第十九月:『ブロッコリー恐怖症』
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イベントが終われば、新たなイベントが始まる。
ユーザーを飽きさせない為、運営はあの手この手とコンテンツなる湖に白波を立たせるのである。
でも正味、『樹』はもう見飽きたよと、僕は新たに始まったイベントを前にげんなりした。
探索Lv42のオジさんの死様により出でた光の粒──その蒼い浮遊物を一つ、また一つと喰らう樹は嬉々として葉を開く。更には貪食に拍車を駆けるように、枝と言う枝が次々と股割れし、樹の様相は巨大化に一途していた。
ハウが「あれ? ヤバイんじゃね?」と僕の脚を一歩退かせる。
友人の危機意識の通り、畝り生えりをひたすら続ける樹は、いよいよ荒れた聖堂を占め始め止まる兆候もない。
天井までの大きな空間は幾千幾万の枝葉によって埋め尽くされ、陽光を遮断された聖堂は暗闇に落ちていく。
この間僅かに十数秒。
どんどん図太くなっていく幹から響く乾いた秡音の大合唱は、滝の音すらも飲み込み、洞穴内の全ての静寂をぶち壊している様だった。
「……しぃちゃん? え? なにこれぇ……?」
相方の逝く様を喰われ思考も飛んだか、小太りのオジさんが真ん丸お目目で成り行きを見上げている。
いやいや、見上げているじゃないよと。僕は後退るハウの意識を遮断し、樹の側で佇むオジさんへと駆けた。
「オジさん逃げようって! またゴーレム的なのが出てきたら死ぞ!?」
「……え。……え? 誰?」
さっきまで囂々たる怒声を上げていたオジさんは何処へやら。ただのオジさんと化したこの人の腕を思い切り引いた。
「誰かどうかなんて後でいいじゃん! 今はホラ──!」
さっきから頓馬な顔をしたオジさんを、僕は何処へやろうとしているのか。別に善行ポイントが加算される仕組みがあるわけでもあるまいに。
「おい、キキ……連れてくの?」
「『アホ面晒してる情報通を助けますか? Y or N』に、僕は『Y』を選ぶ! 録な事にならないのは分かってるけどなッ」
この人は『奪う者』。小刀『笹流し』なる奪われてはいけない物を持っている以上、傍に居るなど以ての外。ファイユさんの純真な怒りを頂戴する変態行為だ。
けれども──。
これも愛しき姉による発破が影響しているのだろうか。
彼の印象としては、情報通って感じで、僕らの知らない『サラセニアの設定』を聞けるかもしれないと思えば、長い道程を歩む上で、こう言ったキャラクターの存在は無視出来ないものではある。
「何かを築き上げてみろって我が姉に煽られて、アホらしく『Yes』と答えちゃってる身なんだよ。ならこんなバッドスメルなフラグも立てておけばこの先の選択肢も増えるってもんじゃん」
良心? ありませんね。みたいな口答に、ハウが「あ、そう言う……」と何かを察して黙ってしまった。察し返すと非人道的効率厨な思考を僕がしたと? そう言うのは良心が痛むので止めて頂きたい。
「んな話より、オジさん退路って確保してる? どうやって外へ逃げればいい?」
「……逃げ……道か? もと来た道を進みぁ出れるけども」
「おk、先導して。さっさと逃げちゃお!」
お互いの声が轟音で途切れ途切れに聴こえる中、兎にも角にもネクロの洞穴からの脱出を第一とした我々は立つ。見上げれば大きく葉傘を拡げる謎の大樹。尚も尚も成長を続けるこの化け物から、僕ら三人は聖堂の出口へと走り出した──!
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