第二十二月:逃走の可不可(分割:上)
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樹都の森に差し込んでいた陽の光はとうに失せ、光源は魔法樹の魂のみとなった。
この森で物探しを続けるには、いよいよ厳しい時刻に入る。
わたしは腰に携えた古魂の刀剣の柄を擦りながら言吹いた。
「──倉庫の下に当たる場所は、もう粗方見回りましたね」
「…………ぁぁあ゛……」
蒼白くなった頬を魔法樹の幹に寄せて、ファイユ様は絶望感たっぷりなダミ声を吐き出した。
『古魂の珠樹』は、未だ発見出来ず。
日が暮れる程に探しても見付からないとなると、もっと別の所に落ちたと見るか。或いは、偶然誰かが見付けて持って行ったと推すか。
いずれにせよ、こんな現状では珠樹に触れたハウ様が『種運び』に使われた可能性は消えない。同時に、ファイユ様が懸念されている魔法樹の中毒性とやらが世間に混乱を招くのも時間の問題となる。
由々しき……そう、由々しき事態だ。
でも、絶望と謂うには事早い──とも思う。
ファイユ様の様子からして、まだ対策を練るくらいは出来るのではないか。であるなら、わたしにも出来る事があるはずだ。
希望的観測の提示をしてみては?
それとも皆に警鐘を鳴らして回るとか?
はたまた、信頼出来る人を集めて不安の根を抜きに行くみたいなこと……わ……。
(……ダメだ。全部却下できてしまう)
次々と思いつく案だが、それぞれに穴がある事にも考えが至ってしまい、わたしは負を祓おうと頭を振った。
──もしも芽生える魔法樹が「オレは誰の指図も受けねぇ。オレの力はオレだけのものなんだぜぇ」な感じだったとしよう。
他者に中毒性等の影響を及ぼさず、一見なんの変哲の無い樹としていてくれるだろう。
でも、こんなのは希望的観測止まり。
ファイユ様の不安を解消するなど程遠い、楽観的な観測だとも言えてしまう。
こんな事を口走ってしまえば、情報量の差を以って論破されるのがオチだ。
皆に警鐘を鳴らすなんてのもそうだ。
基本的にわたしは相槌役にしかなれないのだ。講師を務めるファイユ様の隣で、「そうなんだゾ☆」しか言えないなんて、役立たずと言わずに何と言うか。
下手をすれば、アーツレイの一員ともあろう者が、ここまでして説こうとする中毒性に興味を持ってしまう輩が現れかねない。
既にアンチなる人達が湧いている昨今では、後者へ転んでしまう可能性が高い。高過ぎる。
それより何より、ファイユ様は森の外へ出られない身であるのだから、不安の根を抜くも何も叶わぬ話。
無理。秒で却下。馬鹿なの?
そもそも吸魂の森とは、亡者が蠢く混沌とした場所である。それ故に、秩序を維持させられる主が必要不可欠。
にも関わらず、散らかしたお部屋をそのままにして外へお出掛けしようとすれば、お兄様であるトグマ様より愛の鉄拳が飛んでくるでしょう。
そうなれば、もういつもの光景だ。魔法樹の中毒性など忘れ、どちらかがフルボッコにされるまで終わらない兄妹戦争が勃発する事になる。
個人的にはファイユ様との共闘は胸熱ですが、わたしの頭の中だけがハッピーになっている訳にはいかないでしょう。
なんだか、話がズレた気がするケド……結果、どんなに考えてみた所で、わたし自身で何が出来るものでもない。全ての判断をファイユ様に委ねるのが賢明と言える。
一介の嬢仕に過ぎないわたしに出来る事とすれば、分相応……。
「……今日は、諦めて帰ります?」
魔法樹に凭れ掛かるその主を覗き込みながら、手を差し伸べるのみであった。
「……むぅ」
これに際し、わたしの手を一瞥した後、そっぽを向かれてしまったのは悲しみが溢れる事案ですが。
ファイユ様が渋られるのは当然だとしても、……これはいくらなんでも。
「はぁ……」
この調子では、ゆっくりとお話するのもままならない。
例えば羽織っていたケープはどうしたのとか、魔法樹の中毒性についてもっと詳しくだとか。キキ様達は、本当に大丈夫なのかとか……。整理したい事が山積してしまっている。
アーツレイを裏切れ……についてだってそうだ。
もう少し話し合いたい。
出来れば、その一手に待ったをかけたいのだ。
ともかく、まずは一つでいい。
吸魂の森の主であるが故に、言いたくても言えないジレンマを抱えてしまっているのなら尚のこと。
この胸のモヤモヤを晴らしたいと伝わるよう、わたしは強く、ファイユ様の顔をこちらへ引き戻した。
「一人で考えていたって、わたしは力になれませんよ? どうされたいのですか、あなたはッ」
「……んぇ……ぇえ」
わたしはファイユ様の矛である。
主様が指す道無き道を切り開く事こそが、わたし──クク・ナナツキの責務なのだから。そんな、めんどくさがり屋な顔をしていたって、わたしは引きませんよと睨み返した。
「……もぅ。怖い顔しちゃって」
「だからって、他人の鼻頭をグリグリしない……!」
嬢仕の憤りに観念したのか、「わかったよ、明日また探そうかぃ」と吐き捨てるや、ふぇーいな感じで立ち上がる。
「あ、でもね。帰る前に、ちょびっと確認しときたいコトがありまして」
「ちょびっと……って?」
わたしは構いませんが……。等と斜向きに眺めていると、ファイユ様は少し開けた場所まで脚を遊ばせ……そこで一つ言。
「──あれ? そぃえばさ、私ってククに魔法樹の中毒性ってどんなものか話したコトあったっけ?」
「ぁ、えと。いえ、昔、クセになりそうだとファイユ様が仰っていた事くらいしか」
「……あー……」
わたしとファイユ様の付き合いは短いとは言えない。
それでも、わたしが知り得ない彼女の事情……情報は数多くある。
立場を鑑みて、情報の共有は賢明では無いと判断される場合だってあるし、言おうと思ったけど気分的に言いたくなくなったなんて事も茶飯事だ。
当然、魔法樹の中毒性についてもそう。
ファイユ様の勢いに押され、中毒性とのフレーズに対して眉を顰めて見せたが、詳細など知る由も無い。つまりは知ったかだった。言わせんなである。
それに気付いてか、にへらと笑った森の主様には頰の蒼白さなどはとうに無く、
「んなら、これもいい機会だね。どんなものか教えてあげるよ」
代わりに綻ばせていたのは、いつもの悪戯っ子の笑顔だった。
「あの……。教えて下さるのは良いのですが、この時間での森の中での立ち話は看過出来ない所がありまして」
お話しは街に帰ってからで。
それでないと……と、言いかけたわたしを制したファイユ様は、「大丈夫。『亡者共』には見つからないから」などと、胸を張って見せた。
「ほら! ククもこっちに来て、私と手を繋ごう!」
頭の上にはてなまぁくが浮かんでしまう。
目が点のわたしの心中など御構い無しに、森の主様が元気に振る舞われるものだから、待ったをかける訳にもいかず。
「……こうですか?」
言われるがままに、差し出された手を握ってみた。
「そう。そのままぁ……」
握り込まれる手に従い、口を噤んで動かずに。
すると、一つの魔法樹の魂がわたし達の間に降りてきて……ファイユ様がパチンと指を鳴らした。
その瞬間、
「──……は?」
パッと……森の色が変わってしまった。
魔法樹の魂の光で彩られていた周囲が一変……いえ、そんな狭い範囲だけではなく、森の奥に至るまでもが同様だ。
上空の街の光で仄かに照らされていたとは言え、ほぼほぼ暗闇に近かった森が……一面、鯖色に染まっている。加えて、ファイユ様も──わたしすらも例外ではなかった。
「なんですかこれ……! ファイユ様ッ」
夜の色が消え、全てが一色に統一された中。わたしが事前の説明も無い状態で進められた展開に狼狽する一方で、ファイユ様は遠くを見ながら呟く。
「んーー。この時間だったんだよねぇ」
「はぃ……?」
放ったらかしか。
教えると言った矢先にこれだー……と、わたし達の日常でよくある仕打ちに、態とらしく額を押さえてみる。そんなわたしの嘆くフリを振り向いて、
「ンフフ♪ 慌てなさんなククさんよ。もうすぐもうすぐ……」
ファイユ様はとてもにこやかに、ペシペシと頰を叩いてきた。その時に、
「……?」
遠くを見据え直すファイユ様を見て、少し……違和感を感じた。
喋り振る舞う姿こそいつも通りなのだけど、何処と無く、いつものホワホワとした表情に固さが見て取れる……と言いますか。
何かを誤魔化そうとしているような、『秘密事』を作っているとも捉えられるし。
……いや、下手な詮索はよそう。
どんなに秘密を作られようとも、彼女の為す業を信じていようと決めている身だ。
愚問、野暮は抜き。
『隠す』『話さない』ままで置く事が、もしファイユ様自身やわたし……もしくは別の誰かにとっての都合に合うのであれば、わたしはその意に沿う。
それが、ファイユ・アーツレイと長く付き合うコツだったりするのだから。
そう思い直し、心に湧いた不穏なモノを抑えて「もうすぐですか」とオウム返しをして待つ。すると、
「ん! 来た!」
「……え」
待ってましたと言わんばかりに、ファイユ様が力一杯に強く指を差した。その遠方。来たと仰られた通り、森の奥から何かが……いえ、『誰か』が走ってきた。
羽織るローブがはためき、顔を覆う大きなフードから長めの髪が揺れている。みるみると明確になるその顔……もしかして女の子。……だが、それよりも何よりも、目を見張るのは彼女の脚力だ。
遠くに姿を現してから僅か数秒。それは文字通りあっと言う前に声も届くだろう所まで迫っていた。
なんて速度……ッ。
追随している魔法樹の魂をも振り切るとは、何と言う……感心する暇等無い。瞬間に、わたしは覚えた畏怖を即座に敵意へと改めた。
(ファイユ様に何かあっては駄目……ッ、迎撃しないと──!)
刀剣の柄を思い切り握り締める。それはもう力強くッ。
明らかになるその顔。嘲嗤った表情から、嗅ぎとれる敵臭!
ならば──いざ抜刀!
敵を叩き斬らんと決起し、古魂の刀剣を振るう刹那の時だった──!
「──はい、ストップ!」
「…………え?」
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