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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:ネクロの洞穴
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第十八月:『奪う者』




 まずは踏地表記より報せよう。


 ──サラセニア領土樹都フォール区外南東域公所。

 名無しの枯れ林地帯河部『ネクロの洞穴』。


 場所はその最奥──水音と聖堂にて、遥か天井を穿つ十字の亀裂から降りる陽光を浴びながら、『勝者』はガッカリしていた。


「──んだょ。話に聞ぃてた割りに楽勝とか、初心者向けかコイツ?」


 突如として敗者とされた人魚は瞠目に金縛られたか。

 両の腕鰭を肩口から切断されて事切れたのか、驚愕に大きく開かせた眼に僕を映しながら、ピクリとも動かなくなっていた。その一方、そんな肉塊となった人魚を踏みつけた彼は、その清楚とはかけ離れた風貌からして野賊にあたるキャラクターなのだと察する。

 煮詰めて『奪う者』が有力?


(にしても……うへぇ……)


 ククの話より上がった件の奪う者の第一印象は、小汚い。砂浴びがご趣味なのですかってくらい小汚かった。

 容姿を言うに、なかなかに引き締まった体は実用性重視の筋肉が輪郭を波打たせており、これを覆う薄めの鎧は獣の毛皮を素材にしているみたい。加えて、威嚇するようにトゲトゲしく装飾された造形は、若干の厨二病感と世紀末感が溢れてて子供心に胸踊るが、残念な事にそれを地肌に直接着ているせいか、とても独特な異臭を漂わせているのが萎え萎えポイントである。


 ハウの体毛の方がマシな匂いがするとか思わせてほしくないものですな。


 ……いや、それよりもなにも、この勝者が踏みつける人魚の下に僕がいる事を遅ればせながら訴えたい。

 ただでさえ冷たく重い肉塊にのし掛かられて嫌悪感MAXなのに、大きく中が晒された鰭の欠損部分から流れる透明な液体がずぶ濡れの衣服に絡み付いて……。愛しき姉よ、僕は今、犯されておる次第でありますぞ。


 そんな被レイプ状態の僕が人魚の下にいるなど梅雨とも知らずに、彼はN字の刀身の峰でトントンと肩を叩き出す。顎を突き出し、溜め息を吐き……それはそれは「つまんねぇ人生だぜ」とでも言いたそうな姿だ。

 その様子は、事前登録までしておいたゲームアプリがリリース直後に長期メンテナンスに入り、メンテナンスの期間がどれ程延びるかで遊ぶしか意欲を保てなくなった一ユーザにも見える──のは置いといて。


「……誰?」


 ハウが僕の額から彼を見上げて訝しんだ。

 しかし、小さな存在の小さな呟きは彼に僕らの存在をアピール出来たと思いきや、唐突に響き渡った節操の無い大声によって掻き消されてしまう。


「 しぃちゃん! 仕事はぇえなッ、はッはっはぁ! 」


 無論、人魚を仕留め終えた彼の興味は、届かなかった小さな声より大声に向けられた。


「当然よぉ。探索Lv42のおぉれ(←巻き舌)に雑魚味は無ぇっつったろぅが」


 仲間だろうか。のっしのっしと歩み寄る小太りの(これまた小汚い)オジさんに顔を振ると、探索Lv42のオジさんがサムアップを決めた。

 しかしてそのサムアップ。反る程におっ立てた親指をジョッキグラスに見立て、美酒をイッキ飲みするような……なんとも大仰で『グッビャァアアン』と効果音を付けられそうな輝きを放っております。


(……やっぱ、ククさんが言う奪う者って感じにも見えるけど、案外そうでもない?)

 この二人のむさいおじさんの融和な雰囲気からして、賊には見えど、僕らが存在を示しても問題無いようにも思える。


(いやでも)

 賊に絡まれれば碌な事にならない。そんなテンプレ話から警戒を怠らず、沈黙を保ちながら人魚の重さにも負けない子になっていると、小太りのオジさんがメニューパネルを開いては顔を引き締めた。


「──任務完遂の条件は、『暗い顔のラゥミアの討伐』。見てくれは任務表通り……ぃ、っつうにはチョイと違うけんど……。間違いねぇのな?」

「んな特徴、取って付けたようなモンだろぅ。要は暗ければ当たりよ」

「……ぅおぉう。しぃちゃんってワ☆イ☆ル☆ドぉ♪」


 小太りのオジさんが二刀流の指差しピストンで戯けると、同じく二刀流のサムアップで己にピストンして戯け返す探索Lv42のオジさん。

 これって、一体なんのノリだろう。

 

「さっちん、遊んでる場合じゃねぇッての。……倒した後の報酬は現場調達。採るモン採rrるらにゃあ(←巻き舌)、バチがあたんぜ?」


 探索Lv42のオジさんは、より一層人魚を強く踏みつけてきたおかげで、思わず「ぐへぇ?!」と鳴きそうになりましたけどっ。


「飢えてんねぇ、しぃちゃん。焦んなくても別に、こんな気持ち悪い肉に興味あるぅなんつぇ馬鹿野郎は、ここには居ないだろうに……っ」


 小太りのオジさんが言い終えると同時に、二人はさっきと同じようにサムアップと指差しのピストンで戯け合う始末。

 無言で『その馬鹿野郎はここに居るじゃん(笑)』と示し合う姿を見せられている僕の気持ちを述べるべきか否か。


「──っつぇい。しぃちゃんと居るとついつい遊んじまぅな。ちとマジで行こうかぃ」

 理性は大切。そんな風になんとも形容しがたいふざけ顔を引き締め直すと、小太りのオジさんは腰にぶら下げていた短剣──意味深な程に刃がノコギリ状になった代物をヌラリと抜き出した。


「情報通りなら、ラゥミアの肉には『転生返り』の特別な効果がある。肉を食ったヤツはサラセニアに於ける劣情バッドルールを逆行し、元の種族に還られる……って噂な」

「種族の均衡を保つ為のレアアイテムが、今こうして目の前に転がッ……つぇ! ふひひ、元亜種共のベチャードが欲しがるのも無理ないハーナーシーだわん」


 涎をジュルジュル云わせ、さあ突き刺そうと構えた剣先が、此方を向いて──、


(え。ちょ……。おいおい待て待て待ってくれ)

 ここで讃えるべきは僕の空気の才か、コイツらの目の節穴加減か。こんな状況下で解体ショーなど願い下げだと、僕は思い切り声を上げ──ようにも、そうも儘ならない事情と言うものがあるのですッ。


「しぃちゃん、イクか? もうイッちゃうか!?」

「おうよ、そん為に来たんだからよ。サクサク頂いて俺らもベチャードの仲間入りってなッ」


 僕とは違う『いただきます』とは恐れ入る。

 ご馳走を前に盛りつく獣と思えば、これも案の定の行動と捉えられる──が。さて、そう動いた彼らにとって、ここからの展開は『案の定』だと察せられるだろうかッ。


「──ぅおッへいっ?! ぁんだコレ!」


 小太りのオジさんの裏返った声が『予想外』を呈す。僕も熱くてややボヤけた視界でソレを確認した。──驚愕に狼狽える小太りのオジさんと、突然の『ブロック』で逆に真顔になって静止する探索Lv42のオジさんという構図。

 そして、何を勿体ぶろう唐突に二人のノリを止めたのは、僕とハウによる獣衣装によって眉辺りから伸びた、一対の触角に他ならない。


 これを受け、リアクションは次いぞ。


「……えと、さっちん? お得意の手品で遊ぶのは明日にしようぜ?」

「違オメっ! これ……ッ、ラゥミアから、いきなし触手がよッ!?」


 彼らのアングルから見れば、突然人魚の体から毛深い触手が生え、己の動きを受け止めたように感じたみたい。言っておきますが、迫り来る凶器を小太りのオジさんごと触角でキャッチしたのは、ハウ様であります。


 その証拠になるか定かではないけど、綿毛の獣のプチ切れ台詞をどうぞ。


「おっちゃん達ちょっとタンマ。そん前に、こいつ退けてくれる?」

 今度は無視されない位の声量で、ハウが僕の頭の上から発すると、


「しぃちゃんコレまだ生きてるよッ!! たっけて!? 俺をタッケテ?!」

「ちょあ、コンチクショウが! なにおまコンチュ、コンチキショウめが、オゥこらテメ──!!」


 こんなコトになりました。

 怯えて縋る小太りのオジさんを前にパニックでも起こしたか、探索Lv42のオジさんが二度三度とN字型の刀剣を落としては拾いを繰り返し、ついにその得物を上段に構える事に成功する。


「いやだからさ、タンマッつってんのに助けてほしいのは俺らなんスけどもっ?!」


「しぃちゃんヤれ! ブッチョンブチュチュって斬っちまえ!」

「ょおぃッさぁああああ゙アァアァアアッ!!」


 なんともはや、餅つき大会でテンションを間違えた近所のおっさんが探索Lv42のオジさんとタブる。

 声が小さかろうが大きかろうが関係無い。ハウの訴えは粉微塵にされて、二人には届きそうにないなこりゃと、僕は超絶に雑な太刀で振り下ろされようとする刀剣を眺めていた。


 こうして、願ったり叶ったりの死亡エンドに進み、何はともあれ僕らは巷で噂の『デスルーラ』(死んで初期位置に戻る便利な方法)を体験するのであった──と、するにはまだ早いらしい。



 これは再び条件が揃ったと言うべきか。



「ぁ?」

「──ほぁッ!? なンズ──!」

 ふと体に軽さが戻った──と思うや、『突発的な現象』により探索Lv42のオジさんが仰け反る。──際、迫る刃は逃げ峰に変わって彼方へ吹っ飛び、僕らの視界は電源をオフったように忽ち黒く変色し出した。



 ──またしても、この現象。



 先の出来事で、暗い蛇の化け物が一瞬にして姿を消した様と同じく、今度は人魚にて、黒い霧となって姿を霧散させて消滅する現象が起こったのである。


 とあれば僥倖、一考無しだ。


「離れよう……っ」

「お、よっしゃッ」


 重く伸し掛かっていたモノが消えたお陰で、僕とハウは直ぐ様身を起こし、ツッタンと地を鳴らして飛び退く。一瞬にして僕ら全員を包み込んだ黒い霧だったが、思ったほどの拡がりは見せておらず、僕とハウは早々に暗闇から抜け出す事が叶ったようだ。

 けど、あのオジさん二人は──。


「しぃちゃんドコ!? しぃちゃんis何処!?」

 相方を見失った小太りのオジさんの声が、なんとも切ない。


「さっちんン逃げろッ! 先方が……ぁ、おォ怒ぃだからァアあ゙っ!?」

 見えぬ先で、探索Lv42のオジさんの声が、肉が擦れるグチグチとした音と共に潰れていく……ッ。



 ──一体、中で何が──?



 探索Lv42のオジさんと思われる悲鳴が突如止むと同時に、二人を包んでいた黒い霧が一気に収縮を始め──そして……。



「──お前タチの目的は私の肉か。そんナに欲しイ?」



 霧が失せ、その第一音に声を乗せたのは嘲笑する人魚。それも、その人魚は……あろうことか、見覚えのある顔をした、真新しげな一体のグー・・・・・・・・・・ルにおぶさっていた・・・・・・・・・


「しぃちゃ──! しぃちゃんッ?!」

 合わせ、小太りのオジさんが相対すソレに絶叫を浴びせ、


「手前ェ、ラゥミア──ッ。……しぃちゃんにぃ、何したんだよッ!?」

 震える短剣の刃先を人魚に向け、段々と声を粗げていく。


「『しぃちゃんにナニをしたか』? 見ての通り、私の肉を欲するに、相応しい『渇きモノ』にしたノよ」

 反して飽くまで冷徹に。何処までも無情に。問われても、さも当然だと言うように、人魚──もとい、オジさん達曰く『ラゥミア』はキョトンとして応えていた。

 『渇きモノ』となった身体の仕上がりを満足そうに見下ろし、カーディガンの様に覆わす両の腕鰭で艶かしく撫で回しながら呟き続けて、


「ヤハリ、ひょろい肉体よりも多少の肉が付いていル方が壊れにくそうだワ。これなら──」

 ──その果てだ。



「──『渇きモノ』とか、ど お で も 良いんだよッ!」



 突然の猛り吼えは怪しげなラゥミアの動きをピタリと止めた。無論、この大声は小太りのオジさんから放たれた轟音。ここで出る専門用語なんぞ取るに足らないのだと強く諭させる怒声だ──!


「 ウチのしぃちゃんに何してくれてンだって、言ってんだよオイ……ッ!! 」

 小太りのオジさんは尚怒鳴る。ギギギと歯を食い縛り、ノースリーブから溢れる柔そうな双肩は怒り肩だ。放っておけば、そのままラゥミアへと突進しかねない気迫を放つ。

 『侮るな。肥えた豚も元は山獅子だ。』なんて文言があったような無かったような。

 これに対して、当のラゥミアを見れば──、


「──はンっ」


 何処までも人間を小馬鹿にした顔をして、浮いた顎でオジさんを指し下していた。ハウがイラつくのも分かるぞんざいな態度である。


「片割れを盗られたのが寂しくて鳴いチャったか。……ではどうする? 『奪う者』らシく、私から奪うか?」


 奪えるのか? と、山獅子の牙を向けられても煽り続けるラゥミアに、オジさんは不毛な描写も飽く程、憤怒の言を繰り返す。

 その様は相方を盗られ、且つ人質にされているからか。彼は構えた凶器の行方も定められず、ただの一歩も踏み込めずにいる。


 この光景を眇み入る中で、ハウが声を潜ませ「俺らはどうする?」と聞いてきた。

 正直に言いますと、獣衣装をしてても尚空気扱いをされているのならば、僕らはお呼びでないと捉え、このネクロの洞穴からおいとましたい所存ではあるが……。


「つってもさ、やっぱ、あの木の玉を拾ってこないとダメじゃん」

 ハウが僕の首を少し傾け、暗いお花畑を覗かせて其処に落ちている異物を指す。獣衣装の際に落としたか、はたまたラゥミアにぶつけても期待通りの効果が無かったから捨てたのか。


 経緯はどうであれ、ファイユさんが探しているらしいアレを、そのままにして逃げる選択肢もチョイス出来そうではあるのだが……どうやらハウは、僕の案には反対のご様子だ。


「……じゃぁ、持って行きますか……?」

「当然さね」


 フェミニストな相方がこれなもんだから、従者安定の身こちらとしてもそう応えるしかない話なわけで。全くリア充は最高だぜっつって。

 この選択が鬱エンドに繋がっていない事を祈り、僕は息を抜きつつ……前方両者の動向を伺い……歩を進めようとした。



 ──しかし、ラゥミアとオジさん──双方を別つ溝は、遂に跨げぬ有り様へと拡がる。



「しぃちゃん……。すまねぇな」


 ごめんな。身体の震えも消え、ただただ短く謝る彼が持っていた短剣を腹下まで下ろした。


(……?)

 言い争っても不変の事態だと悟ったか。奪われた仲間は、もう元には戻らないモノだと腹を括り、諦めたのか。

 僕の中でネガティブな予想が走るが……その下りた剣の先が……再び、上がる。


「しぃちゃん。俺に言いたい文句は、沢山あるよな。──けどさやっぱ、一番の文句は……俺が、しぃちゃんに『嘘をついてた事』だよな」


「……ァ?」

 彼の打って変わった穏やかな口調に、流石のラゥミアも顔を固めている。


「しぃちゃんには、俺の探索Lvは10以下の駆け出しちゃんって、言っちゃってたんが──」



 ──この刹那。



「マジな話をするとな。……探索Lv──100……越えてんだ」



 その告白は息共々、探索Lv42のオジさんだったモノの顔に吹き掛けられていた。

 つまりは、見た目からは想像も付かない俊敏さ。喩え言葉を上げるなら『瞬動』『縮地』。気付けば其処にいる業と表現すれば合うか。


 更に言えば、突如とした急接近を許したラゥミアにも僕の反応と同じく述べられる。

 僅か数メートルしか無かった距離が一気にゼロになり、その凶器はいつの間にやら抱く者の腹に深々と埋まっているのだから、「は?」とか「え、速……」とかって顔になるのは当然だ。

 煽り厨のキッズプレイヤーなら、「はいクソー」と言ってゲームを投げるだろう。


 兎にも角にも、今の現状は、ちょっと理解し難い刃傷沙汰である。

 小太りのオジさんが、探索Lv42のオジさんと額を付けられる場所にいて、持っている短剣を『渇きモノ』となって干乾びたオジさんの腹に突き刺した……なんてそんな、どうして矛先をそっちに向けた的な。


 事態は、小太りのオジさんによる喚き──「廃人じゃんとか、現実逃避乙とか言われたくなくて」云々カンヌンが感動を呼ぶシーンへと移り、理解に苦しむ僕を完全に置いてきぼりにした。


「フん……。ただの阿呆が私の肉を取りに来ただけに見えたが」


「事前情報を得るってのは馬鹿に出来ねぇんだわ。……しぃちゃんを、手前ェのケシンにゃさせねぇよ……! 糞外道──がッ」


 破ッ──と、小太りのオジさんの腕が一気に突進するや──渇きモノの背中から、短剣を握り締める拳が、肉片を伴いながら突き抜けてしまった!


「ウッソ。チートやん」等と口走ってしまった僕が、如何にドン引きした事案かお分かりいただけるだろうか。

 そして、元々は友人の体であったであろう肉を貫いたオジさんの手が折り返し、ラゥミアへと向かう──の、だが。



「脆いとは、残念」



 オジさんの指先が触れようとした時、またもや暗い霧を放出する霧散が起こった。一瞬で両者が接に違い、次にラゥミアが現れたのは、あろうことか──、


「ァはハぁ。少年を狩り直セないのは無念だわぁ」

「──ッな?! ちょッ、重!」


 ラゥミアは、『ドスン』と僕らに覆い被さってきた。どうせなら、最後までこっちを空気扱いしててくれたら幸せだったのに、この化け物は最初から僕らを眼中から外していなかったとする文言を吹き掛ける。


「こうも邪魔が入っては、オ互い拍子抜けだろ? ケンカとやらノ続きは又いつか……。そうだな、少年がその気・・・になった時ニでも」


 「少ネんを『コ』に迎えたかったが、これでハ遺憾千万に堕ちる」などと囁かれ、序でこのまま耳を喰い千切られるのではないかと恐怖してしまう。白々しく冷たい唇を耳たぶに這わせるその行いに、ハウが、


「やめとけよ。こいつが耳舐めプレイに味をしめたら面白過」

「おまえこそ、(その発想)止めとけよ?」


 どんな形であれ敵対し、あれだけ暴れまわった割にはハウとのいつもの掛け合いを始めてしまう辺り、拍子抜けしていたのは当たりか。

 ニチャっと口許を吊るラゥミアも、ハウが仕出かしたケンカには、もう消極的なようだ。

 反面、あのオジさんは、


「──ッつぉおおい! 何処だゴラァ! 今度は俺かッ? 俺を渇かすかッ! 俺の贅肉を渇せんのか、やってみろやぁああ゙あ゙あ゙!!」


 走り出した車は急には止まらないみたい。未だ残る暗い霧の中からがなる彼の怒号に含まれる悲壮感たるや……。

 いっそのこと、ラゥミアも自分の肉くらい分け与えれば良いのにとすら思ってしまう。どうせ体を毟っても元通りになるのだろうし。


 こんな思考が暗い霧を見据える仕草から漏れたのか、「アレを哀れむか」と、ラゥミアが話を繋げる。


「不毛ナ同情は損をすルゾ? 奴は正しく仲間を引き留めただけダから」

「……引き留めた?」

「……? ──ふむ。知らなイナら、後で奴に訊いてミなサイナ。アレは『正しい』と知れル……かもしれなイ……


 『が』。

 ラゥミアはその先を言わず、吹かした暗黒微笑みたいな含み笑いを浮かべるや突然──ザァッ──と、暗い霧となって四散してしまった。


「……えぇ」

 いやいやなんでやねんと。

 別にケンカして仲良くなった訳ではないが、そんな急に謎を含んだ去り方をされると求めてしまうと言うか、あんな情緒不安定になったオジさんの相手をさせようとしないでくださいと心細く思う。

 そして結局『コ』の正体も謎のまま。どうせなら、このまま一生知らずにした方が幸せかもしれませんな。



 ……御託はいいとして。

 ラゥミアが居なくなったからか、オジさんらを包み込んでいた暗い霧が煙散していく。暗いお花畑も花の化け物も同じ。残され露になるグールの残骸と瓦礫に囲まれた『正しい』光景に、オレンジ色の陽の光が差した。



「……しぃちゃん、まだ聞こえっかな? どんよりっ子は居なくなったみてぇだよ……」


 渇きモノは何も応えない。太い腕が引き抜かれた後の細い胴体から、土色の粘液がボタボタと落ちようが離れず、小太りのオジさんは相方に語りかける。

 二人は膝で立ち、適した音楽も流れない事後の余韻に新しい花を……手向けの花を植えていた。


「しぃちゃんはさ、頑張ったよ。探索Lvが1の頃から、もっと遠くへ……もっと遠くへ行きたいって無茶してよ……」


 渇きモノの動きが無くなっていく。

 汚色に堕ちる眼球も隠せず、固まって半開きになっている瞼が唯一、語りかける相方の声を必死に拾っている様に見えて。


「けど、もう見栄なんか張んなくても大丈夫だ。しぃちゃんは人のままいれる。また自分を築き直せる。……だからさ、安心して……な?」


 『俺だって大丈夫だ』。

 旅立つ者に手を振るように、彼は送る。

 もう動かず、干乾びて脆そうな体を脂肪の塊に包まれて、何も言わず、何も応えず、ゆっくりと去って……。



「──ちゃんと……ッ、ちゃんと探し当てっからな。絶対……! 『新しいしぃちゃんに』……ッ」


「……ぁ」

 最後は淡く光り、まるで済んだ開拓物のように……光の粒となって、探索Lv42のオジさんの体が弾けてしまった。


(あれが、この世界での『死』──云わばログアウト……)


 蒼白い数多の小さな光が陽に誘われるみたいに、昇ってゆく。

 囁かれた相方の決意を持って逝けたのかは分からない。それでも、その生故の汚さを拭い去る『死』はとても綺麗で、且つとても儚く──又、声に呼応しているように強く瞬いていた。


 これが『正しい』。

 こうしておいて間違いない。

 こうなる事こそが外道に堕ちぬ正処方。


 言の葉を摘む分からして、これは僕には理解できない輪廻転生の話かな。


 積み上げて、誰かに壊されて、また最初から。

 サラセニアと言う世界にとって、これが正しいとするのなら、僕は此処で何かを志せるのだろうか。……何かを築く気持ちになるのだろうか。



 ──少し長考が過ぎたかも。

 頭の上から「キキ! キぃキ!」と呼ばれて、そんな自分の名前を鼻で嗤いそうになったのも、ハウは止めてくれた。


「なんス……か?」


 綿毛の獣を見上げようと顔を仰いだ時、僕の視界に『異様な物』が映る。

 とっ散らかった洞穴の聖堂に、友に死を贈ったオジさんの哀愁が満ちていた筈なのに……アレは──。



「──『樹』?」



 何処からとも無く芽吹いていた『樹様な物体』がメキメキと伸びる。


 昇華しゆく蒼い光の粒を逃さぬと追うようなソレは宛ら──翔ぶ蟲を喰らおうとする食虫植物の『化け物』に見えた。




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