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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:ネクロの洞穴
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第十四月:『勝利……からの?』




 女の顔を歪ます暗い蛇の化け物の尾に払われ、景気よく投げ飛ばされた僕らに勝機が訪れた。


 高い高い天井の近く。

 僕の体を操るハウが、ふわりと身を返す。

 見下ろす地面には化け物。


 彼は即座に落ち行く先を化け物の背に定め、右手にグローブのように嵌めた鉄塊を──獣衣装を纏う僕の体ごと──落雷の如く撃ち落とすッ。



 一直一閃!



 肉を圧して断絶させられる形状の鉄塊は、化け物の硬い鱗をまるで『おかき』でも叩き潰すように砕き、透明な体液を噴かした柔い肉を穿ち、忽ち蛇の図体をくの字に跳ね上げた。


《 ッあ゙ァあ゙、あ゙ッ──!! 》


 勝利を手繰り寄せた一撃で臓が潰れていく。

 マンドラゴラの絶叫にも似た金切り声が、聖堂も大気も大きく震わし、やがて──ズズン……と、化け物は力尽き、呆気なく地に伏した。


「~~ッ! ぁあ゙あ゙っ、どうだこの野郎。今度は・・・勝ったぞッ」


 何はともあれ、そんな断末魔の叫びに負けず、動かなくなった化け物を足蹴にして、ハウが鼻息を吹かした。


 戦場の勇者よろしくばりに掲げられた鉄塊のグローブが煌めく。

 十字に裂かれた天井の一画から降りる陽光も、聖堂を照らすだけではなく、勝者を讃えるに丁度良い演出だなと、僕も友人の雄々しさを習う所……ではあるが、その前に。


「今度は……って?」

「おぅさ。二回最初からやり直した。……聞くな」


 どおりで。

 苦戦はしたものの、鉄塊を持ってからはさしてダメージを負うこと無く、スムーズな立ち回りをしているなと思った。


 僕が彼に加えた『戦力』が、やたらめったらと重い鉄の塊であったから、下手したら足を引っ張る結果になってしまうのでは……? と危惧していたが……まあ、この友人に与えられた『特権』のお陰で、無用な心配に終わったようだ。


 堂々と張る胸はどちらの意思かなど、最早考えるに値しないだろう。

 ハウは僕の力を乗せて喧嘩に勝った。

 それで、十分。


 喧嘩と称させてもらった一連の騒動が終息し、ハウから体の主導権を戻された僕は、喧嘩跡となった周りを見渡した。



(……やれやれ、酷いものだね)

 此処彼処にいたグールらは潰れ、残骸が散らばり、鳥に荒らされたゴミ捨て場みたいだ。

 規則正しく整列されていた長椅子は全て壊れ、汚いながらも、うっすらと幾何学模様が描かれていた床は、新雪を踏み荒らされたような現状……。綺麗なまま残った床を探す方が困難を極める。


 だが、そんな中でも、人魚の死骸が奉られている大きな祭壇は、最初に化け物が壊した上部分に損傷が見られるだけで、他の大部分は無傷のようだった。


 無論、その人魚も。


 改めて眺めた祭壇の中段。

 一本の黒い金属の棒に、逆さまの体勢で磔にされた人魚。白くて、陽光の柱の端に掛かった、綺麗な肉体。相変わらず大口を開け、今にも叫び声を放ちそう……なのだが。


「──ん」

「なん?」


 あれ? と、眼鏡越しに目を凝らして、の姿よぉく視だした僕にハウが疑符を打つ。

 この友人は気付いていないのか。それとも、僕が気付いた変化など、取るに足らない事だったのかも。……そう言う設定・・って話で終わりそうでもあるし、僕も気負わず、彼方の人魚を指差した。


「あ、いや。……綺麗な肉体だなぁって思っただけ」

「……? ほっほう」


 『興味深い』『癖的な?』なんてニュアンスで感慨深く僕を見下ろしてきた彼は無視しておこう。

 こんなのを相手にしたら、ふと抱いた小さな違和感……『確か、あの人魚。さっき、この化け物に肉を喰われたり抉られたりしていた筈なのに……その跡は……何処にあったっけ……?』との思考が吹き飛──



《 ピピピッ──ピピピッ── 》



 ──ばす様に、突然アラーム音が鳴り、視界の中心に手の平大の二等辺三角形が現れた。


「……びっくりした。通話か。……ファイユさん……?」


 二等辺三角形の内側に浮かんだ『ファイユさん』との文字に、少し緊張した。てっきり、彼女との通話は、此方側からの一方的な相談のみに使われるものだと思っていたから、この呼び出しは正直想定外だ。


 とにかく受話に択そう。森で教わった様に、開示したメニューパネルの中心──六角形の選択枠の一角に指を置き、図形の中央へドラッグ。この一角に登録してあった彼女との通話枠を共有した。

 すると図形の中から第一声。

 ファイユさんにしては、大分畏まった女の子の声が響いた。


《 あ、キキ様? わたし、ククです。……今度は繋がりましたね 》

「……へ?」


 ファイユさんによる声真似の類……では無いか。


「クク……さん? 何故?」

《 代行です。ファイユ様が、原因不明の『失意症』を患いましたので 》

「『しついしょう』って……」


 突発性の五月病みたいなものだろうか。では、ククさんの声の近くでクスクスと笑う聞き覚えのある女性の声がするのは気のせいか。

 幽霊かナニかかな?


「それで、一体……?」

《 えぇと。わたしからはどのようにお訊ねすれば良いか分かりませんので……単刀直入に。──キキ様、木製のたまを、お見掛けしませんでしたか? 》

「『たま』……ですか」


 木製のたま……。言われて思い出せるのは、それやはり武器庫にいた時、ハウが咥えてきた品だけ。

 少し、くっ……と頭に乗っている彼を見上げた。

 見上げたら、即行で目を逸らされた。

 逸らされたら、そりゃ疑うだろ。


「ハウよ。あの時のボールどうした?」

「……どうしたもなにも……知んね。てか、忘れてた。武器庫んトコに落としたんじゃね?」

《 その武器庫に見当たらないので、ファイユ様がお二人にも確認をしておきたい……と 》


「んなん……言われてもさ。なんかにぶっ飛ばされて、目ぇ覚ましたら服の中だったし……。やっぱ、知らないかな」

「……ああ。あのファイユさんの突撃で、外に飛んでったかもって事か」


 あの衝撃だ。それなら納得。

 図形の向こうでも、ククさんが誰かに「ほら、思った通り森に落ちたんですよ」などと言っている。これに対してなのか、その直後、クリアな音質でハッキリとした舌打ちが聞こえた。

 器用な幽霊的なモノである。


《 ……え? ……はい。ご自分で問えば良いのに。……では、『触れた』事は、確かなんですね? って、ファイユ様が 》

「触れ……? あぁ、触った……よ?」


 触っちゃいけないヤツだったかと、流石のハウも鼻白む声色になった。


 条件付きに喧嘩っ早い奴であるが故に、情報量の乏しい状況に立ったとしても、なるたけ間違えた判断はしないと心掛けている彼だ。

 こう言った冒険モノのゲームに於ける『お約束』(今回は、ゲーム開始時に初期武器を選び取る事)に疎く、僕からの進言に沿うのは当然だったと言い訳出来ても、この女子達の確認の連絡は、額を押さえてしまうような案件であると、察したのだろう。


 口では知らないと言いつつも、あんな突発的な状況に巻き込まれては自身の記憶に確証を持てなかったらしく、僕の手を動かしては、帽子状になった己の体……モフモフの綿毛の中をまさぐっていた。


《 別に、触っちゃいけないってワケでもないんだけどね。ただまぁ……うん。持ってないならいいやっ。バイバイ☆ 》


 友人の焦慮も取り越し苦労か。

 突然ファイユさんと思わしき人物の声が捲し立ててきたと思えば、友達に手を振るような軽快さで、プツン──と、通話を切った。


「え、ちょ」


 っと待ってとの台詞も全て空振った。それはもう、一文字も届けられる事もなく……だ。


(……何か、慌てられたような……いや、気のせいか?)


 通話の終了に伴い、虚空に表示されていた図形は閉消。

 華やかな女子の声が止んだ聖堂に、湿った風が吹く。

 四方八方の滝の轟音は、より煩く感じられた。

 こんな間を与えられたらどうすればいい? 欧米人並みに両手を広げて天を仰ぐか? OH……つって。


「……とりま、ファイユさんの機嫌も治ってるみたいだし……それはそれで良かった。のかな?」


 うん。そう言うコトにしておこう。

 あの人のデフォルトパフォーマンスが、森で目の当たりにしたような堅苦しく苛烈に富んだ印象には止まらず、おどけた口調で対するきさくな面もあるのなら、僕も変に緊張する必要もないのかも。


 そう捉えて、はふっと息を溢した。



 さて。さてさて。よくわからない通話を挟んだが、いよいよだ。いよいよとして始めよう。


 臭くなっていた体を洗い流し、妙な蛇の化け物を倒し、ネクロの洞穴をクリアしたに等しいこの状況の次に来る事柄は、お待ちかねの『開拓と採掘イベント』である。

 此処、聖堂は日の光が通っていて明るいので、周りに散らばっているモノについては、風呂場の黒カビだと思って目を瞑っていれば良かろうもんなのだ。



 さあ、そうと決まれば思うがままに動こう。

 『築ける世界』で、力の限り遊びに遊び尽くそうではな──



「──ハン?」


 ……いか。と言った感じで、内心からテンションを高め始めていた所……。

 他者の意思で綿毛の獣の柔らかい体をまさぐっていた僕の手に、……何か、違和感を覚えるような……『しこり』的な硬い物が当たった。


「…………あぁぁ。……あった」

 ハウが呟く。


「……なにが、あったって?」

 目標物を捕らえた指先が、その硬い感触を、なだらかな曲面・・・・・・・をなぞって確かめる。


「なぁるほぉどね。いつの間にか飲み込んでたんか」


 質問に応えて欲しいですね。

 ……いや、何があったのかなんて、話の流れを荼毘に付せていなければ容易に想像出来るわけですが……。


「ちょいゲロる」

「ゲロるてお前──」


 率直で汚ない表現であった。そして、半ば強制的にお椀の形にされた両手に、ハウは宣言通り『ゲロり』と木製のボールを吐き出したものだから、僕はコレをクリスマスプレゼント的なナニかだと現実逃避する事で平静を保つしかなかった。わぉせんきゅーだでぃ的な。



「あ゙あ゙あ゙あ゙。あ゙あ゙。これは、やってしまいましたね」

「怒られっかな。また」


 僕の手の上でコロコロと転がるみかん大の玉を、二人して見下ろす。この形、覚えてる。武器庫でハウが僕に見せてきたあの物体だ。


 嗚呼──となれば、僕らは無意識で無自覚の不可抗力とは言え、ファイユさん達が今探している一品を、樹都フォールから持ち出してしまっていたようだ。

 それも実に巧妙に。緊急任務に指定されるような騒動を起こす事無く。実にあっさりと。『飲み込んでしまう』だなんて、原始的なアクシデントで。


「……あ゙ぁっ」


 そら強めの溜め息も出ますよと。

 せっかくファイユさんの機嫌が治っていたのにね。

 ハウの言うように、また怒られる、ついでに蹴られるのは、僕だって勘弁願いたい。


 ……ので。


「知らないフリでもしていようか」

「いいんかッ? あったわテヘペロとかの連絡は……」

「返しに行ったら、出会い頭に蹴り飛ばされるなんて展開は嫌なんで」

「獣衣装したままなら躱せるかも」

「……火に油だろソレ……」


 あの人の権力なら、数万に及ぶ樹都の住民を使い、数にものを言わせて僕らを捕獲した後、動けないように拘束してサンドバッグにするのも簡単じゃないかな。

 満面の笑顔でガスガス蹴られる状景を想像してしまった。


 そんな話に繋がりかねない戦闘思考な友人の提案は荼毘に付せるとして、……さて。開拓と採掘イベントを行う前に、コレをどうするか────




《──ァあ゙あ゙ああぁあ゙あ゙あ゙ァあ゙ぁあ゙あ゙ああ ああ゙ああオあ゙あ゙あ゙あ゙アァアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!》




 途端、足下から刹那の兆候も無く、爆ぜく如く飛ぶ叫び声が──


 内っ臓が、抉り上げられる、大絶叫が放たれたッ!




「──ッ?! この蛇、まだ……ッ!」

 先程の断末魔の叫びとは質の違う攻撃的な大音量を浴び、咄嗟に耳を押さえる。

 その拍子に、椀を失った木製のボールが、明日の天気を占う靴投げのような様相で、ポーンと落ちてしまう。

 勿論、僕らが乗っているのは化け物の上──それ故、暗くて硬い鱗に覆われた背中に落ちたのは、必然。



 この瞬間。

 木の塊が、暗い塊に接触した瞬間──どういう訳か、化け物の『暗さ』が一気に剥げた。


 例えるなら、水に打たれた油が水面に浮く粒子を円状に押し退けるような。

 例えるなら、大魚に似せて群がる小魚達に、天敵となる捕食者が突進した時の、一斉に逃げ惑う姿のような。

 明らかに質量の差がある小さな木の塊が触れただけで、蛇の巨体を覆っていた暗い物が、一瞬で四散したのだ。


「っうあ?!」


 足蹴にしていた図体が黒い霧となれば、僕らが地に落ちるもの必然。受け身も儘ならない突発的な状況では、ハウでさえも背中と地面の衝突を回避するに至らなかったようだ。

 驚きのあまり何も抗えず、即座に訪れた衝撃と……バキンとの渇いた音を聴いてしまった。


 まさかの骨折仕様が完備されている──?


 ……ではなく。

「──あれ。コイツ……って」


 僕らの体と地面の間に、クッションとなったモノがいた。


 それは、先に見た化け物の正体。


 蛇のような長い髪の女だった。


 だが、その女体は瑞瑞しさを失い、骨という骨が白い皮膚から浮き出ており、宛らグールのよう……いや、元からこの女はグールだったのだと考えた方がしっくりくる。


 なら、骨が折れたと思ってしまった渇いた音の源はコイツか。……もう事切れているのだろう。ピクリともしない女から退けようとした際に、更にバキバキと。実に脆くボキボキと内にある物が砕けた。


 非常に気持ちの悪い事案でございます。


「で、なんなん……だ?」


 立ちあがり何が起こったのかを推測……したかったが、流動的な事態は次の展開を見せていた。

 女から離れて空気に溶けた黒い霧は、再び色を濃くして現れる。それも、周囲に転がる、比較的傷の無いグール・・・・・・・・・・達の上空に。



 数はざっと見ても三十は超える……ッ。



「おぃぉい……。これ、なんだよ」

「……くぁ。察したくもないな」


 一体何が始まるのか……など。

 僕にゲーム展開に於ける『お約束』の知識があるが故に、ここからは答え合わせだと思って見届けよう。



 どうせここからが、バトルイベントの本番だろうから──!




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