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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:ネクロの洞穴
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第十五月:『Boss戦!』




 第一に『魔餓の寄生植物』という、とあるアクションゲームに出てくる悪魔を思い起こした。


 その悪魔は、動物系の悪魔を見付けるや喰らいつくように寄生し、急かさず不気味な花を咲かす。

 逃すまいと張る根は瞬く間に肉体の内部を埋め、体液という体液を残さず搾り取る。

 やがて喰われた悪魔の原形は崩壊。その見た目は正に絶望的で、植物と動物が融合したとも言えぬ花の悪魔と化すのだ。


 説明書に記載されていた紹介文によると、こうして脳を喰われ、体を乗っ取られた悪魔は他者を襲い、殺し、肉体に種を植え付けていくらしい。それはもう……花が枯れるまで。永遠に。



 僕の目の前で繰り広げられているのは、そんな感じではなかろうか。

 一時はグールの女に纏わり付き、巨大な蛇の化け物に変えていた『暗い霧』は、同じ様に、三十体ものグールに纏い……姿を変貌させていく。



 どれもが一律して暗い花。

 ひとつひとつが人の身丈など優に超える、呪い花だ。



「──キキ、ヤバくね? やばくね??」


 犇めかしたクロユリの様相みたくグールの上半身を覆い、四肢に鞭のような暗い蔦を畝らせ、辛うじて露出した胴体に異様な色の液体が伝い、ボタボタと垂れては壊れた床の溝に溜まる。

 こんな物を前にしたら、やはりハウも慄くか。

 かくいう此方も引き攣った口角が戻らん。

 今度は僕がゲロりとイきそうだ。



 それでも、こんな時だからこそ僕は冷静でいなければ。



 「多勢に無勢だな。パーティー専用のイベントっぽい」なんてそれっぽい発言もして、選択不可になった逃げるコマンドを打つと発する拒否SE音でリズムを刻むくらいの余裕を保って、何が起きても現実思考でいよう。

 むしろ逃げるコマンドが使えないのはバグですかと、運営に問い合わせるのも賢明ですな。


「……オイ、キキ! 呆けてんなって! また来んぞッ!」

「ぁ。……ッ」


 叫ばれて気付く。

 暗い花の数体が一帯から抜け、鷲掴もうとする巨大な手の如く僕らへと襲い始めていた。


 暗がりゆく視界に再度喰われる悪寒が走り、『嫌悪感』が自分の左手を急かす──。完成はものの一秒足らず。──瞬時、展開させた開拓テーブルに描いた曲線が現れたッ。


 それは二本の半円の格子。

 開拓者の前方百八十度に渡って隔てる防護柵──の、つもりだ!


 グロテスクな花を咲かせた暗く汚い全身で覆い被さろうとしてきた不届きモノ共は、突如出現した障害物に次々とぶつかり勢いを喪失。だが柵も弱い。折り重なり荷重を増され、あっさりと押し倒されてしまった。


「ハウッ、仕掛けるなッ。回避専念!」

「オッケオケっ」


 指示を承ったハウは直ぐ様飛び退く。同時に二本の触角を鞭の要領で床を叩いては勢いをつけ、聖堂を囲む滝の近くまで僕を退かせた。



 そして二人して眇む。



 聖堂の中央部から凡そ五十メートル離れた外周部から。

 改めて祭壇方向で起きている事象を。

 『暗いお花畑』を。


 祭壇の中段で磔にされている人魚の下方の、死者に手向ける生者の怨恨にも見える仏花共を──っ。



「で、どうすんさコレ」

「ぇ。──あぁ、とりあえずスクショしたらSNSに『攻略法求む☆』とでも書いて投稿し……いや、知恵袋の方が返答が早」


 違う……なにを言ってるんだ僕は。


「じゃなくて。何とかして、逃げる選択肢を出せればいいんだケド……」


 出口は今いる所の対角線上。

 遠く離れているとは言え、ハウであれば容易に到達出来るだろう。……こんな、人様に敵意を剥き出しにして蠢く、訳の分からない暗いお花畑なる障害物が無ければな。


 奴らはひまわりとは違い陽光など捉えない様子。

 行き交い、ふと見上げる人と顔を合わせるように咲く桜の花に反して、気持ちの悪い花弁を此方に向けていた。


 狂乱状態のバーチャルモンスターを前にするより、ずっと不気味で、ゾッとする光景である。


 獣衣装を解いても安全なのであれば、今すぐにでも僕はステルスチートを全力展開しながらハウを投げ飛ばしつつ出口に直行するぞ。気持ち悪い。


「やっぱ逃げる……か。……喧嘩吹っ掛けるヤツ、間違えたぁかなあ」

「はは。今度からは、ちゃんと相手を見定めてからにしよう」



(……しっかし、そうだな)

 冷静に現状を把握するなら、まずアレはナニか。僕らは一体全体ナニを相手にしようとしているのかを見定めたい。


 グールに纏い、姿形をそっくり変えてしまう暗い霧……。


(あれはなんだ……?)


 あれが『本体』?

 明確な自己の形を持たず、他者の肉体を核として実体化する霧の化け物……とくればガス系。それとも死霊レイス系?

 そんな類いだと、こんな鉄塊グローブみたいな物理の力だけで切り抜けられるのか……。いや、無意味な攻撃を永々とさせられて、ジリ貧になるのは確実。


 蛇女の化け物も、きっとそう。

 あんなもの、倒しても意味なんて無かったんだ。

 倒すなら、『本体』を捕らえなくては。



「──はぁ」

 とにかく、もうこんなクッソ重い鉄塊グローブは必要ない。邪魔だ。

 そう判断した時、右手に嵌めていたグローブが淡く光り、いつかの木の盾と同じくパシンと弾けて消えた。


 舞う光の粒には目もくれず、次を考える。

 体の操舵はハウに任せている分、目標を定めるのは僕の役目。彼にどう動いてもらうか。どう息を合わせるか──。



「──あぁっと。思考中悪いんだけどさ、逃げるんなら俺らは入ってきた所に向かえばいいわけ?」

「……いや、やめとこうソレだけは。さっき散々迷ったろ。洞穴の構造も分かってないのに、なんも考えず突っ走ったら行き止まりで詰むぞ」

 経験上。


「んなら……やんのか? やれると思うか?」

 経験上?


「……無理だね。超逃げたいよ」



 僕が知っている範囲での話だが、この系統の強制バトルイベントはMMO特有のパーティー攻略を念頭に置いたものだ。若しくはレイド。

 『多人数で力を合わせて窮地を切り抜け、絆を深めちゃおう☆』なイベントで、「俺ソロプレイ主義者だし? ぼっちとかじゃねぇし?」みたいな一匹狼さんでは攻略不可な無理ゲーなのだ。


 だから、今の僕らにとっては、これは『脱出ゲーム』に相当する。

 寄生植物の妨害を潜り抜け、見事聖堂を脱出してみせるのじゃあ(ヨボヨボ声)って感じかな。


(と、考えると……出口は、あそこしかないよなぁ……)


 見上げた天井の一画。

 十字に裂かれ、外の光を溢している……あの隙間。

 地上から七十メートルって高さにある裂け目に、果たして足が届くかどうか……。



「────ッ」



 唐突。体がビクンと跳ね上がった。

 無警戒方向からの冷気──。


 僕が敏感に感じたのではなく、ハウが知覚したか。

 人が考察に熟さんと悩んでいる隙に、敵意は既に背後に忍び寄っていたらしい。


「なっ──ん──?!」

 ハウの反応に次いで、背後の百八十度から咲き乱れた無数の暗い花々に、僕は虚を突かれた。


 これが綺麗な花であれば、さぞかし僕らは少女漫画のフェロモンエフェクトを背負ったイケメン様のご登場一コマ目にそっくりだと笑えただろう。──けど、花弁から伸びる数多の『針』と、アイアンメイデンのように閉じ込めに掛かるその挙動は、笑えない話であるッ。



「あッ──ぶねぇッ!」」

 一切の躊躇もなく針を食い込まそうとしてきた花束から、ハウが寸で跳び去る。


 ──だが、まだ逃れきれていない。


 今度は四方八方。慌てた事で若干体勢を崩した所を、再度狙われた。

 瞬時に周囲を囲み、光景を消し、大多数で被さろうとする花々。あっという間に視界が暗くなる。密集し過ぎてて、数なんて分からん。とにかく団体さんのご到着だ。



 こんなの、僕の『開拓』なんて間に合うものか!



「ヌォっセイッ!!」

 完全に囲まれる前にハウが吠えた。

 長く撓る触角を一つの花に絡め、無理矢理押し退けて隙間を空けると、食らい付く花々の間を強引に抜け出たのだッ。


 仮に殺られても、ハウがまた『やり直し』をして、こんな状況も、華麗に切り抜けられる筈……と、思ったのだが。


 ハウにしては、余りに泥臭い回避。

 相手を茶化すような憎たらしい身の翻しではなく、どうしようもない力ずくの緊急離脱であった。


 針先を掠めた服は破れ、腕や脇腹、背中を異物が分け通った感触が走ったが、ハウの瞬発力が冴えていなかったら、噴く血は、もっと多かったかもしれない。


「っヅゥ! ──ハウ、やり直しは?」

「まだここ初見──ああ゙クソッ!」


 跳んだ先はお花畑だ。

 僕らを視るお花畑が広がっていた。

 元は腕であった蔦に、激動を加えたグロテスクな花々。

 僕らは咄嗟に地に着けた片足を捻り、地を割る程の爆発的な勢いを付けて方向転換ッ。これに間髪入れず、一斉に襲い来た無数の蔦の鞭の攻撃範囲から更なる離脱を図って、一気に走り出す!


 彼方も獲物を逃さぬとでもいうか、打に呼吸など入れず、数に物を言わせ、ガトリングのような攻めの撃手を出してきたッ!



「~~オォおォおあぉあ゙あ゙あ゙あ゙ッ!?!?」

「──ヒィあァあああぁあ゙アアっ?!?!」



 走れど走れど止まず離れない蔦の連打に乱打。

 行く先々に暗い花が次々と芽吹き咲く。

 入れ替わり立ち替わり襲い来る花の化け物を振り切ろうと、ハウが豪速で駆ける。彼に従う我が身は大きな円卓を廻るに飽き足らず、滝を登り、岩壁までも逃走の場とするが──何処へ行こうとも蔦の嵐は止まない。


 聖堂中が瓦礫の乱轟に震える。

 いずれ、天井が震動で崩れ落ちるのではと思う程だ。


 ところが、驚くのは化け物の猛攻だけじゃない。

 こんな状況でもハウが行う回避運動は、どんどん安定感を増していく事にも僕は目を見張った。


 本当に初見かと疑いたくなる。


 この上達が早さは、やはり『やり直し』の恩恵だろうか。

 僕の体感時間では、この世界に来てまだ二三時間なのに対し、森での逃走劇や洞穴で蛇の化け物を相手にした喧嘩に費やした実戦のプレイ時間は、恐らく数倍。

 試行を重ね、実証し、業とするには十分だと思われる。


 ああでも、運動神経とやらを自室のチェアーからマイベッドへダイブする時にしか使わない僕では、同じ時間を与えられた所で、到底こんな芸当は出来ないがな。


「キキ! 打開策!!」

「──ッ、思い……つかないっ。ごめん!」


 ともあれ、これではジリ貧だ。

 さっき思った以上に、寿命を縮められるジリ貧。

 回避専念と謳ってしまった僕の判断を逆手にでも取ったのか、化け物共はわざとらしく蔦の攻撃をギリギリで躱せるような動きを見せ、此方の体力を必要以上に減らさせている感すらある。


 長け始めたハウの業を以てしても、完全に彼方のペースであるなら『詰み状態』に追い込まれるのは時間の問題だ。

 せめて、反撃のタイミングが少しでもあれば……。



「──ッ!」

 そうだ。

 で、あるならばと、睨んだ方向は祭壇の正面付近──。


「ハウッ、あっちへ! 木のボール!」

「んぁ!? ……オッケ見付けた!」


 僕が担当する左手で彼方を指差すと、ハウはすぐにソレを捉えて進路を曲げた。


 僕はこれから落としてしまった木のボールを回収する。

 あの時見た状景は偶然かもしれないけど、もし暗い化け物がアレを拒絶する理由があるのなら、僕らにとってソレは『矛』になりうると考えた。



 あの『矛』は『黒を払う』。



 祭壇に近づくにつれ、駆ける地面が漆黒に変わる。踏み締め、付けた足跡から暗い花が這いて咲く地面。それらすらも餓鬼のように僕らを捕らえようと、花弁を伸ばす悍ましい光景に総毛立つ。

 聖堂の中心は、すでにお花畑の支配域。

 此方よりも背の高い花の化け物共と、その下を覆い尽くす同種の小花と……暗さに飲まれた祭壇は、地獄行き確定の黄泉の入口に見えた。



 願うは、『木のボールよ、活路を開く光であれ』だ!



「──ッうぁ。……駄目だ、一旦離れていいか!」

 お花畑に近付けば、そりゃ弾幕の密度が増すってもの。

 高速で撓り、幾ら躱してもしつこく打ちに来る蔦や針に、ハウが嫌気を差したようだ。


 あと数メートル。

 黒くなった地面から生える小花で、隠されてしまいそうだが、木のボールは依然、祭壇の右前十数メートル地点に転がっている。……取るに叶わないなら退くしか……。


「それなら、木のボールを見失わない位置を維持しよう」

 大丈夫。場は不利でも、焦ることはない。


 僕の賛同を聞いたハウは、一気に滝の近くまで跳んだ。当然、僕らの目的を阻んだ化け物共は追随し、僕らを休ませてくれないよう。



「──邪魔だコラッ!」

 ……いい加減、友人のフラストレーションもピークなご様子。


 着地地点に先回りしていた化け物の一体を蹴り倒し、続け様に痰を吐き捨てるような無慈悲さで滝へと吹き飛ばした。

 気持ちはわからなくもないけど……サポートする手も空いてしまってる以上、攻撃に転じる他無いか。……いやしかし。



 開拓テーブルに表示された資材項目の欄に目を落とす。


(……鉄鉱石……資材……。もう何もないな)

 原木……。石工材……。鉄鉱石……。

 どれも、いつもなら嬉しい『0』の数字が並ぶ。

 ……この戦闘で、使い切ってしまったのだ。


 元より大して採掘が出来ていなかったのもある。完全に準備不足。舐めたプレイ。コンビニに寄るテンションで雪積もる山脈に抱かれに行くのと同じ。

 まして、物量で襲いくる敵に対して攻めに定めるなど自殺行為だ。こんな条件で回避逃走以外に手があるものか。


 こう言うゲームの場合は、バトルステージの端の方に回復アイテムとか、グレネードランチャーが落ちている(?)ものだけど、何気にリアル仕様のこの世界では、そんなイージー要素を期待するだけ損ですね。知ってました。本当にありがとうございます。



 ──だったら。


 友人に操られたまま、横目でチラッと祭壇を見る。



 開拓や獣衣装の恩恵、並びにハウの特権を以てしても、お花畑の弾幕を凌ぐ術も無い。

 手の届く範囲に起死回生のアイテムも無いのならば、頼るのは固有スキルだけであろう。



「──やるか……ッ」



 僕は気合いを入れ、憤怒と伝家の宝刀を抜く。

 実験を経て、真相に触れた己の能力を実戦で使う時だ。



「ハウ、獣衣装を解いて」

「はぁあ?! こんな時に自殺衝動が……って……。おい、まさか」


 鞭には鞭を。

 ハウが触角で返り討ちにした化け物を、また滝に蹴り飛ばして言う。


「ここでやんのか? 『必殺空気くん』を?」

「──ステ……ッ。せめて空気属性と……」


 コイツとアホみたいないつもの掛け合いをするのも悪くない。だがしかし、今は、一刻を争う。木のボールがお花畑に飲み込まれる前に回収しなければ。


「いんだなっ? その選択でッ」

 獣衣装を解けば、僕とハウの動きはお通夜に相当する。

 運動神経皆無な僕では走っても空気は唸らないし、ハウに至っては二本の短い足で兎みたいにピョンピョン跳ねる萌え仕様になるしと、ある意味舐めたプレイに磨きが掛かる。


 ハウにはやり直し特権があるとは言え、アクロバティックなアクションが制限されては、この劣勢な状況から『逃げ切る』とする、成功のビジョンが見えないと訴えているようだ。


 ……それを言うなら、僕だって見えてないさ。

 ただ、答えが合ってればいいなぁ程度だ。

 この冷静さに恐れ慄け。


「他に手が無いだろ。早く」

「……んク……ッ。わぁかったよ」


 ハウはヤケ糞気味にぼやくと、背後から打ち付けんとした化け物の蔦をタイミング良く掴み取った。更に気持ち悪い図体を強引に引き寄せたかと思うと、変な液体にまみれた化け物の胴体を豪快に蹴り上げるッ。


 ハウの攻撃はそれだけに止まらない。

 浮き上がった化け物と同時に宙を舞い、両者は虚空に弧を描く。


 視界が天地反転した次の瞬間、化け物の背から水飛沫が上るや、続けて白い気泡が視界全てを洗うように過ぎ去った。

 ──これは、流水道に入ったのか。

 足蹴にされた化け物はジタバタと蔦を荒ぶらせるも、無慈悲な友人によって底へ底へと押し込まれ、ついには溝の底に沈殿する骸の中に捩じ込まれて、埋もれていった。


 ここでハウが獣衣装を解く。

 抜けた綿毛が、ごそっと浮き上がる光景を掻き分け、別個に戻った僕とハウは水面に顔を出した。


「──プァッはっ!」

 追ってきていた他の花の化け物共は──。


「……ぉ? お?」

 マスコットみたいになった友人が辺りを警戒する。化け物共は……僕らを、見失っていた。強い水流に流されて、飛び込んだ位置と顔を出した位置が大きく違うからかもだけど、これは多分一時的な事。逃走もののゲームでよくあるハラハラタイムだ。

 再び奴らの視覚野に収まる前に行動に移そう。


「ハウは隠れてろ。僕一人で行く」

「ぅ……おっしゃ。任せた……!」


 プカプカと水面に浮かぶ綿毛の獣を尻目に、僕は流水道から上がると同時に意識を一つの概念に集中する。



 ステルスチートの発動という、特定視野の解放。


 世界を二つに分かつ、仮想線に飛び込む。


 別れた世界には目もくれず、ひたすらに線を辿る。


 音を切り、圧す力を流し、嗅ぐ意を忘れ、空気に乾き、視る物はひとつだけ。


 暗い眼前を、縦に割いた白線だけ。


 そうして歩く。


 何度も、足を前に出す。


 何も知らず、何も知り得ず、また一歩。


 また一歩と。


 意識的に。または無意識に。


 前と決めた方向へ、確実に。



 そうして、僕は気付いたように顔を上げる。


 思考が戻り、木のボールの事を思い出す。


 どれだけ進んだかを気にした。


 音に変化は無いかと、遠くの水の音まで拾った。


 唾を飲み、息を吐く。



 ステルスチートを解除して、最初に認識したのは──




「──キキッ! 気付けッ!!」




 滝の轟音に飲まれそうになりつつも、その小さな体から精一杯声を放つ、ハウの叫び。



「…………ぁれ……?」



 仮想線が消えて、暗い視界が戻った。


 それと、暗い中に、見覚えが曖昧なモノがひとつ。



 半人半魚の姿。


 暗い霧を泳ぎ、僕の視界に止まり、行く手を遮っていたモノ。



 嗚呼、この展開も、『お約束』だと言えるのか。



 気付けば、僕は暗いお花畑の上で、ニタァと嗤う【ソレ】に押し倒されていた────





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