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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:ネクロの洞穴
42/107

第二十一月:『シズミヤ』




 驚愕も束の間、竜が咆哮を轟かせた。


 臓腑が溶け出し、臍から噴出せん錯覚に見舞われた直後に、襲いかかって来た衝撃波で僕らは吹き飛ばされた。

 為す術無く岩壁に叩き付けられ、挙句痛いと泣く暇すら得られず、砂利に擦り付けられるように転がる。


「──っ……なん……っじゃそら……ッ」


 聴覚をやられたか。自分の声が遠くに感じる。


「冗談じゃねぇぞ……! 畜生っ子が、情報抜けじゃ済まねってのッ」


 薩摩さんが涎をでろでろと垂らしながら喚いていた。

 此方とて冗談ではない。

 一瞬、ラゥミアがまた襲ってきたのかと思ったけど違う。雰囲気も脈絡も無視して忽然と現れたのは、みんな大好き大きなトカゲさんだ。遠目故に判然としないが、翼等は見受けられないから『地竜種』と呼んで然るべきだろう。

 しかしまあ、見るからに圧が規格外。明らかにガチの化け物。運営さん敵配置に悪意を感じますレベルだ。馬鹿じゃねぇのっつって。


 なんであれ、あんなモノと戦闘になるなら伝説級の武器が欲しいところではあるが、生憎貴重品扱いで装備不可の小刀『笹流し』しかないのがくちおしや。


「薩摩さんッ、迎撃する?! 迎撃出来るッ?!」

「バッカお前、無理に決まってんよ。……ほら、なんてぇのさ。探索レベルが百超えてるっつったってなぁ、二百に届くまでは学生さんってのが一般常識だろうがぃな」


 一般常識を語る奪う者とは。


「じゃあやっぱ、逃げる一択で」

「あたぼうだオメ、コンチキショウ。餌ならヤツだけで腹一杯ェになんだろ」


 薩摩さんも咆哮を受けたせいでフラフラだ。それでも走ろうと見せる気概に、僕らも合わせて急ぐ。

 今はまだ地竜種の敵対値はベフモスの方が高いと見えるが、それもベフモスのヒットポイントがゼロになれば自ずと標的が再選定されるだろう。その際に見つかれば僕らに敵対初期値が振られ、此方に向かって来る可能性が高い。

 であれば、一刻も早く地竜種の視界、又はエンカウントゾーンから離れないといけない。そう……いけないのにだ!


「ぁああッ、状態異常がウザったい!」


 目眩いと耳鳴りが酷く、僕も人の事を言えた立場ではない。これらは全てあの咆哮の追加効果と思われる。

 平衡感覚の異常まで忠実に表現されている仕様は実に素晴らしい。と同時に、程良いスリルに過剰なストレスを混ぜ込んだ演出は、良くも悪くも溜め息ものだとも訴えたい。

 余談だが、これだから昨今の竜はどんなゲームに登場してきても節操が無いとネットで叩かれるのだ。普通に火を吐くだけで良いじゃん。それだけでも十分にかっこいいじゃんね。もうコレ古いのかなっ。


「おい? なに冗談ぶっこいてんだよ、ヤられんぞッ? 獣じゃなくなっちまうぞ!?」


 腹に巻きついたままの触角をグイグイ引っ張り、脚を齎せながらも薩摩さんが探索レベル百超えの根性を見せてきた。


「そんな事言われても……ッ。探索レベル一にはキツイものがあるみたいでねっ」


 素早さが特化している代わりに耐性面が乏しいと知り得たのは良いものの、こうなると獣衣装も単なる私装だ。わたくし、ケモミミもっふもふコスプレ趣味なんて皆無ぞ。

 けれど、咆哮の影響に関しては幾分距離があったお陰で、この程度で済んでいると思えば──。


「あ、キキっ」

「なんっ?」


 こっちはこっちで、僕が嘆く状態異常など何処吹く風か。ハウはお構いなく僕を振り返えらせると、絶望の渦中へ注目を促した。


 絶望……。

 そう、絶望だ。

 地竜種の咆哮の影響は、僕らに対してならウザイ程度で済んだ。ならば、至近距離で受けた者はどうであるか。それは比べるのも酷だろう。その答えこそ『絶望』であった。


 ベフモスはその巨体をよろめかせ、壁に頭を打ち付け、遂には脚をもつらせて転倒。勢いそのままに突進した地竜種によって、潰されるように押さえ付けられる。

 地に伏した獲物は御馳走となるのが摂理か。ああなってしまえば、どんなに騒ぎ、抗おうとも無意味だ。弱者への慈悲も食への感謝も無く、あの地竜種の鋭爪は肉を穿ち、涎に塗れた牙が臓腑を引き裂く──……のだろうと、思った時だ。


 ベフモスの巨体に前足を埋めた状態で、ふと地竜種が動きを止めた。


【 ────……繧ィ繝ゥ繝シ諢溽衍 】


 そして、喉を唸らせながら、辺りを伺う……。


(……? なに?)


 あれは、どういう……訳だろう。

 もしかして、僕らに気付いた……か。いや、地竜種の仕草に、此方を凝視するなどの行動が含まれない。……ラゥミアが来た? にしても違うような。もっと別の、何かしらの『音』に反応しているような……。


「──へぇ?!」

「っ? 薩摩さん?」


 途端、一刻も早くここから逃げ出そうとしていた薩摩さんが、またもや地竜種を向いた。

 信じられない……あり得ないと、顎に伝う汗を拭いながら目を見開いていく。その彼の様子に、流石の僕も恐る恐ると、


「どうしたの……?」

「……たぁ……や、ちょっと待てよ。そんな」


 僕の問い掛けを手で制し、薩摩さんはより一層不穏な空気を生み出す。珍妙なアイテムを見付けた等ではなく、とても……嫌な雰囲気だ。

 この不穏な状況に居たたまれなくなったのか、此方サイドにも一人訳の分からない行動を取る者が出た。


「……ハウさん。僕の手で僕の尻をベンベン叩かないで下さるか? 馬じゃないんで」

「いいから……。いいから走れ……。もうこう言うのいいから」


 このハウの反応である。

 薩摩さんと同じ場所を見、走りたいなら自分で僕を操ればいいのに、それを行わないハウ。

 出来るなら、僕はここで鈍感力と言うものを発揮したいが……こんな不思議だなぁ的要素がこれ見よがしに揃ってしまえば、僕が二人に習うのは必然であった。


 そうして、眇めた先は地竜種の上。岩石の天井だ。



「──……ぅわぁ」



 ソレを見付けた瞬間、今日一番の寒気が表皮を走った。

 認めたモノを回りくどく言うつもりになどなれない。


 僕らが見たのは、『人の顔』だ。

 

 それも、大きな雫となって滴ろうとしている暗い物体の底……その曲面に浮かんだ、青白い男の顔……ッ。

 幽霊か物の怪か、どちらにせよ趣味の良いモンスターデザインではない!


「キキ! 逃げなさいなッ!!」

「ぇえ、や、それもいいけど──薩摩さん!」


 薩摩さんの進行方向が僕らと一致しない。事もあろうにこのオジさん、男の顔へ歩み寄ろうとしている。

 一体全体何を考えているのか。一目惚れだろうがなんだろうが、その行動は危険極まりない。慌てて叫び、その脚を止めようと腕を掴んだ。


「何してんのさ! 今ならまだ──」

「……ぃ、ちゃん……だ」


 顔面蒼白な薩摩さんが、虚ろな目を此方に向け唾を飛ばして叫び返す。


「あれ、しぃちゃんだ! なんで……ッ、なんでだよアリャあ!」


 『知らないよ』と返すのが正解である。それが無難でもあるが、『彼は何故そうなった』『いつそうなるフラグが立った』かを条件反射的に推察してしまった僕がいる。

 そして幸いかは定かではないけど、男の顔は直下で留まる竜に首ったけだ。同じく、頭上に現れた異質なる者を捉えた地竜種も、



【 ──謔ェ雉ェ荳肴ュ」陦檎ぜ謗帝勁ッ 】



 盛大に咆哮を挙げる。

 両者の縄張り争いが勃発したのなら、考える時間は多少なりともある……と、信じたい。


「……俺、しっかりとさぁ……引き留めたよぉ? 俺ェ、なんか間違えたかなぁ……」


 ガクブルな薩摩さんを放っといて現状を鑑みるに、あの男の顔──しぃちゃんなるモノは、ベフモスが地竜種に蹂躙されそうになった瞬間に現れたと思われる。

 まず、これに反応したのが地竜種だろう。続いて薩摩さんも良からぬ気配に気付き、足を止めた。更にハウ、僕と相成る。


 ってそんな冗長思考に繋がりそうな事はどうでもいいのだ。落ち着け。考える事を簡潔にしよう。

 しぃちゃんとされる顔が浮かぶ暗いモノは、女の顔を浮かべた蛇の化け物を連想させられる。

 単純な話になるが、きっと犯人は奴だ。


「ラゥミアの仕業でしょ。なんか、それっぽい事を匂わしてたよアイツ」


 あの時、しぃちゃん──もとい探索レベル42のオジさんは薩摩さんに処理された。ラゥミアの言葉を引用するに、『奴は正しく仲間を引き留めた』『アレは正しいと知れるかもしれない……が』、ラゥミアの力から逃れる事は出来なかった。だから、あんな姿になってしまった……とかではないか。……と、この推察を締めせるからだ。

 その結果、



「ぁ……あ、あ゛……ッ、アノ野郎ォオッ!!」



 薩摩さんの怒りが再燃してしまった。


「獣君、これ離せぇ。この腹に巻き付けたヤツをよぉおッ」

「ええぇ?! ちょっと待って、何する気さ!」

「決まってんじゃろがい。しぃちゃんをラゥミア側から引っぺがすんじゃコラ……!」


 なんと『ラゥミア側から、引っぺがす』。

 それはとても興味深い。興味深い話だけに、その語り手に何かあったらどうする。このまま薩摩さんを訳分からん死地へ行かせてしまうと、僕らにとって大きな損害に成り得る。

 それ故に、この暴れる情報源は、なんとしても死守しなければいけないんだよ!

 

「薩摩さん、落ち着いて! 今は、まずッ、逃げなきゃでしょ!」

「しぃちゃん、大丈夫だよ。今度こそ、俺が引っ張ってやるかんなッ」


 全然落ち着いてくれねぇ。

 狂乱状態に陥ったとも言えるだろう。薩摩さんはいよいよ腰に下げた得物に手を伸ばす。先にラゥミアの肉を抉り取ろうとした、あの意味深な程に刃がノコギリ状になった短剣だ。

 あのデカイ化け物共に比べてそんなちゃちなもの通用するものか……と不振に否した時、ハタと気付いた。


 これまた嫌なこと。

 奴らよりも、こっちの触覚の方が、まだ楽に切れるのではないかっていう……。


 幸い、薩摩さんはそんな悍ましい目的の為に短剣を抜いたのではないと、対象は飽くまで化け物たるしぃちゃんだと見せていた。それでも、この人が暴走する余り、僕が危惧した蛮行を振ってしまったら如何するか。


「ハウ……ッ、この人さ、何とか抑えられないかなっ?」

「ぁあ゛? 脇腹、蹴っとくか?」


 なんて逆効果濃厚な案。ファイユさんかと。

 やっぱり、コレが女の子じゃなくオジさんなのが、ハウを投げやりにさせている。ではどうするか。ハウにやる気を出してもらう為に、この人は女の子ですよ的な看板でも作ってみるか。いやいや、それよりももっと簡単に、ゆるふわタイプのウィッグを作って薩摩さんに被せるとか。


 そして何を考えてるんだ僕は。

 そうじゃない。そう言う事じゃない。落ち着け自分。


 触覚を解けないよう押さえる他に、出来る事と言えば『開拓』だ。都合がいい事に、このネクロの洞穴は鉄資材が豊富で、辺りに手を伸ばせば簡単に採取出来る。それで檻でもなんでも作ればいいのだ。

 そう思い立って岩壁に触れたら石工材が採れた。

 鉄わぃ。


 ……兎にも角にもやるっきゃない。

 薩摩さんが落ち着いてくれないのを逆手に取り、僕の動きを悟られない様、そそくさと開拓テーブルを開く。

 描くのは『格子』。猛る象をも止める頑丈な障害物だ。


 そうしてものの数秒。テーブルに殴り描いたのは目茶苦茶な線という線。混乱の中で悠長に絵を描くなんて俄然無理な話なので、コレで勘弁して頂きたい。

 だが、これでも格子と言えば格子なのだ。縦横無尽に走る線によって構成される石の檻が、薩摩さんの行く手を阻み、頭を冷やすきっかけになろう!


 これで少しは窮地に希望が見られる。ほんの少しだけ心に余裕が出来、さあいざ参ると、開拓物の具現化を促したッ。



「──うそやんおまえ」


 

 一体……どういう事か。

 眼前に現れたのは、檻とは程遠い物体。長さ一メートルにも満たない、頼り無さげな石の板だった。

 それもたったの一枚だけ。

 勿の論、それだけでは薩摩さんを止められる訳もなく、見向きもされず、あっさりと過ぎ去られてしまう始末。


「ちょ、薩摩さんっ、今意味深な石の板があったのですが興味そそられませんか……っ?」

「しぃちゃんは俺達と同じ種だぁ……ッ。そんな格好は似合わねぇよぉ!」


 原因は作成に必要な資材数に達していなかった事かもしれない。だとすれば、ラゥミアとの喧嘩で殆どを使い果たしていたせいか。

 では今集めるか。ズリズリと薩摩さんに引っ張られながら、辺りを弄りまくるとか。それで資材を掻き集められたら……なんて、それこそご都合主義のチートツールが必要だ。

 現に、僕の手の上には、さっきの石工材以降何も表示されないではないか。当然、獲得資材などゼロである。


「獣君よぉ……。そろそろ離さなねぇと、オメェのこれ、ぶった斬るぞ……!」

「だってさ。俺、痛いの嫌だから。離しちゃえって」

「こっちの気も知らないでオマエはッ!」


 ハウが逃げる一択を推し続けているのは置いといて、薩摩さんには最悪な選択肢がある事に気付かれてた。

 駄目だコレ。あじゃぱーだ。目的を果たす為ならば蛮行も辞さないとは、やはり奪う者は奪う者と言う事か。

 一緒に逃げようと誘った程度の間柄では、薩摩さんが抱く相方を憂う気持ちには太刀打ち出来ないってな。

 所謂、彼はまだ死んではいない。その人の心の中で生き続けている限りは……というやつだと思う。


 でも僕は敢えて言う。

 ハウが持ちもしない匙を投げようが、薩摩さんが憤怒を超えて明鏡止水の境地に達していようが関係ない。

 涙ちょちょ切れる感動話なんぞ、今は要らないんじゃとする旨を全力で届ける為に、ハッキリと断言してやろう。


 僕はもう一方の触覚でさっきの石の板を絡め取ると、記憶の片隅にあったキサクラの言葉に習う!

 一か八かの猿芝居だ。

 別にこれで薩摩さんを殴打するわけではなく、『ファイユなる人が作ったらしい金魚の墓みたいなヤツ』として使うのだ!


「薩摩さん、見てコレ!」

「──……ぁ?」


 フシューフシュー鳴ってる鼻先に差し出した石の板。


「……ぇ? ……は?」


 獣化した爪で、超乱雑に文字を彫った板だ。



「……薩摩さん。思い出してよ。相方さんは、もう……」



 焦って書いたから、咄嗟に漢字が出てこなかったけど……。そんなの恥じてられるかと、僕は即席で作った『しぃちゃんのおはか』をより強く突き付け、迫る。


「や……っ、だって、アレ……しぃ」

「薩摩さんが『引き留めた』んでしょ? なら、あそこにいるのは化け物だよ。その人じゃない……っ」

 

 背を向けた先で、轟音が鳴り響いた。化け物同士の肉弾戦でも始まったのだろう。だとしても、僕は薩摩さんから目を逸らさずに言葉を繋げる。


「薩摩さんは、正しい選択をしたんだよね? 新しいあの人に会いに行く為に、相方さんを殺したんだよね!?」


「……ぁ、あぁ……。獣君……おめぇ」

「なら行こうよ。あの人を探しに……会いに行こうよっ。薩摩さんは、もうこんな所で化け物なんかと遊んでる暇は無いんだよッ」


 薩摩さんは、目に見えて異議がありそうな表情をしている。そりゃそうだろうけど、僕も引けない。

 例え此方の主張が正しくなくとも、感情的に問い掛けつつ、大きな声で押し切る。これはアンチの常套手段だ。普段なら、そんな彼らの芝居掛けた詭弁に対してお座なりな拍手を送り、笑い飛ばした後すぐ忘れるものだが……。

 でもこれしか無い。滑稽だろうが、馬鹿と思われようが、此方にとっての最善を貫くのみだ。


「さあ……っ、薩摩さん!」

「ぉ……い? ちょぃ……」


 返答に逡巡する彼を、強引に引く。

 これ以上化け物達の諍いに気を取られないように、背を向かせる。ついでにしぃちゃんのおはかも持たせた。


「これから薩摩さんには辛く厳しい日々が待ってるかもしれない。全てを投げ出して、楽になりたくて仕方無くなる時も来るかもしれない……。それでも、薩摩さん!」

「待っちゅ……」

「貴方は決して諦めない強い人になる! そうして辿り着くんだ……ッ。薩摩さんだけが見付けてあげられる人の所に! 目一杯の笑顔になれるあの人の目の前に!」

「いや、だから……」


 もうむり。もう台詞も思い付かない。

 阿保みたく捲し立てても尚、この人は化け物へ駆けたいと渋るか。今にも本気で蹴りを入れようとしているハウに薩摩さんの処理を任せるにしても、力尽くでの行使は選択肢としてマイナス評価に繋がりやすいと相場が決まっているのだ。それがお判りかっ。お判りなわけないか!


「獣君。言いたい事は分からんでもねぇよ。俺だって逃げてぇ。あんな化け物共の中にゃ入りたくねっさ。……分かってんだどもよ……」


 はよせんかいボケカスホンマであるが……。

 暴言なんか吐けず、口を噤んでしまった僕の肩が鷲掴まれる。途端、薩摩さんの眼光を鋭くなった。


「しぃちゃんは俺のパートナーだっつってなッ。アイツがどうなったんか、しっかりと確かめるのは俺の義務だぜよって!」

「マジで……言ってんスか」


 若干照れ気味な表情に力が奪われる。単なる脱力感だと思うけど、薩摩さんの言葉が僕の心を揺るがしているのが分かる。

 彼の腹に巻き付けていた触覚もそう。緩んだと見るや、みるみる解かれていく。選択を誤り、論を失い、気も削がれ……。なにより、この人の方が芯が強かったから。だから、詭弁を晒した僕が負かされたんだ。


「悪りぃな。ちょい、行ってくるわ」

「……薩摩さん」


 触覚は完全に解かれた。触覚の先を握る手でサムアップを決める薩摩さんに、僕は……もう、何も言えなかった。てか、言う気が失せてた。呆れたから。


 何も返せなくなった僕から、薩摩さんは意気揚々と駆け出す。

 数分前の刃傷沙汰など無かった様に、古い友人を懐かしむ様に。

 それはそれは大きな声を上げて、嬉しそうに再会を果たそうとしていた。



「ぃよおおぉオオオ!! そんな所で、何やってんだよ、しぃち」



 ──だが、その声は突然途絶えてしまった。



「…………は?」

「……え? 薩摩さん……?」



 ……消えた……のだ。



 薩摩さんが、触覚を放した瞬間……なんの兆候も無く、消えて……しまった。




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