから今度こそは──。

 こんな企みなど気付けるわけも無いだろうアヴィさんは、僕らが拳を収めた様子を取引き成立と受け止めたらしく、


「──素晴らしい! それでこそ転生返りをご所望される我がお客様でございますっ」


 嬉々とした彼女の一声に、荒れ狂う野郎どもが鎮まっていく。でも不完全燃焼ではあるようで、「お客様っ」「全く以ってお客様っ」「お客様の中のお客様っ」と、小声で吐き捨てていた。


「それで、肝心の情報って」


 小声だろうが何だろうが、男達の喧騒は聞くに耐えないので、彼らを制するようにしてアヴィさんを促す。


「ええ、もちろんお渡しいたしますわ。……ただ、全部をお話しするには、いささか物が足りませんので──」


 ……この女。

 お求めでしたらそれはそれでまた、追加料金を頂きますわ( はぁと )とか言いおった。

 最高に商売している人である。


「そうですね、この小刀に見合う範囲で言えるのは……」


 アヴィさんは、藪の合間から望める樹都フォールに聳えた巨大な樹を背にする位置へと歩み、人差し指を軽く立てた。

 フォールの街に明かりが灯り始める様子と共に、僕は彼女から渡される少ない情報に耳を傾ける。



「転生は、古魂の大樹を手中に収めたアーツレイの悪意により始まったもの……との見方が強いですわ」



 こんな程度ですわねと、手を開いて話を打ち切って見せた彼女は再び僕の腕にしがみ付いてきた。

 情報は渡した。質問は受け付けない。

 そんな雰囲気さえ漂うこの人──いや、男達も含めたこの組織は道作りを再開し出した。

 レストランは、もうすぐそこだと。次はお客様が望む転生返りに取り掛かろうと、彼女らは僕を無理矢理歩かせた。



 ──アーツレイ。

 ククや、ファイユさんが関わっているその名前に、どうしてそんな悪意が存在しているのか。

 こんな熟考のしがいがありそうな話……。おあずけを喰らわせられるのは、あまりにも美味過ぎた。


 結果気付けば、僕はアヴィさんに促されて──ではなく、自ら導かれる場所へと歩き始めていた程に。




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