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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:かなづちを持った配達人
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第二十四月:レストランの姫




 『立ち去れよ』と、何度思った事か。


 唐突に現れた数十人の『奪う者』に見つからないよう木藪に隠れ、もう小一時間ほどが経つ。


 最初は、単に獣道を通って来ただけだと思ったのだけど……どうやら違うらしい。

 あろうことか奴らは、この林地帯で『開拓』を行った。

 何が目的だ。あたしに気付いての嫌がらせか。それとも偶然、あたしと奴らの都合が重なっただけか。


 どっちにしろ、こっちの時間が無意味に潰されていくのは我慢ならない。……そろそろ日が落ちる。日付が変わるのも、あと六時間強ってところかな。


(…………チッ)


 この後の行路を走破しても、間に合うかどうか。

 『出来れば』ではなく、『必ず』回避しなくちゃいけない事なのに、刻一刻と時間が過ぎていく。

 何もしなければ……何も起こさなければ、この足止めはまだまだ続いてしまう。


 あたしは、ローブに忍ばせている片手斧を握った。


 相手が賊や亜種では、まともに戦わせてはくれないかもだけど。それが残念だとかは抜きにして、最悪逃げられそうな隙を突ければ合格点だ。

 ──では、やるか。飛び出すか。

 一人の亜種が紛れている為、勝算は薄い。けれども、希望的観測に止まる話でも、『古水鎚』の一打で切り抜けられる可能性があるなら……いっその事!



(──……ぁ)



 反射的に、茂みを搔き分けようとした手が止まった。

 視線を向けられた感覚に……。卑しい吐息で撫でられたような感覚に、戦意が凍る。


 恐る恐る、仰ぐ。


 声が漏れないように、呼吸を止めながら。


 幹の向こうから歩く音。


 長身の黒い人影が現れる。


 顔はあたしを向いていない。


 気付かれたわけじゃない?


 けど、奴から受ける視線は逸れる事なく感じられて。


 全方視野タイプだとしたら、まさか。



(あいつも亜種……。二人目がいたの……?)


 

 不意打ちは通用しない。


 希望が落胆に消える。薄いどころか、勝機を望めない。


 『前の』獣族としての『私』が、奴らに関わる事を全力で拒絶していた。



 ────目を伏せ、これを溜め息の代行とする。

 


 どうしようもない。


 何処ぞの女に喧嘩を売るのとは訳が違うのだ。


 とにかく、息を潜めろ。


 気付かれるな。


 離脱のチャンスを待て。


 捕われれば、あたしは人ですら無くなるのだ。


 血の気を抑えていろ。



 ────暫しこうして空気に徹していた時、遠くが騒がしいと気づく。


 宴でも始まった?

 まだ人数が増えるのか?

 それとも、なにかしらの小競り合い?


 ……なんにしても、状況を見なければわからない。勝手に騒いでくれるのなら、あたしが音を立てても気にしないでしょう。

 前者のこともある故、目を開けるのはそっと……。ゆっくりと視界に見飽きていた藪を迎え入れる。


 ──……幸い、二人目の亜種はいなくなっていた。

 言っても、奴とあたしとの距離は学校の中庭が収まるくらいはあったのだ。

 だから、そう簡単には見つからない……。



 ──?


(ガッコウ? ……なかにわって、何処のこと……?)


 ……?



 ……はい。少し、時間を無駄にした。

 今は余計な事に割いている暇は無いんだ。

 お仕事優先、目標第一。さあ行くぞっ。


 あたしは小さく頭を振って雑念を払うと、久方ぶりに藪を離れた。








挿絵(By みてみん)








「──それと、『食』『材』は?」


 夕日の逆光の下、仁王立ちしている小柄な人影が言う。

 冷淡であり、決して穏やかとは言えないお叱りスイッチの入った声色であった。

 対して薩摩さんはと言うと、


「……色々と、あってょ。そぃ……うん。上手くいかねがったなって」


 地面に両手を突き、膝を折り、手前の人物には目を合わさずに項垂れている。

 若干笑ってるように見えるが、あれは顔が引き攣っているのかも。


「そぉ。ふぅん。つまりは、相方がヤられて怖くなって逃げて来たんだ。へえぇ……ぇええ」


 女の人……か。

 薩摩さんから顔を背けて嘲るその人は、己を囲う男達にも嘲笑を煽る。

 罵声。恥辱。果ては子ども扱い。

 見た目は薩摩さんとそう変わらない汚らしい男達が、次々と敗北者を詰っていく。

 ラゥミアに勝てなかった。事実はどうあれ、結果を出せなかった事が薩摩さんを押し黙らせているように感じられた。


「──とは言え、どうしますかいな」

「そうだね……。肝心の食材が無いんじゃ……」


 喧しい一方で、女の人と一人の男が唸っていた。

 だんだんと小さくなっていく陽の光から、彼女らの風貌が明確になる。

 男の方は筋肉質で、獣の皮や骨で作ったような軽装備一式を纏う。他の男達も若干のデザインに違いはあるものの、どれも似たり寄ったりの風態だ。

 やはり、『賊』『奪う者』だと察した通りの人達なのだろうか。


 しかし、それらとは異なるのが女の人だ。

 彼女が着ているのはウェイトレスの衣装。それも妙に凝っていて、彼らとは違い決して安っぽいものでは無く、本物仕様に思える。

 

「『アヴィ』! 俺は負けたんじゃねぇんだよッ。単に情報不足だって! 戦略的撤退ってんだよぅ!」

「情報は売ったろ。オマエらが払った資材分だぁけぇをっ」


 男達の檻の中から薩摩さんが必死に食い下がる。もっと、もっと情報があれば失敗しないと。

 だが、アヴィと呼ばれた女の人は相手にするのは必要皆無だとあしらった。


「……何アレ?」

「……ムービー……だろ」


 イベントクリアの後はムービーが付き物だとか何とか、ハウに適当な事を投げつつ……。僕は彼女『アヴィ』の息巻く姿を改めて眺める。


 凡そ人間とは思えないくらいの漆黒の肌に、白から透明へと変わる(ミディアムヘア)。……亜種……か。フォールで出会った変態紳士のシュギさん程華奢では無いが、それでも人間の女性よりも幾分線が細いと思う。


 顔は……。

 目が無いのだろうか。

 口や鼻の凹凸はあれど、その上が皆無だ。

 どういうキャラメイクをしたらそう出来るのか、少し興味を持ってしまう。


「──『お客様』はどうしてる? まだテーブルに?」

「ええ……。噂に聞く『転生返り』が出来るってんで、そりゃもうニコニコしながら待ってヤスね」

「……仕方ないな」


 黒い顔を男達に向けた彼女が、「みんなで頭下げに行こうか」と告げた。すると、薩摩さんに対していた喧しさがグルリと向きを変える。


「そんな……頭を下げ……。アヴィりんがそんな真似なんかしたら、ギャップ萌えで皆が一網打尽にされるッ」

「そうだって! 健気なアヴィたんを見ちゃったら、ワイら見惚れて頭下げてる余裕なんざ持てねぇわ!」

「アヴィ様が頭を下げられても、お客様が図に乗らないよう……俺ら……全力で威嚇しておきますね……! だから安心して……頭を……(悶」


「ストップストップッ。最低限の信用は保つべきだからしょうがない事でしょうが。こんな組織でもそれくらいは……え、なんでみんなハァハァしてんの……?」


 見た感じ、何やら楽しそうではあるが……。

 出来ることなら関わりたくないなぁ……と、彼らから目を逸らす。その際、唐突に蚊帳の外にされた薩摩さんと目が合った。

 洞道で何が起こったのか、互いに確認したかった。でも、今の薩摩さんの状況からして近づくのは危ういか。それとも、この人達も僕らを空気扱いしているなら多少は──。


「──……? 薩摩さん?」


 彼は何か……目で訴えていた。

 何度も僕を払う様に動かされる視線。

 もしかして、逃げろ……と?


 ──その時だ。急に両肩が重くなり、見ていた光景が一瞬で切り替わった。


「なッ!?」


 背は地に。視界は空に。肩にかかった重さがより強くなる。

 そして、この重さの主だろう人物の顔が、ぬぅっと現れた。


「──あんたぁ、いい匂いすんなぁ。なんの獣っこだ?」

「ぃいッ?!」


 汚ねぇ顔。

 彼らの内の一人か。

 傷だらけのスキンヘッドが、何とも印象的っ。

 そんな、突然にして後ろから押し倒された貞操の危機感に、僕が思わず叫んでしまいそうになった直前──。


「よっし! 薩摩、どうするか決まったよ」


 アヴィなる亜種の人が、一身に注目を浴びる豪声を放った。


「転生返りの食材を調達出来なかったのは、我々みんなの責任だ。当然、ラゥミアの肉を心待ちにしているお客様には心を込めて尽くし、許しを乞い、お帰り頂こう」


 夕日が木影に籠る。

 残り陽でさえ照らせぬ黒い唇が、ニィ……と上がる。



「その後で、薩摩。あんた……お客様だった奴を 襲 っ て き  な」



「……──え……?」



「本来、アタクシ達が奪うつもりだった物に比べちゃえばショボ臭い釣果になる。だっが、それもしょうがない話なのはご存じだろ? なぁに、怪しまないよう誠心誠意を込めた振る舞いをして、馬鹿面にさせてから放ってあげるからな」


 それならオマエでもイケるだろ? と、彼女が言うと、周りの男達が笑う。それは、さっきの嘲笑とは違い静かで、とても不気味な卑しい漣のような音で──。

 流石にヤバそうな雰囲気を感じ取ったか、薩摩さんも口籠る。彼の実力には見合わない事なのだろうか。


 出来るわけがない。そう感じさせる手前のオジさんを察したのか、黒い女の人が言葉を足す。


「そうだぁ。なんなら、成功報酬を先の内容と同じにしてもいいぞ?」

「へ……。それって、ことは」

「そうだよ薩摩、喜べ。オマエを迎え入れてやろうって話だ」


 ……? 迎え入れる?


 薩摩さんは、言われた途端、にへらと口角を緩ませていた。

 その様子に彼女は振り向き。アタクシは優しいかと、元気に周囲を煽り立てた。これに、男達は間隙を挟まずに「超優しいぃいいッ」などと叫び散らかす。

 大変楽しそうで何よりな所で僕もそれに便乗して叫んでもよいだろうか。

 一緒になって叫びおった、この僕を抑え込むおっさんが垂らした涎に対する不快感をッ。

 

「──あ、俺ダメだ。ごめんキキ」


 突如、今まで物珍し気に事の成り行きを静観していた友人が僕を動かした。

 動いたなら結果が出るのも早い。ハウは一秒と経たない瞬間に肩を抑える手を振りほどき、一瞬で触角を男に巻き付けるや、勢いよくぶん投げてしまった!


 やはり触角の扱いに慣れた者が使うと見事だなぁとか、感心している場面ではなくなったのがお判り頂けるだろうか。


 僕らに涎を引っ付けた男は木に激突。「げっぷあッ!?」との無様な音と共に藪の中に消えた。

 当然、皆振り返る。

 最初に変な音を出した男を。その次に、存在感をアピールしてしまった僕達を。


「……なん……だ? オマエ」


 ウェイトレス姿の黒い女が、しっかりと此方を見ている。勿論汚らしい男らも。薩摩さんもだ。

 ヤバい。関わりたくないのに。世にも嫌な注目を浴び、僕のインドア体質が音を上げた。一方、


「いやさ、あいつ俺らに唾かけてくんだもん。キモイじゃんさ」


 ハウはアウトドア体質全開で、フレンドリーに言い放つ。

 よくよく考えてみると獣衣装を纏っているとき、他人目線からだとハウが喋ると僕が発しているようにみえるのだろうか。もし、ファイユさんのように獣衣装を知らないとしたら、今のハウの発言は僕の第一印象に悪く響いてしまうかも。

 やっと訳のわからない化け物から逃げられたのに、また厄介な展開になるのは頂けないのだよハウさん?


 男らは妙にフランクな人型の獣を前に互いを見合わせ、吹っ飛ばされた男の安否を確認しに行ったり……と、一先ず正体不明の登場人物は放っておく様子だ。だが、彼女の方は違う。


「ウチの者が不快な思いをさせてしまっていたみたいだね。申し訳なかったな、獣の君」


 男達が引き留めようとするも、差して警戒感を表す事無く。


「……へえぇ。君、いい匂いするね。なんのにおいだろ?」


 いい匂い?

 ハウの綿毛の匂いか。それとも、笹流しから香るククの匂いか。

 黒い顔のこの娘は僕らに近づくや、上半身に向けて鼻をヒクつかせる。


「……あぁ、そうか。これは、人魚の匂いだな?」

「ぇ。にんぎ……」


 そういえば、さっき上半身を中心にラゥミアの体液を浴びていたような。

 匂いの正体がわかると、彼女はクスクス笑い始めた。


「なるほどな。オマエもあの肉を目当てにネクロの洞穴に潜っていたってわけかぁ。……で、そのきちゃないミテクレから察するに、上手くいかなかったと」


 そかそか等と言い、憐れんでいるのか嘲ているのか判別しづらい顔を背けたアヴィさんは薩摩さんを向く。


「薩摩。オマエがあれくらいの調達任務をしくじるなんて、どうにも思えなくなってきてさぁ」

「……は?」

「ひょっとしたら、なにかをみつけたんじゃないかなって。どうなの、そのへん」


 終わったと思った話が戻った。

 彼女の突然持ち掛けた話に、男達も思い立つかのように「そう言われればそうだ」と口をそろえ始める。


「ぁ、えと……。いや」

「隠すことじゃないだろぉ? ホラ、何があったか言ってみ? 内容次第で処遇が甘々になるかもしれないよ?」


 途端、男達の騒めきが怒声のようなものに変わる。

 アヴィさんの『甘々』なるフレーズが引き金にでもなったのか、やれ「甘くなるんだぞゴルァ」だの「甘さ満点フル甘美じゃボケ」だのと、よく分からないテンションで盛り上がっていた。


 薩摩さんはと言うと、僕と彼女を何度も交互に見やり、そして──。


「……確かに……だ。俺は、『お客様』を見つけていたのかも……しれねえ」


 彼が何を言い出したのか理解していないのは、僕らだけか。脂ギッシュな顔になった薩摩さんの弱々しい声が、アヴィさんを中心に沸き立たせる。


「ほらぁ! ホラホラ聞いたみんな! 薩摩がお客様を連れてきてくれてたって!」

「見直したぜ、やるじゃねぇかよオ!」

「馬鹿糞こんのヤロウゥ! 俺ゃ、テメェが簡単に諦めて帰ってくるとか……おもってなかったんだかんな!?」


 正直な話、このままここで彼女らの掛け合いから情報を汲むのも得策かもしれないと考えている。

 あえて噛まれてみるも一興……とまでマゾっ気を晒すわけではないけど、あの集団の姫プレイみたいなやり取りには興味を唆られるってもんで。


「……なんか、ヤな予感がすんだけど。お客様ってなんさ」

「でも、アレはアレで面白そうじゃない? 化け物から逃げ回ってた後だし、休憩がてら見て行こうよ」

「? どしたよ。こわれたか?」


 こう言った奴らにはリアルでも絶対に関わろうとしない築が――とまあ、ハウが突っついてくる。

 確かに賊の集まりみたいだけど、理由は薩摩さんの時と同じだ。


「碌なことにならないだろうなぁってゆうのも分かってるから。……毒を食らわば皿までだよ」

「おぉう……マジマジじゃん」


 こんな僕らのヒソヒソ話を断ったのはアヴィさんである。

 彼女は此方に近づくや、口角を吊り上げながら訊ねてきた。


「お待たせいたしましたお客様♬ お客様は、早期の転生返りをお望みでしょうか?」

「んとその前に、出来ればその、てんせいがえりってのとあなた達の事を……もう少し詳しく知りたいのですが」


 紳士モードを開放した僕を見、アヴィさんは「それはそれはもう、喜んで!」と跳ねるように退いた。

 して、十数人の男達を背に両腕を仰ぎ開く。



「我々は転生返り専門レストランを築く流れ者。──『ベチャード』──と名乗る組織でございます」




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