第十七月:『嫌です』
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「──のち……ぃ、せ……と──ッ」
「ファイユ様っ。待って、下さい!」
陽に晒される場所が刻一刻と無くなってゆく樹都の森。
枝間を流れる光源──魔法樹の魂達に照らされながら、わたしは主嬢の背中を必死で追っていた。
「ククもっと急いで! 早くシュジュを見付けないと、森が拡がる!」
「拡がるって……。なんで、そう言う1+1=なんやかんやあって5みたいな話になるんですかっ! まずは説明をッ!」
キキ様方との通話後、ハウ様が木の玉に触れられたと知ったファイユ様は焦燥して、すぐに「森に降りるよ!」と仰った。
例えわたしが蚊帳の外にいる身であっても、ゲスト様になにか起こるのならば、一時は案内人を務めさせて頂いた身でもあるゆえに、命じられるままではいられない。
せめて簡潔でもいいから説明してほしいと、わたしが不服に声をあげていると、ファイユ様は走る速度を落とし、肩越しに此方を見た。
「──んぁあああ゙あ゙、説明がめんどくさい!」
めんどくさがり屋さんは頭を掻き毟ります。
怖いですね。
開拓演習場の武器倉庫の真下まで、あと少しの位置。ファイユ様は急かしていた脚を停めると急転換し、ズンズンとわたしに詰め寄るように捲し立てた。
「いいクク、よく聞きなさいっ? 今見つけなきゃいけない木の玉こそが『シュジュ』。正式名称は『古魂の珠樹』。私が作った、魔法樹の魂が森の外で活動する為の、私達で言うところの『拠点』なの。携帯用。便利ねっ」
一刻も早く問題を解決したいのでしょう。冷静に努めようとしても、彼女の声はどんどん強くなっていく。
「珠樹がこの森に落ちてそのままなら良し。けど、珠樹に触れたハウ君が魔法樹の魂達に『種運び』として使われてたら、此処にはもう無いって事! 外に運ばれた珠樹は新鮮な死を基に芽吹いて、あっと言う間に青樹の魔法樹になっちゃうわけ……ッ!」
「たねはこび……」
「森が拡がればアウトだよ。悪いこと考える輩に使われて、魔法樹が持つ中毒性にヤられでもしてみなさい。最・悪、宮地同士の雌雄決着をも越えて、純粋な【森の奪い合い】が起こるわ」
「うばッ……。し、雌雄決着の範囲、越えますか……」
「えぇえぇ、聞く分には楽しそうね。けどそしたら、兄さんが言う樹都フォールの戦力増強は必須。これに『嫌です』って言ってる私が馬鹿みたいになるじゃん!?」
(……既に皆さん、あなたをばか娘と仰っております)
森の契りに深く関われないわたしは、ファイユ様の手となり足となり、尽力を惜しまず最高の結果を齎すだけで良いので、
「魔法樹の中毒性が原因で、ですか。……由々しき案件ですね」
と、難しい顔して唸ってみた。
ぶっちゃけますと、宮地同士の雌雄決着とか尊過ぎてウェルカムとか思っちゃっているわたしがいますが、こんなコト言える筈もないのです。
「──由々しき。……そう由々しき案件。それが一件だったならまだしも、まだあるの。……見てて」
ファイユ様は唐突に人差指を掲げ、上級魔法でも唱えるかのような凛とした声で叫ぶ。
「 私に従う人、この指とーまれッ! 」
一瞬わたしが飛び付く事案かと思いましたがそうではなく。
「──おぉ」
彼女の周囲を飛んでいた魔法樹の魂達が群がり、ピンと立たされた指に集まっていく。
さながら、ファイユが灯台にでもなったかのよう。
「……見ての通り、ここの魔法樹は私にだけ従うの。だけど、森の外で生まれる魔法樹に関しては、れ・い・が・い・な・の!」
「……? 例外なのですか」
「それこそ、私が一番嫌だと思ってる案件っ。魔法樹をどうこう出来る権力だよっ? 私に従わない魔法樹があるぜーなんて話が、トグマ兄さんの耳に届かないわけ無いじゃん!」
ファイユ様が力一杯腕を振り回すジェスチャーを付けるものだから、袖が捲れて手首についた術印が露になる。一見ブレスレットのようにも見えるあの術印は、ファイユ様が森の主にのみ授かる権力を他者に渡さない為のプロテクトコード。
それを見て、流石にわたしも察する。
これは、そうまでして守りたいものが、絶対に渡したくない人物に流れてしまい兼ねないって話だ。
つまり、ファイユ様が苛んでおられるのは自身が担う権力の分散。
ひいては先の通り、樹都の森──いえ、吸魂の森が持つ危険性の露呈と拡散。ファイユ様は、それを阻止したいのだ。
急く主様を止めてまで説明を求めたお馬鹿なわたしに、ファイユ様はどんな時にも見せた事の無い怯えた表情のまま近付いて、嬢仕の服を掴み、乞い縋る素振りを見せた。
「ねぇ、クク。貴女は私の矛でしょ?」
「ぇ。……はい」
「なら、お願い。そうなった時は──」
まだそうなると決まったわけじゃない。わかってる。わかってる筈なのに、ファイユ様は溢れる不安に囚われたか、遥か先の詰みを覚悟したような一手を打つ。
「──私達アーツレイを裏切りなさい」
「──……ぇ」
それは、わたしが「嫌です」と言うに言えない狂気の一手にも思えた。
「……う……らぎる……ですか」
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